撃たれる!
スコットには不思議な力がある。
ESPの一種、予知夢だ。
自身の身に危険が迫る時、無意識にこの力は発動する。
病院の一室。
ベッドに横たわる自分。そしてそれを取り囲む家族や友人達の姿があった。
───突然こんな目に遭うなんて……可哀想に。
───スコット……クソ!こんな事になると知っていたら……
───それにしても……なぜ彼は昨晩、あんな場所にいたんでしょう?
───頭にタマが命中したと聞きましたが……
───犯人、今朝のTVで写真が出てましたね。ほら、額の真ん中にホクロのある……あれは中国人だったか……
───頭部への一発もそうですが……衝撃で転倒し、後頭部をアスファルトに打ち付けたのが致命傷だったそうです……
───何にしても不運だ。当たり所が悪いだけでこんな事に……
───会社近くの公園のベンチ。
「スコット、起きたか?」
「あ……ああ。すまない」
「お疲れさん、今日はクライアントが一気に増えて大変だっただろう」
私の隣に腰掛ける男はライアル、同じ会社に勤める同僚である。ライアルは手にしたボトルに残った氷を齧りながら、豪快に笑った。
どうやら、会社終わりに立ち寄った公園で、自分はうたた寝してしまったらしい。
「おっと!もうこんな時間か。今夜は彼女と待ち合わせしてるんだ、俺は先に帰るぜ。早く帰って休むんだぞ!」
ポンッと私の肩に手を置き、ライアルは公園を出ていった。
目覚めた私は高鳴る心臓に手を置き、心を落ち着かせる。
うたた寝している間におかしな夢を見た。
ベッドに横たわる自分。聞こえて来るのは悲嘆にくれる家族や親しい友人の声。
普通なら嫌な夢を見た、で済む話だが───この夢は、これから起きる現実なのだ。
─────
今まで、自分の身に降りかかる災難の数々を夢で見てきた。
地下鉄。雨に濡れたホーム近くの階段で転倒し、大怪我を負う夢。
仲間とスキーにやってきた雪山。突然の悪天候により遭難する夢。
出張先のホテルが火災に巻き込まる、なんて夢もあった。
夢で見た災難は全て、その日のうちに現実のものになる。今回もその類いだろう。
だが、今回の夢では為すすべなく、死んでしまっている……もしかすると知覚出来ず、突然降りかかった災難なのだろうか?
皆の会話から分かった事は、自分は何者かに撃たれるらしい。
一体なぜ……?誰かに恨みをかった覚えなど無いはず……私は突然の事態に緊張で胃が痛くなった。
だが、あくまでそれは『このままだとこういう結末を迎える』という事だ。無事に家に辿り着きさえすれば、危機を回避する事が出来るはず。これまでも、そうやって危機を乗り越えてきたのだ。
こうしてはいられない。タクシーなりなんなり捕まえて、早く家に帰ろう。
私は急ぎ足で公園を出て、大通りに向かった。
─────
黒い雲が周囲の空を覆う。
まるで自分の行く末を暗示しているようで、私は無性に不安な気持ちになった。
ひとまず大通りに出た私は、タクシー乗り場までの道のりを警戒しながら歩く。
物陰から……ふとした瞬間に誰かが自分に銃口を突き付けてくるのではないか。この街は、表は華やかに見えるが……その裏では1秒に数十件の割合で犯罪が起きている。
さすがに人通りの多い道で銃をぶっ放す奴なんていないだろうが、不安は隠せない。
慎重に……慎重に……頼りない足取りで進む。
周囲の人々が私を怪訝な目で見て、すれ違っていく。恥ずかしいが構うものか。
公園を出て数時間、タクシー乗り場まで辿り着く頃には辺りが薄暗くなっていた。
─────
「………………遅い。遅すぎる」
待てど暮らせど、やってこないタクシー。
この辺りは治安が良い訳ではない。日が落ちると、その分不良と呼ばれる輩もうろつき出す。
早く───早く来てくれ。
街頭の下でたむろするアフロヘア―の男性がこちらを見つめているような気がする。
電話ボックスの前で煙草を吹かす老人が、こっそり拳銃を隠し持っているのかもしれない。
走ってバス停まで……いや、それはあまりにもリスクが高すぎる。
一秒一秒が長く感じられる。背中に冷や汗がしたたる。
そうこうしているうちに─────ようやく一台のタクシーが通りかかった。
「どちらマデ?」
「◯◯シテイの5番街、132番地にあるNKマンションだ!早く出してくれ!」
「かしこまりまシタ」
東洋人の運転手はカタコトの英語で応じ、車を発進させる。ずいぶん時間が経ったが、ようやく家に辿り着けるぞ……。
懐から携帯を取り出すと、しばらく見てない間に何件かのメールの通知があった。
ライアルからだった。どうやら彼女とのデートを満喫しているらしい。二人で仲良く撮った写真が届いている。
「おにいサン、大分おつかれの様子ですねェ?」
しばらく携帯をいじっていると、運転手が声を掛けてきた。
「え、ええ。まあ」
「少し待ったでショ?すいませんねェ。最近ここいら、民族運動でデモ隊の連中がウロついてまして、交通規制が入ったんでスヨ」
「はあ」
「ここら辺もますます物騒になりましたねェ、ヒヒヒ」
そう言って、運転手は口に入れたガムを噛みながら、朗らかに語り掛けてくる。
薄暗い車内にポップな音楽が掛かり、それがどこかミスマッチで……私に再び焦りの気持ちを芽生えさせていた。
そう言えば………何か、予知夢での出来事を、見落としていたような………。
───帰宅中……頭にタマが命中したと聞きましたが……
───犯人、今朝のTVで写真が出てましたね。ほら、額の真ん中にホクロのある……あれは中国人だったか……
「お客さん、どうかしましたか?」
バックミラー越しに見えた運転手の額には、特徴的なホクロがあった。
助手席のネームプレートには『TOKU RIMEI』。
チャイニーズ?……この男……。
強盗がタクシー運転手を装う事件は聞いた事がある。
愛想の良い男に見えるが……実は犯罪者なのではないだろうか。
それに……窓から映る景色が帰宅時に見えるソレとは違っている。
「ああ、この先のミチ、工事してますからネ。裏道を通っているんですヨ」
心臓の鼓動が早まる。やはり……。
携帯を閉じ、懐に入れると───運転手はこまだこちらの様子をじっと伺っていた。
笑ってはいるが……その目は油断なく、鋭い。
私は身の危険を感じ、声を張り上げた。
「すまない!!急用を思い出した!!ここで降ろしてくれ!!」
悲鳴に近い形で運転手にそう叫ぶ。
「エエ!?こんな所でですカ?ゴジタクまで、まだまだ遠いですヨ?」
「いいんだ!金も払う。いざとなったらバスを使う!申し訳ないが、ここで降ろしてくれ!」
「ハア、わかりまシタ……」
後部座席のドアが開く。
私が飛びのくように降りるのを見届けると、タクシーは去って行った。
「ふぅ……」
辺りを見渡すと、遠くに開けた浜辺が見える。
良かった……。ここなら少し歩く必要があるものの、自宅までさほど距離も開いていない。
もうすぐ24時を回る。となると、やはり未来で私を撃った犯人はあの……。
早く───早く家に帰ろう。今夜はとても疲れた……。
ピロンッ
おや、誰かからメールが入って来た……またライアルだろうか。
懐から携帯を取り出そうと手を伸ばした─────その時。
───ドゴッ
空から飛来してきた何かが、私の頭部に直撃した。
───野球場
「入った入ったーー!ホームラーーン!!ホームラン!試合を決定づける一撃!鋭い弾道を描いた球は場外、場外へと飛んでいきました!延長につぐ延長の末、ニューヨークウルフルズ、サヨナラ勝ち!」
「決めたのは好調、6番打者のHIDEO!HIDEO MATSUGAWA!甘く入ったストレートを振り抜いた!日本からやってきた野人!!今日のヒーローはマツガワだ!!」
白熱した試合展開にボールパークは凄まじい熱気に包まれた。
「見た!?ライアル!凄いホームランだったわね!」
「ああ見たよジョーイ!見事な一発だったな。マツガワ……凄いバッターだ」
ライアルは携帯を取り出すと、友人に今夜のヒーローの姿を送信した。
笑顔でダイヤモンドを一周する日本人の額の真ん中には、印象的なホクロが付いていた。
ここまでお付き合い下さり、ありがとうございました。