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月影の守護師  作者: ドッグファイター
第一章 守護師覚醒編
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56話 出来ること

直輝の放った術に対し、守護師たちは退避を余儀なくされた。

この状況に守護師たちは……

 守護師の面々は社殿から離れ、黒鳥居の外側へと移動した。ここは夕刻過ぎに冬馬と光太が戦った場所だ。冬馬が左手首に巻いているスポーツウォッチに目をやると、すでに日付が変わっていた。空に輝く十四夜月の位置が大きく移動していたことに、今ようやく気が付いたほどである。

 ここは社殿から二百メートル以上は離れているだろうか。それでも、社殿から溢れ出てくる強烈な気配は未だに絶えることはなかった。

 守護師たちは半円を描くように主家当主の二人を取り囲んでいて、陰陽師の泰典もここに加わっている。ただ、各々(おのおの)の表情は硬い。緊張している者、疲弊している者、混乱している者、そして怒りに満ちている者と様々だった。当然、冬馬にも疲れはあった。緊張と疲弊による体力の消耗。いくら冬馬に霊気で回復する力があると言っても、それが霊気による消耗でないと効果が無いのだ。基礎体力や怪我は癒せないのである。残念ながら、冬馬の術はそこまで万能という訳ではなかった。

 それでも冬馬は気力を振り絞り、何か打開策がないのか考える。舞美子以外にも守護師としての実力者がこれだけいるのだから、何か妙案が出るに違いない。ただ、守護師たちの雰囲気は穏やかではなかった。


「なぜ狭間家のやつが主家の術を使えるんだっ!」


「私も知りませんよっ!」


 本丸家当主は不快感を剝き出しにして、三之丸家当主へ怒りをぶつけている。そして、その怒りの矛先は陰陽師の泰典にも飛び火した。


「結界は陰陽師の得意分野だろっ! お前の術で何とかならんのかっ!」


「やっているが駄目だっ!」


「ちっ! この役立たずが!」


「何だと!? もう一度言ってみろっ! そもそも、これはお前ら守護師の失態だろ!」


 このやり取りを見るだけでも混乱しているのがよくわかる。普段は冷静沈着な泰典でさえ、大きく取り乱しているのだ。もちろん、今の霊気の状況がそうさせているのかもしれないが、これでは周りにいる者まで混乱してしまう恐れがある。冬馬が何とか冷静に対処しなければと思っていると、呆れ顔で明日美が口を挟んだ。


「なあ、おっちゃんたち。ギャーギャー騒いでもしゃーないやん。今は何が出来るか考える方が先やで」


「な、何を……!」


 明日美に他意は無いのだろうが、これは火に油を注いでしまっている。必然と本丸家当主の顔が一段と赤くなっていく。明日美の詰まらなそうな表情を見て、ついに堪忍袋の緒が切れたようだ。


「ね、ね、根石の分際で偉そうにっ……‼ 当主でもないガキのくせに生意気言うなっ‼」


 明日美の提言に対し、本丸家当主は完全に感情的になってしまっている。これではまともな策戦会議どころか、会話すらままならない。それでも、この場をまとめられる者はきちんと居るのである。


「まあ、落ち着きなさい。明日美さんの言う通りですよ」


「ぐっ……!」


 月也の一言で本丸家当主の口撃は止まった。


「この状況で怒りや不安な感情を露にすると、どうなるかわかっているはずです」


「そうだな」


 ここまで言われると、さすがに本丸家当主も黙り込んでしまった。泰典の方はもうすでに冷静を取り戻しているのか、月也の言葉に同調した。月也は少し思案顔になり、そして泰典へこう切り出した。


「山を囲っている陰陽師の方たちで、何とか出来ないでしょうか?」


「それが、(ふもと)で待機している在智(ありとも)にも連絡が取れないんだ……上手く対処してくれればいいが……今は信じるしかない」


 泰典が懐からスマホらしきものを取り出して呆然と眺めていた。冬馬も自分のスマホを取り出して画面を見たが、電波どころか電源すら入らなかった。


「言われてみれば確かに、こちらも連絡が取れませんね。霊気が乱れ過ぎて上手く扱えません」


 そう呟いた月也は目を瞑って何かを探っているようだった。


「一体どうなってるんですか!?」


 冬馬は舞美子へ聞いたのだが、返事が返って来なかった。何かを思案しているのか、社殿の方を見たまま(しき)りに左手の指で髪を弄っている。


「これは最悪のシナリオです」


 舞美子の代わりに月也が答えてくれた。その顔は苦虫を噛み潰したような、高貴で秀麗な月也には似つかわぬ表情だった。


「どういう意味ですか!?」


「あの社殿に封じられている戦国武将の魂が解放されているのです」


 ここで初めて冬馬は感じていた気配の正体が理解出来た。


「ええっ……!? あっ、でも解放されても信長さんやガモチュウさんみたいな人だったら問題ないんじゃ――――」


「あなたは本当に何も知らないのですね」


「え……!?」


 月也が睨みつるように目を細めた。その表情は厳しく、声のトーンも下がっている。


「それは我々守護師と結びついている守護霊の話です。守護師と関わりの無い魂が野に放たれると、魔霊化してしまうケースが殆どなのです」


「それだけではない! ここには魔霊の魂も閉じ込めていたんだ! それも同じように外部へと流れ出てしまうということだ!」


 本丸家当主はまだ混乱から生じる興奮状態がまだ続いているみたいである。ただ、口調は荒々しいが思考は冷静さを取り戻しているようだ。

 それにしても、この結界に魔霊まで封じ込めていたと冬馬は知らなかった。いや、魔霊のことだけではない。守護霊のことも知らないことだらけである。そもそも、戦国武将の魂がなぜ封印されているのかすら知らない。父から受け継いだものだけでは、まだまだ何も役に立ちそうにはない自分がいることに気付いた。それを痛感すると、やはり心は暗く沈んでしまう。それでも、今はそんな時間が無いほど切羽詰まっている状況なのだ。一々気にしていては何も出来ないのだから。

 冬馬は結界という言葉で、ふと泰典の話を思い出した。


「そう言えば……確か、この山には何重にも結界が張られているって聞きましたけど」


「その結界が今は次々と破壊されていっている」


「そ、そんな……!」


 それにしても、魔霊とは本当に厄介な存在である。冬馬もこの短時間で嫌というほど味わった。豊臣秀吉や石田三成のような強力な魔霊が各地で出現したら、この日本は一体どうなってしまうのか。事の重大さに冬馬の頭もようやくついて来た。


「くそっ……‼」


 本丸家当主は悔しそうな顔で地面に敷き詰められている石畳を見つめた。だが、ここで三之丸家当主が「あっ!」と、何かを思い出したかのような顔をした。


「まだ根石が張った闇夜結界があるではないかっ! 今はそれで防ぐしかないっ!」


 皆の視線が根石家当主の舞美子に集中する。一縷(いちる)の望みをかけた舞美子の結界だったが、結界を張った当の本人は左手の指で髪を弄りながら力なく首を横に振った。


「あきまへん。それもたった今、崩壊してしもうたようです」


「何だって!?」


 ここで本丸家当主が膝から崩れ落ちた。呆然とした、まさに絶望に満ちた表情だった。

 舞美子の言葉どおり、それまで無音の静寂に包まれていた山が音を取り戻した。風で揺れる木々や草木の音が聞こえたかと思えば、敷き詰められた桜の花びらが再びちらほら舞い始め、やがて潜んでいる虫の音も聞こえてきた。そして、ひんやりとした空気が瞬く間に充満していくのが肌で感じる程だった。


「根石のあの広大な結界をも崩したというのか……なんて破壊力だ……」


 三之丸家当主までもが力なく肩を落とした。それに追い打ちをかけるように、泰典が暗く沈んだ表情で呟いた。


「これはそんな規模の話ではないかもしれない」


「ど、どういうことだ!?」


「ここ京都、それに近畿圏……いや、下手をすれば日本全国に拡散してしまっているかもしれない」


「な、何だと……!」


 落胆から驚愕。守護師たちが理性を失ってしまえば、それこそ混沌状態になりかねない。それは極めて危険な状態だ。いかに冷静でいられるかが問われる場面ではあるが、その辺りは経験豊かな守護師たちである。各々がグッと何かを堪える表情をしている。怒りや不安、気力喪失や思考停止。それは人それぞれなのだろう。冬馬はというと、必死で込み上げてくる不安感に耐えていた。

 それを知ってか、泰典は「ふう」と一息ついてから、再び落ち着いた声色で話し出した。


「ここは霊脈の心臓部と言ってもいい場所だ。暴走した霊気がここから一気に日本全国に広まっていくことも、想定しておかなければならないという話だ。とにかく今は冷静に対処することが一番大事だ」


 日本にどれだけの結界があって、どれほど重要な場所があるのか冬馬は知らない。だが、これがとんでもなく危機的状況を生み出しているということはわかる。守護師たちの表情を見る限り、この世の終わりかとも思えるほどの絶望感に満たされてしまっているからだ。

 霊気が上手く使えない。守護師にとってこれがどれだけ致命的な状態なのか、今の冬馬ならよくわかる。守護師は霊気によって身体を強化し、霊気を使って想像をも超越する力を発揮することが出来る。だが、そのエネルギー源が無ければ、ただの人間と同じなのだ。電気を供給出来ない電化製品は使えない。ガソリンが入っていない車は走行出来ない。それと何ら変わらない状況に、今は陥ってしまっているということなのである。そして、目の前で進行している最悪の状況を、成す術なく見守ることしか出来ないでいる自分が何よりも歯痒かった。

 だが、皆が一様に絶望感に浸っている状況で主家当主の美姫と月也はまだ下を向いていなかった。その目にはまだしっかりとした活力が感じられる。それは主家であるプライドなのか。それとも、まだ何か奥の手を残しているのだろうか。どうやらこの二人は何かを待っているみたいだ。二人の意識が集中している視線から推測すると、恐らくそれは根石舞美子だろう。霊気を使えないこの状況で頼りになるもの。それはやはり人の知恵であり、そしてそれを活かせる判断力と行動力なのだ。この三人にはまだそれが残っているということだろう。

 二人が注目する舞美子はまだ左手の指が動いていた。彼女の頭の中ではすでに妙案が浮かんでいるのか。それとも、まだ何も浮かばずに必死に考えているのだろうか。冬馬には判断がつかない。居ても立っても居られない冬馬は舞美子へ詰め寄るように問いかけた。


「何か出来ることは無いんですか!?」


「今は十分な霊気を使うことが出来まへん。うちら守護師は霊気を使うことでしか対応出来へんのはわかるやろ? 残念やけど、今はこの霊気が回復するまで……」


 そう言って舞美子が珍しく口を噤んだ。動いていた左手の指が止まったのである。


「……何かあるんですね?」


 冬馬の真剣な面持ちから見える気概に、真顔の舞美子はほんの少し表情を柔らかくした。


「……たった一つだけある」


「まさか、舞美姉さん……!」


 舞美子の言葉で即座に反応したのは美姫だった。だが、舞美子はそれには答えず美姫と月也の前に(ひざまず)いた。


「二之丸家には水気の使い手としての血が脈々と流れております。水気とは生命の根源であり、癒しの力。つまりは『異常』を『正常』に戻す力も備わっていると推測されます。先程の自我を失った者を治したところを見ても、それを証明するには十分かと。従って『相承の議』を経た今の二之丸冬馬様なら、可能性はゼロでは御座いません」


「で、でもそれは……!」


「美姫様、わかっております。ですが、このままでは被害がどれだけ甚大になるか予測出来ません。最小限に抑えるには、今はこれしか御座いません」


 舞美子は俯いているので、その表情まではわからない。だが、その言葉や口調で想いは伝わって来る。最後に舞美子はこう続けた。


「これは()くまで提案で御座います。判断は主家当主の御二方に委ねます」


「…………!」


 舞美子の言葉は一聞すると、責任逃れをしているように聞こえるかもしれない。だが、守護師界における責任は全て主家当主が担うことは至極当然である。そして、進言する方も無責任に提案している訳ではないということもよくわかる。舞美子の石畳に突いている手に力が入っているからだ。その姿勢を見れば誰の目にも十分理解出来るだろう。


「二之丸冬馬さんにはまだまだ知識も経験も足りていません。それでも彼に懸けてみるということですか?」


「仰せの通り」


「わかりました。二之丸家のことは私よりもあなた方の方がよく理解していますから。許可しましょう」


 月也はそう言って目線を美姫へと向けた。


「…………!」


「美姫様、何かあれば私が全力で止めます。この命に代えても」


「舞美姉さん……」


 舞美子の言葉に反応したのは、やはり姉妹である明日美と美音だった。だが、今度は弱音を見せることなく、舞美子の後ろに座り舞美子の羽織をギュッと握りしめた。この二人も舞美子の決意に同じ想いを抱いているということだろう。


「…………わかった。許可するわ」


 美姫はそう言って覚悟を決めたようだ。恐ろしい程の厳しい顔つきで冬馬へ近寄った。


「出来る?」


 今度は皆の視線が冬馬に集中する。冬馬は周りを見回した。心の奥まで突き刺さるような犬走美姫の鋭い眼差し。同じ主家である望楼月也もじっと冬馬を直視している。本丸家当主、三之丸家当主の二人も怖い顔付きだ。根石姉妹に天端石雪のいつになく真剣な表情。美姫の従者である堀切準、それに胴木光太と算木勇一は心配そうに見つめている。そして、陰陽師の土御門泰典は緊張気味の顔つきになっていた。守護霊の織田信長と徳川家康は至って落ち着いた表情だ。その中で、蒲生氏郷はなぜか夜空を見上げていた。

 以前の冬馬ならこの威圧感に耐えられなかっただろう。だが、引っ込み思案で気弱な冬馬は、そこにはいなかった。


「はいっ‼」


 正直言って出来るかどうかなんてわからなかった。美姫がすんなり承諾しなかったことも気に掛かる。何か危険な事があるのかもしれない。だが、こんな時に不謹慎かもしれないが、少しだけ嬉しかったのも事実である。魔霊や悪霊に対し攻撃することが出来なかった不甲斐ない自分が嫌だった。何か出来ることはないか、ずっと模索していた。そして、ようやく自分に出来ることが見つかったような気がした。父が生前に言っていた口癖、「俺が救ってやる」という言葉。それが何となく理解出来た瞬間でもあった。

 冬馬はこういう時ほど落ち着かなければいけないと自分に言い聞かせた。月也の言う通り、他の守護師に比べたら冬馬には知識も経験も乏しい。だからと言って今は嘆いても仕方がない。逆に言えば、何も知らないから出来ることもあるはずだ。知らないということは、時に恐怖心さえ凌駕(りょうが)する。この時の冬馬は理屈ではわかってはいないが、そういった心境に近い状態だったと言えるかもしれない。


「仕方ねえ、俺も手伝ってやるさ」


 そう声を掛けたのは、冬馬の守護霊である蒲生氏郷だった。


「まあ、俺に出来ることなんて何も無いけど、側にいて想いを共有することは出来るからな!」


「ガモチュウさん……!」


 飛び上がるほど嬉しかった。冬馬は心の中から一気に不安な気持ちが吹っ飛んでいくのがわかった。


「それで、何をどうすれば……」


「それはうちらにもわからへん。全てはあんさんの中にあることやからなぁ」


 舞美子はそう言って珍しくニコリと微笑んだ。恐らくこれは紛れない本音だろう。舞美子ですらわからないことは、自分で何とかするしかない。ただ、冬馬には不思議と不安は無かった。


「それじゃあ、行くか!」


「はいっ‼」


 冬馬は氏郷と共に、再び社殿の方へと向かい歩を進めた。




 

ここまで読んで頂き、ありがとうございました。

今後もご愛読のほど、よろしくお願いします。

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