潜入
カトリーヌは、黒のスリップから普段着に着替える。
動きやすいパンツスタイルだ。
その上から、黒い外套を羽織る。夜間の行動となるので、少しでも目立たなくするためだ。
ドロテアも、同じく黒い外套を羽織る。
部屋から出ると、そこには、外で待機していた数人の商人ギルドの面々がいた。
その中にいる、ミハウがカトリーヌに声を掛ける。夜中なので、抑えた声量だ。
「ボス!……無事、やり遂げられたのですか!?」
カトリーヌは、頷いて、右手の指先で鍵束を弄ぶ。
「ええ。この通り。鍵束は、奴の上着の中にあった……。
では、事前の打ち合わせ通り、貴方たちはこの部屋の監視をお願い。
……ピーターはしばらくは起きないと思うけど、仮に起きられても、逃がさないようにね」
「承知いたしました!ボスも、ご武運を!」
ミハウは、おどけて敬礼を返す。
手のひらをひらひらと振って応えたカトリーヌは、ドロテアと共に、宿屋”ニェボルフ”から出る。
エントランスカウンターに、老婆がガウンをまとって立っていた。
ピーターに見せたものとは全く違う、感情に満ちた表情でカトリーヌへ声を掛ける。
「カトリーヌちゃん!……大丈夫だった?ひどい事はされなかったわよね?」
心底心配そうな顔で聞いてくる老婆に、カトリーヌは余裕のある顔で答える。
「ええ。問題ありません。……それより、この宿屋をこの一日、お貸しくださってありがとうございました。これで作戦が上手くいきそうです」
頭を下げるカトリーヌに、老婆はころころと笑う。
「いいのよ。どうせ、こんな外れの宿屋なんて、いつも暇なんだもの……。それより、カトリーヌちゃんの役に立てたっていうのなら、それが一番よ。
……引き止めちゃってごめんなさい。まだ終わってないんでしょう?気を付けてね」
「ええ。ありがとうございます。……では」
カトリーヌは再度頭を下げ、宿屋前の広場へ向かう。
そこには、もう1班に分かれた商人ギルドの別動隊が待機していた。
副ギルドマスター・ザラヴィスが、カトリーヌの顔を認めて、ほっと息をつく。
「ギルドマスター……、ご無事なようで何よりです。それで、ブツは入手できたのですか?」
「ええ。もちろん。予想通り不正の証拠を隠しているようだ。今から、奴の自宅へ向かうぞ。場所と状況は調べてあるだろうな?」
「滞りなく。ここから、馬で数十分の位置です。また、奴は独身であるため、家漁り中に家族と鉢合わせる、なんてことも無さそうです」
「よし、よく調べた。―――行くぞ」
カトリーヌは、そう呟くと、別動隊が準備した、黒毛の馬に飛び乗る。
夜間行動用に、闇に溶け込む毛色の馬を準備したのだ。
ドロテアは、乗馬の心得が無いため、カトリーヌの馬に同乗させてもらう。
カトリーヌのほかに、ザラヴィス含め、5人のギルドメンバーが馬に飛び乗る。
「よし。先導してくれ」
カトリーヌが指示すると、ザラヴィスは頷く。
「承知しました。皆、ついて来い」
一同は馬の腹を軽く蹴る。
静かに走り出した。
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ザラヴィスが先導する馬群は、一同は高級住宅街に差し掛かる。
「……ここからは、人の目もあるかもしれません。歩いてゆくことにしましょう。
おい、2人は残って、馬を見ていろ」
一同は、馬から降りる。
ドロテアは、カトリーヌに抱えてもらい、そっと下ろしてもらった。
ギルドメンバー達は、視線を交わし合うと、馬を見張る者と、ピーター宅へ向かう者に分かれた。
真夜中の高級住宅街に人気はない。
また、明かりといえば、窓から漏れる頼りないランプの明かりだけだ。だが、そのお陰で、誰にも見られることなく進むことができる。
しばらく歩いたところで、ザラヴィスは足を止める。
目の前に立つ邸宅の住所を確認する。前もって調べておいた物と、同一であることを確かめる。
ザラヴィスは、カトリーヌに対して囁いた。
「……ギルドマスター。ここが、ピーターの自宅です」
「分かった。じゃあ、鍵を試してみるか」
カトリーヌは、鍵束から、それらしい鍵を扉に試してみる。
……鍵をシリンダーに突っ込み、ゆっくりと回す。開錠された微かな手ごたえを感じる。
カトリーヌは、扉を細目に開く。
顔を押し付けて中の様子を窺うが、やはり、誰もいないようだ。
家の中へ滑り込む。
他の人員もそれに倣う。
各々は各部屋へ散り、住宅内に他の家族がいないことを確認すると、部屋の窓のカーテンを全て締める。
光が漏れないようにしてから、室内にあったランプに着火する。
リビングに集合した一同は、カトリーヌの言葉を待つ。
「よし、皆。ここまでは順調だ。あとは、金庫を探し、中身を頂いて帰るだけだ。
奴の自供によると、リビングに掛けられた絵画の後ろに、金庫が隠してあるらしい。
……あれか?」
カトリーヌは、無造作に絵画を外して、床に捨てる。
特に面白みも無い静物画だ。飾った本人も、特に絵画に興味は無かったのだろう。
……果たして、その後ろには、金庫が鎮座していた。
「ほら、これだ……」
カトリーヌは、薄い唇を歪めて笑う。
ザラヴィスが思わず口笛を吹いた。
「さて、あとは、この鍵で開くことができるかだな……」
カトリーヌは、鍵束をじゃらつかせ、合いそうな鍵を鍵穴に突っ込んだ―――。