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月影の守護師  作者: ドッグファイター
第二章 御霊降ろし編
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67話 承認の儀(前)

永い眠りから目覚めた冬馬。光太と勇一とも和解したのだが……

 冬馬たちは美香に促されるまま部屋を出ると、そのまま建物の外へ出た。先程までは上手く体に力が入らなかったのだが、少し動いたら段々と違和感がなくなっていく。気怠(けだる)さのような重たく感じる体も、少しずつだが抜けていくような感覚である。

 冬馬が上を見上げると、雲の合間から綺麗な月が姿を見せており、すでに空は青黒くなっていた。今は夜なのである。冬馬は左腕にはめている腕時計を覗き見る。短針の針はすでに『8』の個所を通り過ぎていた。冬馬が気を失ってから陽が昇り、そして陽が沈んだということになる。その間、ずっと眠っていたということである。

 ただ、ここは敷地内の灯篭に火が灯されているので比較的明るく、立派な庭園も眺めることが出来るほどだった。中央には池があり、その周辺に大きな岩があったり、緑色豊かな木々も立ち並んでいる。波を打ったような波紋の砂利も風情があって落ち着いた雰囲気だ。後ろを振り返れば、建物も趣のある日本家屋だった。平屋なので高さは無いが、パッと見ただけでもこの敷地の広さが窺い知れるほどだ。正直言って、冬馬はこんな大きな屋敷は見たことが無かった。しかも、まるでひと昔前にタイムスリップしたような、そんな感覚にすら陥ってしまうような奥ゆかしさがある。これが守護師の名家である証なのだろうか。決して裕福とは言えない家庭で育った冬馬にとって、あまりにも場違いな所へ来てしまったのではないか。そう感じてしまうほど、守護師の中でも格差というものが存在するのかもしれない。


「おーい、冬馬! ボーッとしてたら置いてかれんぞ!」


「えっ? あっ、ちょっと待ってよ!」


 準はすでに庭園の側にある石道のかなり先の方を歩いていた。準がいる場所のすぐ先には立派な門がある。その前にいるはずの秋四郎に美香、光汰と勇一の姿はすでに見えなくなっていた。冬馬は慌てて走って準に追いついた。

 門を出ると、木々に囲まれた道を歩く。舗装はしておらず、剝き出しの土が(なら)されている程度だ。当然ながら辺りは真っ暗なのだが、秋四郎が霊気による灯りをつけているので歩くには何の問題もなかった。しばらく進むと石段が見えてきた。これに冬馬は既視感があった。そう、昨日に『守護之御霊神社』へ入る時に上った階段と同じである。


「ここって……!」


 冬馬は昨日の今日なので、体に緊張が走った。確か、守られていた結界が崩壊したはずである。悪霊や魔霊が溢れ出てくるかもしれないと、瞬時にそう思ってしまった。体に霊気が自然と集まってくる。冬馬が危機感を抱いたことで、周囲の霊気がそれに反応したのだ。そんな冬馬を見て、秋四郎は慌てた様子で冬馬へ駆け寄った。


「ああっ、今は大丈夫、大丈夫だ。応急処置だが新たな結界も機能しているはずだから心配しなくてもいい」


 秋四郎は両手を下に向けて抑えるような仕草で「落ち着いて」と冬馬を宥めた。冬馬はいかにも慌てたという秋四郎の顔を見て、それがどこか可笑しかったので自然と緊張も薄れていった。それと同時に、秋四郎は意外と感情が豊かな人物なのかもしれないと感じた。


「すみません、体が勝手に反応しちゃって」


「謝ることはない。昨日あれだけの戦いに巻き込まれたんだからな」


 そう言って秋四郎はにこりと微笑んだ。冬馬の緊張をほぐそうとしているのが目に見えてわかるので、冬馬もようやく冷静になれた。昨日とは状況が違うのだ。そう思うと、霊気も次第に離れていった。

 ホッとした冬馬は軽く周りを見回してみた。


「何も変わってないような気がするけど」


「そうやな。見た感じ、昨日ここに来た時と一緒やな」


 準にそう言われて記憶が蘇る。あの時はまだこんな大それたことになるなんて、想像も出来なかった。今でも夢を見ているかのような、浮ついた気分と言ってもいいぐらいだ。そう思うとまた少し緊張してきたが、良い意味での気が張った状態なので、そこまで気にする必要もないだろう。冬馬は「はあ、ふうっ」と深呼吸をしてからゆっくりと歩を進めた。

 先の方に目をやると、綺麗に敷き詰められた石畳がずっと奥の方まで続いている。そして見えてきたのは大きな鳥居だ。ただ、昨日と違うところがあった。それは鳥居の色が鮮やかな『白』ということである。


「あれ? 確か、昨日は黒い鳥居だったような……あっ、ひょっとして月が関係してる!? 日によって色が変わる……とか!」


「そうそう、月の形によって色が変わる……って、そんな訳あるかいっ!」


「えっ!? 違うの!?」


「当たり前や!」


 冬馬は準の鋭いツッコミに心底驚いてしまった。実を言うと、本気で色が変わると思ったからである。


「ハハハッ、残念だがそんな奇怪なことは起きない。ここはずっと前から白い鳥居だ」


 秋四郎が鳥居の上部にある笠木(かさぎ)を見上げながら呟く。それから目線を前方へと変えた。


「この守護之御霊神社は五気(ごき)によって守られている。この西側は白、つまりは金気(ごんき)の源でもあり、根石家が代々守護しているんだ。君が昨日見たのは北側にある水気の黒鳥居ってことだ」


 冬馬はこれだけの説明では理解出来なかった。霊気には五気があって、冬馬は水気の力を持っていることは理解している。だが、五気にはそれぞれどういった特質があり、どのような役割を果たしているのかわかっていない。水気が黒だとか、金気が白と言われてもピンとこない。父親から譲り受けたものにそんな知識も含まれているのだろうが、考えても思い出そうとしても何も出てこない。無意識に使うことは出来るようだが、意識した知識が無ければ自分の意志では引き出せないということなのかもしれない。結局のところは意識して使いこなさなくてはならないようだ。こればかりは勉強していくしかなさそうである。


「それより、どうして俺たちまでここに来なきゃなんねえんだよ」


 そう愚痴る光太はあからさまな不満顔だった。勇一も同じようで、機嫌が悪そうだ。確かに冬馬自身もなぜここに来たのか、何も知らない状況なのだ。この二人にも思い当たる節はないようで、そんな冬馬たちの疑問に美香が優しい微笑みで答えた。


「あらあら、そんなの決まってるじゃない。冬馬ちゃんの大事な晴れ舞台を用意してあるからよ」


 美香の機嫌は光太たちとは全くの正反対だった。いかにも嬉しそうで、その顔からもそれが滲み溢れていた。


「だから、なんで俺たちが関係あるんすか」


「あらあら、あなたたちはこれから冬馬ちゃんと一緒に行動するんでしょ? だったら来なきゃ意味ないじゃない」


「いや、だからまだ決めてないって――――」


「いいからいいから」


 美香は半ば強引に話を遮り、神社の社殿へ向かって歩くよう光太たちを促した。光太たちはこの根石家夫婦にはあまり頭が上がらないようで、さほど抵抗もせずに渋々といった(てい)で付いて行く。冬馬は準と顔を見合わせてから微笑み、そして美香の後を付いて行った。

 社殿の方へ近づくと、白装束の術師がちらほらと姿を現した。陰陽術を駆使する陰陽師である。ただ、彼らは冬馬たちを出迎えたわけでは無さそうである。その証拠に、冬馬たちには目も呉れずに慌ただしく動いている。何をしているのかわからないまま、さらに社殿に近づくと見知った顔が現れた。


「これはどうも」


 ぶっきらぼうに挨拶をしてきたのは、陰陽師の土御門泰典だった。


「久しいな、泰典……ああ、すまん。陰陽頭に向かって気安く呼んでは失礼にあたるな」


「あなたなら問題ないですよ」


 そう言って泰典はにこりと笑みを浮かべた。冬馬は初めて見るような泰典の笑った顔だった。どうやらこの二人は旧知の間柄のようである。会話から察するに、秋四郎の方が年上ということなのだろうか。


「結界の方はどうだい?」


「ええ、今のところ問題は無さそうですよ。優秀な者が集まっているので、ここの結界だけならあと数日で完成する見込みです」


「そうか、それを聞いて安心した。それなら、今から少しだけ時間はとれるかい?」


「ええ、もちろん」


 泰典は気持ちの良い返事をすると、冬馬へと顔を向けた。その顔は真剣そのものだった。


「体はもう大丈夫なのか?」


「あ、はい、おかげさまで。なんか、丸一日寝てたみたいです。でも、まだ体が少し重い感じです」


 冬馬は軽く腕を回しながら苦笑いを浮かべたのだが、泰典は至って真剣な眼差しだった。


「今回はたまたま大丈夫だったが、これからは無茶な霊気の使い方をするんじゃないぞ」


「は、はい」


 どこか叱られているようにも感じたが、泰典も経験豊富な陰陽師としてアドバイスをしてくれているのだろう。そう思うと、冬馬も素直に受け入れることが出来た。霊気は精神にも身体にも多大な影響を及ぼすということ。これは身に染みて理解したからでもあった。


「こっちだ」


 秋四郎が冬馬へ移動を促す。これから何をやるというのだろうか。美香は晴れ舞台と言っていたが、やはり冬馬にはわからなかった。

 連れていかれた場所、それはすぐにわかった。昨日、冬馬が戦いに巻き込まれた場所だからだ。所々で地面が荒れている。石畳も歪んでいたり、欠けている個所も見られた。社殿自体の損傷は無さそうだが、陰陽師たちがしきりに中を覗き込んだり、屋根上の方を指差して確認している状況だった。


「やっと来たわね」


 不意に声を掛けてきたのは、長い黒髪が緩やかな風で靡いている美姫だった。その顔を見ると、特段変わった様子はない。無表情というか、冬馬が昨日見た印象そのものだった。だが、心なしか準の背筋がピンと伸びているような気がした。そして、なぜか光太と勇一がばつの悪そうな顔をしていたのが不思議だった。

 そして、美姫の隣には望楼月也がおり、そして後方には根石舞美子が控えていた。この三人の顔ぶれを見ると、さすがに冬馬でも緊張してしまう。先の戦いにおいても実力は十分認識している。恐らく、守護視界においても中核を担う人物に間違いはないはずだ。

 そんな冬馬の緊張などお構いなしに、のんびりとした優しい口調で話しかける者がいた。根石美香である


「あらあら美姫ちゃん、お待たせしてごめんね。それに月也ちゃんも忙しいのに悪いわねえ」


 空気を読まないというか、緊張感がないのはさすがに明日美と美音の母親だろうか。セリフだけ聞くと、まるでお節介な近所のおばさんみたいである。少し可笑しくなった冬馬だったが、さすがに笑えるような雰囲気ではないのでグッと堪える。

 それにしても主家当主の二人をちゃん付けで呼ぶ当たり、この女性の肝の据わった態度には驚かされるばかりだ。ある意味、この美香が一番偉い人なのではないかと錯覚してしまうほどである。


「どうしておば……ゴホンッ、美香さんがここにいるの?」


 美姫は珍しく表情を少し崩した。明らかに何かをごまかしているような愛想笑いの顔だ。月也の方は微かに苛立っている様子が窺える。美香が招かざる客といったところなのだろうか。舞美子に至ってはいつもの不敵な笑みなのだが、この様子を見て楽しんでいるようにも見えるのがまた恐ろしい。何となく冬馬には舞美子という人物がわかってきたような気がした。高度な意地の悪いことなど平気でやる人だと、そのように再認識した瞬間でもあった。

 ただ、美香はそんな場の雰囲気を気にする様子もなかった。


「固いことは言わないの。それにこれを持って来たんだから」


 美香は羽織の中から小さなバッグを取り出した。どうやら羽織の内側にショルダーポーチを掛けていたようである。バッグを開けると、黒っぽいグレー掛かった布地を取り出した。冬馬はこれが何なのかすぐに理解した。周りの守護師たちが身に着けているものと同じ色だったからだ。


「じゃじゃーん」


 美香は勢いよく布地を広げた。すると、そこには冬馬が想像したものが目に飛び込んでくる。見えたものとは、そよ風で靡いていた檳榔子染の羽織だった。ただ、他の守護師の羽織ように紋様みたいなものは印字されていなかった。


「それって、もしかして……」


「冬馬ちゃんにプレゼントよ」


 美香に促されて冬馬は背を向ける。だが、ここでグレーのパーカーを着ているので、後ろ側のフードの部分が少しごわつくのが気になり、冬馬はパーカーを脱ぐかどうか迷った。これに美姫が何かに気付いた様子である。


「ちょっとあんた、それって昨日と同じ服じゃないの?」


「え? あ、いや、これは昨日のやつじゃなくて、一応は別のものなんですけど」


「はあ!? あんた同じ服持ってるの!?」


「だ、駄目なんですか?」


 相変わらず美姫の冷淡な目線は、冬馬にはまだまだ慣れない。舞美子に対しても慣れてはいないが、また違った恐怖感が込み上げてくる。

 ただ、言われてみれば冬馬は服装に関してあまり気にしたことが無かった。だから、いつも気に入った同じ服を着ることが多い。グレーのパーカーにブルージーンズ。これが冬馬にとってのいわゆる定番だ。もちろん他にもあるのはあるのだが、先行して送った荷物はまだ目にしていなかった。どこにあるのかも聞いてもいないのでわからない。仕方がないので、屋敷を出る前にバックパックに詰めていた服に着替えるしかなかったというのが本当のところである。

 おどおどしている冬馬を見て美香が間に入った。


「あらあら、別に同じ服でも良いじゃない。それより早く、後ろ向いて」


 結局、冬馬はパーカーを着たまま羽織に袖を通すことにした。着た瞬間、霊気が羽織を伝っていくのがわかった。一瞬黒光りしたかと思えば、すぐに納まった。そして羽織を着用して感じたことは、着心地に違和感がないということだろうか。大き過ぎず小さ過ぎず、ジャストフィットという言葉がしっくりとくるほどだ。完全に冬馬の身体に馴染んでいるのである。


「なんか、不思議な感覚ですね……」


「その羽織は特殊な生地で出来ているのよ。これも守護師が代々受け継いできた技術と言えるわね。着た者の霊気と一体化すると言えばわかりやすいかしら」


 美姫の言う通りだと冬馬は思った。全くと言っていいほど違和感がない。まるで自分の体に合わせて仕立ててくれたような感覚だった。


「他にも色々と効果はありますが、今は済まさないといけないことがありますので」


 月也はそう言うと美姫に向けて目で合図を送り、美姫も無言で頷く。この辺り息が合うのが不思議なのだが、事前に打ち合わせでもしていたのかもしれない。


「それでは『承認の儀』を執り行います。二之丸冬馬君、こちらへ来てください」


 月也にそう言われて案内された場所は、黒鳥居と社殿の間にある二体の狛犬が向かい合って鎮座している場所だった。ただ、狛犬という表現は正確ではない。よく見ると何やら亀のような形をしている。だが、首と尻尾が異様に長く伸びており、さながら昔の特撮映画に出てくるような『怪獣』といった印象に近かった。意識がこの石像に移りかけた時、月也の声でまた主家の二人へと向いた。


「では始めましょう」


 月也がそう言った次の瞬間、美姫が言葉を遮った。


「その前に、二之丸冬馬。あんたに一つだけ確認しておくことがあるわ」


 冬馬を見つめる美姫の顔は今までの涼しい顔ではなく、まるで冬馬に戦いを挑むような鋭い顔つきだった。




最後まで読んで頂き、ありがとうございます。

今後もご愛読のほど、よろしくお願いします。

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