表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

43/85

再開

 ……母が亡くなったのは、産後の経過が悪かったから?



 はっ、と読んでいた日記帳から顔を上げる。


 予想外の事実を知って、ドロテアは動揺する。



 何という事だ。母が、若くして亡くなったのは聞いていたが―――。


 その原因が、産後の経過不良。つまりは……ドロテアが産まれたからこそ、母は死んでしまったのか!?


 目まいを覚える。額を抑え、何とか留まる。



 近くに居たニーナが、背をさすってくれた。


 日記帳は見ないように、気を使ってくれている。



 ―――許しを乞おうにも、謝りたかろうとも、父も母も、既にこの世にはいないのだ。


 目の奥が熱を持つ。口の端が細かく震える。



 だが、それが流れ出る前に、気を奮い立たせ、日記の次のページを開いた。




 ……どうやら、母が亡くなってからしばらく、父は日記から遠ざかってしまったようだ。



 日記の次のページに書いてあった日付は、実に7年も先だった。


 ドロテアは、固唾を呑み込んで、さらにページをめくる。




―――――――――――――――――――――――――――――――――――――




 ―――久しぶりに日記帳を開いた。


 ……あれからもう、7年も経つのだな。



 今日は少し時間がある。


 手慰みに、日記を再開してみようか。


 ここに羽ペンを走らすのも久しぶりだが、書き出すと、意外と筆は進むものだ。



 ……さて。この日記を開くと、今は亡き妻の事を思い出してしまう。


 だから、思い出さないように、わざと意識から追い出していたのだが……。


 そうこうするうちに、本当に存在を忘れてしまっていたようだ。



 たまたま、本棚の整理をしていたら、この日記帳を見つけた。


 まるで、他の本に埋もれるように、隠されるように置かれていた。


 それだけ、思い出したくない、悲しい思い出だったという事だろう。



 とても懐かしい。読み返してみると、妻との思い出が一杯に書いてあった。



 ―――至らない自分の事もだ。


 今でも、読み返すと心が痛い。


 だが、思い出は思い出として、受け止められるようになっている。



 これは、自分が強くなったのか、鈍感になったのか、それとも妻の記憶が薄れているからか。


 ―――妻の事を忘れることは、それはとても悲しい事だと思う。



 だが、それでも人は―――、自分は、前に進まなければならない。


 悲嘆に暮れ、立ち止まり続けるのは、妻も望んでいないだろう。



 それは領地を持つ貴族の努めであり、また、子を持つ父親の責務でもある。


 ドロテアは、もう7歳になった。



 母親に似て、器量の良い子に育っている。


 性格の方も母に似て、少し引っ込み思案なところがあるだろうか。同年代の子供たちと遊ぶことはあまりなく、マーガレットやエドワードに遊んでもらっていることが多いようだ。


 まあ、無理強いはするまい。時が経てばまた性格も変わるだろう。


 幸いにも、体調は健康そのものだ。


 今は、元気でいるのが一番だと思う。



 ……そういえば、マーガレットたちが外出している時、寂しそうな顔を見せることがある。


 自分も、ずっとドロテアの傍についていられるわけでもない。



 ……縫いぐるみでも作ってやろうか。手芸は得意なわけではないが、遊び道具は多いほど良いだろう。




 あれから―――、妻が亡くなってから、ただがむしゃらに働いた。


 動いていないと、妻の事を思い出して、底へ沈んでいきそうになるからだ。



 無茶をした当時の自分を、マーガレットもエドワードも、よく支えてくれた。


 ……もしあの夜、彼らが城の前の道を通らなかったら―――。


 妻も娘も死に、自分も、精神か肉体のどちらかを壊して死んでいたかもしれない。


 本当に、ありがたい恩人だ。



 がむしゃらに働いたおかげで、ここ、ウォルバーは更なる発展を迎えることができた。


 中央都市とのパイプも増え、太くなった。


 やって来る商人や、ここで営まれる商業も、徐々に規模を増してきている。



 ここだけ見ると、喜ばしい事なのだが―――。


 実をいうと、ここにきて手放しで喜べない事情が現れた。



 その懸念事項とは、中央都市に居る上級貴族・スカイラー侯爵についてだ。



 つい最近、彼の使いの者がここへやって来た。


 何の用だろうかと、とりあえず接待を行ったのだが……。



 どうやら、彼は献金を欲しがっているようだった。


 ウォルバーが急速に発展し、収入が増えたことに目を付けたらしい。


 スカイラー侯爵に献金を納めなければ、せっかく築き上げた中央へのパイプを寸断すると脅してきた。



 ……恐らく、ただの脅しではない。スカイラー家は、税収をつかさどる、歳入庁を牛耳っている大物貴族だ。


 中央都市、並びにその近隣都市にいる、中級以下の貴族……特に商業を行っている者は皆、スカイラー家に大なり小なり献金を行っている。


 献金をしなければ、スカイラーが裏で支配する、中央の商人ギルドから村八分(はぶ)られてしまうからだ。


 そうなれば、商人のネットワークから外され、買う事も、売ることもできなくなる。自由な商業を行う事が、著しく困難になるのだ。



 まあ、仕方がない。多少の献金ならば、払ってやろうと思ったが……。


 そこで奴が提示したのは、お世辞にも適正とは言いかねる、高額の献金だった。



 ……とは言え、この献金を納めなければ、今まで努力したものが全てパーだ。


 顔を引き攣らせ、無理やり笑顔を作り、献金を納めることを約束した。



 スカイラー家の使いは、満足した表情で帰っていった。


 ……無論、奴は足代として現金を奪っていった。どこまでも欲の皮が突っ張った奴らだ。




 今日のところは大人しくしておくが、いつまでも献金を奪われる一方ではたまらない。


 近いうちに、奴の弱点を見つけて、交渉を行ってやろう……。




評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ