絡め捕る
「そうだな。俺とウェイン伯爵は、様々な悪事に手を染めてきた。
内容の無い事業に対し公金をぶち込んで、それをそのままウェイン伯爵の懐に仕舞いこんだり、不当な金を受け取る代わりに、工事を融通してやったり、対価として支払った一部の代金から、リベートを受け取ったりなどだ……。
まあ、商人ギルドのあんたらなら知っていることも多いだろうがな。
そして、その大多数の汚職に、俺が関わってるんだ」
税務署長・ピーターはそう言うと、胸を反らす。
どうやら彼の中では、汚職は武勇伝か何かのように思っているようだ。
「へぇ。すごい。でも、そんなに汚職に関わっているんだったら、何かあった時、追及されるのは貴方じゃないの?」
カトリーヌは、ピーターの身を案じるように、心配げな声を出す。当然演技だが。
「ははは。俺とウェインは、学生時代からの悪友だ。裏切られることなど無い……、と言いたいが、そういう訳ではない。実際、古くからの知り合いも騙して金を奪いつつ、ここまで成り上がってきたわけだからな……。
正直言って、何か起こった場合には、俺はいの一番に切り捨てられるだろう。
だからこそ俺は、それに備えて、『お守り』を握っているんだ」
……『お守り』の話題。これを待っていた。
カトリーヌは、慎重に会話を持ってゆく。
「『お守り』?それは何?まさか神頼みってこと?」
「まさか。俺は神は信じない性質でね……。
『お守り』の内容とは、奴が手を染めた悪事の履歴だ」
ピーターは、意地汚く笑う。
「当然ながら、ほとんどの汚職は、俺が関わっている訳だから、不正が行われた際の資金の動き、証拠の在り処などはすべて把握している。
この悪事の履歴をまとめておくことで、俺は身を守ることができるのだ。
例えば、何らかの理由で、統治者であるウェイン伯爵が、俺の事を疎ましく思ったとする。
それで、俺を追放しようとしてもだ。俺は、奴の悪事の証拠をすべて保管している。
……うかつに触れれば爆発するかもしれない爆弾を、手荒に扱う訳にはいかない。そうだろう?」
「……なるほど。さすがに、慎重ね。そういう思慮深いところも素敵だわ。
でも、そんな大事な物、まさか職場に置いておくわけにもいかないでしょう?どこに置いてあるの?」
カトリーヌは、核心について聞く。
「ん?いや、それはな……というか、なぜそんな事を知りたがるんだ?まさか、俺の『お守り』を奪おうという魂胆じゃないだろうな!?」
酔いが醒めかけたピーターに対し、カトリーヌはさらに酒を進める。
「あら?そういうつもりじゃないのよ……気に障ったのならごめんなさい。もっと愉しんで頂戴ね。」
耳元に息を吹きかけてやり、頬を撫でてやる。ピーターの目はさらに開き、充血する。
……カトリーヌの胸元に視線を奪われているピーターの死角で、カトリーヌはそっと自分の腿に手を伸ばす。
ガーターリングに挟んだ薬包を、そっと取り出す。
片手で開くと、ワイングラスに中身を入れる。
それを、ピーターに渡す。
「さあ、気を取り直して、一杯どうぞ」
「あ、ああ……」
わざと緩ませた胸元へ視線を寄せたまま、ピーターはワイングラスに口をつける。
……薬包の中身は睡眠薬だ。
ナス科の植物の根から精製された粉末である。ワインの味に変化はあるはずだが、興奮と、胸元に気を取られているピーターはそれに気付かない。
睡眠薬入りのワインを飲んでから、ピーターは頭をふらつかせるようになる。
眠気がやって来ているのだろう。こういった催眠状態での、相手の誘導は非常に容易だ。
聖母のような笑みを浮かべると、カトリーヌは再度ピーターへ質問する。
「……さて。貴方の『お守り』は、どこに仕舞ってあるんでしたっけ?」
ピーターは、首の据わっていない赤子のように、舟を漕ぎながら答える。
「自宅……自宅の……金庫……」
手応えを感じたカトリーヌは、さらに聞き取りを続ける。
ピーターは、問われるがままに答えていった。
金庫の位置、鍵の場所、等々について聞き出すと、ピーターは倒れていびきを掻きはじめる。
カトリーヌは、ふう、とため息をつくと、部屋の隅に置かれていたロープを持ってくる。
ピーターの両手両足を拘束すると、布で目隠しをする。
ピーターの体を床に転がすと、クローゼットに向けて声を掛ける。
「……さあ、ドロテア。もういいわよ」
カトリーヌが声を掛けると、ゆっくりとクローゼットが開く。
そこからは、顔を赤く染めたドロテアが現れた。手には火かき棒を握っている。
「か、カトリーヌ。無事でよかった。……なんかちょっと、どきどきしちゃったよ」
ドロテアは、熱くなった自分の頬に手をやる。
カトリーヌの扇情的な雰囲気にあてられたのだ。あれが大人の色気というものか……。と、ドロテアは素直に脱帽した。
「まあ、香水とかアルコールの匂いも残ってるからね。体調は大丈夫?」
ドロテアの顔を覗き込むカトリーヌに、ぶんぶんと頭を縦に振る。
「も、もちろん!何かあったらこの棒で、あいつをぶん殴ってやろうと思ったけど……、上手くいって良かった」
火かき棒を掲げるドロテアに、カトリーヌは苦笑する。
「そんな無茶なことにならないで良かった。
……さて、ここからが本番よ。狸親父の『お守り』を、頂戴しに参りましょうか?」