07話 不吉を憂慮する夜
新たな生活に入る為、出立した冬馬。
その頃、冬馬が向かった場所では、また新たに動き出している者たちがいた。
京都のとある山の梺にある砂利の敷かれた駐車場に、心地良い重低音を響かせながら一台の黒いスポーツカーが止まった。辺りに人気は無く、他に車は一台も止まっていない。車どころか、建物すら見当たらないような人里離れた場所である。
恐らくここは山に入る登山者用の駐車場なのだろう。駐車場の奥には古びてはいるが木組みで整備された階段があり、その階段の先には一本の道が山上の方へ向かって伸びている。
既に夕刻へと迫る時間帯なので、登山者が皆無なのは当然なのかもしれない。まだ空は明るく緑の木々に囲まれた自然豊かな情景ではあるのだが、誰もいない駐車場は殺風景で物寂しさが漂っている。
そんな場所に止まった車の目的は果たして何なのだろうか。
止まってからすぐにツードアの両側が開き、そこから二人の男が降りた。
右側の運転席から降りた男は短く刈った黒髪を右手で掻きながら、大柄な体を少しだけ揺らして大きく一息だけ溜息を吐いた。表情はどことなく強張っている。細い目の横に見られるしわが、それなりに年齢を重ねていることを窺い知れる。その顔は見るからに強面で、まさに泣く子も黙るような迫力がある。
助手席側から降りた男は、どちらかと言うと小柄である。こちらはいかにも機嫌が悪そうで、「ちっ」と舌打ちをしながら辺りを見回している。何かを警戒しているのか、それとも何かを探しているのか、ギョロッとした目を凝らして駐車場の端々まで首を左右に動かして見ている。ぼさぼさに伸びた髪を気に留めることなく、ズボンのポケットに手を入れている様はどこかのチンピラのようにも見える風貌である。
「ここはいつ来ても気が進まないな。……否が応でも嫌な記憶が蘇ってしまう」
「不吉なこと言うなよ、やっちゃん。でも奇遇だな、俺も今日は嫌な予感しかしねえわ」
大柄な男は小柄な男の言葉には何も答えず、少し悲しげな表情で山上の方へと視線を移した。
「また何か起きるのか……」
大柄な男は目を瞑り、また大きく溜息を吐いた。
それから止めた車に視線を戻した後、車の後部座席から白い羽織を取り出した。その羽織の襟元を両手で掴み、頭部の後ろへ振り回す。微風に煽られ広がった白い羽織は「バサッ」という音と共に、上下暗色の服にコーディネートされた男の体を包み込んだ。
そこに現れた容姿は、いわゆる白装束姿である。特徴的なその白い羽織は膝丈まではあろう長羽織であった。
小柄な男も同様に白い長羽織で身を包み、再び首を動かして辺りを見回し始めた。そしてある場所に視線を移したところで、首の動きを停止させた。その視線の先は駐車場の奥へと向けられていた。
すると、奥から一つの影が浮かび上がり、程なくしてその影が二人に近付いてきた。よく見ると若い男が姿を現し、この二人に声を掛けてきた。
「よう、待ってたで! あんたらが陰陽師やな?」
「ああ、そうだ」
手を上げて歩いて来る若い男の問い掛けに、大柄な男は二歩、三歩と前に進み出た。横に並んでいた小柄な男はそれをぶっきらぼうな態度で見ている。会話から察すると、この白装束の二人はどうやら陰陽師のようである。
若い男は陰陽師たちと同様に長羽織を着ている。違いと言えば、羽織の色と丈の長さである。色は白ではなく檳榔子染のグレーの黒褐色で、丈の長さはこちらの方が若干短く腰下あたりまでであった。背中には大きく『犬』に『〇』の紋様が入っている。
「ということは、君が犬走家の一門衆だな?」
「そういうことや。堀切準っていうんや、よろしく頼むわ」
屈託のない笑みで握手を求めてくるのは、犬走家にいる準であった。
「俺は頭の土御門泰典だ。こっちは陰陽助の――」
「賀茂在智だ」
大柄な男の土御門泰典は無表情なのだが、元が強面なので怒っているようにも見える。小柄な男の賀茂在智の方は相変わらずぶっきらぼうな態度のまま、初対面であろう準を睨みつけている。そしてその勢いのまま準に突っかかった。
「それよりも何なんだよ、急に集会っつって呼びつけてよ! お前ら守護師だけの話じゃねえってことか?」
「それは俺にもわからへん。俺は美姫さんの従者やけど、それでも何も知らされてへんしな」
「君は犬走家当主の従者なのか。……なるほど。では、この集会は近臣の従者にも言えないような重要案件ということか」
「けっ! まったく、守護師のトップがコソコソと陰陽師を呼び出して何を企んでんだよ!」
「ハハハッ。どうなんやろな」
在智が毒づいているが、準は意外にも怒ってはいないようだ。見た目は茶髪にピアスのチャラい風貌なのだが、穏やかな顔で冷静に話を聞いているようだ。
「ところで、今回の出席者は犬走家だけなのか?」
「いや、それがやな……」
「ひょっとして望楼家も出るのか?」
「いや、ちゃうねん……」
準は少し苦笑して下を向いて口籠ってしまった。だが、何か意を決したかのように顔を上げて、真顔になった表情で再び口を開いた。
「実はな、両主四従八下の当主たちが勢揃いしてるわ」
「何だって!?」
泰典が驚愕の表情になり、そして強張っていった顔がさらに引き攣ったように固まっていく。横にいる在智でさえ口をポカーンと開けたまま、信じられないといった表情で既に固まっている。
数秒の沈黙の後、在智が我に返ったように息を吸い込んで喚きだした。
「おいおい、ちょっと待てよ! 両主四従八下っていやあ、十四家ある守護師の名家のことだろ? しかも当主全員ってどういうことだ!? 確か、普段は全国に散り散りになってんじゃねえのか? それが何で集まってんだよ!」
「まあ、俺も勢揃いしてるって聞いて驚いたんやけどな。従者の俺でも滅多にお目に掛かれへん面子やで」
「そうだな。正確に言えば、今の名家は十一家だけどな」
そう言う泰典だが、すでに思考を巡らせているようで、腕を組んで右斜め下辺りの一点を見つめている。そして「そもそも」と切り出して言葉を続けた。
「名家が揃うのは年に一度だけだ。毎年正月に集会を開いて、新年の挨拶を兼ねて近況を報告するんだ。その集会には陰陽頭である俺も出席している。だが、それ以外で集まるのは異例だ。何か重大な問題が起きたか、それとも重要な事案を協議して決定する時だ。そんな時は大抵、立会人として陰陽師の頭である俺も呼ばれる。だが、そんな頻繁に開かれるもんじゃない。確か前に開かれたのは……四年前だ」
「四年前……か」
泰典の最後の『四年前』という言葉に、三人は暗く沈んだ顔になった。そんな重い空気を振り払うように、泰典は話題を変えた。
「昨日に連絡があったということは、よほどの緊急事態ということか」
「ちっ! 大方、大きな霊気溜まりが発生したか、それとも悪霊が大量発生したと考えるのが妥当だろうな。今日は小望月だ。何かのイレギュラーがあったとしても不思議じゃねえよ」
「月夜の日には悪霊が暴れ出す、やな。月の光で霊気が活性化するんや、当たり前の話やけどな」
準の言葉に、二人の陰陽師も無言で頷いている。しかし、ここで泰典が何か思い出したのか、渋い表情になった。
「それとも、あまり考えたくはないが……」
そこまで言って腕を組み、一旦黙り込んだ泰典。その顔を準と在智は固唾を飲んでじっと見つめている。
「危険な『魔霊』が出現したか、だな」
「げっ! マジかよ……。それだけは勘弁してくれよ」
在智は『魔霊』という言葉を聞いた瞬間、眉を顰めて露骨に嫌な顔をした。
「まあ、魔霊は悪霊とは比べもんにならんぐらい、質悪いからな。でも、わざわざ名家を集めるなんて考えたら、それ、あり得るな」
準は他人事のような口調で落ち着いて話しているが、表情はかなり厳しい顔つきになっている。それから三人の沈黙が続き、静かな時間が流れた。
重くなった空気を嫌ったのか、泰典は無理矢理に微笑んで再び口を開いた。
「どっちにしても、悪霊絡みは守護師に任せるしかない。こればっかりは陰陽師よりも守護師の方が適任だからな」
「せやな。その為の『守護師』っちゅう、俺等の存在がある訳やしな」
「俺たち陰陽師は結界術の準備とサポート、そこからは後処理に奔走するだけだ」
「結局はそうなんだよな。だったらやっちゃん、俺はここに待機でいいんだな?」
在智の言葉に怪訝そうな表情で準が首を傾げた。
「なんや、上まで二人で来えへんのか?」
「ああ。在智には何があるかわからないから、ここに居てもらう。離れた場所にも他の陰陽師たちを待機させている。何かあったら式神を飛ばして連絡する手筈だ。精鋭を集めておいて正解だったな」
「なるほど、抜かりないな。さすが根石家当主が一目置いてるだけあるわ。ほんなら行こか!」
準が勢いよく号令をかけると、在智は軽く手を上げて後ろを振り向き車の方へ歩き出した。それを見た準と泰典は駐車場の奥にある階段へと向かって歩いていった。
ここまで読んで頂き、ありがとうございます。
すみません。また主人公の冬馬が出て来ませんでした……。ですが、次話以降は章の終わりまで出ずっぱりの予定です!(たぶん)
今後とも、よろしくお願いします!




