レオン
ハーレム男の部屋の扉をノックすると、のんきな舌っ足らずの声が聞こえてきた。
「イザベル?マーナ?戻ってきたの?」
ドロテアは、唇を舌で湿らすと、落ち着いて答える。
「いえ、違います……。
レオン・スカイラー様、フロントから参りました。この部屋の備品について、一部不備がありましたので、お持ちいたしました」
声色を変えて言葉を発する。いかにもな田舎者になりきって喋る。
こういうものは、案外わざとらしいくらいの方がバレないものだ。
しばらく、何の反応もなかったが、部屋の中から、困惑した声が上がる。
「え?そうなの?ぼくは、特に何も頼んでないけど……」
「いえ、申し訳ありません。こちらの不手際で、その部屋に石鹸が置いてありませんでしたので、お持ちした次第です」
当然嘘っぱちだ。とりあえず石鹸は持ってきたが、この部屋にあるかどうかは知ったことではない。
口実は何でもいいから部屋に入って、レオンという男が何者なのか探ろうという腹積もりだったのだが……。
どうやら、この様子だと、レオンにくっついていた女どもは不在のようだ。
それならば、だいぶやりやすい。ドロテアは、自らについた神に感謝した。
「うーん?そうかぁ。よく分からないけど、よろしくね」
扉が内から開かれる。
そこにいたのは、小柄で、頼りない顔をした青年だった。
顔じゅうにニキビが散っており、眉は濃く、唇は厚い。裂けたような細い目から、ドロテアを見上げている。
とは言え、年の頃はドロテアとそう変わらないだろう。
「失礼します……」
ドロテアは、小さく礼をして、部屋に入る。
その辺にあるアメニティグッズを、適当に並び替えたりして、何となく働いている感を出す。
その間、レオンは、小さく動くドロテアの尻を舐めるように凝視していた。
……見られてみて分かるが、非常に不快だ。このクソガキは、遠慮とかそういったものを知らないのだろうか?
思わずブチ切れそうになるのを何とかこらえ、作業を行いながら、笑顔で尋ねる。
「結構な大所帯でこちらにお見えになったようですが、こちらにはどういった目的でおいでになったのですか?」
「え?うん。ぼくはね。パパから立派に一人立ちできるって、証明するために旅をしているんだ!」
そう言うと、偉そうに胸を反らせる。
「……へえ。凄いですね。パパっていうと、どんな方なんですか?」
「パパはね、歳入庁?っていうところで、偉いさんなんだ、ってゆってた!でも、ぼくは、パパに頼るだけじゃ嫌だから、こうやって旅をしているんだ~」
レオンは、小鼻をうごめかし、得意げな様子を見せる。
……、果たして、女性4人に介護されながら地方を練り歩くことが、一人立ちに繋がるのだろうか?
それはともかく、今、レオンは、父が歳入庁の偉いさんだと言った。
すると、こいつが上級貴族の子息だという推測は、やはり正しいことになるのだ。
確かに、そうでもなければ、こんな頓馬なやつに、美女が4人もついて旅をするなんてことは有り得ない。
こいつ本人はともかく、こいつの父親には利用価値がある。はたして、どう進めるべきか―――。
そう考えながら、前屈みになってベッドのシーツを伸ばしていた時だった。
レオンが、いきなりドロテアの腰に抱き付いてきた。
「えっ!?ちょ、何!?」
思わず、素の声が出かけるが、何とか呑み込んだ。
レオンは小柄ではあったが、そこはやはり男の力だった。
ドロテアはもがくが、ベッドに押さえ付けられる。
ドロテアの腰に顔を埋めたまま、レオンが聞いてくる。
「ねえ、お姉ちゃんの名前はなんていうの?」
「……っ、アンヌと申します」
必死の思いで抵抗しながら、適当な偽名を吐く。
「そう……、ねえ。アンヌ。君も、ぼくと一緒に、旅をしない?きっと、仲良くなれるよ。一緒に居ようよ」
レオンはそう言うと、ドロテアをじりじりと押し倒してゆく。
腰のあたりに、レオンの生々しい吐息が当たる。
思わず鳥肌が立った。
―――ついにベッドの上に倒された。
こうなったら、恥も外見も無く叫んでやろうか、と思った瞬間、部屋の扉が開く。
「……まあ。レオン様。その女性は一体、どなたでしょう?」
母性を感じさせる声だ。ただし、今はその中に一抹の厳しさが混じっている。
思わず、ドロテアは声の方に振り向く。
そこには、2人の女性が立っていた。
「イザベル!マーナ!おかえり。この子はね。アンヌっていうんだ。ぼくと一緒に旅に出ないかって、誘っていた所だったんだよ」
レオンは、悪びれることなくだらしない笑みを浮かべた。
しかし、その際に拘束が緩んだので、ドロテアは隙を逃さず拘束から抜け出した。
ドロテアは、乱れた着衣を押さえ、恐怖に震える呼吸と両足をなんとか宥める。
そんなドロテアに、イザベルと呼ばれた女性が、鋭い視線を向ける。
「貴女は……この宿屋のメイドかしら?うちのレオン様に手を出さないで頂ける?」
こいつは何を言っているんだ?と、ドロテアは自分の耳を疑った。
そんな馬鹿な。こちらは襲われた側なのだ。こんな気持ち悪い奴、こっちから願い下げだ。
しかし、ここで事を荒立てるわけにはいかない。
こうなった以上、こいつには精々役立って貰った上で、ボロ切れのように棄ててやる。
そう内心で誓ったドロテアだが、慌てて言い繕う。
「いえ、まさか、そんなつもりは……、し、失礼します!」
乱れた胸元を押さえたまま、その部屋を足早に立ち去った。
ドロテアが部屋を立ち去った後。
イザベルは、レオンに言葉をかける。
「レオン様、あの女に、なにかひどい事されませんでしたか?いいですか。外で、あまり変な女に声をかけてはいけませんよ。ひょっとしたら大変な病気を移されるかもしれないんですからね」
そう言うイザベルの声に相槌を打ちながら、レオンは別の事を考えていた。
あの、アンヌとかいうお姉ちゃんは、イザベルやマーナと違って、素朴な感じがして、それはそれで魅力的だ。
アンヌお姉ちゃんも、ぼくのパーティに入ってほしいなあ。
レオンは、そう考えて、よだれがあふれてきた口元を歪める。
ああ、たまらないなあ。
あの娘も、ぼくのものにしたいなあ。