敗北会議
カトリーヌは毅然として答える。
「……そうですか?お宅様方がどうお考えなのかは存じ上げませんが、私共に不正はございません。
何なら、店舗の図面や、会計帳簿をお見せしても構いませんが?」
ピーターは半笑いで返す。
「なに、そんなものはどうとでも改竄できる。ここで重要なのは……、それが不正かどうかを判断するのは、我々税務署だという事だ。分かりますね?」
たじろいだカトリーヌをいたぶるように、嗜虐的な薄笑いを浮かべて、ピーターは続ける。
「つまり……、裁判官が私である以上、貴女の勝利は有り得ない。
この時点で、貴女に残された選択肢は2つしかない。大人しく我々が提示した金額を支払うか、我々に逆らって、骨の髄までしゃぶり尽くされるかだ。さあ、どちらを選ばれますかな?」
カトリーヌは、黙ってピーターを睨み付けている。
ドロテアとミハウは、それを心配そうに見つめている。
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「いや、どうも。お忙しいところお邪魔してしまって、申し訳ありませんでしたな。この後もお仕事頑張って下さい。では、私達はこれで……」
ピーターは満面の笑みを浮かべる。
税務署員を引き連れて帰ろうと踵を返すが、思い立ったように振り返り、カトリーヌに告げた。
「ああ、そうだ……、カトリーヌさん。貴女はとてもいい身体をしている……。また、個人的に支援が必要というのであれば、仰って下さい。条件付きで、支援させて頂きますよ……」
そう言うと、鼻の下を伸ばしたピーターは、カトリーヌの胸元を背伸びして覗き込もうとする。
カトリーヌは、腕で胸を隠し、抗議の視線を向ける。
ピーターは、意に介すどころか、その反応を満足そうに受け止めた。
「いや、実に良い表情だ。そそりますな。……と、いうわけで、失礼いたします。指定の金額は、期日までに支払いをお願いしますよ。
……仮に、支払われなかった場合、またこちらにお伺いしなければならなくなります。まあ、私としては、それでも一向に構わないのですがね」
そう言うと、下手くそなウィンクをカトリーヌへ寄越す。
言いたい放題言って、ピーター達税務署員たちは帰っていった。
カトリーヌは、ピーターから手渡された紙切れを、忌々しげに眺めている。
ドロテアは、カトリーヌの元へ駆け寄る。
「カトリーヌさん!!大丈夫でしたか?あんなこと言われて……私……」
ドロテアは、尊敬する人を侮辱された悔しさと怒りで、顔を赤くして震えていた。
「ああ、ドロテア。心配してくれてありがとう。……まあ、商売している以上、あんな輩はたまにいるからね。一々気にしても仕方ないよ」
カトリーヌは、悔しさに身を震わすドロテアの頭を撫でる。
身長はさして変わらないが、そうして見ると、仲の良い姉妹のようだった。
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ドロテアが落ち着くと、商人ギルドの主要人物を会議室に集め、今後の対応を話し合うことになった。
カトリーヌ、ドロテア、ミハウを始め、十人程度が揃う。
皆が席についたことを確認し、カトリーヌが口火を切る。
「皆、良く集まってくれた。ついさっきの事だが、税務調査が入った。
……調査とは名目の、ただの強請り集りの類だったがな」
カトリーヌは、今までの経緯をかいつまんで一同に伝える。
途中で、何度も呻き声や罵声が起こった。
「……と、いうわけだ。私としては、税務署に言われた通りの金額を支払うほかないかと思っているが、何か意見のあるものはいるか?」
憮然とした顔でカトリーヌは会議室を見渡す。
ドロテアは、慌てて手を上げる。
「えっ!?あのいかにもなスケベオヤジの言う通りにお金を払うのですか!?税金はきちんと納めているんですよね!?じゃあ、突っぱねればいいんじゃないですか?」
「ふむ。そう思うか……」
カトリーヌは、複雑な表情を浮かべ、ドロテアへ言う。
「実はな、実際、会計帳簿は分けて2つ作っているんだ。
すなわち、実際の資金の動きを記した裏帳簿、それと利益を圧縮した表帳簿、だな。
ほとんどの商人が行っていることだが―――、税金を納める際に、少しでもその額が少なくなるように、得た利益を過少に申告しているんだ。これを表帳簿と言う。
……実際に裏帳簿があるわけだから、下手にすっとぼけて台所を探られるよりは、さっさと降参して金を払っておこうという事だな」
「そ、そうだったんですか……」
ドロテアは、商人ギルドの資金の動き、税金対策などがどうなされているのかについて、無知であった。そのことについて、無性に恥ずかしくなって黙り込んだ。
商人ギルドお抱えの税理士、パベルが口を開く。
「……仕方ないでしょうな。しかし、先方が示した金額は、明らかに正規の税金よりも多い金額だ。
この点については、何か説明はありましたか?」
カトリーヌは苦々しく吐き捨てる。
「ああ、文句があるのなら、脱税の証拠を掻き集めて、場合によってはデッチ上げてでも、資産の差し押さえを行うと脅迫してきた。そう言われては、従うしかないだろう」
「なるほど。一応、念のために、正規の相談窓口に伝えるのもいいかもしれませんが……」
「まあ、こちらにも探られると痛い腹があるからな。要考慮といったところか」
カトリーヌは、疲れた顔でため息をつく。
「とりあえず、今月の納税から、その紙切れの分だけ、上乗せして払ってくれ。頼んだぞ」
パベルは頷き、他の一同も、徐々に解散し始める。
そんな中、ドロテアは、一人怒りに燃えていた。
正当な税金を払うだけならば、まあ当然だが。
それを超えてぬけぬけと奪いに来るなど、まるでダニか何かの害虫のようだ。
疲れた顔のカトリーヌを見ると、やりきれない気持ちが沸いてくる。
―――私にもっと力があれば。
無力を自覚したドロテアは、空を睨む。
今に見ていろ、と天に毒づく。
私はいつか近いうち、こんな世の中から成り上がってやる。