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月影の守護師  作者: ドッグファイター
第一章 守護師覚醒編
52/67

52話 直輝の居場所

直輝を捕らえようとする守護師たち。そして、それを阻もうとする魔霊たち。

遂に入り乱れての戦いに突入してしまった状況で、果たして冬馬は……


 ◇◆◇◆




 守護師たちが懸命に悪霊を倒しているはずなのに、その数は一向に減っていない。いや、減るどころか悪霊はまだまだ増え続けていた。これは恐らく、この『守護之(しゅごの)御霊(みたま)神社』という特殊な場所が関係しているに違いない。ただでさえ全国に張り巡らされている霊脈が入り交じるこの場所で、結界の一部が崩壊している状況なのだ。今は霊気が乱雑に入り乱れているという危険な状態なのである。ここ京都にいる死者の魂が吸い寄せられるように集結していると言っても過言ではないだろう。

 そして、悪霊の数が思うように減らないもう一つの要因があった。それは、悪霊の動きがこれまでとは全く違っていたのである。本来、悪霊は魔霊と違い、『個々の意志が無い』というのが一般的な解釈である。生きている人間の魂に引き寄せられ、それを目掛けて襲って来るだけというのが悪霊なのである。だが、今は個々ではなく、集団で行動しているのがはっきりと見てとれる。まるで軍隊のように隊列を組み、連携して守護師たちに襲い掛かっているのだ。これは恐らく、魔霊の豊臣秀吉と石田三成の仕業と見ていいだろう。巧みに悪霊たちを何らかの手段で指揮しているに違いない。

 すぐ近くにいる準や光太たちを見ていると、苦戦しているということがはっきりとわかる。闇雲に倒そとしても攻撃をかわしたり、中には防御する悪霊までいる始末だ。今までのように一撃で簡単に倒すという戦いが出来ていないのが現状であった。冬馬はこの状況が今までとはまるで異なる戦いになっていると見ていた。そう考えると、何も出来ない自分にまた不安が付きまとってくる。


(ぼくはこのままでいいのかな……)


 頭の中では理解している。悪霊は退治しないと自分の命に関わるばかりでなく、生きている人々に害が及ぶからだ。それに、今は危険な魔霊も出現している。自分に守護師としての力があるのなら、戦った方が良いに決まっている。そうすれば、目の前で懸命に戦っている準たちの負担を大きく減らせるのだから。

 冬馬は皆を守ると決めたのに、自分が戦わないことに情けないという負の感情が込み上げてきた。懸命に戦っている他の守護師たちを見ていると、自分の不甲斐なさに胸が締め付けられる。悪霊が相手とは言え、はっきり言って楽な戦いではない。本当に厄介な相手であることは明白なのだ。


⦅冬馬!⦆


 頭の中で声が聞こえた。それは守護霊である蒲生氏郷の声だった。横にいるのだが、氏郷も悪霊を相手に戦っていた。とは言っても、冬馬に襲って来る相手を払う程度の攻撃しかしていない。これも冬馬の今の気持ちが影響しているのだろう。

 それでも心の中で繋がっている感覚は召喚した時から変わっていない。


⦅ガモチュウさん……ぼくもみんなと一緒に戦った方が――――⦆


⦅今はみんなを信じるんだ⦆


⦅信じる……⦆


 冬馬の言葉を遮るような氏郷の声は落ち着いた声色だった。冬馬の心情は言わずとも理解しているのだ。


⦅今のお前では返って皆の足を引っ張ってしまう。守るって決めたんだろ? だったら、今はみんなを守ることに集中しろ!⦆


 まだまだ経験が浅い冬馬にとって、今はこういう言葉が迷ったり不安になると背中を押してくれる。氏郷は今の冬馬にとって非常に心強い存在になっていた。攻撃するだけが戦いではない。もちろん、守っているだけでは勝てないこともわかっている。だが、それでも薄っすらと冬馬の心に目指すべき戦い方が見えてきた。


⦅……はい!⦆


 少し落ち着いたところで周りを見渡すと、すでにあちらこちらで戦闘が激化し始めているようだった。白い霊気が派手に飛び散っている光景が冬馬の目に映る。恐らく、暴れているのは金気(ごんき)使いの根石明日美だろう。他にも、青や赤の光もチラチラと目に飛び込んできた。これは木気(もっき)を使う本丸家と、火気(かき)を駆使する三之丸家の当主たちの霊気だろう。

 その中で守護霊も魔霊と戦っている。織田信長は豊臣秀吉と、そして徳川家康は石田三成とそれぞれ相まみえて交戦していた。こちらの戦いはほとんどが空中で繰り広げている。時折姿が見えなくなったかと思えば、また上空へと現れるの繰り返しになっていた。魔霊は守護霊に押されてはいるが、懸命に堪えている。秀吉は先程信長に圧倒されていたはずなのに、今はしっかりと対応していた。やはり直輝が現れたことにより、何か影響が出ているのかもしれない。本当ならば守護霊対魔霊の戦いをじっくりと観戦したいところなのだが、今の冬馬にはそんな余裕など無かった。


 混沌としてきたこの状況下で、冬馬はいつしか直輝の姿を見失ってしまっていた。悪霊たちの中に紛れ、どこにいるのかわからなくなったのだ。陰陽師の土御門泰典の姿も見えない。彼ははたして無事なのだろうか。色々な事が頭の中を過る冬馬だったが、人の心配をしている余裕はない。今は皆、懸命に戦っているのだ。


「こんなん切りないっちゅうねん!」


 冬馬の目の前で準も必死で悪霊と戦っている。叫ぶ言葉はまだ余裕があるように聞こえるが、準の表情を見ると引き攣り気味で幾ばくか硬い。準の中ではギリギリの戦いになっているのかもしれない。


「そう言うなって! いい鍛錬になると思えば、まだまだ余裕だぜ!」


 準のすぐ近くで光太も戦いを繰り広げていた。こう言う光太は得意の格闘技で目の前にいる悪霊を一体ずつ確実に仕留めている。特に得意の足蹴り技が冴えに冴えわたっていた。足に霊気を乗せ、上段、中段、下段と多種多様な技を繰り出している。


「バカッ! 喋ってる暇があったらもっと倒せよっ!」


 準と光太を叱咤する勇一は、少し離れた場所から霊気を上手く使った技で攻撃していた。手に程よい大きさの霊気を溜め、手を前に突きだして悪霊目掛けて発射している。言わば、霊気のボールを放っているのだ。準と光太の周りにいる悪霊を見定めて標的にしている。離れていても悪霊を倒せる便利な技なのだが、難点と言えば連続発射が出来ない点だろう。霊気をため込むのに要する時間が約四秒から五秒は掛かってしまっている。それでも勇一は準と光太の動きをよく見て攻撃していた。確実に悪霊の魂が宿る胸の辺りにヒットしているところも見逃せない。なかなか高度な技だということも今の冬馬にはよくわかる。三者三様の戦い方だが、これはこれで上手く連携して戦えているようだ。


(これも戦い方の一つなんだ……)


 攻撃したり防御するだけが戦うことではない。冬馬は信長が言った言葉を何度も頭の中で繰り返していた。今、自分に出来ることは一体何なのか。

 ただ、じっくりと考え事をしている時間は無かった。


「あっ!」


 準の右側から数体の悪霊が隊列をなして押し寄せてきた。いわゆる奇襲のような形で虚を突いてきたのだ。準はちらりと目線をやって咄嗟にそちらに反応しようとしたのだが、目の前にはまだ他の悪霊がいる。二方向からの同時攻撃。これだけでも対応するのはかなり難しい。それに加え、今は悪霊の動きが速いのだ。光太と勇一も準を助ける余裕など無い。それだけみんな必死に戦っているのだ。準たちの「気を抜くとやられてしまう」という危機感が、冬馬にもひしひしと伝わって来た。


「ぼくが守る!」


「任せろ!」


 冬馬のこの想いに真っ先に応えたのは横にいた守護霊だった。守護霊の氏郷が準に迫り来る悪霊へ向かって跳び出したかと思えば、瞬時に準と悪霊の間に入り霊気の波動を繰り出した。

 準の不意を突いた悪霊の隊列が見事なまでに崩れていく。だが、数体の悪霊は諦めずに準へ目掛けて襲い掛かった。


「冬馬!」


「はいっ!」


 冬馬は氏郷の呼びかけに一言だけ答えると、すぐに準の後ろに立って両の手を前にかざした。


《我が魂に集いし者たちよ 我を守りし壁となれ!》


 冬馬は言霊による唱言を詠唱した。両の手からそれぞれ黒い霊気の塊が飛び出し、その塊から霊気があっという間に広がっていく。瞬く間に結びついた霊気の塊は、準の前に薄黒いアクリル板のような大きな壁となって現れたのである。近づいて来た悪霊は壁にぶつかったと思えば、弾かれるように後方へと飛んでいった。

 この技は勇一が手から霊気を放っていた技を真似たものに加え、陰陽師の泰典が小石を使って結界を張ったことを思い出し応用したものだった。全ては冬馬が瞬時に頭の中でイメージしたものである。


「す……すげえな……」


「あいつ、こんなことまで出来るのか……」


 光太の呆気にとられた表情も()(こと)ながら、一番驚いていたのは勇一だった。自分の攻撃がまさか防御の術に使われるなんて思ってもみなかったのだろう。

 ただ、準だけは少し沈んだ顔を覗かせていた。


「すまんな冬馬……俺がまだまだ未熟やから助けてもらってばっかりやな」


 悔しさを滲ませた準のその表情に、彼の心情が痛いほど伝わってきた。自分を卑下するような言葉が出てくるのには、準には準なりの何か心情があるはずだ。彼もそんな中で懸命に戦っているのだ。悩んで藻掻(もが)き苦しんでいるのは冬馬だけではないということだ。だからこそ、冬馬は自分が絶対に守らなければならないという想いが沸々と湧き上がってきた。


「何言ってんの、準! 助けられてるのはぼくの方なんだよ!」


「……えっ?」


「準はぼくが意識を失っている時、命を懸けてぼくの名前を呼んでくれたじゃないか。あの時、本当に嬉しかったんだ。今ぼくがここに居るのは準のお陰なんだよ。だから準は前を向いて! ぼくが絶対守るから‼」


「冬馬……‼」 


 下を向いて肩を落としていた準だったが、冬馬の言葉でまた気力が(みなぎ)ってきた。その表情をみれば一目瞭然だ。笑顔ではない。それは準には似つかぬ真剣そのものの顔だ。闘志がみなぎる、戦う勇ましい顔付きだった。準は再び顔を上げて戦闘態勢に入った。

 準の戦う姿勢に安堵した冬馬は、自分の出来ることに集中する。


「それにしても直輝はどこへ行ったんだろう?」


 冬馬は直輝の居場所を懸命に探ろうとした。だが、彼の霊気は感じることが出来ないのでわかるはずもない。今は目に見える範囲で捜すしかない。ここから確認出来る人間は守護師の準たち三人だけだ。やや離れた場所に守護師が何人かいるのがわかるが、姿は見えない状態だ。それ程までに悪霊の数が多過ぎるのだ。

 冬馬は今の自分に何が出来るのかをもう一度考えていた。どうすれば直輝を見つけられるか。そして、どうすれば直輝を捕まえられるのかを。


「魔霊だけならまだ何とかなりそうなのに、やっぱりこの悪霊の数は多過ぎる……!」


 ふと夜空を見上げれば、守護霊である織田信長と徳川家康が魔霊の豊臣秀吉と石田三成を抑えている。主家の二人である犬走美姫と望楼月也が守護霊へ霊気による支援をしているに違いない。守護霊を召喚した冬馬にはよくわかる。支援しながら自分自身も戦うということが、いかに大変かということを。この間にも早く直輝を見つけ出さないと、先程の様子を見ると何を仕出かすかわかったもんじゃない。


「早くしないと……」


 焦る気持ちが募っていくのが自分でもよくわかった。扱う霊気に若干の乱れが生じ始める。段々と他の守護師たちの位置確認ですら、あやふやなものになってきてしまった。霊気の濃度が高まっている中、普段よりも感情の起伏が激しくなっていると感じていた。だが、冬馬にはそこまでコントロールする経験値がなかった。次第に緊張で体に余計な力が入り出した、その時だった。


「まあ、落ち着きなはれぇ」


 冬馬は声が聞こえた方角を振り向くと、そこに見えたのは根石舞美子の姿だった。

 舞美子がいつの間にか冬馬の視界に入る場所にいたのである。舞美子だけではない。妹の明日美と美音も一緒だ。近くに来たことすら気付かない程、冬馬の心は乱れていたのである。これでは氏郷の言う通り、足手まといになることも頷ける話である。冬馬にいくら霊気を扱う名家の力があっても、それを活かすにはまだまだ経験が足りないのである。


「……すみません」


 冬馬は自分の未熟さを恥じた。この緊迫した場面では冷静に行動しなければ、一つのミスさえ命取りになりかねない。自分には足りないものばかりで、何をすればいいのかもわからない。やはり今はこの軍師であり、守護師たちの信頼も厚い舞美子に頼るしかない。

 その舞美子がここに来た理由は恐らく一つだろう。それは、散り散りになって個々で戦うよりも守護師が固まっていた方が良いという判断なのだろう。舞美子の相変わらずの不敵な笑みを見ると、余裕すら感じられてしまう。彼女の頭の中には、すでにこの状況をどう打開すべきか策が構築されているのだろうか。


「謝る必要なんてあらへんわぁ。これも全ては経験やからなぁ」


「そうよ」


 いつの間にか美姫までもが近くで戦っていた。涼しい顔で悪霊を次々に消滅させている。美姫が手にしている日本刀は白い霊気に包まれてはいるが、その見た目は本物のようにしか見えない。これも美姫の霊気操作が秀逸だからだと、この時の冬馬は思っていた。


「魔霊との戦いは常にこうなるの。これからの為に覚えておきなさい」


 美姫に言われて冬馬は思い出していた。確かに、秀吉が現れた時も悪霊が大量発生した。魔霊はそのカリスマ性によって悪霊を呼び出している。今は豊臣秀吉に石田三成といった知名度の高い魔霊がいるのだ。これも頷ける話ではある。いつしか冬馬を中心に守護師たちが集まっていた。


「まあ、無事に生き残れば、の話やけどなぁ」


 そう言って舞美子はまたより一層不敵に笑う。こんなセリフとは裏腹に、舞美子には生き延びる(すべ)は頭の中にあるはずだ。


「ウキャキャキャキャッ! こんなんで弱音吐いとったらあかんで!」


 元気がまだまだ有り余っているかのように、明日美が槍を豪快に振り回している。一度は霊力が尽き掛けた明日美だったが、今は冬馬の術によって回復している。つい先程のこととは思えない程、彼女は疲れ知らずで動いていた。

 彼女の槍の柄から穂先まで三メートル程の間にいた悪霊は瞬く間に消えていく。


「クックックッ! 我の力を思い知るがいいっ!」


 一方の美音は悪霊の動きを封じる術を止め、舞い散る桜の花びらを使った術に切り替えていた。少し離れた場所にいる悪霊を標的にしている。

 二人の姉妹の活躍で悪霊は減っているのだが、それを上回るぐらいに次々と現れていた。舞美子が明日美と美音の後ろで、髪を左手の指で弄りながら側に来る悪霊を討ち取っていたが、ここで舞美子の左手の動きが止まった。


「とは言え、この数はちょいと厄介やなぁ。まあ、隊列を組んで来てくれはるんは好都合やけどなぁ」


 舞美子の不敵な笑みが増していく。何か妙案でも出て来たのだろうか。


「それやったら美姫姉のあれ、もう一回やったら一気に片付けられるんとちゃう?」


「うおお!? また『爆滅迅雷砲』が見れるん!?」


 明日美が舞美子にドヤ顔で提案し、美音が歓喜の表情を浮かべる。こんな状況でも緊張感が無いのは相変わらずだ。だが、緊張しすぎて体が固くなってきていた冬馬にとって、ある意味それを緩和してくれる有難い二人でもあった。


「それも(わる)うないけど、今は優先事項があるさかいなぁ」


 ここで舞美子がチラリと流し目で冬馬の横へと視線を移した。


「なあ、氏郷はん」


「ん? なんだ?」


「氏郷はんやったらこの状況どうしはる?」


「はあ……!?」


 突然の問い掛けにさすがの氏郷も眉間にしわを寄せた。それもそうだろう。この戦いの作戦を司る軍師が他の守護師ではなく、守護霊の氏郷に聞くのはお門違いもいいところだ。


「おいおい! 俺に聞くよりもお前の守護霊に聞いた方が良いんじゃねえのか? 今孔明と呼ばれた稀代の軍師さんによ!」


「今あの御方を呼び出したら、それこそあの魔霊たちを更に刺激してしまうやろぉ? 特に秀吉はんには毒過ぎるからあきまへんわぁ」 


「ちっ……それで、俺を試す気なのか?」


 これに舞美子はぐわっと不敵な笑みを膨らませる。


「試すも何も、十数年ぶりに現れた蒲生氏郷はんが目の前に居てはるんやでぇ? こないなチャンス逃す手は無いわぁ」


 他の守護師に目を移すと、黙々と懸命に悪霊と戦っている。が、戦いながらも神経を舞美子たちの会話に食い入るように聞き耳を立てているのが霊気を伝って冬馬にもわかった。それでも、冬馬には腑に落ちなかった。


「えっ? えっ? ど、どうしてガモチュウさんにそんなこと聞くんですか!?」


 冬馬からすれば、この場を切り抜けられる知恵を持つ者は舞美子以外にはいないと思っている。それに蒲生氏郷という人物を知らない冬馬にとって、氏郷はただの『お調子者』という印象が強かったからだった。そんな人物に聞いても仕方がないとすら思っているのだ。

 だが、そんな冬馬の想いを察してか、舞美子はグッと冬馬を睨みつけた。


「何言うてはんの。蒲生氏郷はん言うたら、あの信長はんも認めた程の人物なんやで? そないな人と話す機会なんて滅多にあらへん。聞いて何が悪いんや?」


 舞美子の口調が少し厳しくなった。どうやら舞美子は本気でそう思っているようだ。

 それにしても、蒲生氏郷が織田信長に認められる程の人物というのも驚きだった。歴史についての知識が乏しい冬馬にとって、目の前にいる氏郷が情報の全てなのだ。その氏郷は心優しい頼れる兄のようにすら感じてはいるのだが、とても頭の切れるような印象は皆無だった。


「まあ、俺には答える義理なんてないんだけどな」


 そう言って氏郷は隣にいる冬馬をチラ見する。


「だがしかしっ! 誰かさんが俺のことをまだよくわかってないようだから、今回は特別に教えてやらんでもないさ」


 何か突き刺さるようなプレッシャーを冬馬は感じた。


「ぼ、ぼくも聞きたいよ!」


「そうかそうか。なら仕方ないな」


 冬馬の答えに満足したのか、氏郷はドヤ顔全開でこう答えた。


「ずばりっ!」


「ずばり?」


「一点突破だ!」


 腕を組んでニンマリ笑うその顔は、冬馬が今まで見た中でも誰よりも群を抜いて一番のドヤ顔だった。


「何も迷うことはないさ。あの直輝ってやつに目掛けて最短距離で進めば良いだけの話だろ?」


「へ?」


 冬馬は思った。この守護霊はやっぱり何も考えていなかったのだと。


「だめだこりゃ……」


 冬馬は苦笑して下を向いた。自分の守護霊が少し恥ずかしくなってしまった。直輝の居場所がわからないから困っているというのに、とんだ見当違いも甚だしい。

 だが、この軍師の見解は違っていた。


「さすがは氏郷はん。うちと同じ考えやわぁ」


 舞美子が不敵な笑みで氏郷を見つめると氏郷も不敵な笑みを浮かべた。


「…………えええっ!?」


 冬馬はこれ以上言葉が出なかった。だが、よく見れば氏郷も舞美子も神社の社殿の方を見ていた。ひょっとして直輝が居る場所をもうわかっているのだろうか。


「今はあの子を捕まえるのが先決やあ。この混乱の中、まだ動きを見せへんのは怪しいやろ? たぶん、何かを待ってるってことやわ。それが(なん)なのかを突き止めて、それであの子の企みを阻止する。これが――――」


 舞美子がまた社殿の方を見た、その時だった。


「――――あっ!」


 叫んだのは冬馬だった。冬馬は感じたのだ。ほんの微かな『声』のようなものが聞こえたような気がしたのである。


「どないしはったんやぁ?」


 舞美子が眉を顰めて冬馬に目をやった。その冬馬は悪霊しか見えない、とある方角を突如指差した。


「直輝は…………やっぱりあそこにいる!」


 依然として直輝の姿は見えない。だが、冬馬の感覚で直輝が居る場所が突如わかったのだ。根拠はない。だが、なぜか確信めいた感覚だったのである。これは当然、霊気によるものではない。霊気を感じない直輝には霊気では探知出来ないからだ。

 では、どうして冬馬にはわかったのか。それはシンパシーと言えばいいだろうか。これまで冬馬と直輝との間に育まれた、二人だけにしかわかり得ない感覚なのかもしれない。これは冬馬が強く願った結果なのか、それとも……。だが、やはり直輝が居ると思われる場所は社殿の方角だった。

 これにはさすがの舞美子も珍しく驚いた顔をしたのだが、「なるほどなあ」と呟いてすぐに不敵な笑みになった。舞美子は冬馬の指差した方を見据えたまま、妹たちを呼んだ。


「明日美! 美音!」


「承知やっ!」


 舞美子は冬馬の発言を疑いもせず、すぐに行動へと移した。

 名を呼ばれた明日美が身を屈めた次の瞬間、悪霊の動きが鈍った。これは美音の術が発動されているのだろう。この隙に明日美は冬馬が指差した方向へと、槍を振り回しながら一気に飛び出した。タータンチェックのキルトスカートが踊るようにひらひらと(なび)く。そして、やはりそれを気にすることなく、明日美は悪霊を倒しながら前進していった。この突破力は明日美の霊力が伴ってこそ発揮されるものだ。

 そして、明日美が孤立しないように美音が少し離れてその後ろを付いて行く。こちらは巫女装束の衣装なので、この神社という場所に違和感が全くない。本人曰く『戦闘服』ということなのだが、ひょっとすると場所を考えてのコーディネートなのかもしれない。

 悪霊への攻撃は根石姉妹の二人に任せ、他の守護師はその場に(とど)まっている。まずは直輝の居場所をはっきりとさせることが優先ということだろう。

 周りには悪霊が大量にいるのだが、一点突破をするなら話は別ということである。


 ここで明日美が立ち止まった。


《我が魂に集いし白き者たちよ 我が刃に集結せよ!》


 言霊の詠唱が終わると同時に、明日美の槍が一段と白く光り輝きだした。

 

 そして――――


《秘儀 槍無双!》


 明日美は槍を前に突き出したかと思えば、その場で勢いよく回転し始めた。これは先にも見せた技で、明日美の得意技なのだろう。だが、先程と違うことがある。


 それは『言霊』を使っていることである。


 守護師が霊気を使うには、使用者の想いを乗せることが重要なのである。その想いが強ければ強いほど、霊気はそれに応えてくれる。そして言葉にして発すれば、その力は何倍にも威力が増すのである。

 明日美の想いはとても純粋だと冬馬は感じていた。一片の曇りも迷いも無いことが、今の冬馬にはよくわかる。それが明日美の強力な霊力となって発揮されているのだ。

 隊列を組んでいた悪霊が見る見るうちに消えていく。明日美の力に脅威を感じるのか、悪霊の隊列が乱れていく。そして、最後に冬馬が指差した方向へと槍を薙ぎ払った。


「うおおおりゃあああっ!」


 白い霊気が放たれた。明日美の霊気に倒される者、そして避けようとする者。ともあれ、そこに一筋の『道』が出来たのである。


 そして、その道の奥に見えたのは笑みを浮かべる捜し人の姿があったのである。


「――――いた‼」


 思わず冬馬は声を上げた。自分でもどこか半信半疑だったのだが、本当に冬馬が感じた場所に直輝は居たのである。




ここまで読んで頂き、ありがとうございました。

今後もご愛読して頂ければ幸いです。

よろしくお願いします。

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