反逆
がちゃり―――。
重厚な音が響き、金庫が開く。
取っ手を引き、中身を確認する。
金庫の中にあったのは、大量の現金と書類だ。
とりあえず、現金については、持ってきた麻袋にありったけ詰め込む。
書類を改めると、計算書や手紙、銀行への預金証書の類だと分かった。
現金ならばともかく、預金証書を第三者が現金化しようとするのは面倒だ。証拠も残ってしまう。
せめてもの情けとして、預金証書は残しておいてやることとした。
計算書や手紙の中身を、ざっと見てみる。どうやら不正な資金の流れや、汚職についてを記したものらしい。
詳細はギルドに帰ってから見るとして、全部麻袋へ突っ込む。
周囲を確認すると、カトリーヌは一息つく。
「よし、これで頂くものは頂いた……。証拠になるものを落としていないだろうな?引き上げるぞ」
金庫に鍵を掛け直し、絵画を元の位置に戻す。
ランプの灯を消し、ピーターの家から出る。
扉に鍵を掛け、商人ギルドの面々は、悠々とその場を立ち去った。
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―――翌日。
昼を少し過ぎ、気だるげな空気が”ダンジョン村”事務所に漂っていた。
そこへ、一人の男が大股で現れた。
税務署長・ピーターだ。
その顔には焦りが浮かび、目は大きく見開かれている。額からは滝のような汗が流れていた。
「き、貴様ら……!おい!カトリーヌはいるか!!出て来いっ!!!」
事務所カウンターを両手でバンバン叩き、喚き散らす。
事務所の奥から、カトリーヌがのっそり現れる。
「何かしら?騒々しい……。こっちは昨日遅かったんだから、少し静かにしてほしいわね」
髪を掻きつつ、ふてぶてしく呟くカトリーヌの姿は、ピーターに脅されて委縮していた人物と同じだとは思えない。
「貴様……!よくもまあ抜け抜けと……!お前が行った行為は重罪だ!貴様は犯罪者だ!ギルドの代表ともあろうものが、盗人だと!?恥を知れ!!」
ピーターは、ヒステリックに喚き続ける。
カトリーヌは、指を耳に突っ込んで、迷惑そうに返事する。
「あのねえ。何をもって私を犯罪者だって言ってるのか知らないけど、私の事務所で事実無根の事を喚き散らすのも立派な営業妨害よ?騎士団でも呼んで追っ払ってもらおうかしら」
「な、何いぃ!?貴様、騎士団を呼ばれるのは貴様の方だろうが!俺の……俺の家に侵入して、俺の金庫を荒らした!俺の全てを盗みやがったんだ!!」
ピーターは半狂乱になって頭を掻き乱す。
カトリーヌは、欠伸を堪えながら答える。
「そう?じゃあ、あんたが騎士団を呼べばいいじゃない。……なんで呼べないのかしら?
……それは、呼べない理由があるからじゃないの?」
カトリーヌは、勝ち誇った笑みを浮かべる―――。
ピーターは、まるで蛇に睨まれた蛙のように硬直する。
「貴様ぁ、やっぱり、見たんだな。お、俺の、今までの、全てを……」
顔はくしゃくしゃに歪み、今にも泣き出しそうになっている。
「……何だか知らないけど、今からあんたを迎えに行こうと思ってた所なのよねえ。
そっちから来てくれて手間が省けたわ」
カトリーヌはにやりと笑うと、パチン、と指を鳴らす。
事務所の方々から、ピーターを取り囲むように人が集まってくる。
ドロテア、ザラヴィス、ミハウ、その他大勢。
ピーターは、怯えたように周囲を見回す。
カトリーヌは、冷酷に宣言する―――。
「……さあ、じゃあ一緒に来てもらいましょうか?よもや、断るとは言わないわよね?」
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ウォルバー城執務室。
統治貴族・ウェイン伯爵は、報告に上がってきた書類に目を通している。
今は、他の都市方面へと道を整備する業者を選定している最中だ。ズブズブの関係となっている業者に入札情報を伝え、情報料を受け取るのだ。
また、工事を任せる段取りになったら、代金を支払った一部から、リベートを受け取る算段となっている。
「ふう、またピーターに働いてもらわないとな……」
ウェイン伯爵は、書類を睨んでいた顔を上げ、目頭を揉む。
どうも、こういう数字関係の書類は苦手だ。
こういう時は、ピーターに丸投げして対応をしてもらっている。
奴も、勝手に多少は自分の懐に捻じ込んでいるようだが、まあ、俺に盾突かないのであればそれでいいだろう、と思っている。
小休止に紅茶に口をつけると、執務室外の廊下が騒がしいことに気付く。
「……何の騒ぎだ?」
バターン!!
ティーカップを置き、様子を見に行こうとした時、執務室の扉が勢いよく開く。
まず目に入ったのは、鮮やかな金髪と黒髪。
その後ろで、精悍な男が、何かを抱えて従っている。
思わぬことに硬直していると、扉から次々と人影が飛び出し、ウェイン伯爵を取り囲む。
そいつらは、全員弓を装備しており、引き絞った状態で、的をウェイン伯爵に向けていた。
慌てて我を取り戻したウェイン伯爵は、大声で叫ぶ。
「き、貴様ら、何者だ!不届き者め……名を名乗れ!」
その叫びを受け、中央の金髪と黒髪が、平然と答える。
「言われずとも申し上げますわ。私、ウォルバー商人ギルドのマスター・カトリーヌと……」
「同じく商人ギルドでお世話になっておりますドロテアです。
本日は、ウェイン伯爵にお伝えしたいことがあって伺いましたの。
お話し……聞いていただけますよね?」
しん、と静まり返った中、ウェイン伯爵の荒い息だけが響く。
商人ギルドの奴らが領主の執務室へ殴り込みをかけるなど……、どうなっているんだ!?
ウェイン伯爵の脳裏は、パニックに陥った。