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買収打診

 父は、しばらくの間、大人しく献金を支払っていた。



 その間にも、中央都市に居る昔の知り合いを頼り、スカイラーについて色々と調べていた。


 ちょこちょことした不正や汚職は耳に入るが、どれもインパクトに欠ける。


 こんなものを交渉の席に上げたら、逆に目をつけられてえらい目に遭うだろう。



 悔しいが、今のところは、言いなりになって献金を支払い続けるしかない。



 従順に金を払い続ける父に、スカイラー家も警戒を解いたようだ。


 小康状態は続き、このまま何事もなく、時は過ぎるのかと思われたが……。




 ある日、スカイラー家から、使いの者がやって来た。


 彼女はイザベル、と名乗った。



 まだ年若い女性だ。


 しかし、表情には、その若さに似つかわしくないほどの余裕が―――いっそふてぶてしいほど―――滲んでいる。


 美しい娘ではあるが、高飛車な感じを受ける。父の得意な人種ではなさそうだ。



 しかし、スカイラー家から使者の役目を任されているのだ。優秀な人材なのは間違いないだろう。



 彼女を応接間に通し、マーガレットに淹れてもらった紅茶を出しつつ用件を聞く。


 ―――今月分の献金は、お支払いしたはずですが……。今日はどういったご用事でしょうか?



 彼女は優雅に脚を組み、ティーカップに口をつける。


「ええ。分かっています。今日はここへお金をせびりに来たわけではありません。


 ……貴方にとって、良い話をお持ちしたのです」



 そう言うと、イザベルの目は猫属のように光る。


 隙あらば、こちらの喉笛を食い千切ってやろうという視線だ―――。


 思わず、父の背中に怖気が走る。



 それを知ってか知らずか、平然とした顔でイザベルは続ける。


「貴方が経営されているレストラン、ありますよね?


 あれを―――お譲りいただきたいのです」



 なんだって!?


 父は硬直する。自分が経営していて、奴らが欲しがりそうなレストランと言えば……1件しかない。



 『アン・デン・ケン』。


 妻との思い出の地に建てた、思い入れの強いレストランだ。


 領地経営が上手くいってから、金に糸目をつけずに建築したため、贅を凝らした造りになっている。


 料理人も、ウォルバー出身者を中心に、優秀な人材を各地から集めているため、料理の質も抜群だ。


 また、その土地をを中心に街づくりを行っていたため、客は引きも切らず、隆盛を極めている。



 正直言って、ここ、ウォルバーの収入の大きな一角を占めているのだ。


 これを渡してしまえば、スカイラーに渡す献金の確保すら難しくなるだろう。



 それに何より―――、亡き妻との大切な思い出を込めたレストランだ。おいそれと渡すわけにはいかない。



 父は、イザベルの要求を跳ね返す。



 すると、途端にイザベルの機嫌が悪くなる。


 表情こそ微笑のままだが、彼女に見つめられた父は、まるで肉食獣に睨まれたかのように震え上がった。



 こいつは危険だ。本能が警鐘を鳴らす。


 要求を突っぱねた父に、イザベルは食い下がる。


「何も、無償でよこせ、と言っている訳ではありません。我々も、あのレストランの価値は高く評価しておりますからね。


 ……これで、いかがでしょう?」


 彼女は、懐から小切手を取り出した。



 すっ、と差し出されたそれには、大金が記載されていた。


 ―――だが、先述の通り、いくら大量に一時金を受け取ったところで、安定して収益を上げてくれる物件を手放すわけにはいかない。


 それに、そこは、愛した妻との思い出の場所なのだ。尚更手放すわけにはいかない。




 大金を前にしてなおも断る父に、イザベルは不快そうに眉をひそめた。


「なるほど?なおもお断りになる、と……。


 あまり賢いとは言えませんね。このことは、スカイラー侯爵にも伝えることになりますが、よろしいでしょうか?」


 まるで、脅しのように―――、いや、事実脅しなのだろう。イザベルが告げる。



 とは言え、ここで折れるわけにはいかない。


 できる限り穏便に済むよう、下手に出て断り、他の物件を勧めてみる。



 ―――申し訳ありません。ここを失うと、スカイラー侯爵へお納めする献金の確保も難しくなりまして。


 ……また、ここの土地は、亡くした妻との思い出の土地なのです。どうかご勘弁ください。


 他の物件はいかがでしょうか?他にも何件か、目ぼしい宿泊施設や商業施設はありますが……。



 イザベルは鼻で笑い、腰を上げた。


「他の物件は必要ありません。


 ……下調べは済んでいます。他の施設はロクに価値もないゴミ物件でしょう?よくもそんな物を勧められましたね。


 この事はスカイラー侯爵へ報告させて頂きます。


 ……では、今日のところはこれで。またお会いすることもあるでしょう。


 紅茶ありがとうございました。美味しかったですよ」



 立ち上がったイザベルは踵を返し、ウォルバー城から去っていった。




 イザベルが立ち去った後を見つめ、父は顎に手を当て、考え込む。


 スカイラー侯爵が、『アン・デン・ケン』を欲しがっている……。


 彼ほどの大物貴族が本気を出せば、いくら発展したとはいえ、こんな田舎のレストランなど一瞬で買収されてしまうだろう。



 これに何とか対抗しなければ……。


 父に焦りの表情が浮かぶ。



 もう、あまり時間はなさそうだ。




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