変装、潜入捜査
ドロテアとエドワードは、話しかけてくる冒険者をあしらって、宿屋の管理人室へ避難した。
扉を閉めたドロテアは、興奮した顔でエドワードに近づいた。
「エドワード、凄いじゃない!Sランク冒険者だったの!?なんで教えてくれなかったの!?」
「まあ、聞かれませんでしたしな……。それに昔の話です。今はお嬢様の執事です。それ以上でも以下でもありませんよ」
周りに人が居ないので、エドワードはお嬢様呼びに戻した。
「……そう?でも、Sランクの冒険者ってすごいんでしょ?なんで、執事なんかになっちゃったの?
いや、私の執事でいてくれるのは嬉しいんだけどさ。何かもったいなかったんじゃない?」
「ふむ……。これには多少理由がありましてな。しかし、わざわざ申し上げるでも事ありません。
……ただ、私を執事へ誘ってくれた貴方のお父上、クラナハ伯爵は、立派な方だった。そして、私は、この選択を一切後悔しておりません。……それは確かなことですよ」
ドロテアに微笑みかけるエドワードに、それ以上追及するのは躊躇われた。
尋ねてもはぐらかすくらいだから、ひょっとして何か言いづらいこともあるのかもしれない。
それならば、無理に聞き出すこともあるまい。今の彼は私の執事で、もっとも信頼する人の一人なのだ。
「……なるほど。変なこと聞いちゃったかな。ごめんね」
ドロテアは、気分を切り替えて、本来聞きたかったことを聞いてみることにした。
「ちょっと、ついさっき、変なパーティを見つけたのよね……。何か聞いたことある姓だったから、エドワードは何か覚えていないかって聞きたくて」
そう言うと、宿泊者名簿を掲げて、その名前の所を指さす。
エドワードは、身をかがめてその名前を読んだ。
「ええと―――、
レオン・スカイラー?ふむ……」
ちょっと考えると、口を開く。
「スカイラーと言えば、中央の方に、そういう姓の上級貴族がいたはずですが……、この男は何者なんですか?そもそも、変なパーティとは?」
疑問を挟むエドワードに、ドロテアが答える。
「ええ。この男は、どう考えても実力が無さそうなのに、4人もの美女を引き連れて旅をしているみたいなの。何かいわく付きだと思うでしょ?
……でも、確かに、上級貴族のご令息だとすれば、納得できるかもしれない」
ドロテアは不敵な笑みを漏らす。
「これは、何かに利用できそうね。ちょっと様子を窺って、素性を確かめてみようと思う」
「……危ないことはしないで下さいよ」
心配そうに言うエドワードに、元気に返す。
「大丈夫!別に、この街中でどうこうされることもないでしょう……。給仕の振りをして、偵察してくる!教えてくれてありがとうね!」
ドロテアは、事務仕事をしているシルビアの元へ走ってゆく。
「やれやれ。何事もなければいいが……」
シルビアと話しているドロテアの後姿を見て、エドワードは呟いた。
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「……さて、これでいいか」
大きな姿鏡の前で、自分の姿を確認する。
目の前には、給仕服を着こなした自分が立っている。
私服の上に、地味な黒のエプロンドレスをつけただけなのだが、制服というものを着たのは初めてなので、気持ちは予想以上に上がる。
鏡の前でくるっと回ってみると、エプロンドレスの裾が広がった。
我ながら、金髪に黒いドレスがよく映えている……、と、思う。
ドロテアは、シルビアに頼み込んで、ハーレム男・レオンの部屋へ給仕へ行くことにした。
そこで、奴の素性を探るのだ。
それで、奴が仮に、本当に上級貴族の息子だという事が分かれば、今後、何かしらに利用することができるかもしれない。
もしかしたら、ピーター程度の地方役人であれば、倒すことができるかもしれないのだ。
一応、出来る限り変装はしてゆくことにする。
野暮ったい眼鏡をかけ、土から採取された染髪剤を髪に擦り込む。
美しい金髪は、くすんだ茶色へ変化した。これは、後で髪を洗うだけで色が落ちる便利なものだ。
ついでに、眉にもつけて、少し太くする。顔にも少しつけて、そばかすのように見せる。近寄ってよく見ないと、偽物だとは分からないだろう。
また、長い髪を適当に三つ編みにして前に垂らした。
改めて鏡を見ると、なんとも冴えない田舎娘がそこにいた。
我ながら、見事な変身になんだか笑ってしまう。
よし、と気合を入れる。
今からハーレム男の所に潜入するのだ。
ミッションの目的は、対象の素性を確認し、今後利用するための情報を集めること。
まるでスパイ小説の主人公にでもなった気持ちで、廊下を進む。
部屋番号をチェックする。ここだ。
すう、と小さく息を吸い込んだ。
多少の緊張と共に、ハーレム男の部屋の扉をノックした―――。