決意
ドロテアは目を覚ます。
ベッドから半身を起こすと、近くにいたニーナが声を掛けた。
「あ、目が覚めた?……まだ寝ててもいいよ」
ニーナの手元にはかぎ針がある。編み物をしていたようだ。
ドロテアが目を覚ましたのを認めると、そちらを向いて針を置く。
軽く頭を振る。昼寝をしたおかげで、だいぶ頭は軽くなっていた。
「ニーナ……。いえ。もう結構すっきりしたから大丈夫。
私、どのくらい寝てた?」
「今は昼過ぎだよ。よっぽど昨日、寝れなかったんだね……。ベッドに倒れてすぐ熟睡だった」
「そう……。かなり待たせちゃったみたいだね。ごめん」
ドロテアが頭を下げると、ニーナは大げさに手を振った。
「そんな……。怖い目に遭ったんだから寝れなかったのは当然だし、気にしなくていいよ。
……それと、ついさっき、カトリーヌさんたちが雑木林から戻ってきたみたいだね」
カトリーヌは、自警団と騎士団を呼んで、詳しく現場検証をしてもらうと言っていた。
その結果は出たのだろうか。
「なるほど。じゃあ、どうなったかを聞きに行ってから、予定通りウォルバー城に行きましょうか」
ドロテアはベッドから床へ降りる。
「そう?寝不足じゃない?無理はしないでね」
心配気に言うニーナに、軽く出る欠伸を抑えつつ、ドロテアは答える。
「いえ。本当にいい感じ。ちょっと寝るだけでだいぶ違うね。……正直、じっとしてる方が落ち着かないよ」
「まあ、それもそうかもね。じゃあ、行こうか」
ドロテアは、ニーナと連れ立って事務所の正面へ向かう。
事務所では、カトリーヌを始めとして、10人程度が集まっていた。
「おはよう、カトリーヌ……。雑木林の血痕の件はどうなった?」
ドロテアが声を掛けると、カトリーヌは難しい顔をして振り返る。
「ああ、ドロテア……もう体調は大丈夫なの?
……雑木林の件だけど、どうも調子は良くないわね。自警団が現場検証をしようとしてくれたんだけど、その横から騎士団に邪魔されてね」
「騎士団が邪魔を?騎士団って、捜査する側ですよね?方針の違いとかで揉めたとか?」
ドロテアが首を傾げると、カトリーヌは苦い顔で頷く。
「まあ、そんなようなもんかな。
……結果から言うと、騎士団は、自警団を追い出した上、『事件性無し、捜査終了』という半ぺらの紙をこちらに寄越しただけで帰っていったよ」
カトリーヌが、一枚の紙をひらひらと振ってみせる。
受け取って見てみると、確かにそのような内容が書かれていた。
「そんな……。確かに、あの場に死体やその類はありませんでした。
だけど、私は昨日の夜、確かにあそこで人影を見たんです!」
ドロテアは気色ばむが、カトリーヌは難しい顔のまま口を開く。
「ああ。本来は、そのことを含めて、もっとよく捜査すべきだろう。
だが、騎士団は、早々にそれを打ち切った。……まるで、これ以上捜査されるのを拒むかのように。
……というか、本来ならば、こんな片田舎に騎士団直々に捜査をしにやって来るはずがないんだ。特にその報告書を渡してきた刑事局遊撃課という部署はな」
「刑事局遊撃課……ですか?」
ドロテアは、少し前に教会で読んだ、騎士団の組織図を思い返していた。
「確か、有事の際に柔軟に動けるよう、強力な権限が付与された部署ですよね……?そんな彼らが、なぜ、わざわざ……?」
カトリーヌは、肩を竦める。
「さあ。分からんが……。
もし彼らが、何者かの意図で動いていたとすれば、……それは相当の権力者という事になるだろうな」
「権力者、ですか……」
ドロテアの脳裏には、ある上級貴族が思い浮かぶ。
スカイラー侯爵。
当然、証拠があるわけでも何でもないのだが、彼女の本能が怪しいと告げていた。
……速やかに、事を運ばなければならないのかもしれない。
急ぎウォルバー城を捜索し、父の残した日記や、スカイラーと繋がる証拠が他にないか、徹底的に調べなくては。
ドロテアはその決意を新たにする。
カトリーヌは、目頭を揉みつつ、言葉を続ける。
「当然、こんなしょうもない報告書一枚で納得するわけにはいかない。危険人物が”ダンジョン村”近くに潜んでいるかもしれないのだ。
自警団は、騎士団に睨まれると委縮するし、頼りにならない。
こうなった以上、当面は商人ギルド自身と、あとは冒険者ギルドに協力を仰いで、自分らの力で自衛するしかないだろうな」
「分かりました。よろしくお願いします。
私たちは、ウォルバー城に向かい、スカイラー侯爵を追い落とすための証拠を探してきます。
……私には、今回の雑木林の事件、騎士団による捜査打ち切り、そしてスカイラー家のお家騒動……。それらが、どうも繋がっているような気がしてならないのです。
それを突き止めるためにも、行ってこようと思います」
ドロテアは、真剣な顔でカトリーヌに告げる。
カトリーヌは、それを受けて頷く。
「ええ。分かったわ。”ダンジョン村”の事は私たちに任せて、行ってらっしゃい。
何か、新しいことが分かったら教えてね」
「はい。もちろんです。……ニーナ、行こう!」
ドロテアは、ニーナに声を掛けて、”ダンジョン村”事務所を出る。
目指すはウォルバー城執務室。
そこに眠る父の記憶を呼び覚まし、スカイラー家を倒す鍵とするのだ。
意気軒昂として一歩を踏み出す。
本日は快晴。抜けるような青空だ。