捜査打ち切り
”ダンジョン村”近くの雑木林にて。
ドロテアとニーナが怪しい証拠を見つけた後、カトリーヌは自警団と騎士団に通報した。
……ドロテアについては、疲労が限界のようだったので、ニーナに付き添わせて休ませることにした。今は事務所の自室に戻っていることだろう。
怪しい人影に、血の付いた布切れ―――恐らく服の一部―――、そして血だまり。さすがにこんな怪しいものが揃っては、客足だ何だと言っている場合ではない。
至急、この”ダンジョン村”で、何が起こっているのかを確かめなくてはならない。
ギルドメンバーを使いに走らせて1時間。まずは自警団がやって来た。10人程度の規模だ。
商人ギルドの長をやっていると、自警団の面々とも顔なじみになるものだ。
自警団の隊長格の男が、カトリーヌに会釈する。
「どうも、カトリーヌさん。……呼ばれてきましたが、何がどうなったんです?人影とか血だまりとか」
カトリーヌは、血だまりの方角に顎をしゃくる。
「ああ、ヒューか。よく来てくれた……。あれを見てくれ。
……うちのギルドの者がな、夜中に怪しい影を見たという事を言ったんだ。
それで、近辺を捜索してみたところ、あの血だまりと服の切れ端らしきものを見つけた。
……事件の匂いがしないか?何とかこれを解決してほしいんだが」
ヒューと呼ばれた自警団の隊長格は、血だまりの近くにしゃがむ。
「ふむ。この血はまだ乾き切っていない。……ごく最近のものであることは確かなようですね」
「そうか。この辺は素人捜索なので、抜けがあるかもしれん。悪いが、自警団の手でもう一回調べてもらえるか?」
「分かりました。
……おいお前ら、聞いたか!この近辺の証拠を集めろ。何が起こったのかを調べるぞ!」
自警団の団員は、等間隔に分かれ、手に持った棒で下草をどかしながら検証を行う。
その様子を見守っていた商人ギルドだが、不意に周囲が騒がしくなる。
「……何だ?どうしたんだ?報告しろ」
カトリーヌが浮足立つメンバーを窘める。
そんなカトリーヌの前に、馬に乗った騎士が近づいて来た。
その周りにも、5人の騎乗騎士が並んでいる。
先ほどの騒ぎは、この騎士達が寄ってきた故か。
特に、中心にいる騎士は、田舎にふさわしくないほど豪勢な鎧をつけている。
馬上からカトリーヌを見下すと、騎乗したままこちらへと一歩踏み出した。
表情は、被っているグレートヘルムにより窺い知ることができない。
「……貴女がカトリーヌか?」
中心にいた騎士は、カトリーヌに向けて言葉を発した。
兜越しなのでくぐもっているとは言え、想定外に澄んだ声だ。
「……それを聞く前に、そちらから名乗られてはいかがだろうか?」
カトリーヌがそれには答えず、言葉を返す。
騎士は、しばらくの間、静止していた。ヘルムの中で、カトリーヌを睨んでいたのだろうか。
「……これは失礼したな」
騎士はヘルムを脱ぐ。
兜の中から、燃えるような赤毛が流れ出る。
凛々しい顔の女性だ。整った顔立ちだが、頬に一筋、引き攣ったような傷跡があるのが痛々しい。
「私は、中央騎士団所属、刑事局遊撃課のジェーンだ。
……改めてお尋ねするが、貴女が商人ギルドマスター・カトリーヌだな?」
―――中央騎士団の刑事局遊撃課だと?
カトリーヌは口の中で呟く。
刑事局遊撃課と言えば、エリート集団のはずだ。
彼らは一般的な騎士団の組織とは違い、独断専行が許されている。
有事の際、フットワークの軽さを生かし、事態を解決に導く部署だからだ。
そんな彼らがなぜ、こんな田舎の事件に首を突っ込んできたのだ……?
それも、実際のところ、死体の一つも見つかった訳ではないのだ。
騒ぐにしても、早すぎる気がするのだが……。
考え込んでいたカトリーヌだが、ジェーンにじっと見つめられていることに気付くと、返事をする。
ついでに、疑問を単刀直入に尋ねる。
「ああ。私が商人ギルドマスター・カトリーヌです。
……失礼ながら、何故こんな片田舎までお越しになったのでしょうか?」
ジェーンは、何でもない風に答える。
「なに、丁度近くまで来たもんでな。現時点より、私たち騎士団が現場検証を行う。
自警団の皆は下がってよい。……いや、下がれ」
ジェーンは、現場検証を行っていた自警団に対し、退くように求めた。
自警団に困惑が広がるが……、立場としては騎士団の方が上だ。渋々といった感じで引き下がる。
「ち、ちょっと待って。自警団にも協力してもらって現場検証をすればいいんじゃないの?
なぜこんなことを……」
カトリーヌが話に割って入るが、ジェーンは取りつく島もない。
「こういった事には、縄張りがあるものだ。素人は引いておいて頂こう」
そう言い放つと、部下の騎士達を現場検証に当たらせる。
落ち着かない気持ちで、カトリーヌはその様子を見守る。
自警団達は、騎士達に追い出されるように帰っていった。
それから30分ほど経っただろうか。
部下からの報告を聞いたジェーンは、さらさらと羽ペンを走らせる。
そして、カトリーヌに紙切れを渡す。
「これが、今回の件についての報告書だ。
内容について疑問点などがあれば、中央騎士団刑事局に持ち込んでくれ。……では、さらばだ」
軽く言い放つと、ジェーンは部下を連れて悠々と去っていった。
怒涛の展開に呆気にとられていたカトリーヌだが、気を取り直して、ジェーンに渡された報告書を読んでみる。
そこに書かれていた一文は―――。
『現地に散っていた血は家畜のものと思われる。よって事件性は無しと判断し、捜査は終了する』