寄生
ウェイン伯爵の前に立つ、カトリーヌと名乗った女は、勝気な様子で告げる。
「まずは、手荒な訪問となってしまったことをお詫びいたしますわ。
……ええ。と言うのも、急ぎウェイン伯爵に尋ねたいことがあったからですの」
「……尋ねたいこと?そ、それなら、城の衛兵にでも伝えておいてくれればよかったのに」
戸惑っているウェイン伯爵に、カトリーヌは一歩横へ移動し、後ろにいる人物を見せつける。
「そうですね。しょうもない事ならばそうしたでしょうが……、何せ事が事でしたからね。直接お伺いしたくて」
カトリーヌの後ろでは、ピーターが縄で縛られ、精悍な男に拘束されていた。
「……!!ぴ、ピーター!?貴様ら、一体何を!どういうつもりなんだ!?」
「まあまあ……。ひとまず、これを見て頂けますか?」
ドロテアは、懐から書類の束を取り出すと、ウェイン伯爵の前に放り出す。
「くっ、俺に拾えという事か。舐めやがって……」
ウェイン伯爵は、ぼやきつつも投げられた書類を拾い、目を通す。
「何いっ、こ、この書類は……!?」
愕然とする。
そこには、ウェイン伯爵とピーターが尽くしてきた悪事の数々が、証拠の計算書と共に事細かに書き記されていたのだ。
慌てて商人ギルドの面々に向き直る。
「貴様ら、これをどこで……!?何だ、何が目的なんだっっ!!!」
ウェイン伯爵は半狂乱となり、手にした書類をビリビリに破き、投げ捨てる。
紙吹雪が舞う中、ドロテアは事もなげに答える。
「ふうん?まだ何も言っていませんが……、それほど慌てられるというのは、いかにも怪しいですね?
ちなみに。それは複製ですので、破られても構いませんよ」
カトリーヌが、言葉を引き継いだ。
「この書類は、貴方の部下である、ピーター様から頂いた物ですの。まあ、この計算書と、税務署内の帳簿とを比べてみれば、ある程度の不正は白日の下に晒されてしまうでしょうねぇ……。
それ以外にも、色々と証拠を残して頂いているようですし。
これを、各地の報道機関や騎士団へバラ撒いたら、一体どうなってしまうでしょうね?」
カトリーヌは、愉快そうに目を細める。
「こ、これは……その……。えー……っと……。
クソっ、ピーター、貴様、余計なことを……!なぜこんな怪しげな奴らにこれを渡したあぁ!?」
ピーターに殴りかかろうと飛び出したウェイン伯爵を、商人ギルドの数人が羽交い絞めにする。
ピーター本人は、拘束されたうえ、口を塞がれているので、呻くことしかできない。
「あらあら。そんな部下に殴りかかるようですから、裏切られたんじゃないですか?」
カトリーヌが、嘲るような調子で、抑え込まれたウェイン伯爵を見下す。
床に抑え込まれたウェイン伯爵は、半ベソになりながら、情けない声を出す。
「わ、分かった。貴様らの……、貴方たちの要求は何ですか?従いますから、許してください」
それを聞いたカトリーヌは、上機嫌に頷く。
「物分かりが良いようね。であれば、長生きすることもできるでしょう……。
まずは、私達へ要求している過度な税金を抑えること。これが第一として、ここ、ウォルバー統治の役人として、ドロテアを入れてあげてほしいの」
「こ、こちらのお嬢さんを、役人としてですか?そ、それは、どういった立場で?」
ウェイン伯爵は、おどおどと問うと、ドロテアが答える。
「ええ。立場としては、貴方の補佐官といったところでしょうか。安心して下さい。貴方自身は、今まで通り、ウォルバーの統治者のままですから」
ドロテアが、優しく告げる―――。
ウェイン伯爵を表向きの統治者のままにしておくことで、自分たちは自由に動き回ることができる。
実際は、統治者とは名ばかりの張りぼてにしてしまうつもりだ。だがしかし、今の時点でそれを伝えてやる義理も無いだろう。
「わ、分かりました。貴方たちの要求には従います。ですから、なにとぞ、報道機関や騎士団には、黙っておいてください……」
そう言うと、ウェイン伯爵は、額を床にこすりつけて懇願する。
ドロテアとカトリーヌは、そんなウェイン伯爵を見下して、ニヤリと微笑み交わす。
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商人ギルドの一行は、目的を果たし、上機嫌で帰路についていた。
今後についての流れを確認するため、カトリーヌは、副ギルドマスター・ザラヴィスに問うた。
「……ふう。今回の押し込みは、上手くいって良かったわね。
で、冒険者ギルドと話はついたの?」
ザラヴィスは、持っていた手帳を確認して、答える。
「ええ、マスター。冒険者ギルドに、見張りの派遣を依頼しました。以降、ウェイン伯爵とピーターは、我々の監視下に置かれることになります」
「うむ。ご苦労。支払う税金を一気に減らせたから、奴らに払う金も惜しくないな……。
でもドロテア。貴女が補佐官になってよかったの?控えとは言え、目立つ立場になるし、危ないことも出てくるかもしれないけど……」
カトリーヌは、心配そうにドロテアを見る。
しかし、ドロテアは胸を張って答える。
「いえ、構いません。せっかくだから、大きい立場にも就いてみたかったですしね」
それに、とドロテアは内心で思う。
商人ギルドの皆にはまだ伝えていないが、私だって貴族の端くれなのだ。
一応、本当に統治者になる資格自体はあるのだ。
今に見ていろ、とドロテアは気合を入れ直す。
私は、ここを足掛かりにして、さらに成り上がってやる。
それを阻む者が現れれば、何であろうと、全て打ち砕いて、先に進んでやるのみだ!