罠を張る
それからすぐ、カトリーヌは商人ギルドの中核メンバーを招集した。
当然、その中にはドロテアも含まれている。
普段使うものより機密性の高い、小さな秘密会議室だ。
この部屋の存在自体が隠されており、ここに入れる人材は限られている。
カトリーヌは、呼び寄せた人間が揃っているのを確認する。
ここに居るのは、商人ギルドにおける、カトリーヌの腹心中の腹心たちだ。
多くは、彼女が商人ギルドの長に就く以前からの知り合いだ。
エドワードがよく通っていた問屋の店主、ミハウもその一員だった。
「……この中核メンバーでの会議も久しぶりですな。何か重大なことが起こったのですか?」
そのミハウが、表情に微かな緊張を走らせながら、カトリーヌに問うた。
「そうね。
……今から話す作戦は、万が一にも外に漏れてはならない。そのため、信頼できる皆に集まってもらったということ。いいわね?」
カトリーヌが真剣な顔で告げると、一同は事の重大さを認識したのか、姿勢を改める。
カトリーヌは、上座の肘掛け椅子へ、どかっと腰掛ける。
顔の前で両手を組むと、はっきりと宣言した。
「さて、みんな。
―――私は、税務署長・ピーターから、秘匿書類を奪う事に決めた」
一同がざわつく。
「奪う!?……その前に、その秘匿書類ってのは、一体何なのですか?」
副ギルドマスター・ザラヴィスが、机に身を乗り出した。
ザラヴィスに対し、カトリーヌは頷いてみせる。
「ああ。その事だが……、まず、ピーターは、何らかの悪事の証拠を、自宅に保管しているようだ。
まあ、本人が言っていたというのもあるのだが……、
あのタイプの人間は、基本的に保身を第一に考える。
今でこそ派手に不正や汚職を行っているようだが、それを行うことができる理由があると考えるのが自然だ。
すなわち、本来ならば自分を監督する立場である貴族を、黙らせておける何かを持っているという事だな。
実際の所は、共謀して不正や汚職を行っているのかもしれん。
しかしそれにしても、仮に切り捨てられそうになった時に使う切り札―――、
『俺を売ったら貴様も道連れだ』という爆弾、つまりは汚職の証拠を握っているはずだ。それも恐らく、自分の手が届く範囲、……恐らく自宅に。
そして、それを奪うことができれば、少なくとも、今の過剰な税金取り立ては止めさせることができるだろう。
……まあ、手に入った物次第では、それを利用して、腐った権力者共に反撃を喰らわせてやれる事もあるかもしれん」
カトリーヌは、長台詞を喋り終えると、一息ついて紅茶に口をつける。
「なるほど……それもそうかもしれませんな。しかし、奪うと言ってもどうするのです?金庫破りでもしますか?我が商人ギルドには、そう言った人材はおりませんが……」
ザラヴィスが疑問を挟むと、カトリーヌが答える。
「いや。金庫だが、鍵を常に持ち歩いているらしい。それだけ大事に思っているんだろうな。
……だから今回は、その鍵を狙う」
「鍵を狙う……?スリでも行うおつもりですか?正直、そんなに大切にしている鍵ならば、スリ取るのも難しいかと思われますが……」
サラヴィスは渋い顔をする。
「だな。……だから、奴の警戒心を解き、盗むのを容易にしなければならん」
「はぁ。警戒心を解く……ですか。どうするのですか?奴と仲良くお付き合いでも始めますか?」
一応サラヴィスが聞いてみるが、カトリーヌは一笑に付した。
「仲良く?冗談だろう。……そんな気長なことをやっている暇はない。
―――ここはさっさと、罠に掛けてやろうと思う」
「罠ですか?……というと、どういう?」
「そうだな。……今回は、ハニートラップを使おうと思う」
「ほう、ハニートラップですか。それは……、誰が?」
「……奴は、私にご執心のようだ。私が出るしかないだろう」
カトリーヌは、心底嫌そうに答えた。
ドロテアは、心配そうにカトリーヌを見る。
「カトリーヌ、大丈夫?そんな、無理しなくても……」
そんなドロテアに対し、カトリーヌは微笑んでみせる。
「ああ、大丈夫よ。そこまでやわな生娘でもないしね。……それで、みんなにはバックアップをお願いしたいと思ってる。
それでは今から、具体的な作戦内容を練っていこうと思う。何か案のあるものは遠慮なく発言してくれ―――」
秘密会議室に集まった商人ギルドのメンバーは、額を突き合わせ、知恵を出し合う。
―――狸親父の持つ火種を奪い、反撃の狼煙を上げる。
そのための準備が、着々と進んでゆく。