花
ひとり、ぼんやりと、花壇を見ていた。
ピンク色の花か。
花の名前はわからない。
ずいぶんきれいに咲いているもんだ。
キレイ?
花が奇麗という事じゃなくて、並びが整列していてキレイというか。
僕に花の良さはわかんないな。
「なんじゃ、失礼なやつじゃのう。」
花の中から、ちっさい少女が出てきた。
いよいよ僕は、幻覚を見るほどおかしくなってしまったようだ。
「おかしな性格はしておるが、主は正常じゃ。」
この僕が正常だと。
ああ、これは愉快なことだ。
仕事もせず公園の片隅でぼんやりしている僕が正常だというのか。
「何もしとらんだけの話ではないか。」
何もしないことが正常だと言えるのか。
ああ、これは愉快なことだ。
何もしないで生きていけることは異常だというのに。
「生かされておるのだから生きておればええ。」
何もしないで生きているなんて。
「人に生かされるのではなく、自ら生きてみてはどうかえ。」
勇気が出ない、何もできない、したくない。
「われらは明日、この場を去るのじゃ。」
へえ。
「生かされなくなるのじゃ。」
へえ。
「主は、明日、抜かれるのかえ?」
いいや。
「われは勇気を出して主の前に現れたのじゃ。」
なんで。
「明日で終わるので何かをしたかったのじゃ。」
ふうん。
「さらばじゃ。」
ちっさい少女はぽすんと消えた。
なんだよ。
意味が分からねえ。
なんで僕の前に現れた。
僕には何にもできやしない。
僕には何にも、できやしないのに。
夜中に、こっそり、家を抜け出した。
あのあと100円ショップで買った小さな植木鉢と、スコップ。
ちっさい少女の出てきた花を、スコップですくって植木鉢に移す。
窃盗、誘拐罪適応案件だ。
家に持って帰って、机の上に置く。
ちっさい少女は出てこない。
植木鉢に水をやっても、どんどん萎れていく花。
ちっさい少女は出てこない。
花は枯れてしまった。
僕は何を、やっているんだろうな。
結局意味がなかったのか。
「花、枯れちゃったね。」
母さんがつぶやく。
「外に出してあげなかったからね。」
外に出したらちっさい少女は出てきただろうか。
「日に当てないと弱っちゃうんだよ。」
日に当てたらちっさい少女は出てきただろうか。
「水のあげすぎで根が腐っちゃったのかも。」
水をやらなければちっさい少女は出てきただろうか。
僕は、ただの土になってしまった植木鉢の中身を、公園の花壇に戻しに行った。
ちっさい少女の出てきた花壇は、土を抉られ、おかしなオブジェが飾られていた。
勇気を出して、僕の目の前に現れて。
何も変わらず、ただ消えてった。
僕はただ無駄なことをしただけなのに。
無駄なことを、しただけ?
ちっさい少女は、僕と話を確かに、した。
あいつは確かに、いたんだ。
話を、したんだ。
ちっさい少女はもういない。
僕はここにいる。
ちっさい少女はなんと言った?
生かされているから生きてていいと言った。
生かされるのではなく自ら生きろと言った。
消える前日に勇気を出して、勇気は報われることなく消えた。
勇気を出した後の時間が短すぎた。
ちっさい少女の存在を無駄にするかどうかは、僕次第だ。
ちっさい少女の言葉を受けて僕が何かをすることができたら存在は無駄ではない。
ちっさい少女の言葉を受けて僕が何かをすることができなければ存在は無駄だった。
僕は、少しだけ、前を向いた。
ちっさい少女にまた会える日をどこかで望んでいる。
トレニアの花を植えた。
ずいぶんたくさん、植えてみた。
きれいに並べて、植えてみた。
あの日、ちっさい少女が出てきた、花。
ずいぶんたくさん植えて、ずいぶんたくさん枯らして。
ずいぶん時間が過ぎたころ。
もう、植えても世話することはできんなあ。
「なんじゃ、失礼なやつじゃのう。」
今頃出てきたのか。
ついにわしも耄碌したか。
「おかしな性格はしておるが、主は正常じゃ。」
あんた一体今まで何してたんだ。
「何もしとらん。」
あんたのおかげでずいぶん生きることができたよ。
「人に生かされるのではなく、自ら生きてみたのじゃな。」
なかなかいろんなことを経験させてもらったよ。
「主は今日、この世を去るのじゃ。」
ああ、そうかい。
「生かされなくなるのじゃ。」
ふうん。
「主は、今日、抜かれるのだぞ?」
わかった。
「われは勇気を出して主の前に現れたのじゃ。」
なんでだろう?
「今日で終わるのを見届けたくなかったのじゃ。」
それはわるかったね。
でもわしは、お前さんの顔が最後に見えてよかったよ。
「さらばじゃ。」
「さらばじゃ…。」
目の前に咲き誇る、トレニアの花壇。
ずいぶんきれいに咲いているもんだ。
ずいぶん、奇麗に、咲いている。
わしが心を込めて、世話をし続けた自慢の花壇だからな。
最後に見る、風景が。
こんなにも美しい。
花で。
良かった。