税務調査
「じゃあ、行ってきます!」
ドロテアは、マーガレットが作ってくれたサンドイッチを口に詰め込むと、勢いよく家から飛び出した。
”ダンジョン村”が軌道に乗り始め、少なくない利益が出始めたが、ドロテアは相変わらずのあばら家に住んでいた。
あばら家での生活に慣れていたので、改めて家を移る必要性を感じなかったからだ。
「お嬢様、お気をつけていってらっしゃいね!……もう行ってしまいましたか」
マーガレットが見送ろうと慌てて玄関へ向かったが、既にドロテアの姿はなかった。
奥の部屋から、エドワードが顔を出す。
「お嬢様は今日も元気だな……。”ダンジョン村”に携わってから、毎日生き生きしているようだ」
「そうですねえ。何か危ない目に遭わなければいいのだけれど」
心配そうに頬に手をやるマーガレットに、エドワードは笑う。
「まあ、大丈夫だろう。商人ギルドの人たちも良い人のようだし。何かあれば、俺達で守ってやればいいだろう」
「そうは言いますけどね。私達だって、常にあの子の近くに居られるわけじゃないでしょう。だから心配で……」
「はは。ドロテアだっていつまでも俺達がべったり、って訳にもいかんだろう。むしろ、関わる人が増えて良かったじゃないか。
……心配で寂しい気持ちも分かるが、これも成長だ。彼女を信じてやろう」
「そうねえ……。今の私たちにできる事は、あの子が安心して帰って来れる家を守ること、かしら」
「だな。じゃあ、俺は狩りに出てくるぞ。仕掛けた罠を見に行かないとな……」
マーガレットは、出掛けようとするエドワードに外套をかけてやる。
エドワードは礼を言い、狩りに出掛けていった。
二人を見送り、一抹の寂しさを感じたマーガレットだったが、夕食の支度をするために、街の中心に買い物に行こうと、気持ちを切り替えるのだった。
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「今日も”ダンジョン村”は大盛況ですね!」
カトリーヌと並んで歩くドロテアは、興奮気味に喋る。
事実、”ダンジョン村”は今日も絶好調だ。
店の間の路地は冒険者が行き交い、陽気な会話が飛び交っている。
「ええ。まさか、ここまで上手くいくとは思わなかったわ。これもドロテアの迷宮そのものと、”ダンジョン村”建設を思い切って決断してくれたおかげよ」
カトリーヌも心なしか上機嫌だ。
このところ、カトリーヌはドロテアと行動を共にすることが多い。
いつしか、素直で感情豊かな少女の事を、妹のように思えてきたのだ。
二人で話しながら事務所に向かうと、人だかりができていた。
「……ん?人が集まっているわね。何か問題でも起きたのかしら」
カトリーヌは眉をひそめ―――相変わらず前髪で隠れて見えないが―――、呟いた。
何事かを言い合っている最中に割って入る。
「ちょっと失礼しますよ。……ミハウ。この騒ぎは一体何?」
”ダンジョン村”事務所を任されていたミハウは、お手上げといった感で両手を上げた。
「ああ、ボス……。いや、この人たちは、税務署のお役人さんらしいんですが……」
困り果てた顔をしているミハウの代わりに、税務署の役人と言われた男が言葉を引き継いだ。
「おほん。貴女がここの”ダンジョン村”の代表取締役、カトリーヌ殿ですな?」
脂ぎった顔の男が、カトリーヌに向かって話しかける。
男は、カトリーヌの体をじろじろと無遠慮に眺めまわした。
視線が露骨に胸と腰に行くのが分かる。
「……ええ、そうですが?」
不快感を表には出さず、冷静に答えた。
「お目に掛かれて光栄。私はウォルバー税務署長の、ピーターと申します。以後お見知りおきを……」
男―――、ピーターは気障な調子で腰を折るが、突き出た腹に阻まれて、滑稽に見えた。
おほん、とわざとらしく咳払いをすると、話を続ける。
「それで、最近、景気が良いようですな?」
男は、視線を胸に固定させたまま、粘ついた声で言う。
「……はい。おかげ様で。”ダンジョン村”の事業が軌道に乗り始めたところなのです」
「ほお。それは重畳。……それで、急成長を遂げられたわけだ。
……何せ急なことだ。税金を納め忘れている、ってことは、ありませんかな?」
「いえ、税金の申告は、専属の税理士に任せております。そういった事は無いかと」
きっぱりと言い切ったカトリーヌだが、ピーターは動じず、勝ち誇ったように顔を歪める。
「おやぁ?そうですかぁ?おかしいですな。どうやら、お互いに意見の相違があるようだ」
カトリーヌは、婉曲な話し方をするピーターに苛立ってきた。しかし、ここで乗せられては相手の思う壺だ、と自らを戒めた。
「はあ。意見の相違とは?」
「ええ。商用店舗の面積です。貴ギルド殿が申請なさった面積と、私共で見積もった面積では、違いが出てきましてな。ええ。
また、売り上げに関しても、過少申告なさっているのでは?という疑いも持たれております。
……有り体に言えば、貴ギルドには、脱税の疑いが掛けられているのですよ」
ピーターは厭らしく笑う。
「……脱税?」
隣で聞いていたドロテアは、理解できないというように唖然とする。
「ええ。そうです。このままでは、罰金や追徴課税、もしかしたら、店舗の差し押さえの可能性も、あるかもしれませんなぁ。……どうされますかなぁ?」
ピーターは、好色な笑みをカトリーヌとドロテアに向ける。
カトリーヌとドロテアの肌に、鳥肌が立った。