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月影の守護師  作者: ドッグファイター
第一章 守護師覚醒編
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09話 傷心からの決意と誓い

ある場所に向かった準と泰典。

その頃、冬馬はというと……。

 ここは京都のとある山中にある一本道。青々とした葉をまとった木々に囲まれている砂利の土道である。一応は整備されているのだが表面はかなり傷んでいて、所々に小さな穴が空いているような荒れた道だ。人が辛うじてすれ違えるほどの狭い道幅ではあったが、ここを通る人はいないだろう。脇から生い茂った雑草が所々で路面を覆い隠しており、滅多に人が通らないという事が窺い知れる。

 冬を超えて春に差し掛かった穏やかな気候が心地良く、ハイキングには丁度いい季節である。だがここはハイキングコースでも無さそうで、何かの名所があるという観光地でもないようだ。

 もうすぐ陽が沈むであろう夕刻時。ひっそりと厳かな空気が流れているような雰囲気である。まるでこの辺りだけ別世界に隔離されて時間が止まっている、そんな錯覚すら覚えるような静寂な空間がここにはあった。


 そんな静かな道の脇に、新たな生活を始めるために出立した冬馬の姿があった。冬馬は屈んで手を合わせており、その顔は目を瞑り穏やかな表情をしている。その後ろで一頭の黒柴犬が尻尾を左右に振りながら、大人しくお座りをして待機していた。

 この黒柴犬、見た目はごく一般的な成犬である。黒い毛色の胸元に入るワンポイントの白いラインが特徴的だ。突き立った耳に丸まった尻尾、そして何より黒と白のコントラストが絶妙なバランスの愛らしい顔が印象的である。

 先程までもう一頭、ドーベルマンのような犬もいたのだが、いつの間にか姿を消していた。

 黒柴犬が見守る中、冬馬が拝んでいる目の前には花が手向けられている。


「久しぶりだね直輝(なおき)。近くまで来たから会いに来ちゃったよ」


 そう呟いた冬馬だが、目の前には誰もいない。後ろに控える犬一頭だけである。冬馬は手向けられた花に向かって独り言を呟いていた。

 辺りは変わらず静寂に包まれている。時折吹き抜けていく風の音が、木の葉を擦れて心地良いリズムを刻んでいく。その風に何処からともなく運ばれてきた桜の花びらが高く舞い上がり、幻想的な光景が展開されている。それでも冬馬はそんな情景に心を奪われることはなく、穏やかな表情で手向けられた花をじっと見つめていた。


「ぼくはもう十八歳になったよ。あれからもう四年が経ったんだね……」


 ほんの少し微笑んだ冬馬の表情は、どこか寂しげに映る。それは親友だった直輝の面影を、十四歳のままの姿を思い出していたからだろう。


「早いなあ。ねえ直輝、ぼくは高校を卒業したんだよ。直輝はまだ中学生のままだもんね。生きてたらひょっとしてぼくの身長を追い抜いていたかな? そりゃないか。はははっ」


 そう言って冬馬は少し意地悪い表情になった。

 もうすぐ日の入りを迎える頃なので、辺りは薄っすらと暗くなり始めていた。ここは山中で日が暮れると真っ暗になる。辺りには街灯など見当たらない。それでも冬馬は時間を気にすることもなく、まだ手向けられた花を見つめて佇んでいた。


「心配かけてごめんね。やっと決心がついたよ。ぼくは前を向いて直輝の分まで生きていくって決めたから。だから直輝は見守っていてよ!」


 冬馬は花を見つめながら、満面の笑みを浮かべた。


 直輝が死んでから引き籠っていたのが嘘のような晴々とした笑顔だ。思えば冬馬にはここ数年、心から笑うことなんて無かった。落ち込んで、泣いて、塞ぎ込んで。そんな自分が嫌になってまた落ち込んでしまう。この連鎖を繰り返していた。出口の見えないループにはまってしまったような絶望感。そこから抜け出すのに三年以上もの月日を要した。だからこそ、冬馬には並々ならぬ決意があったのだ。もうあの頃に戻りたくない。この笑顔は冬馬のそんな強い意志の表れでもあった。


 それから冬馬はおもむろに立ち上がる。まだ名残惜しそうに花を見つめた後、横に置いてある青いバックパックを掲げて背中の方へ勢いよく振り回して背負った。


「寂しくなったらまたすぐ会いに来るから! じゃあ、行こうか!」


「ワンッ!」


 冬馬の声に黒柴犬が応えるように一吠えすると、その顔を穏やかな表情からキリッとした真顔に変えてその場を後にした。その顔は不安や迷いなど微塵も感じさせない、たくましい顔つきである。

 母の咲子が見れば頼もしく思うだろうか。亡き父が見れば成長した姿を喜んでくれただろうか。そして亡き友が見れば、これから前を向き歩き出す冬馬の背中を押してくれただろうか。その答えは、これからの冬馬の生き方を見ればわかるのかもしれない。


「さてと、お世話になる下宿先に早く行かなきゃね。でもまさかここの近くに来るなんて思ってもみなかったな。寂しがり屋の直輝がぼくを呼んだのかな。まあ、ここならいつでも会いに来られるからちょうどいいよね」


「ワオーン!」


 先程はそこには居ない直輝という幻影に話しかけていたのだろう。しかしその場を立ち去った後も、冬馬はまだ独り言を呟いていた。

 それは悲しさを紛らわす為なのか、それともただ単なる彼の癖なのか。犬に話しかけているのかもしれないが、先程の独り言がまだ抜けていないというのが本当のところである。


「ん? そう言えば、待ち合わせって何時だったっけ? 確か……、あ、ヤバい。場所わかんなくなっちゃった。うーん、どうしよう……」


「ワウ~?」


 黒柴犬は首を傾げながら心配そうに冬馬を見ている。冬馬は腕を組んで「困ったなあ」と呟いていたら、背後からいきなり大きな声が飛んできた。


「そこで何をしている!」


「うわっ!?」


 冬馬は不意に声を掛けられたので、思わず体をびくつかせた。冬馬が声の聞こえた方へ振り返ると、仁王立ちでこちらを睨みつける者がいた。

 それは大柄でガッチリ体型の男だった。顔は見るからに強面で、眼光は鋭く細い目をしている。何よりも冬馬の目に飛び込んできたのはその男の特徴的な服装だった。丈が膝の辺りまである白い羽織を着ていたので目に留まったのである。普段の街中ではまず見かけないような服装なので当然のことだろう。

 いぶかし気に見つめる冬馬を、男は警戒するようにジワリと距離を詰める。


「見ない顔だな。その恰好を見ると守護師では無さそうだな。君はこんな所で何をしている。……怪しいな」


 男はそう言って不審者を見るような目で冬馬を睨みつけている。しかし冬馬から見ればこの男の方がよっぽど怪しい人間に見える。こんな山中に白装束の男が突如現れたのだ。山伏なのかそれとも修行僧なのか。何にせよ、冬馬にとっても怪しい男であった。


「怪しいって、えっ? ぼくがですか!? あなたもかなり怪しい格好してますけど……」


「何だと?」


 男はあごに手を当てて、「うーむ」と低い声で唸っている。冬馬は相手の反応を見ながら、咄嗟とっさに何をどう答えればいいのか考える。待ち合わせには下宿の人が迎えに来てくれると聞いていたのだが、その話では冬馬と同い年ぐらいの若い男だった。しかしどう見てもこのいかつい男は同世代には見えない。親子と言ってもいいほどの年齢差はあるだろう。

 冬馬にしてみれば、この近くで待ち合わせをしていただけである。場所は違っているが、そう遠く離れている訳でもない。確かにこの辺りは不思議な場所ではあるので、冬馬は恐る恐る聞いてみることにした。  


「あのー、ぼくがここに居たらおかしいんでしょうか?」


「当たり前だ。怪しい以外に何がある。……君は何者だ?」


 最後は少しトーンを抑えた声色になった。男は冬馬から視線を外さない。完全にロックオン状態である。何か理由があるのか、どうやら冬馬に対してかなり警戒しているようだ。


「何者って聞かれても、ただの人間ですけど」


「ただの人間だと? ただの人間がこの時間にこんな場所にいるはずがないだろ。……何か隠しているのか?」


「そう言われても困るんですけど……」


「それにしても不思議な奴だ。不思議な……、いや、まあいい」


 冬馬の答えに満足しなかったのか、男は身をほんの少し屈めて身構えた。冬馬に対しての警戒心がさらに増したようである。冬馬は何をどう説明したらいいのかわからい。すぐに言葉が見つからなかった冬馬に、痺れを切らしたかのように男がまた口を開く。


「仕方ない」


 そう言って男は何やら考え込んだ後、冬馬をまた睨みつけてゆっくりと羽織のふところに手を入れた。




ここまで読んで頂き、ありがとうございます!


ここから主人公は出ずっぱり。間違いなし。章終わりまで一気に突っ走ります。自分も。


今後もよろしくお願いします!

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