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最後のページ

 父は、必死になって、交渉材料にできそうなネタを探した。


 このまま指を咥えて、大切なレストランを奪われるのを見ている訳にはいかないのだ。



 なんとしても、スカイラーを交渉の場に引きずり出し、妻との思い出を込めた、大切なレストラン……、『アン・デン・ケン』を守らなければならない。



 中央都市に居た時のツテも使って、幅広く情報を集める。


 スカイラー侯爵が交渉の場へ出てこざるを得なくなるような、不正の証拠を掴むのだ。


 そうすれば、その不正を黙っている見返りとして、レストラン買収を諦めさせることができるかもしれない。



 金の出し惜しみをしている場合ではない。興信所も使い、怪しそうな金の流れを徹底的に洗わせた。


 結果的に派手な動きになってしまったので、気取られないかは心配ではあったが……。


 多少はリスクを負わなければ、リターンも得られないだろう。致し方あるまい。



 せめてもの心遣いで、エドワードとマーガレットには、何も伝えていない。


 もし仮にスカイラー一派がここへ押し入ってきた場合、彼らが不正について知っていれば、同罪として処断されてしまうかもしれない。だが何も知らなければ、最悪の事態にはなるまい。


 ……リスクを負うのは自分だけで十分だ。



 1か月余り、不正探しに必死に駆けずり回った。


 そのお陰で、ついに一連の大規模な不正の尻尾を掴むことに成功した。



 かねてより、献金や汚職で稼いだ金をどこに隠しているのかは不思議ではあった。


 それを洗ってみると、スカイラーは、親戚が経営しているカジノで、定期的に大負けしていることが明らかになった。



 ……そう、そのカジノ場を親戚が経営している、というのは当然建前だ。


 実質の経営者はスカイラー本人だ。カジノで大負けたことにして所得を減らし、その出どころを有耶無耶(うやむや)にして、税金の支払いから逃れる。


 実質はそのカジノ場へ、資金を貯めておいているだけだ。


 経営者が自分なのだから、好きなように引き出せる、というわけだ。



 資金の蓄財(プール)、資金洗浄、脱税をそのカジノ場1件でやってのけていることになる。


 当然、不正な金の流れはこの1件だけではないだろうが、それでも相当量の金が流れているのは確かだ。


 この情報をチラつかせれば、相手も交渉の席に着かざるを得ないだろう。




 父は、ふう、とため息をついた。


 重要な証拠であるから、原本を地下室の隠し部屋に隠しておこう、と思い立つ。


 交渉の場に持ってゆくのは、写しでいいだろう。



 さて、後はスカイラーに連絡を取って、この証拠を見せつけてやるだけだが、どうしたものか?



 そう考えていると、先方の方から連絡が来た。


 手紙を広げると、イザベルからの要請だった。


 長ったらしい時節の挨拶を読み飛ばし、用件を確認する。



『再度、話し合いたいことがあります。


 お一人でスカイラー邸までおいで頂きますよう、よろしくお願いいたします』



 ……向こうから話し合いの機会を出してきたか。好都合だ。


 早速、乗り込んで驚かせてやるとするか。


 エドワードやマーガレットに無用な心配を掛けまいと、2人には黙って出てゆくこととする。



 執務室の窓際で、娘のドロテアが眠っていた。


 作ってやったクマの縫いぐるみを、大事そうに抱いて眠っている。



 彼女がジニーと名付けたそれを、大層気に入っているようだ。


 一人じゃ寂しそうだからとねだられ、クマのお嫁さんも作ることになってしまった。


 今の騒動が一段落したら、作ってやるとしようか。



 柔らかな金髪を撫でる。少し身じろぎして、むにゃむにゃと幸せそうな寝息を立てた。


 ドロテアの幸せそうな寝顔を、しばし眺めていた。




 ―――いつまでもこうしてはいられない。


 父はダスターコートを着込み、外へ出る準備をした。




―――――――――――――――――――――――――――――――――――――




 ……ここで、唐突に日記は終わっていた。



 ドロテアは、慌ただしく後ろのページを確認する。どれも白紙だ。



 ……これで、父の日記は終わってしまったのだ。


 分厚い日記を読んでいる間、時を忘れて没頭してしまっていた。


 窓の外を見ると、既に日は落ち、薄暗くなっている。



 ……もうこれで、父の物語を読み進めることは出来ないのだ。


 そう思うと、無性に悲しくなってくる。




 ……だが、落ち込んでいる場合ではない。


 父が日記を遺し、ドロテアがこれを見つけたのは、決して偶然ではないはずだ。



 恐らく、父がドロテアを助けようと、手を差し伸べてくれたに違いない。


 だからドロテアは、前を向いて進まなければならないのだ。



 赤くなった目を擦り、気合を入れ直すと、日記を見直す。



 最後の日付を見返すと、……それは、父が亡くなった日の1週間ほど前だった。




 ―――つまり、これから言えることは……。



 父は、()()()()()()()()()()()()()1()()()()()調()()()()()()()()()ことになる。



 ……そんなことがあり得るのか?



 これまでの日記で、父に病歴やその類の描写は無かった。


 ……しかし、ドロテアの記憶にある父は、病気で体調を崩し、亡くなっていた。



 これまで健康だった成人の男性が、わずか1週間で死亡する程の病を患う……。




 イザベル。



 唐突に、その名を思い出す。


 確か、スカイラーの隠し子、レオンを取り巻いていたハーレムの一員に、それと同じ名前の女がいた。



 そして―――、そのイザベルは、回復職(ヒーラー)のような出で立ちをしていた。



 父の日記の1行を思い出す。


 ―――回復職(ヒーラー)は、医療の知識が豊富だ。医者の資格を同時に持つ者もいる。




 ……医者なら、人を治すことができれば、()()こともできるだろう。




 その可能性に思い至ったドロテアの背筋を、薄ら寒いものが伝った。




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