狸親父
カトリーヌは、近寄ってくる男の姿を認め、小さくため息をつく。
まだ早朝だ。朝早くから疲れる物を見てしまった。
奴は、最初に”ダンジョン村”を訪れてから、数日置きに、定期的にやって来ていた。
事務所の中にずかずかと入ってきた税務署長・ピーターは、馴れ馴れしくカトリーヌの近くへ座る。
「どうも。相変わらず忙しそうですねぇ……。税金ですが、ちゃんと納めるでしょうね?ええ?」
顔を近づけて絡んでくるピーターから、鬱陶し気に距離をとるが、特に気にはしていないようだ。
「ええ。ちゃんと納めますよ。……仕事がありますから、お引き取り願えますか?」
「ほう?……そんなそっけない対応して、税金をもっと増やされてもよろしいんですかな?」
脅迫するように、さらにずいっと顔を近づけてくる。
……税金とは、そんな勝手にどうこう出来るものではないはずだが。
呆れた表情を浮かべたカトリーヌだが、ふと思い立って聞いてみた。
「しかし、この都市の税金をつかさどる存在とは言え、よくもまあ、そんな好き勝手に振る舞えるものですね。……ひょっとして貴方には、何か特別な権力でもあるのですか?」
「ふはっ、権力ですか!
……そうですね、まあ、私には特別なお守りがあるんですよ。これを持っている限り、この都市で私に逆らえるものはいないでしょうねぇ」
そう言うと、ピーターは得意げにふんぞり返る。
おや―――、と、カトリーヌは思う。
今、こいつは、特別なお守り、と言った。
こういう即物的なクソ野郎がお守りと言った時、それはスピリチュアル的な物より、もっと現実的な―――、例えば何らかの契約書だったりすることが多い。
……気分は乗らないが、ここは一つ、色々と聞き出してみるか。
方針を変えたカトリーヌは、右手を上げて女性事務員を呼んだ。
「ああ、このお方にお茶を入れて差し上げて」
ピーターは、それを聞いて楽しそうに笑う。
「おお、分かってるじゃないですか。どういう風の吹き回しですか?」
カトリーヌは、笑顔を貼りつけたまま答える。
「ええ。まあ、何にせよご足労いただいたんですから、少しはおもてなしを、ってね」
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それから時は過ぎ昼下がり。
情報を色々聞き出したカトリーヌは、ピーターを何とか事務所から追い出した。
渋っていたピーターだったが、さすがに奴にも署長としての仕事が多少はあるのだろう。ぶつくさ言いながら帰っていった。
大きく息をつくと、食堂の机に倒れ伏す。
「あー、ドロテア……。あたしは疲れたよ」
「お、お疲れ様です。どうしたんですか?」
ドロテアが、昼食を乗せたプレートを持って、カトリーヌの隣に座る。
ちなみに、カトリーヌは既に昼食を目の前に持ってきている。
今日のメニューはハンバーグとマッシュポテトだ。
疲れた体には多少重いが、仕方あるまい。
ハンバーグを突っつき、カトリーヌは、さっきあったことを話す。
ドロテアは、食事の手を止めて聞き入っていた。
一通り聞き終わると、ドロテアは大きく頷いた。
「なるほど……。あの税務署長は、何か大きな秘密を握っているんですね」
「ええ。そして、それは自宅の金庫に仕舞ってあるみたい。その鍵は、肌身離さず持ってるってことだったわ」
ドロテアは、腕を組んで唸る。
「……それ、何とかして奪えませんかね?
もしそれが、ピーターの言う通り、切り札級の代物なら―――、逆にピーターを脅してやることも可能になるのでは?」
カトリーヌは、前髪を指で捏ねつつ、同意する。
「そうね。それは考えたのよね。
とは言え、あの狸親父は、あれで中々隙も無かったから、盗むのも大変そうだし……、どうすっかなー、ってとこなんだよね」
「ふ~む。そうですか……」
それからしばらく、お互いは黙々と昼食を食べる。
可もなく不可もない味だ。これぞ職場の食堂と言ったところだろう。
ドロテアもカトリーヌも、同じくらいの時間に食べ終わった。
両手を合わせて片付けに行こうとしたカトリーヌだったが、ドロテアがその場から動かず、何か言いたそうにしていることに気付いた。
再び椅子に座りなおし、ドロテアに言葉を促す。
「……ドロテア、どうしたの?何か言いたいことある?」
「ああ、ええと……それがですね」
ドロテアも、カトリーヌがいない間に起きた出来事を話す。
謎のハーレム男が現れたこと。それが、上級貴族の令息であるらしいこと。
そして、襲われかけたこと。
ドロテアが襲われかけたという事を聞いて、カトリーヌは猛然と椅子から立ち上がる。
「そいつは宿屋にいるんだな!?さっさと追い出してやる!!」
ドロテアは、いきり立つカトリーヌをなだめる。
「いえ。構いません。その時は変装していましたから、普段の姿を見られても大丈夫でしょうしね。
……それよりも、上級貴族の、出来の悪い令息がこんな辺境の地をほっつき歩いているのは、何だかキナ臭い感じがします。今は分かりませんが、上手く使えそうな気がするんですよね」
「……そう?まあ、ドロテアがそう言うならいいけど」
一応納得したカトリーヌは、ふむ。と考え込む。
「……?カトリーヌさん、どうかしました?」
「襲う、ねえ。……気は乗らないけど、ひょっとしたら、狸親父のお守り―――、奪う方法、あるかもしれない」
カトリーヌの前髪で隠れた目が、狡猾な光を帯びた。