閑話
メアリーの母親・ロンダに、それからいくつか質問を重ねる。
メアリー自身の事や、スカイラー侯爵について知っていること、レオンは今まで、どう過ごしてきたのか、などだ。
得られた答えを、脳裏に記憶してゆく。
聞きたいことをほぼ聞き終え、ふと窓の外を見ると、すでに薄暗い。
今日はとりあえずこんなところだろう。
「どうも、今日はお話をして頂きましてありがとうございました……。
メアリーの悩みを知って、彼女を助けたいと思いました。私たちも、もう一回彼女を探してみようと思います。……では、私たちはこれで帰りますね」
ドロテアとニーナは、頭を下げてロンダ宅を辞する。
……ドロテアたちを見送る老婆は、年齢よりさらに老け込んで、小さく見えた。
宵闇が迫る中、辻馬車を捕まえて、宿へと向かう。
道中は無言だ。この辻馬車の御者も、どこかでスカイラー家と繋がっているかもしれない。
うかつなことは喋らない方がいいだろう。
ニーナは、ちらりと隣に座るドロテアを見る。
彼女は、辻馬車の窓枠に肘を乗せ、物憂げな視線を外に放っている。
彼女は一体、何を考えているのだろうか。邪魔はすまいと、ニーナも黙り込んで、窓の外を見た。
辻馬車は、何事も無く宿屋に到着する。
ちなみに、当然だが、治安のよい地域に建っているものを選んだ。
そうすると、必然的に高めの宿となってしまったが、安全には代えられないだろう。
ドロテアは、御者に代金を払い、降りる。ニーナもそれに続く。
宿屋に入り、午前のうちに取っておいた部屋へ向かう。
ドアを開け、部屋に入ると、鍵を掛ける。
そこで初めて、ドロテアは大きく息をつくと、かけていた眼鏡を外し、ソファへ投げ捨てた。
「あー……疲れた。今日は結構歩いたし、慣れない眼鏡もかけっぱなしだったし、疲れた」
よほど疲れたのか、疲れたと2回も言って、ベッドへ倒れ込む。
ニーナも、被っていた帽子を脱ぐと、ポールハンガーにかける。
着ているブラウスを引っ張る。
「私も、普段こんな高そうな服着ないんで、ちょっと緊張しちゃいました。普段しない格好だと、気疲れしますよね」
そう言うニーナに、ドロテアは寝転がったまま答えた。
「え、そうなんだ……。せっかく似合ってるから、普段も着てみたら?その服はあげるよ」
「似合ってるなんて、そんな……」
照れるニーナだが、別にドロテアとしても、お世辞のつもりで言ったわけではない。
おてんばな雰囲気のあるニーナには、明るいブラウスと、対照的に落ち着いた黒のロングスカートが映えているように感じた。
照れ隠しというわけでもないだろうが、部屋をうろついていたニーナは、珍しいものを見つける。
「あ……、ドロテアさん。見て下さい。風呂桶がありますよ」
この時代では、風呂は珍しく、また、頻繁に入る習慣もなかった。よって、個人宅に置いてあることは、まず無かった。
しかし、今日泊まった宿は高級なだけあって、部屋も広ければ、色々と珍しいものも置いてあったのだ。
「へぇ……」
ドロテアは呟くと、ベッドからのそりと起き上がる。
「それは確かに珍しいわね。せっかくだから入ってみようかしら?でもこれ、お湯はどうするのかしら?」
ニーナは、風呂桶の横に置いてあるパネルを読んだ。
「ああ、ここに書いてありますね。……へえ、日中に陽光で温められた水が、お湯となって天井に溜められているそうです。で、この蛇口をひねると、そのお湯が出てくるそうですね。
……出しっぱなし防止のために、蛇口の鍵を借りないと使えないようですけど」
「なるほど……。まあ、この値段ならそう高くもないわね。せっかくだから使ってみましょうか」
パネルの値段表を見たドロテアは頷いた。
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カウンターで借りてきた鍵で、蛇口を開く。
ザバザバと音を立てて、風呂桶の中にお湯が溜まっていった。
日光によって温められたとのことだが、湯気も出ており、十分温かそうだ。
ある程度溜まると、蛇口を閉じる。
手を浸けてみると、丁度いい塩梅の温度だ。
「へえ、良いね。じゃあ、入りましょうか」
ドロテアは、ポニーテールを縛っていたリボンを解く。
……そこで二人は固まる。
「こ、これ、順番で入るのかしら?」
「え、いや、なんか大きさ的には2人入れますけど。……ど、どうします?」
「ん?うん。疲れてるし、お互い待ってるのもな……。冷えてももったいないし。
……えーと、……一緒に入る?」
ドロテアは、ぎこちない笑みをニーナに向ける。
……つい昨日会ったばかりなのに、一緒にお風呂に入るというのはどうなのだろうか?とは言え、お湯を入れてしまった以上、温かいうちに入らないのは如何にも勿体ない。
少し考えていたが、ニーナは、気合を入れて答えた。
「……ええ!入りましょう!ここでぜひ、親睦を深めましょう。
まさに裸の付き合いという事で、義姉妹になるのです!」
身に着けていたブラウスとスカートを素早く脱ぎ捨てると、風呂桶に飛び込む。水しぶきが舞った。
……なるほど。まあ、向こうからそう言ってもらうなら、やぶさかでもない。
ドロテアもそそくさとワンピースを脱ぎだした。