元冒険者の使用人
時は移り、夕食時となった。
ドロテアは、緊張した面持ちで食卓についている。
今朝潜った迷宮に関して、彼女の中で、ある一つの決意が芽生えていた。
それを、いつ、どう切り出すか―――。そのタイミングがつかめず、緊張したまま黙りこくっていた。
対面には、エドワードとマーガレットが座っている。
固まったまま動かないドロテアに対し、マーガレットが優しく促した。
「どうしたの?温かいうちに食べてちょうだい?今日はお嬢様のお好きな焼き魚ですよ。新鮮なものは中々手に入らないんですけどね。今日は珍しく手に入ったものだから……」
「う、うん、ありがとう。いただくね」
香ばしく焼き上がった白身魚に手を付ける。普段なら喜んでかぶりつくのだが、今日はどうも食指が動かない。
そんなドロテアの様子を見たエドワードは、自ら話題を振った。
「ああ、お嬢様。今日は、良い猪が狩れましてな……。問屋のミハウに持っていったら、良い値段で買い取ってくれました。
お嬢様は、今日も図書館へ出向かれたのですかな?何か面白い本はありましたか?」
明るく話しかけてくるエドワードに、若干後ろめたい思いを抱えながら、ドロテアは答えた。
「実は……今日は私、図書館へは行かなかったの。
急に、お父様から譲り受けた迷宮の事が気になって、それで、ちょっと様子を見に行っちゃった」
首を竦めて、対面の二人を盗み見る。
今まで、この二人に黙って、勝手な行動をしたことなどなかった。危険な行動をしたことは自分でも何となく分かる。叱られはしないか―――。そんな不安が顔をのぞかせた。
エドワードとマーガレットは、二人して顔を見合わせた。
「あそこは、調査団も入っていない、何があるか分からない未開のダンジョンのはずです。大丈夫でしたか?お怪我はありませんでしたか?」
二人は、何よりも先に、ドロテアの体の心配をしてくれた。
「あ、うん。私は大丈夫。少し転んだくらいかな。それで、迷宮の中で、これを見つけたんだけれど……」
二人の優しさに感謝しつつ、迷宮の中で拾った小袋を、テーブルの上へ開く。
広げられた金貨が、ランプの照明を受けて輝く。
「これは……金貨?現在の通貨ではないようですが……。
これを、どうやって手に入れたのですか?危険な目には遭いませんでしたでしょうね?」
エドワードは、ドロテアを気遣う中にも、鋭い視線を込めて聞く。
「うん。ちょっと迷宮は不気味で、怖かったけど……実際に危ない目には遭わなかったかな。
それで、これを手に入れた場所だけど……」
ドロテアは一瞬迷ったが、これからもこの二人の協力を得るためにも、ここは正直に話しておこうと決めた。
「迷宮の奥の方に落ちてたんだ。これを拾ったら、その下には……人の骨があった」
「なんと……」
二人は絶句した。
ドロテアは、それに被せるように言葉を続ける。
「私は確信したんだ。あの迷宮には、何か、私の人生を変えるような何かが、眠ってるはずなんだ。
だから、私は、あの迷宮に挑みたいと思う。……お父様が遺してくれた迷宮なんだ。意味が無いなんて、有り得ないから」
食卓は、しん、と静まり返る。
エドワードは、自らのひげ面を撫で回し、呟く。
「……とは言え、お嬢様は、冒険の心得など無いでしょう?いきなりあの未開の迷宮へ挑むのは、無謀というものですよ。近場の冒険者学校にでも通ってみますか?」
「……嫌。私は、今すぐにでもあの迷宮へ向かいたい。お父さんが遺してくれたものを、今すぐこの目で確かめたいんだっ!」
ドロテアは叫ぶ。
エドワードは、小さく息を吐く。
この、ドロテアという少女は、基本物分かりが良くて聡明なのだが、たまにゴネて、自分の意見を無理矢理にでも押し通そうとすることがある。この辺りは、さすが元令嬢と言うべきか。
こうなったドロテアは、テコでも動かない。
どうしたものかと顎を撫でる。
彼女に迷宮を諦めさせることは出来そうにないし、今すぐにでも行きたがっている。
だが、未開の迷宮など何があるか分かったものではない。
今回は運が良かっただけで、経験も知識もない彼女が挑んだところで、無事に帰って来れるという保証はない。
また、役所に報告して調査してもらうなんてのはもってのほかだろう。彼女自身が迷宮を確かめたがっているのだから。
うーむ、と唸っていると、横のマーガレットが口を出す。
「あなた。あなたがついて行ってあげればいいんじゃない?」
「ふむ?いや。しかし、俺もブランクがあるしな……」
「今でも狩りに出掛けてるんだし、そこまで鈍っている訳でもないでしょう。私も一緒に行きますから、無理はさせませんよ」
「そうか……久しぶりに出掛けるのもありかな」
ドロテアは、二人で話しているのをぽかんと見つめていた。
「ん?エドワード。ブランクってなに?」
「ああ……お嬢様には伝えていなかったですが、私達は、お父様に拾われる前は、冒険者をしていたのですよ」
「え、ええーっ!そうだったんだ」
ドロテアは、目を丸くして二人を見る。
マーガレットは、楽しそうに口を押えて笑う。
「ええ。私が回復職で、この人が戦士でね……。私を取り合っての三角関係とかもあったわねえ」
「勘弁してくれ……。さあ、そういうわけで、早速明日、迷宮に向かいましょうか。そうと決まれば、今日はたくさん食べて、体力をつけておきましょう」
エドワードは顔を顰めると、話題はこれで終わりだとばかりに切り上げた。
「あらあら。まあ、そうね。せっかく作ったお料理が冷めちゃったわ。はい。食べましょうか」
ドロテアは、まだ続きが聞きたそうな顔をしていたが、大人しく魚を口に運ぶ。
明日、お父様が遺してくれた迷宮に挑むのだ。
そう思うと、居ても立ってもいられなくなってきた。
私は、この迷宮で、生きる意味を見つけるのだ。
無為に過ごしていた時間を取り返し、前に進むのだ。
必ず何かある。ドロテアにはその確信があった。
なぜなら、お父様が遺してくれた迷宮だから。
私を裏切るはずなど、あるはずがないのだ。