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月影の守護師  作者: ドッグファイター
第一章 守護師覚醒編
54/67

54話 直輝の執念

美姫が直輝に向けて術を放った。

果たして直輝には通用するのだろうか……

 美姫が放った術。それは霊気が効かない相手に霊気を使うという、矛盾した術でもあった。だが、冬馬は月也の言葉を思い出していた。


『それでは私たち主家の出番、ということですね?』


 この言葉が意味する事は何なのだろうか。舞美子の余裕の笑みを見ていれば、それはこれから起こることで自ずと答えはわかるはずだ。



《犬走家秘奥義 斬絶っ‼》



 美姫の声が響き渡ったかと思えば、眩い光の塊が直輝の頭上を直撃していた。直輝は逃げることなく両手を突き出して押さえてはいるが、その顔は今までの笑顔はなかった。


「ぐぐぐぐぐっ……!」


 思わず漏れた直輝の声が、その苦しさを物語っている。明日美の攻撃時と同じように美姫の刀と直輝の間は空間のような隙間が生じているのだが、その隙間がじわじわと無くなってきていたからだ。


「な、何が起こっているの……!?」


 冬馬の問いに不敵な笑みのみで返す舞美子は、視線を美姫と直輝に戻してその動向に注視していた。

 美姫の霊気により一層の力がこもっていく。髪はやや逆立ち、着ているスカートの裾までもが多大な霊気の影響でひらひらと(なび)いている程だ。周囲を取り囲んでいた悪霊たちも堪らず退避し始めた。後退りする者、あからさまに背を向ける者までいる。本能的にこの霊気に当たればマズいとわかるのだろう。美姫のこの攻撃により、守護師側にとっての戦況が著しく好転し始めている。ここまで来ると、さすがに冬馬でも美姫がやろうとしている事を理解した。


「ま、まさか直輝のバリアーを破ろうとしてるんじゃ……」


「その『まさか』に違いねえ……!」


「ああ! これで狭間の野郎の化けの皮が剥がれるぞ!」


 冬馬は後ろから聞こえてきた光太と勇一の声には答えなかった。美姫と直輝から目が離せないからだ。美姫の顔は冬馬からは見えない。だが、恐ろしい程の形相(ぎょうそう)になっていることは想像に容易い。美姫から溢れ出る霊気から鬼気迫る想いを感じられるからだ。


「さて、これであの子がどう出るかやなぁ」


 舞美子は不敵な笑みで答えてはいるが、今までのそれとは違うところもあった。それは目だった。目だけは真剣で真っすぐに美姫と直輝を捉えていた。


「そもそも結界を壊すなんて、普通では有り得へんことや。せやけど、時と場合によっては壊さなあかんこともある。例えば、今回のような緊急事態には、なあ?」


 そう言って舞美子の目がほんの少し柔らかくなった。


 一方の直輝も顔からは余裕が消え、歯を食いしばっている様子が窺える。「霊気の攻撃は効かない」と大口を叩いていたのが嘘のように、まさに必死の形相で踏ん張っている。直輝から霊気は感じられないままだが、明らかに美姫の攻撃は効いているようだ。その証拠に、じりじりと直輝は押され始めていた。



 そして遂に――――――――直輝を包んでいた『()()()()』が崩壊した。



 まるでガラス細工の骨董品が割れるような「ガシャンッ!」という音が聞こえた。いや、正確に言うと頭の中で鳴り響いたと言った方が正しいだろう。そして、それは冬馬だけに聞こえたわけではなかった。周りの守護師たちの反応を見れば一目瞭然である。「よしっ!」と歓喜の表情を浮かべる者、そして()も当然といったしたり顔の者もいる。

 だが、瞬時に守護師たちの顔が驚愕の表情に打って変わっていった。


「ああっ……‼」


 思わず冬馬からも声が漏れた。その要因は直輝から隠されていた霊気が発せられたからである。今まで感じなかった霊気が、直輝の体から溢れ出んばかりに感じられるのだ。あれだけの結界術を駆使していたのだから、当然霊力は相当なものと冬馬は予測していた。それに見合う程の強い霊気を感じる。美姫には及ばないにしても、明日美や雪よりも上ではないかとすら冬馬は感じた。


(これが直輝の霊力……!?)


 だが、初めて感じる直輝の霊気は想像とは少し違っていた。直輝の霊気にとある想いを感じたからである。


 それは――――――――『愉快』という感情だった。


 どうしてそんな感情を抱いているのか。今のこの状況では違和感でしかない。目の前には美姫が獲物を狙うかのように直輝をロックオン状態だ。このプレッシャーは相当感じているはずである。それでも、直輝の顔には薄っすらと笑みが浮かんでいた。美姫に勝てる自信があるのだろうか。仮にそうだとしても、他には名家の守護師たち取り囲んでいるのだ。この神社には舞美子の広大な結界も張られている中、霊気を媒体として蘇った直輝にはもう逃げ場は無いと言っても過言ではないのだ。だが、直輝の顔を見るとやはりそうとしか思えない程、まだどこか余裕のある顔つきだった。

 直輝は弾かれるように後ろへと下がった後、すぐに態勢を立て直して身構えた。檳榔子染の羽織を身に纏った体には、身体強化の証である霊気が包み込んでいる。薄っすらとぼんやり微光するそれは、冬馬と同じ『黒』の霊気だった。

 美姫は続けて攻撃を仕掛けない。何か考えでもあるのだろうか、直輝の様子をじっと観察しているようだ。


「ひょっとして、もう勝った気でいる? ……ってそんなわけないよね!」


 直輝は強がっているのか、それともまだ本気を出していないのか、冬馬には正直わからなかった。

 そもそも冬馬は直輝の守護師としての実力を知らない。どれだけの霊気を操り、どんな技を使っていたのかなんて、今となっては知る由もない。目の前で感じられる直輝の霊力が本当の力なのだとしたら、もうすでに決着はついたかのように思われる。だが、周りの反応を見るとそれはどうやら違うようだ。特筆すべきは舞美子の顔から不敵な笑みが消えていたからだ。


「これは、前とは全然違うんじゃないのか……!」


 そう言ったのは三之丸家当主だ。彼も以前の直輝を知る一人だろう。その彼が驚くのだから、直輝の霊力は強くなっているということなのだろう。

 冬馬の心に不安が(よぎ)る。果たして直輝の目的は一体何なのだろうか。魔霊と手を組んで何をする気なのか。先の言葉を聞くと、主家に対して積年の恨みがあったのだろうか。もしかすると、直輝の心に復讐心のような想いがあるのかもしれない。それで美姫を倒そうとしているのだと、この時の冬馬はそう思っていた。



《我が魂に集いし者たちよ その姿を土気へと転じ わが拳に集結せよ!》



 美姫が手にした日本刀を横に倒して後ろへ引いたまま、直輝へと突進したのだ。冬馬は当然、直輝がまた受け止めると見ていた。


 しかし――――――――


「ぐわっ‼」


 直輝の呻き声がしたと同時に、彼の体は宙に浮いていた。それも物凄いスピードで吹っ飛んでいるのだ。その勢いは神社の社殿に向かって一直線に伸びている。ガードの上から叩き込まれた美姫の渾身の一撃に成す術なく、直輝はあっけなく吹き飛ばされたのである。石畳の上を背中で滑るように突き進んでいき、社殿の手前で直輝の体はピタリと止まった。

 いくら強大な霊力があるとは言え、美姫の力の前では直輝は子ども扱いだった。美姫は日本刀の『刃』の部分ではなく、『柄』の部分を突き出して直輝へ攻撃していた。一度は直輝がその攻撃を止めたかに見えたのだが、美姫がガードの上から瞬時に集めた土気の黄色い霊気をぶつけるように打ち放ったのだ。冬馬から見ても、美姫と直輝では力の違いがはっきりと見て取れた。

 気付けば辺りのいた悪霊の数がめっきりと減っている。美姫の霊力による恐怖で逃げ出したのか、それとも直輝の力が削がれ始めた影響が出ているのか。どちらか定かではないが、埋め尽くされていた無数の悪霊は姿を消していた。

 守護霊の信長と家康、魔霊の秀吉と三成はどうしているのか。周辺を見回したが、冬馬はすぐには見つけられなかった。離れた場所で戦いを繰り広げているのかもしれない。結果的に社殿の前にポツンと孤立した格好となった直輝は、守護師たちに追い詰められた形となっていたのである。


「もしあんたが生身の体だったとしても、今度は容赦しないわよ」


 冷やかな目線で直輝を見ている美姫は、手にした日本刀をギュッとさらに強く握りしめた。その直輝は仰向けで台の字になっていたが、おもむろに立ち上がった。派手に吹っ飛ばされた格好になったが、まだその顔には余裕のある笑みを浮かべている。まだ戦うの気なのか、胸の前で拳を作った。


「へへへっ、相変わらず……勝ち気な人だ……」


 そう言って直輝はダメージが大きかったのか、少し息を切らしながら右の袖で顔を拭った。


「それはこっちのセリフよ。あんたは結界術を利用してたようだけど、わたしには通用しない。さっきのでわかったでしょ?」


 美姫の言葉は偽りでもなければ、虚勢でもない。結界の壁さえ無ければ、力の違いで直輝を倒すことは容易だのだと証明してみせたからだ。さらに名家の守護師たちで掛かれば倒すことよりも難しい、いわゆる『生け捕り』さえもこの状況ならば出来るはずだ。その証拠に本丸家当主、三之丸家当主の二人が直輝の横手に回ろうとゆっくりと移動し始めた。天端石雪も先程より霊力は回復しているので、美姫の横に並びじわりと包囲網を組んでいく。そろりと明日美も雪と美姫挟むようにして横に並んだ。後方に舞美子と月也が並び、その後ろに冬馬と蒲生氏郷、そしてさらに後ろに準、光太、勇一が控えている。陰陽師の土御門泰典はいつの間にやら、やや離れた場所で何やら思案顔で腕を組んでいる。サポートの術でも考えているのだろうか。

 これだけのメンバーが直輝を逃すまいと目を光らせているのだ。どう考えても直輝には逃げ場は無くなっていた。


「せっかく苦労して編み出した僕の術が、こうも簡単に破られるなんてね。さすがだよ、美姫様。まあ、どうせ見破ったのは舞美子さんなんだろうけどね」


 直輝はそう言うと、観念したのか構えを解いて視線を美姫から舞美子へと移した。


「あなたは美しさの中に強さと叡智を兼ね備えた、まさに理想の守護師像そのものだった。そんなあなたに僕はいつも勝てなかった。守護師としても、そして戦術家としてもね」


今までとは打って変わって悔しそうな顔をした後、直輝はどこか懐かしむように優しい顔つきになった。


「直ちゃんはいっつも舞美姉に張り合うて、そんでいっつも負けとったんや」


「へへっ、そうだったね明日美ちゃん」


 直ちゃんと呼ぶ明日美の顔も、少し懐かしそうな表情になっている。横で「うんうん」と頷いている美音はなぜかドヤ顔だ。この二人も直輝とは何かしらの所縁があるようだ。


「さあ、もう終わりにしましょ。あんたには聞きたい事が山ほどあるのよ」


 美姫はそう言うと、横に並んでいる四人の守護師たちに目で合図を送った。やはり直輝を捕らえる作戦のようだ。そんな状況でも、喋り好きの直輝は口を開き続ける。


「まただ。いつも僕を子ども扱いだったね。思えばどんなに鍛錬して、どんな術を習得しても跳ね返されたっけ。それでも、いつかあなたたちに勝てるんじゃないかと僕は本気で思っていたんだよ。でも、結局それも叶わぬ夢となってしまった。死んじゃったからね」


 直輝はここで初めて神妙な顔になった。さすがにこうなると、守護師たちの足も止まる。やはり四年前に()()があって仲間が死んでしまった事に躊躇いが生じるのかもしれない。それでも今はそんな感傷は邪魔になるだけである。禁忌を犯してまで生き返った直輝を放っておく訳にはいかないからだ。いくら魔霊と手を組んだ直輝とは言え、その魔霊も今は姿が見えない。守護霊である信長と家康が上手く引き離しているようだ。

 そう、まさにこの時の守護師たちは皆、『直輝は詰んだ』と思ったに違いない。冬馬も例に漏れずそう思った一人だった。

 だが、守護霊である蒲生氏郷は冬馬へ思念で伝えた事があった。


⦅冬馬、気を抜くな⦆


 氏郷はそれだけ言って辺りを見回した。何か気になる事があるのだろうか。そう言えば、舞美子も何も喋らずにじっと直輝の動向を注視している。その顔にまだいつもの笑みは戻っていない。

 ちょうど氏郷に声を掛けられた直後に、美姫と月也の守護霊である信長と家康が戻ってきた。どうやら魔霊の秀吉と三成との戦いに決着がついたようだ。美姫の前に降り立ち、直輝をグッと睨みつけている。美姫と信長は思念で会話をしているようで、美姫の表情が冴えない。月也の方を見ても同じように家康と会話をしているのだろうか、難しい顔をしている。何か問題でも起きたのだろうか。その月也がすごさま舞美子へ何か話している。その内容で聞こえてきたのは、「実体化を解いた」という言葉だった。これが意味するところは何なのだろうか。

 それでも冬馬はこの優位は変わらないと信じている。これだけのメンバーがいるのだから、直輝が何をしようと抑えられると思っている。守護霊を抜いても、十二対一という構図は圧倒的に優位だからだ。

 冬馬は少し余裕が出て来たので、先程見た美姫の術を思い出していた。周囲にある大量の霊気を自分の体に集中させ、それを結界を破る術に使うとは予想外の出来事だった。


「それにしても守護師ってあんな事まで出来るんだ……すごいなあ」


「あれは誰にでも出来る術ではない。守護師主家の血筋を引く者しか出来ない秘術だ」


 冬馬の独り言に反応したのは泰典だった。冬馬のすぐ側まで来ていたのである。


「本来、結界を解くことは張った本人しか出来ない。それでも、やむを得ず壊さなければならない時もある。しかし、これは限られた者にしか使えないようにしてあるんだ。誰にでも壊せたら必ず問題が発生するからな」


「なるほど……ってじゃあ、ぼくが吹っ飛ばされて注連縄(しめなわ)の結界が破れたのって、どういうことなんですか!?」


「ああ、あれはだな――――」


 泰典が喋っている時だった。ずっと黙っていた舞美子が前へと歩き出し、直輝に向かって口を開いたのである。


「あんさん、まだ何か隠してるやろ?」


 舞美子がずっと黙っていたのは、恐らく直輝から何かを感じていたのだろう。氏郷も同様に感じていたからこそ、『気を抜くな』と注意したに違いない。冬馬は急に不安な気持ちに襲われた。長かったこの戦いにようやく終わりが近づいている。冬馬はそう思っていたので、直輝に何を聞こうかと考え始めていたほどだった。だが、舞美子の言動を見ると居ても立っても居られなくなり、冬馬も前へと歩き出した。

 それでも直輝は動じず、舞美子の問い掛けに真顔で答えた。


「どうだろう? いま言えることはね、僕は生きているんだよ。んで、あれから四年という年月を経て僕は成長したんだ。そして、()を得たってことだよ」


 直輝は胸の前でギュッと握りこぶしを作って、それをじっと眺めた。そして一呼吸置いてから、舞美子ばりの不敵な笑みを浮かべた。それを見た守護師たちが訝しげな表情になった顔を、直輝はゆっくりとぐるりと見回した。


「……やっとだよ。ずっとこの時を待っていたんだ…………ハハハハハッ! 今回は僕の勝ちだ!」


「あんさん何をする気……」


 舞美子の言葉がまだ終わらないうちに、直輝は胸の前で両手の指を組んで祈るようなポーズを取った。それを見た舞美子の表情が一変した。冬馬も初めて見るような、目を見開いた舞美子の驚愕の表情だったのである。


「まさか……‼」


 何かに気付いた舞美子だったが、この時の冬馬には直輝が何をしようとしているのかわからなかった。舞美子の驚愕の表情を見た直輝は、舞美子とは対照的に満面の笑みを浮かべていた。


「あ、あきまへん――――――――‼」


 舞美子の絶叫も(むな)しく響くだけで、直輝は構わず言霊による唱言の詠唱を始めた。



《我が魂に集いし者たちよ 是より我に従いて其の力を互いに呼応させ その力を以って封じし全てのものを滅せよ‼》



 直輝の笑みは狂気すら覚える程の、人のそれではなかった。



 この出来事は後に『狭間事件』とも、『狭間の乱心事件』とも呼ばれるようになる。誰がそう呼び始めたのかは不明である。

 この先の冬馬たちに付き纏う、『この時の直輝を止められていたら』という後悔の念が生まれた瞬間でもあった。




ここまで読んで頂きありがとうございました。


今後ともご愛読の程、よろしくお願いします。

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