65話 長い夜からの目覚め
名家の守護師たちが会議をしている頃、冬馬はまだ眠ったままであった。
◇◆◇◆
冬馬は不思議な夢を見ていた。
まず見えるものと言えば、木目調の板が視界に入っている。これは恐らくどこかの部屋で、いわゆる和室の天井ではないだろうか。そうなると、冬馬は仰向けの状態で寝ているということになる。
他にも視界に入るものがあった。それは人の姿だ。冬馬が寝ている傍らに居並んでいるようだった。ただ、なぜかぼやけていて、はっきりと顔まではわからない。数人の姿は確認出来るが、年頃や性別などは不明だ。だが、何となくわかることもあった。それはこの人たちが自分にとって大切な存在であるということ。なぜなら、この人たちが泣いているのがわかるからだ。今の自分の姿を見て泣いているのである。
そして、わかることがもう一つあった。それは自分の感情である。なぜか、悔しさが湧き上がるように込み上げてくるのである。ただ、ただ、悔しい。どうにもならない、無力ささえ感じるほどの絶望感がそこにはあった。
これらを踏まえると、とある答えが導き出される。今のこの状況は、どうやら『己の死』を迎えているようだった。
ここでパッと場面が切り替わるように、視界が一旦消える。その後に見えてきたものは、やはり和室の天井の木目だった。ただ、今回は先ほどまでとの違いがはっきりとわかる。自分の周りには誰もいないからだ。ここで冬馬は夢から覚めたのだと気が付いた。だが、目が覚めたばかりだからなのか、目に入る眺めがぼやけて視点が合わない。
「……ここは……どこ……だろう……?」
そして、冬馬は自分の声がかすれていることに驚いた。体がどこかおかしい。そう感じて横たわっている上体を起こそうとしたが、上手くはいかなかった。恐らく、原因は体に倦怠感が充満しているからだろう。やけに体が重たく感じるのだ。ただ、体全体に力が入らないというわけではなかった。手や足にはしっかりとした感覚があるからだ。なぜこうなったのかを考えているうち、徐々に記憶が蘇ってきた。
(そうだ……確か、大きな黒い影と戦ったんだっけ……)
色々なことがあり過ぎて、断片的にしか思い出せない。冬馬が家を出てからの出来事が、まるで長い夢を見ていたかのような感覚だった。それでも、それが夢ではなかったと気が付いた。
「あっ、冬馬が目え覚ましよった!」
どこか懐かしさを覚えるような声色が耳に飛び込んできた。これは確か、出会ってすぐに意気投合した友の声ではなかっただろうか。確か、名前は準だったはずだ。
何やらバタバタとしている様子が物音で伝わってくる。この声の主が誰かを呼びに行っているのかもしれない。冬馬がそう思っていた時、聞き馴染みのない女性の声が聞こえてきた。
「あらあら、やっと目を覚ましたのね……って、あら、どうしたの?」
冬馬は女性からなぜそう聞かれたのか、瞬時に理解出来なかった。だが、その女性が覗き込むように冬馬の顔を見ているので、顔に何か付いているのかと思い、両手でわしゃわしゃと擦った。ここで冬馬はようやく、自分が涙を流していたことに気が付いた。
「あ、あれ……? ぼく、どうしちゃったんだろう……」
自分でも理由がわからない。ただ、思い当たる節といえば、つい先程まで見ていた夢のせいかもしれないということだった。
「あらあら、何か怖い夢でも見たのかしら。ここは安全だから、もう大丈夫よ」
女性はそう言って冬馬の側に座り、そしてにこりと微笑んだ。それを見た冬馬は、またどこか懐かしさを覚えた。初めて会う人なのに、なぜかそう感じたのである。この女性は小柄で、背中に掛かる黒髪を小さな白いリボンで束ねている。見た目は二十代にも見えるが、漂う雰囲気はどこか母と似ていると冬馬は感じた。
「どれぐらい寝てたのかな……」
「だいたい一日弱ってところかしら?」
「そう……ですか」
そして、冬馬はまた思い出したことがあった。黒い人影と戦って気を失ってしまったことだ。正確に言えば、自分が死んでしまうと思ったことだろうか。ひょっとすると、この女性が倒れた自分をここまで運んでくれたのかもしれない。そう思うと、少し安心した。冬馬の母とは全然違うのだが、やはりどこか似たような優しさを感じたのである。
「ごめんなさい……色々迷惑をかけちゃって。それと、助けていただいてありがとうございます」
「あらあら、何を言ってるの。お礼を言うのはこちらの方なのよ? うちの舞美ちゃんが冬馬ちゃんに無理ばっかりさせるから。ちゃんときつく叱っておいたから許してあげてね」
女性はそう言うと、深々と頭を下げた。それと同時に、今度は体格の良い大柄な男性が部屋に入ってきた。立派な顎ひげを蓄えているのが特徴の中年男性だ。だが、貫禄は半端ではなかった。恐らくこの家の主であることは容易に想像はつくのだが、それだけではない威圧感のような雰囲気を持った男性だった。厳しい顔つきで、女性の隣に腰を下ろした。
「やっと目を覚ましたのか」
想像した通り、いや、想像以上の低音で腹にも響くような声色だった。冬馬は完全に委縮してしまい、「すみません」と小声で絞り出すのがやっとであった。
「あらあら、あなた。私たちを救ってくれた恩人に対して、そんな言い方はないでしょう?」
女性が微笑みながら男性を直視すると、なぜか男性は背筋をピンと伸ばして冬馬に頭を下げた。
「あ、いや、悪かったね。驚かせるつもりはなかったんだが、生憎こういう風貌なので許してくれ。それで、体調はどうだい? 体は動くかい? 相当疲れがたまっているだろうが、時間がたてば戻ってくるはずだ。君が持っている力は本当に素晴らしい。きっとこれからの戦いにも十分――――」
「あなた、そんな矢継ぎ早に話しても冬馬ちゃんが困ってしまうじゃない」
「あ、いや……すまんね」
男性は申し訳なさそうに頭を搔いて苦笑した。これだけを見ても二人の関係性が十分に見て取れた。そして、この男性も悪い人ではないということも十分に伝わってきたのである。
「あの、ちょっとよろしいですか?」
ここで会話に入ってきたのは、先ほど元気のよい声を発していた堀切準だった。茶髪のウルフカットで、耳にはピアス。これだけでも十分にチャラいのだが、その態度と表情は至って真剣だった。きっちりと正座をしていて、両手を膝の前に突いているのだ。そのギャップが可笑しくて、つい冬馬は吹き出すような笑みを浮かべてしまった。
「って冬馬、何がおもろいねんな!」
「あ、ごめん」
冬馬は謝ったのだが、嬉しさと恥ずかしさで結局のところ笑みは消えなかった。それから準に助けてもらって、冬馬はようやく上体を起こすことが出来た。
「あらあら、やっと笑ってくれた。やっぱりお友達の存在ってすごいわね」
女性は嬉しそうに冬馬の顔を見ている。その横で男性もホッとしたような安堵感を滲ませていた。
冬馬はこの二人とは初対面のはずだった。だが、どこか懐かしさも覚えていた。それでも、記憶をたどっても思い出せない。一体誰なのだろうかと思っていたところで、準が察したのか、こう切り出した。
「秋四郎様、美香様、冬馬が困ってるようですから、まずは自己紹介をした方がいいんとちゃいますか?」
準にそう言われて二人は困惑した表情を浮かべたが、無言のまま顔を見合わせた。そして、一つため息をついてから女性が「……そうね」と呟いた。そして、表情をグッと引き締めてから、姿勢を正して静かに話し始めた。
「私は根石美香と申します。隣にいるのが夫の根石秋四郎でございます。私たちも守護師として活動しておりましたが、夫が娘に当主の代を譲った後は一線から身を引いております。娘とは、先ほど名前を挙げた現根石家当主で長女の舞美子のことでございます。他にも次女の明日美に三女の美音がおります。私たちの子どもは三人の姉妹でございます」
急に丁寧な話し方に変わったので、冬馬も背筋を出来る限り伸ばした。
「ぼ、ぼくは二之丸冬馬と言います。母さん……じゃなくて、母から美香さんには……あっ、違う、美香様にはちゃんとお礼を言うように言われていて、……あの、えっと……よろしくお願いします」
冬馬は自分でも何を言っているのかわからないくらい緊張してしまった。それを見た美香は口に手を当てながら破顔した。
「フフフ、緊張させてしまってごめんなさいね。冬馬ちゃんの家柄の方が格上になるから、ここは形式ばったセリフを言わないとと思って。これからはまた普通に喋るわね」
美香の横で秋四郎も「うんうん」と二度頷いた。
「本当のことを言うとね、私たちは冬馬ちゃんとはずっと前から面識があるのよ?」
「えっ……そうなんですか!?」
冬馬は思わず準と顔を見合わせた。その準も目を見開いて驚いているようだった。
「まだ冬馬ちゃんが小さかった頃だから、覚えていなくても当然よね」
美香はそう言うと、少し寂しげな表情になった。隣にいる秋四郎が美香の肩をそっと抱き、今度は秋四郎が口を開いた。
「君の父親が亡くなってからは距離を置いていたから仕方ないね。君の母親のことも私たちはよく知っているんだよ」
「母さんのことも……」
母のことを思い出すと、冬馬はまた涙が零れてきた。母の知らないところで生死をかけた戦いに巻き込まれてしまったこと。そして、実際に死にかけてしまったこと。こんな姿を母には見られたくなかったからだ。散々迷惑をかけてきたことを思うと、居たたまれなくなって当然と言えば当然だ。早く一人前になって安心させないといけないと強く感じた瞬間でもあった。
それと同時に、この二人は父のことも知っているようにも感じた。年齢的にも父とは同世代のようにも見えるからだ。母のことを知っているなら、当然父の事もよく知っているに違いない。冬馬の知らない父親のことがもっとわかるかもしれない。そう思うと、少しだけ気がまぎれたのも事実であった。
「本当に泣き虫さんなのは、ちっとも変わってないわね」
「そうだな。泣き虫冬二を思い出すな。そう言えば、さっき夢を見て泣いていたのかい? ぜひ、詳しく聞かせてほしいな」
美香は懐かしそうな顔で微笑んだのだが、秋四郎は覗き込むように冬馬を見つめた。蛇に睨まれた蛙のように冬馬はまたもや委縮したが、先ほど見た夢の内容を事細かに伝えた。秋四郎は顎ひげをいじりながら「実に興味深い」と唸った。
「いや、私は霊気に関して色々と研究もしていてね。主に人間の身体や精神にどのような影響をもたらすのかといった内容だけどね。さっきの夢の話なんだが、恐らくは君に関わることと思われるけど、君の父親の記憶かそれとも……」
秋四郎はそう言ってしばらく考え込んでしまった。そんな秋四郎を見て、冬馬はどうしても聞きたかったことを口にした。
「あの……父さんのことはよく知っているんですか?」
「ん? ああ、冬二のことか。もちろん、よく知っている」
「本当ですか! ぜひ、父さんの話を聞かせてください!」
あまりの前のめりな姿の冬馬を意外そうな顔で見たが、秋四郎は顎ひげを弄りながら「いいだろう」と言って目を瞑った。
「あいつとは共に戦った戦友でもあるんだが、いわゆる腐れ縁でもあるんだ。若い頃からよく行動を共にしていた。私は理論的に物事を考える性分なんだが、あいつは直感で動くタイプでね。だからか、よく喧嘩もしたもんだ。でもね、いざという時は不思議なぐらいに息がぴったりと合うんだ。今思えば、お互いに信頼していたということだろうね。少なくとも私はそうだった」
「それに、冬二君はいつも笑っていたわよね」
「そうそう。あいつは窮地になればなるほど笑うんだ。みんながきつい、苦しいと思う状況でもあいつ一人だけ笑ってるんだ。こんな話もあるぞ。あれは確か……」
「あらあら、あなた。時間がいくらあっても足りないわよ。もう昔話はその辺にして、先にしなければいけないことがあるでしょう?」
「んん? ああ、そうだったな」
そう言って秋四郎は部屋の出入り口である戸襖のほうを振り返った。
「入って来なさい」
秋四郎がそう言うと戸襖がスーッと開き、そこから二人の若い男が入ってきた。現れたのは冬馬もよく覚えている二人だった。出会ってすぐに絡んで来て、冬馬に戦いを挑んだ二人である。そう、赤髪の短髪が目立つ胴木光太と、これまた金髪ロン毛が特徴の算木勇一だった。
最後まで読んで頂き、ありがとうございました。
今後ともご愛読のほど、よろしくお願い致します。




