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月影の守護師  作者: ドッグファイター
第一章 守護師覚醒編
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06話 冬馬の門出

 冬馬が家に帰ったのは夜明け前だった。いつものように裏からこっそりと戻り、それから三時間程眠ってから起床した。居間で仏壇の遺影に手を合わせた後、朝食を済ませてから昨日までに準備した荷物を確認する。

 今日から離れた場所での新しい生活が始まる。既に大きな荷物は先行して発送済みである。


「冬馬、そろそろ出ないといけない時間じゃない。準備はちゃんと出来てるの?」


「大丈夫だよ、母さん。もう子どもじゃないんだから」


 冬馬は少し呆れ顔でボヤいた後、膨れ上がった青いバックパックを背負った。

 冬馬はこの春に高校を卒業したばかりで、新生活を迎える十八歳である。大学や専門学校といった進学ではなく、母である咲子(さきこ)の知り合いの伝手(つて)に仕事を紹介してもらい、就職することになっていた。

 この日は翌日が出勤初日になるので、下宿先に向けて家を出発する予定になっていた。


「そんなこと言って、あんたのことだから何か忘れ物してるでしょ。財布、ちゃんと持ってるの?」


「当たり前だろ。いつまでも子ども扱いしないでよ。ちゃんとここに……って、あれ?」


 冬馬は必死にジーンズのフロント、バックポケットを(まさぐ)るが、お目当ての財布は見つからない。


「そんなとこにある訳ないでしょ、居間のテーブルの上にあるんだから。何が『子ども扱いしないで』よ。そもそもいつもあんたはどこか抜けてるのよ。この前だって――」


「ハハハ……。財布、財布っと」


 冬馬はバツが悪そうな顔になり、急いで居間の方へ財布を取りに戻った。

 咲子はやや小柄だが、その割には体つきに重量感がある。少しカールの入った髪が襟元に触れるたびにふわふわと揺れていた。その容姿は見るからに陽気な「おばちゃん」という言葉がピタリと当てはまる。

 居間に戻っていく冬馬を、「あの子はほんとに、もう」と溜息交じりに呟き、苦笑した顔で見ている。だがそれは本気で怒っている訳ではなく、まだ手の掛かる子どもといったところなのだろう。戻ってくる冬馬を待つ表情は優しい顔つきになっていた。


「もう忘れ物は無いと思うよ。……たぶん」


 戻ってきた冬馬は自信なさげな顔で「へへへっ」と笑った。


 冬馬は進学ではなく就職する道を選んだのには、彼の気持ちに進学するという選択肢が無かったからである。冬馬はまともに高校には通っておらず、出席日数もギリギリだった。入学してからは学校を休むことが多かったのだ。

 その理由として冬馬が十四歳の時に、唯一無二の親友を事故で亡くしてしまったことだった。とにかく何でも話せる、そしてどんな時でも頼れる存在だった。他に友達がいなかった冬馬にとって、いつも場を楽しませる彼は太陽のような存在だった。

 そのいつも明るく照らしてくれていた太陽が、ある日突然無くなったのだ。あって当たり前のものが無くなると、現実を受け入れられなくなる。学校の教室にいても親友の姿を捜してしまう。何かをしようとしても親友ならどうするのか考えてしまう。でも話すことも出来ず、頼ることも出来ない。自然と家に閉じこもって現実逃避をしてしまう生活になっていった。

 冬馬はしばらくは何も手が付かず塞ぎ込んでしまった。何もやる気が起きず、当然のように学校も休みがちになった。高校には何とか進学出来たのだが、それでも朝に目覚めた時の気分で行ったり行かなかったりしていた。母親である咲子もかなり心を痛めていたに違いない。だが咲子は冬馬に怒ることはなく、強制もしなかった。冬馬が「今日は学校に行かない」と言っても、咲子は「そう」という一言で、あとは優しく微笑むだけだった。

 それを見る度に冬馬は心苦しくなった。しかし自分でもどうすればいいのかわからない。それでも父親がいなかった冬馬にとって、女手一つで育ててくれた母には心配を掛けたくない。そんな思いが辛うじて冬馬を現実へと繋ぎとめていた。当然のように学校での成績は芳しくなく、学力は何とか卒業に漕ぎつけたという程度だった。進学するにも冬馬は特にやりたい事が何も無かったし、まずは環境を変えたかったという思いも少なからずあった。だから家を出て就職するという選択に至ったのである。


「お父さんにはちゃんと言ったの?」


「うん、それはバッチリ。たぶん、『頑張れよ』って言ってると思うよ」


 そして、この『父がいない』という事が就職を決意したもう一つの理由でもあった。母子家庭で育った冬馬の心情には、進学するという選択肢は無かった。高校生活では散々心配と迷惑を掛けたので、働いて少しでも母の負担を減らしたいという思いが強かったのだ。


「じゃあ、体に気をつけてね。しっかり食べてしっかり寝るのよ。それと、向こうに着いたら美香さんにちゃんと挨拶しなさいよ。しばらくお世話になるんだから」


「うん、わかってるよ」


 美香さんとはお世話になる下宿先の女将さんのようで、冬馬はまだ会ったことがない。冬馬の就職について咲子が知り合いの美香さんに事情を話し相談したら、「うちに来たらいい」と快く仕事を紹介してくれたのだ。進学するにしても就職するにしろ、不登校の冬馬にとっては厳しい状況だった。だから声を掛けてもらえただけでもありがたかったのだ。そして何よりも決め手となったのは、その仕事がどうやら冬馬の父親が関わっていたということだったからである。


「母さん、色々とありがとう。……それと、今まで心配ばかり掛けてごめん」


「何言ってるの。親はね、子どもに心配掛けられると、案外嬉しいものなのよ」


 突然の冬馬の告白にも、咲子はそう言ってにこりと笑った。

 その顔を見た冬馬は、ずっとこの笑顔に救われていたということに初めて気が付いた。それは恐らく居て当たり前だった母と、しばらく会えなくなるという寂しさを感じてしまったからだろう。親友を亡くして、その後フクが居なくなったことにより冬馬は常に孤独を感じていた。それでも今日まで不自由なく生きて来られたのは、母がいたからこそだと気が付いたのである。

 辛い時や悲しい時も、心を平常に保てない時でも、母親に八つ当たりした時も、いつも優しく見守ってくれていた。そう思うと自然と目から涙が溢れて止まらなかった。


「何泣いてんのよ! 今生の別れじゃあるまいし、お父さんが見たら笑われるわよ」


「違うよ。これはそういうのじゃなくて……」


 母の優しさに気付いた冬馬の涙に、別れを惜しむ涙と咲子は勘違いしたのだろうか。いや、これは彼女がただ単に照れ隠しをしているだけなのかもしれない。これも母の優しさなのだろうと、冬馬は改めて母の存在に感謝する思いだった。


「でも、そうだよね。これから父さんと同じ仕事するんだし、ぼくもいつか胸を張って父さんに報告したいから」


 溢れる涙を拭いながら、冬馬は居間にある遺影の方を見て無理に笑顔を作った。


「あんたなら大丈夫よ。ああ、それとね。冬馬、これ持って行きなさい」


「これは?」


 母から手渡された物は金属製のチェーンで繋がれた指輪であった。ブロンズ色のフラットバンドで、一部が円形の台がついているように丸くなっている。そこには何のデザインも無く、アームの幅は太い方だが至ってシンプルな仕様である。


「それはね、お父さんの形見なのよ」


「えっ!?」 


 形見と聞いて冬馬は驚きを隠せなかった。何せ初めて見る父の遺品だったからである。

 冬馬の父親は彼が幼い頃に他界していた。だから冬馬にはほとんど父親の記憶が無い。あるのはいつも自分に向けられた優しい笑顔だけだった。だが、思い出そうとしてもどんな表情だったかは思い出せない。遺影の写真で顔を見たことはあるのだが、冬馬の記憶の中には父の顔はぼやけていてわからなかった。それでも父が微笑んでいたということは、冬馬の脳裏にインプットされていた。

 そんな父が持っていた遺品。冬馬は嬉しかったのだが、母にとっても大事な父の形見になるのではと、少し居た堪れない気持ちになった。


「こんな大事な物、持って行っていいの?」


「それはね、お父さんがいつも身に付けていた物なのよ」


 咲子はそう言うが、彼女自身もこの指輪について詳しくは知らないようだ。一つ言えること、それは結婚指輪ではないということ。父が仕事で使っていたのか、それとも趣味で身に付けていたのか。いずれにせよ、冬馬にとって大切な父の形見であるのは間違いない。


「何となくなんだけどね、これはあんたを守ってくれると思うの。お父さんが必ず守ってくれる。そんな気がするのよ」


 いつもは見せないような咲子の少し儚げな表情に、冬馬は胸が締め付けられるような気持ちになった。やはり何だかんだ言っても、息子の冬馬が心配でならないようだ。これから近くで見守れないという寂しさが、冬馬にも十分に伝わってきた。母の温かい優しさと深い愛情を改めて知り、この母の為にも心配を掛けずに、強く生きていかなければと胸に刻んだ瞬間でもあった。


「正直、どこまで出来るかわかんないけど、頑張ってみるよ。母さんも体に気を付けてね。あまり無理しないでよ」


「はいはい。あんたもまだどんな仕事かわからないんだから、今から気負っても仕方ないわよ。まあ、あんたの思うように思いっきりやってみなさい!」


 咲子の言葉に無言で頷く冬馬。


 父の仕事とは、神社の管理に関わる業務としか聞いていない。それでも冬馬にとって職種なんてどうでも良かった。

 親友の死によって、一時は引き籠りになった。生きることに意義を見出せず、やる気が起こらず、何もやりたいことが無かった。そのまま高校を卒業してもニートになるしかないような状況で、母の支えもあってようやく人の優しさを思い出し、そして生きていく気力を取り戻したのである。

 冬馬にとって何か出来るというだけでも嬉しかった。それがたとえどんな仕事かわからなくても、それは問題ではなかった。父が携わっていた仕事に就けるということ、さらに父の息子というだけで受け入れてくれた先方の温情に少しでも応えたいという思い。今は父や親友の分まで頑張って生きるという希望に満ち溢れていた。

 もう立ち止まらない。下は向かない。どこかで父や親友が見ているのだと思うと、前を見て一歩ずつしっかりと歩む。冬馬はそう決めたのだ。


「それじゃ、行ってきます!」


 満面の笑みを浮かべた冬馬は見送る母に振り返ることなく、前をしっかりと見据えて歩き出した。




ここまで読んで頂き、ありがとうございます!


次回からの投稿は、週2~4回程度の不定期になります。少なくとも「週2回」と思っていますので、次回も読んで頂ければ嬉しく思います。

よろしくお願いします!


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