ドロテアとニーナ
ドロテアたちは、ネグリジェに着替えてベッドに寝転んでいた。
湯上りの体に、さらさらとしたリネンのシーツが気持ちいい。
風呂桶は栓を抜いておいた。
話が弾んでいるお陰で、まだ眠気はこない。
それはニーナも同じようだ。そんなことが妙に嬉しかった。
彼女に、自分の父の事について話す。
父は地方貴族として、ウォルバーの領主を務めていたこと。
ドロテアが幼い頃母を亡くしたが、それでも、忙しい中男手一つで育ててくれていたこと。
……何人か使用人はいたが、それでも、彼らに任せっぱなし、という事はなかった。常にドロテアを気に掛けてくれていたと思う。
「そうなんだ。いいお父さんなんだね……。でも、今の領主って、確か……?」
ニーナは、こちらを気遣いながらも、疑問を口にした。
ドロテアは頷く。
もう昔の事だ。いつまでも引きずっている訳ではないのだが、声のトーンは少し下がる。
「うん。10年くらい前にね、……病気で死んじゃったんだ。
そのあとごたごたして、ほとんどの財産は自称親戚だっていう訳の分からない貴族達に取られたよ。
……その頃は小さくて、何されたかもよく分からなかったしね」
ニーナは、少し焦ったように言う。
「それは……。ごめん」
「いや、昔の事だし。大丈夫だよ。……今は”ダンジョン村”も軌道に乗って、いろんな人と知り合えたしね」
ニーナに微笑みかける。
それを受けたニーナは力強く頷く。
「うん。商人ギルドの人たちはみんないい人だし、マスターのカトリーヌさんは凄く頼りになる。
……私だって、どんな相談にも乗るよ。
カトリーヌさんには、護衛でって言われてついて来たけど……私たち、もう友達だもんね?」
そう言うニーナの視線は、真剣なものだった。
その心づかいはとても嬉しかった。思わず胸に温かいものが広がる。
この温もりは、風呂に入ったから、というだけではないだろう。
「ニーナ……。ありがとうね」
なぜか目に浮かんだ涙をぬぐう。
「……さあ、それで明日からだけど、どうしようか?」
話題が絶えかけたので、ドロテアは口を開いた。今日は何となく、まだニーナと話していたい気分だ。
「ここで聞き込みをして分かったことをまとめると……。
スカイラー家のメイドが未成年の頃、不義の子を産まされる。
そして、それが後継ぎ騒動の火種になっている。……まあ、こんなところね」
ニーナも話題に合わせ、答える。
「だね。そのメイドは現在行方不明。
……本人の意思か、はたまた後継ぎ騒動の邪魔になったから消されたのか。その辺は分からないかな。
で、不義の子自体は、”ダンジョン村”の宿屋に長期滞在している、と」
ドロテアは頷く。
「そうね。メイドの行方については、正直もう追えそうにないと思う。
スカイラー家の手によって消されたのであれば、証拠なんて残ってないだろうしね。それどころか、下手に嗅ぎまわると私たちまで消されるかもしれない。
だから、不義の子―――レオンの方を攻めた方がいいと思うんだよね。
レオンを唆して、後継ぎ争いに参戦させる。スカイラー本家が慌てたところに、不義の子のスキャンダルや、ピーターが集めていた悪事の証拠を、報道機関や騎士団にブチ撒ける……。
こうすることで、スカイラー家にダメージを与えられるかな、と思うけど、どうだろ?」
ニーナに意見を求める。
「いいんじゃないかな。直接手を下すんじゃなくて、報道機関や騎士団に攻めさせるってのは賢いね。その為に、もっとスカイラー家の悪事をつかめてるといいんだろうけど……」
少しの間考えていたニーナだったが、ふと思いつく。
「そうだ。現統治者……まあもうハリボテだけど。のウェイン伯爵はスカイラー侯爵と繋がりがあったんだよね?
……ならひょっとしたら、旧統治者―――、ドロテアのお父さんの時代から、何かしらの接触はあったかもしれない。
ウォルバー城だけど、ドロテアの手に戻ったのは久しぶりなんだよね?お父さんの部屋を探したら、何か、日記というか記録帳みたいな……、そんなんは出てこないかな?仮にそんなのがあれば、もっと強力な証拠もつかめそう」
「なるほど……」
ニーナの提案はもっともだ。
灯台下暗しってやつだろうか。あの城には、自分が子供の頃の痕跡も、確かにあるはずなのだ。
……父の日記を探すなんて、少し気が引けるが、それ以上に楽しみな気持ちもある。
父の日記が仮にあったとして、そこには何が書かれているのだろう?
「よし、決まった!次の目標は、ウォルバーに戻って、城の中を探してみよう!」
おー、と手を突き上げるドロテアとニーナだったが、あることに思い至る。
「あ、そっか……ニーナは、中央都市に来るための護衛でついて来てもらったんだっけ。
じゃあ、ウォルバーに戻ったらお別れなのかな」
しょげるドロテアに対して、ニーナが飛びついて抱き付く。
ニーナのショートヘアーが、柔らかくドロテアをくすぐった。
「大丈夫!もう友達なんだから、勝手に離れないよ。
カトリーヌさんに言ったら分かってくれるはずだし、一緒にがんばろ!」
ニーナは眩しい笑顔でそう言った。
ドロテアにも笑顔が移る。
その日2人は、夜遅くまで、たわいもない話をして過ごした。
友達と夜中まで語り合うなんて、ドロテアの人生で、今までになかったことだ。
しかし、元々が歩き疲れていた2人である。次第に口数は少なくなり、眠りの国へと誘われる。
その際の2人の顔は、とても幸せそうだった。