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執務室

 ウォルバー城の執務室に足を踏み入れる。



 昔の―――父であるクラナハ伯爵の時代から、そう変わってはいなかった。


 現統治者であったウェイン伯爵に多少はいじられていたが、大まかなレイアウトはそのままだ。


 改めてこの光景を眺めると、若干の懐かしさを感じた。



 この中から、スカイラー侯爵を倒すための証拠となるようなものを見つけなければならない。



 ふん、と気合を入れて、手始めに近くにあった書架を漁る。


 まあ、ありがちな経済の本やら法律書やら……、使いはしなくとも、威厳付けのために置いてあるような本ばかりだ。本の裏に隠し棚のようなものも無いようだ。


 一応、一通り隅から隅まで調べてみるが、特に変わったものは見つからなかった。



 ニーナと手分けして、書類入れや飾り棚などを一つ一つひっくり返してゆく。


 大概が、どうでもいいような企画書や、無害な計算書だ。



 仮に、中央から監査に入られた場合、真っ先に見られるのは執務室だ。


 不正に関わるような書類は、ピーターに全部放りつけていたのかもしれない。



 ……ピーターが金庫に隠していた数々の不正の証拠についてだが、その中にスカイラー侯爵に関するものは意外なほど少なかった。例の『メアリー』に関するメモ書き程度しかなかった。


 スカイラー侯爵については、ウェイン伯爵が主に応対していたという事だろうか。



 であれば、ウェイン伯爵へ尋問を行う必要があるかもしれない。



 ちなみに、現統治者であるウェイン伯爵は、現在自宅に軟禁している。


 現在のウォルバーを統治しているのは、実質的に商人ギルドだ。


 しかし対外的には、ここウォルバーはウェイン伯爵が統治していることになっている。



 従って、ウェイン伯爵には、ここで大人しくしていてもらわないと都合が悪い。


 勝手に外に出られて、現状をスカイラー侯爵等にぶちまけられると面倒なことになる。


 なので、一歩も外に出られないよう、冒険者ギルドに協力を頼んであるのだ。



 戻ったらカトリーヌに相談するか―――。


 ドロテアはそう呟いた。



 しばらくの間、2人で黙々と書類を仕分けするが、なかなか埒が明かない。


 手に持った企画書を放り投げる。結構な量を漁ったが、スカイラー侯爵と結びつきそうな物はない。


 ピーターがメモにして残していた位なので、何かがあることは間違いないと思うのだが……。




 あと何かありそうなのは……。と首を回すと、部屋の中央に鎮座する執務机に目が向かう。


 年季が入って重厚な雰囲気を放っている。



 この机自体は、父の代から使っていたものだ。机の表面を撫でる。



 机で仕事をしていた父の姿が思い起こされる。


 執務室の中、一人で遊んでいたドロテアを、父が見守ってくれていたものだ。



 多少感傷的になる。懐かしさのまま、机にある書類も改めてゆく。


 机の上には、ウェイン伯爵の私物が並んでいた。


 何だかそれで思い出が汚されるような気がして、乱暴に机からどかしてゆく。



 机の上にはしょうもない物しかなかった。



 続いて引き出しの中を確認してゆく。


 数年前の工事の企画書や、裸婦画などが雑多に詰め込まれている。


 信じられないことに、食べかけでカビているパンなんかも突っ込んであった。


 舌打ちをして投げ捨てる。



 引き出しを全部、空にしたがろくな物は見つからない。


 ため息をついたところで、ドロテアはあることに気付く。



 ―――この引き出し、底が二重になっている。


 ぱっと見では気付かないが、真横から見ると、底板が僅かに厚いことが分かる。



 底板に手を当て、力を込めると、すっと動く。底板の下に隠しスペースが現れた。




 そして、そこにあったのは―――。



 古びた革の装丁が施された本だ。……見覚えがある。



「父の日記だ……」



 ドロテアの脳裏に、父の姿が蘇る。


 去りし日に、父が窓際で、この日記に向かってペンを動かしていた。その記憶がある。



 その声を聞いて、ニーナが寄ってくる。


「なにそれ?本?」


「……いえ。父の日記ね。隠し棚に入っていたから、ウェインに気付かれずに残っていたのかな。


 ……これ、どうしましょうか」



 日記を手に、固まるドロテアに、ニーナが言う。


「……読んでみたら?昔から、スカイラー侯爵がこっちにちょっかいを掛けて来てたなら、それについても言及されてるだろうし」


「そ、そうね……。ちょっと、読んでみようかしら」




 ドロテアは、若干の後ろめたさと、多大な好奇心をもって父の日記を開く。



 スカイラーとのやり取りを確認するのも目的だ。


 だが、今はそれよりも、亡き父の記憶を垣間見られることに、抑えられない興奮を抱いていた。



 若くして死んでしまった父。彼は、一体どのような日々を綴っていたのだろうか。



 母との馴れ初めは書いてあるのだろうか。


 私が産まれた時、喜んでくれたのだろうか。


 母が亡くなった時、悲しんだのだろうか。


 私が周囲になじめなかった時、心を痛めたのだろうか。



 そして―――、最期のページには、一体何が書いてあるのだろうか。




 ドロテアは、震える手で日記のページを開いた。




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