不義の子
スカイラー邸にいたメイドから聞き出した住所は、現在地から少し離れた場所だ。
方角としては、中~低所得者向けの住宅が立ち並ぶ地域になる。
歩いていくには少し遠い。辻馬車を止め、乗せてもらう。
目的の住所を告げる。頷いた御者は、静かに馬車を走らせる。
小さい振動に揺られること数十分。ドロテアは目的地へ到着した。
御者に代金を支払い降りる。
懐には、まだまだ余裕がある。旅の支度金として、カトリーヌが大金を渡してくれたのだ。
全く、彼女には頭が上がらない。
メアリーの母親が住むというその住所まで歩く。
この地域では、ドロテアとニーナの恰好は少し浮く。
町の人々は、珍しいものを見る視線で、ドロテアたちを眺めていた。
番地表示板を辿る。手元の紙切れを覗く。どうやら、書かれていた住所に着いたようだ。
そこに建っていたのは、周りから見てもごく平均的な家屋だ。
ここに、メアリーの母親がいるのだろうか。
考えても仕方ない。とりあえず、ドロテアはドアをノックする。
……しばらく待っても出てこない。留守か?
いや―――、と、ドロテアは考えた。事情が事情だ。もしかして、警戒しているのかもしれない。
であれば、その警戒を掻い潜るのみだ。
ドロテアは、一つ咳ばらいをすると、出来うる限り親しみやすい声―――、純粋な少女そのものといった声を出す。
「こんにちは。メアリーのお母さんのお家ですか?
私は、メアリーの同僚のエステルっていいます。メアリーの事で、聞きたいことがあるのですが……」
先ほど使った偽名を出し、同僚のメイドを騙ることにする。
それが効いたのだろうか。ドアが細めに開く。
ドアの隙間から、やつれた老婆の顔がこちらを窺う。警戒心をむき出しにしてこちらに聞く。
「あなた、メアリーの同僚なの……?他に、お屋敷の人はそこにいる?」
ドロテアは、努めて無邪気な声を出した。
「いえ。お屋敷の人はいませんよ。もう一人、メイドの同僚はいますけど……」
「そう……。じゃあ、いらっしゃい」
やつれた老婆は、そう言うと、扉を開いて、ドロテアたちを家の中へと誘った。
室内に通されたドロテアとニーナは、自己紹介を行う。
とはいえ、もちろん偽名だが……。
やはり、やつれた老婆はメアリーの母親だったようだ。名をロンダと名乗った。
ドロテアは、出された紅茶に口をつける。
甘いホットミルクティーだ。優しい味に、どこか懐かしさを覚えた。
早速、疑問に思ったことを、ロンダに尋ねてゆくことにした。
……怪しまれないよう、あくまでも、同僚を心配するといった体を取る。
「それで、メアリーの事なんですけど……。実は最近、お屋敷に来ていないんです。
ちょっと前から感じてましたけど、彼女、何かに悩んでたみたいなんです。それで、お母さんに相談しに行こうかな、って言ってたから。なので、メアリーのお母さんなら、何かご存知かと思いまして……」
「そう。そうね……。あの子はね……」
ロンダは、遠い目をして、壁に掛けられた額縁を見つめる。
ドロテアもつられてそれを見る。
肖像画だ。
美しいが、どこか薄幸な気配のある女性が描かれていた。
これがメアリーなのだろうか。
ロンダは、震えた声を出す。
「あの子は……、メアリーは、スカイラー侯爵に手籠めにされたの。……まだ、年端もいかない頃だったわ。それで結果、子供を産んだ。
でも、所詮、メイドの子供だからね。侯爵家からは腫物のように扱われた。それでも、メアリーは侯爵家で働き続けたの。
つい最近までは、それでも一応、平和だった。あの、後継者争いが起こるまでは……」
ドロテアは、緊張で乾いた唇を、ミルクティーで湿らせる。
「後継者争い……。ひょっとすると、メアリーさんが産んだ子供こそが、長男に当たる……。そういう事でしょうか?」
「ええ。そのようね。最後にメアリーに会った時は、私の子供こそが長男なのに、って言い張っていたわ。
……でも、それきり、あの子はどこかに消えてしまった」
ロンダは、俯くと、顔を手で覆う。
ドロテアは、考え込む。
ここに来て、話が繋がり始めた。
メイドであったメアリーは、スカイラー伯爵に、手籠めにされて子を産まされる。
順番的に言えば、それが長男となるはずだった。
しかし、不義の子であるがゆえに、それは認められることはない。産ませた当時、メアリーが未成年だった、というのであれば尚更だ。
声高にそれを主張し始めていたメアリーは、スカイラー侯爵、そして正当な息子たちにとっては、邪魔な存在だったはずだ。
そして、今メアリーは行方不明だ。
一体メアリーはどうなってしまったのか。
……正直、スカイラー侯爵家によって消されたのであれば、証拠を見つけるのは困難だろう。
では、メアリーの子供から攻めるか。
そう思い直したドロテアは、メアリーの産んだ子供の名前を聞く。
―――正直、見当はついていた。
老婆の発した言葉も、想像通りだった。
レオン。
それが、メアリーとスカイラー伯爵との子供の名前だった。