証拠探し
今日は快晴だ。ニーナは、良く晴れた青空を見上げる。
朝の清涼な空気が気持ちいい。
「じゃ、行ってきまーす」
ニーナは、リビングで仕事の支度をしている両親に声を掛けると、家を出発する。
まだ若干眠いが、歩いて行くうち、次第に意識がしゃっきりしてくる。
ニーナの自宅から”ダンジョン村”までは、歩いても大した距離ではない。
鼻歌を歌っているうちに到着した。
さて、ドロテアはもう居るかな。
”ダンジョン村”事務所をひょい、と覗き込むと、ドロテアとカトリーヌを含む10人程度が集まっていた。
あれ?一体どうしたんだろう。
怪訝に思ったニーナは、ドロテアの元へ近づいていった。
ドロテアは、寝不足で目の下に大きなクマができていた。
昨日の夜、怪しげな人影を見て、慌てて自室に駆け戻ったのだが……。
それから夜が明けるまで、まんじりともせずに、部屋の隅で箒を握りしめて震えていた。
眠ったら人影に襲われそうで、恐怖で眠ることができなかったのだ。
朝になって、事務所にカトリーヌがやって来たのを確認してようやく、人心地ついたのだが……。
ここで気絶するわけにはいかないと、歯を食いしばってカトリーヌの前へ歩み出る。
ドロテアの姿を見たカトリーヌは、腰を抜かす。
朝出勤して事務所のドアを開けたら、まるで幽霊のような顔をしたドロテアが出てきたのだ。驚くのも無理はない。
「ど、ドロテア!?どうしたの、その顔……何かあったの!?」
焦ったようなカトリーヌの表情を見て、ようやく自分が無事だったという実感が沸く。
思わずへたり込みそうになる自分を鼓舞して、昨日の夜、見たことを話す。
それを聞いたカトリーヌは、顎に手を当てて考え込む。
「……行方不明事件のこともあるし、少し警戒した方がいいかもね。
この話は自警団や騎士団にも伝えておくわ。証拠も何もない以上、具体的に動くことはないでしょうけど……」
その頃には朝の時間も経ち、ぽつぽつと他のギルドメンバーも出勤してきていた。
事務所の真ん中で話し合うドロテアとカトリーヌに、何だなんだと寄ってくる。
事務所を覗いたニーナも、それにつられて近づいてきた。
集まってきたメンバーに対して、カトリーヌが声を上げる。
「皆、ちょっとよく聞いて。ドロテアが、昨日の夜、怪しい人影を見たらしい……。
誰か数人、自警団と騎士団の所に行って、この事を伝えてきてほしい。
もちろん、後で私も行くけど、万が一のことがあったらマズいからね。それ以外の人は、ドロテアが人影を見たって所へ行ってみましょう。
気のせいだったらいいけど、最近、女性冒険者の行方不明事件が噂されてるところだし、油断しないように」
ギルドメンバーへ指示を出す声は固い。
それぞれは行動を開始する。
一部は自警団と騎士団へ赴き、一部はドロテアの案内で、人影を見たという場所へ向かう。
ドロテアの案内には、カトリーヌとニーナもついて行った。
睡眠不足で足元がふらつくが、それでも何とか、皆を先導する。
昨晩、怪しい人影を見たのは、目前の雑木林だ。
明るい朝日の元では、その雑木林はちゃちに見える。夜の闇の中では、無限に続く漆黒のように思えたのだが。
昨晩の思い出がよみがえり、足が竦む。
でも、今は明るくて、皆もついているんだ、と気持ちを奮い立たせて進む。
繁る下草や若木をかき分けて、その場所へとたどり着く。
「……この辺で、その2つの人影を見たんです」
ついてきているカトリーヌ、ニーナ、その他5名のメンバーに伝える。
周囲をぐるっと見回すと、確かに、下草が荒らされているような感じを受けた。
カトリーヌが、薄い唇を舐める。
「なるほど。何となく、誰かが居た、……というか、暴れたような形跡があるような気もするわね。
ちょっと、何か残っていないか見てみましょうか」
手分けして、証拠が落ちていたりしないか探すことにする。
しばらくの間、無心になって地面を探る。草が繁っているので、困難ではある。
それでも、皆見逃すまいと手で掻き分けて、改めている。
するとニーナが、あっ、という声を上げた。
「なに?何か見つけた?」
問うカトリーヌに向けて、ニーナは拾い上げたそれを掲げる。
―――布切れだ。しかし、ただの布切れではない。
割合凝った柄と、いかにも高級そうなメタルボタンがついている。
……そしてそれには、血が染みついていた。
ニーナの元へ駆け寄り、それを確認したドロテアは、一息ついた。
さすがに、体力も限界が近い。
近くの木に寄りかかる。
「……?」
何だろう?やけにぬるっとした。
そのまま視線を下げる。
木の陰になっているが……。
そこに手をやったドロテアは、自分の手を戻して見てぎょっとする。
ドロテアの手は、血に塗れていた。