情報収集
ドロテアとニーナの2人は、荷物を置いて、スカイラー邸の近くまでやって来ていた。
ドロテアは、紺と白の清楚な感じのワンピースをつけている。
ニーナは白のブラウスと、黒のロングスカート姿だ。
出来るだけ良家の子女に見えるような、それでいて派手すぎない服装にしたつもりだ。
……ちなみに、ニーナはそれらしい服を持っていなかったので、ドロテアのものを貸してやった。
さて、ドロテアの目当ては、口の軽そうなメイドだ。
どこの屋敷にも、噂話が好きなメイドというのはいるものだ。
彼女らを突っつき、情報を得ようという魂胆である。
従って、いかにも暇そうで、話題に飢えていそうなメイドはいないかと、生垣の隙間から、様子を窺う。
スカイラー邸の庭園は、とても広い。周囲は生垣で囲われ、中の様子は覗きにくい。
しかし、逆に言えば、中で何をしても、外へはバレにくいということでもある。
すると、お誂え向きに、一人で裏庭のガーデンチェアに腰掛けるメイドを見つけた。
年齢は20台前半くらいだろうか。ブルネットの髪を、シニヨンにまとめている。
顔にはそばかすが残り、どこか幼さを感じさせる。
こんなところで選り好みして時間を使うのも何なので、ドロテアは、彼女に狙いを定めた。
自分に気合を入れると、ドロテアは、スカイラー邸の庭へずかずかと入ってゆく。
ニーナは、慌ててそれを追う。
ドロテア達がブルネットのメイドのそばまで近寄ると、彼女の方から声を掛けてきた。
「ちょ、ちょっと。ここはスカイラーさんのお屋敷よ。何か用かしら?」
ドロテアは、動じずに、優雅な礼を返す。当然偽名を使う。
「あ、どうも、初めまして。私はエステルと申します。……こちらのお屋敷の、メアリーさんに会いに参りましたの」
メイドは、ドロテアの思いのほか丁寧な礼に面食らったようだ。
どうやら、良家の子女だと思わせることに成功したようだ。彼女は多少言葉を改めてしゃべる。
「あ、そうですか。メアリーに会いにいらっしゃったと。
……メアリーですか?」
メイドは、怪訝な表情を浮かべる。
ドロテアは、平然とした顔で頷く。
「ええ。そうです。……何か問題が?」
「あ、いえ、そういう訳では……。メアリーはメイドですが、お間違いないですか?」
ドロテアは、内心で手応えを感じる。
謎の女・メアリーの素性が、これで分かりそうだ。
「ええ。そうです。……このお屋敷に、他にメアリーという名前の方がお見えになるんですか?」
「いえ、そういうわけでは。ただ、お嬢様のような方が、一介のメイドに会いに見えるとは思いませんで」
メイドは、興味津々といった感じでドロテアを見る。
―――当たりだ。どうやら、噂話が好きなタイプのようだ。
好奇心は猫をも殺す。精々、必要な情報を引き出させてもらおう。
「まあ、色々ありまして。メアリーは今、どこにみえるのかしら?」
ドロテアが聞くと、メイドは顔を顰める。
「ええ……。申し訳ないのですが、少し前から、メアリーは姿を消してしまいました」
ドロテアの視線が鋭くなる。
「―――消えた?メアリーが?」
「はい。あれはいつの頃だったかしら……。2、3週間前からだったかしら?気付いたらいなくなっていた、って感じでしたね」
ドロテアは思わず、顎に手を当て考え込む。
邪魔だ、と言われていたメアリー。そのメアリーが消えた……?
それに、2、3週間前といえば、スカイラー一族での後継者争いが表面化した頃だ。
どう考えても偶然などではないだろう。消えた、というより、消されたのではないだろうか?
確信を得るため、ドロテアはさらに重ねて質問をする。
「そうですか……。彼女がいなくなる前、何か変わったことはありませんでしたか?」
「変わったことといっても……」
メイドはしばし考えていたが、ポンと手を叩く。
「ああ、そういえば……。
ちょうどいなくなる直前、厨房で彼女と話してたんだけど、何かを相談しに母親の所に行きたいとか言ってた気がします。案外、親元に帰っただけかもしれませんね」
ドロテアは、その情報を逃がすまいとする。
「そうですか。実は、急ぎで彼女に返さなければならないものがありまして……。彼女のお母様の住所を教えて頂けないでしょうか?」
「何かって、何ですか?」
メイドは、興味を抑えられないといった感じで聞いてくる。
「ええ。お母様の住所を教えて下さったら、お教えしますよ」
ドロテアがそう告げると、メイドは『承知しました』と返事する。住所録を取りに屋敷へ戻る。
待つほどのこともなく、メイドが紙切れを手に戻ってくる。
それには、メアリーの母親が住む家の住所が書かれていた。
ドロテアは礼を言うと、立ち去ろうとする。
メイドは、その背後に慌てて声を掛ける。
「ち、ちょっと。で、メアリーに返すものって何ですか?そもそも、貴女とメアリーの関係は?」
矢継ぎ早に質問するメイドに、ドロテアはウィンクして答える。
「魅力のある女性には、秘密が付き物ってことよ……。今日あったことは、忘れた方がいいかもね」
そう言い捨てると、ニーナを伴い、足早にスカイラー邸から立ち去る。
後に取り残されたメイドは、まるで夢か幻でも見ていたかのように、ぽかんとした顔をしていた。