表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
月影の守護師  作者: ドッグファイター
第一章 守護師覚醒編
51/67

51話 直輝の狙い

突如現れたかつての仲間である直輝に対し、美姫は戸惑うことなく戦闘に移行させた。



 主家当主である美姫の号令で、守護師たちは一斉に戦闘モードへと突入した。


 まず最初に動いたのは、やはりこの守護師。直輝と魔霊を取り囲んでいた天端石雪だった。金気の白い光に包まれた大きな体を前傾姿勢にすると、あっという間に直輝との距離を詰めていく。武器も生成せずに素手のまま突っ込んで行くその姿は、大きな弾丸が真っすぐに延びる様で迫力満点だ。そして、もうすぐ届くかというところで雪は何かに気付いた。


「――――くっ!」


 雪の大きな体が何かにぶつかるように押し返されたのである。彼女を阻んだのは魔霊秀吉だった。


「そうはさせにゃあでよ!」


 秀吉は直輝を庇うように素早く前へ出ると、手にした刀を薙ぎ払って霊気の波動を繰り出していたのだ。雪は咄嗟に速度を落として防御姿勢に入ったのだが、波動を喰らって弾き飛ばされる格好となった。それでも、大きな体を器用に後転させると石畳の上へ屈むようにして手を地に突いて着地した。

 魔霊が相手では守護師だとまともに太刀打ちは出来ない。本来ならそうなのだが、秀吉は復活してまだ間もない状態だ。付け入る隙はあるはずなのだが、その秀吉に変化が生じていたのである。


「さっきとなんか違う!?」


 冬馬の心はまたも違和感に包まれた。これは冬馬だけではない。他の守護師たちの顔には驚きの色が浮き出ている。なぜなら、秀吉から感じる霊力が先程よりも格段に強くなっていたからである。


「これは……!」


 ポーカーフェイスの雪でさえ、やや顔を顰める程だ。秀吉の変化を一番に感じているのは、直接拳を交えた雪自身だろう。恐らく、変わったのは動きだけではない。パワーも上がっているに違いない。雪の攻撃は右指輪に加え、かなりの霊力を込めていたはずだ。それなのに、いとも簡単にはじき返されたのである。先程の目覚めたばかりの秀吉とはまるで別人だ。

 なぜ、魔霊秀吉の霊力が強くなったのだろうか。冬馬は瞬時に思った。考えられることはただ一つだけである。


「あの子の仕業やなぁ」


 舞美子は直輝をじっと見つめている。冬馬もそうとしか考えられなかった。直輝が現れた直後なので、彼が魔霊に何かしらの影響を及ぼしていることに疑う余地はないだろう。だが、直輝からは依然として霊気は感じられない。そんな直輝に、果たして何が出来るというのだろうか。

 それでも今は冷静に分析している余裕など無かった。冬馬もいつでも動けるように霊気を集める。


(みんな、僕に力を貸して!)


 心の中で念じると、さらに薄黒い霊気が冬馬の体を包んでいく。今は周りの皆を守ると決めたのだ。特にこの場で霊力の低い準と光太と勇一の三人を守る事が自分の使命なのだ。そう自分に言い聞かせた。


⦅冬馬! 何が起こるかわからないから気を抜くな!⦆


⦅うん!⦆


 冬馬は頭の中で氏郷に返事をすると、魔霊と直輝の一挙手一投足を見逃さないよう全神経を集中させる。これだけの人数が同時に動けば、恐らく混乱は避けられないだろう。だからこそ、今は余計なことを考えないように集中する必要がある。依然として霊気の濃度は高い。集中を切らせば霊気を上手く操れなくなるどころか、下手をすれば命を落としかねないからだ。これは、まさに命懸けの戦いなのである。

 冬馬は準たちの位置を確認した後、最初に動いた雪に目をやった。その雪は相手が魔霊秀吉と見るや否や、すぐさま一歩下がり両の手を合わせようとしていた。


「お前は下がっておれっ!」


 そう言って雪を止めたのは本丸家当主だった。

 雪はただでさえダメージが完全に回復していないところに、今の秀吉の攻撃を受けたのだ。いくら霊力の高い雪でも、さすがにこれでは消耗が激し過ぎる。これ以上の戦いは危険であることは誰の目にも明白である。

 本丸家当主は木気の青い光を放ちながら直輝の背後から跳び込もうとした。その跳び込みに呼応するかのように、三之丸家当主も火気の赤い光に身を包み跳び出した。だが、二人の名家当主が迫り来ようが、直輝の余裕の笑みに変わりはなかった。その訳はすぐに目に見えた形で表れた。

 地を這うように黄色い霊気の波が二人の行く手を阻んだのである。二人は思わず後ろへ飛び退いた。


「守護師ごときが我等に歯向かったところで、勝てるはずも無かろう」


 二人の前に立ちはだかったのは魔霊の石田三成だった。霊気を地に伝わせるという、土気の性質を利用した三成らしい技である。


「バカがっ! あいつらの相手は俺らに決まってんじゃん!」


「今のうちに早くあの守護師を」


 意気揚々と魔霊秀吉と三成の前に出て来たのは、主家の守護霊たちだ。

 だが、守護霊の徳川家康が楽しそうな顔に対し、織田信長の顔がいつになく真剣な表情だったのが印象的だった。それが返って一抹の不安を抱くも、冬馬は守ることだけに集中する。

 冬馬の守護霊である蒲生氏郷はというと、動かずに冬馬の横にいた。その理由は冬馬がまだ戦うことに向き合えていないからだ。この状態で氏郷が戦っても、先程の二の舞になるだけである。


「でか姉ちゃんの代わりはあたしに任しときっ!」


 そう叫んで動いた者がいた。舞美子の横にいた妹の明日美だ。雪が動けないと見るや、舞美子が指示したのだろう。明日美は魔霊を迂回するように左前方へ飛び出し、真横から直輝に目掛けて突っ込もうとした。

 だが……。


「させにゃあと言ったがや!」


 魔霊秀吉が両の手をパチンと叩いた。すると、地面からまたもや例の者たちがムクムクと湧き上がって来た。あっという間に直輝の姿が隠れてしまう程、周辺は黒い影に埋め尽くされたのである。


「なんやこれ!?」


 明日美は驚きながらそれでも突っ込もうとしたのだが、「明日美!」という舞美子の一声で渋々後ろへ跳び退いて戻った。


「また悪霊が出て来た……!」


 冬馬の驚きを他所に、今度は魔霊三成が空へかざすように両手を広げて黄色い霊気を放つ。

 冬馬は思わず「えっ!」と声を上げた。それは無理もないことだった。三成の霊気の拡散により、悪霊の動きが明らかに変わったのである。悪霊は秀吉たちの前にずらりと並び、そして直輝を守るように取り囲んだ。それは今まで冬馬が見てきた悪霊の動きではなかった。出現したての悪霊は動きが遅いはずなのに、もうすでに機敏に動いているのだ。これは三成の仕業と見ていいだろう。


「魔霊ってこんなんも出来るんか……!」


「準、気を抜いちゃダメよ!」


「あっ、すいませんっ!」


 準は一瞬呆気に取られてしまったのだが、美姫の叱咤で慌てふためいて再び戦闘態勢に入った。戦いの最中で油断していたらやられてしまう。それでも、悪霊が相手なら準たちでも十分に戦える。それがわかっているのか、光太と勇一も身体強化の唱事(となえごと)を発して戦いに備えた。

 冬馬も戦闘態勢に入るが、まだ戦うことに戸惑いを隠せない。戦うのか、守るのか。こんな単純なことでさえ、今の冬馬には難問になってしまっている。そんな冬馬の前に準がサッと出て来た。


「冬馬! 悪霊やったら俺がやっつけるから、お前は直輝ってやつから目え離すなよ!」


 いくら悪霊と言っても、いきなり全開に近い状態の相手と戦うには危険過ぎる。しかもこの数だ。準一人では心許ない。


「でもっ! 相手は今までの悪霊とは全然違うから危ないよ!」 


 そう思った冬馬の前に、さらに二つの影が目に飛び込んで来た。


「心配するな!」


「あまり俺たちを舐めてもらっちゃ困るね!」


 光太と勇一までもが準と並んで悪霊と対峙している。確かに悪霊が相手ならばこの三人でも問題はないのだが、三成の術でどんな状態になっているかわからない。動きが速いだけならまだしも、それ以外にもパワーアップしていればやはり危険であることに変わりはない。それに、どんな攻撃をして来るかも未知なのだ。三成や秀吉の指示で悪霊が連携してくると、これはかなり厄介な相手になる。三成に目を向けると、その顔は自信に満ちたしたり顔になっていた。やはり何か仕掛けて来るかもしれない。そう思っているのは冬馬だけではなかったようだ。


「石田三成ですか……。この戦国武将の面子では格が落ちるとは言え、やはり一等級を侮ってはいけませんね」


 どうやら石田三成は守護師の間では一等級に指定されている魔霊のようだ。秀吉が特等級なので月也の言う通り格は一段階下なのだが、それでも危険な魔霊に変わりはないのである。

 望楼月也がまるで他人事のように呟いたのだが、もう既に悪霊は守護師たちをも取り囲むように迫って来ている。悠長に語っている場合ではないはずだが、主家当主の本領はここから発揮される。


「仕方ありません。あなたたちも本気で掛かって下さい」


 月也は本丸家当主と三之丸家当主に向かってそう言った瞬間、その表情が変わった。眼つきが鋭くなり、一瞬にして張り詰めたような雰囲気が醸し出される。冬馬は背筋が凍るような程の衝撃だった。月也の霊力が一気に攻撃的になったのだ。その体に発光している黄色が一段と鮮やかになる。


「ですが……! 月也様まで本格的に参戦すると混乱は避けられませんぞ!」


「そうです! それでは何かあった時に打つ手が無くなってしまいます!」


 主家に対して意見を言うのは、余程の事態と見ていいだろう。本丸家当主と三之丸家当主は必死の形相で訴えている。それもそのはずだ。この場に主家当主が揃っているからである。この二人に何かあると収拾がつかなくどころか、守護師界全体の存続問題に発展することにも成りかねない。だが、その訴えも月也の次の言葉で却下されてしまう。


「今はその『何かあった時』と思いなさい」


 月也は二人には目も呉れず胸の前で手を合わせ、続けて唱事を言霊に乗せた。



《我が魂に集いし土気の者たちよ その姿を金気へと転じ 刀となりて我が刃となれ》



 月也の手から見事という他ない程の、奇麗な白い日本刀が姿を現した。

 月也の目が一層の厳しさを増している。これだけで本丸家当主と三之丸家当主の表情を強張らせるには十分だった。

 月也は手にした刀で悪霊を次々と倒していく。無駄のない動きで効率よく刀を振りかざす姿は、まさに眉目秀麗を際立たせる程に華麗だった。別に悪霊が止まっている訳ではない。悪霊はすでにエンジン全開といったような機敏な動きを見せているというのに、この男に掛かればまるで止まっているかのように見えるのが不思議である。


「――――!」


 冬馬は月也の霊力に美姫とはまた別の凄みを感じていた。月也は美姫と同じ土気系統の使い手なのだが、感じられる霊気がまた少し違っていたのである。

 美姫を『剛』と例えるなら、月也は『柔』といった表現が当てはまるだろうか。真っすぐで突き刺さるような力強さがある美姫に対し、月也にはふわりとした動きで力が入っていないように見える。だが、実は霊気の使いどころで強弱をつけているのである。無駄な霊力は使わない。そういったところが、ゆったりとした柔らかみを感じさせるのだろう。まさに好対照の二人である。


 月也が悪霊の大群の中を突っ切っていく。主家の行動に従家の者が遅れを取るわけにはいかない。

 月也に厳しい声音で言われ、その月也が自ら戦闘に突入したとあれば、本丸家当主と三之丸家当主も返す言葉が無い。


「……承知‼」


 二人は気持ちを切り替えたのか、月也の身体強化をした体の発光を強め、月也の後を追うように悪霊たちに挑んでいった。




 ◇◆◇◆




 舞美子は悪霊に囲まれた戦いの最中でも、ずっと思考を巡らせている。周りはすでにその悪霊が大量に(うごめ)いていて、舞美子の前では妹の二人が懸命に戦っていた。明日美は霊気で模った槍を豪快にブンブンと振り回している。美音はこれ以上近づけないように、悪霊の動きを封じ込めるべく繊細に霊気を操ろうとしていた。しかし、悪霊の数はわずかに減っている程で、その動きもやや鈍っている程度だった。


「さすがにこの二人でも厳しいかぁ」


 舞美子は明日美が討ち漏らした悪霊を、右手に握った霊刀で倒していく。全く無駄のない動きで、効率よく悪霊を減らしている。いとも簡単にやってのけているが、これは相当の観察眼と瞬時の判断力がないと出来ない芸当だ。そんな戦いの中でも、舞美子は思考を止めることはなかった。

 舞美子が考えていること。それは、なぜ直輝が生き返ったのか。そして、なぜ直輝はこのタイミングでこの場所に現れたのか。それをずっと考えていたのだ。髪を弄る左手を小気味よく動かしながらも、右手は霊刀を休むことなく動かしている。まさに彼女の名前の通り、美しく舞っているかのような華麗な動きだ。


「舞美姉さん、まだわからないの?」


 考え込む舞美子に声を掛けたのは美姫だった。舞美子の顔はいつもの不敵な笑みを浮かべたままである。こんな状況でも彼女の思考は高速回転しているのだが、それでもまだ答えが出なかった。

 美姫も舞美子が何を考えているのかはわかっている。直輝が現れてからは思念の中でやり取りをしていたからだ。

 何気ないやり取りに聞こえるが、彼女たちは近寄って来る悪霊を次々と倒しながら平然と会話をしている。悪霊たちの動きは速いのだが、美姫と舞美子の動きはそれらを完全に凌駕していた。

 舞美子はまだ思考を巡らせている最中だったが、表情を変えずに美姫へと言葉を返す。


「そうやなぁ。何かやるつもりなんは間違いあらへんのやけど」


 話しかけられても思考を止めることはない。これが舞美子の真骨頂でもある。ただ、今は主従の関係というよりも、姉妹という間柄のような口調になっていた。

 ちなみに、舞美子と美姫は本当の姉妹ではない。美姫の母親が早逝したため、舞美子の母が美姫を実の娘のように接して母親代わりを果たしていた。だから、根石三姉妹も美姫を本当の姉妹のように思って育ってきたのである。だから、二人きりの時は概ね、こういった口調になることが多い。


「あの子、復讐でもするつもりなんじゃない? わたしたちのこと、あまり良く思ってなかったみたいだし」


「うーん……せやけど、ただの怨恨とは思われへんのやけどなぁ」


 確かに以前の直輝は舞美子にやたらと挑戦的だった。事あるごとに舞美子と張り合おうとしていた。


 直輝は『両主四従八下』に名を連ねる名家でありながら、どこか特異な存在だった。本来仕えるべき二之丸家が不在だったこともあり、普段は両主のどちらにも属さずに活動していた。だがその実力は本物で、舞美子から見ても目を見張るものがあった。それに加え頭の回転が速く、どんな状況でも臨機応変に対応出来る力もあった。そして、何よりも直輝は研究熱心だったのだ。こういったタイプはどんどんと実力が伸びる。だからこそ、舞美子もその力を認めていたのである。

 舞美子は直輝の挑戦をことごとく跳ね返していた。手を抜くことは一切なかった。直輝の実力を認めていたからこそ、ある時には完膚なきまでに力の差を見せつけたこともあった。


「でも、あの態度を見たら絶対に恨まれてるわよ? わたしも思い当たる節はいっぱいあるし」


 美姫も同じようだ。直輝は格上の相手でも、事あるごとに挑んでいたのだ。それは主家を相手にしようが関係なかったみたいだった。


「せやけど、ただの恨みだけやったら冬馬君を巻き込むことは考えにくいしなぁ」


「どうして? 二之丸家も恨んでいたとも考えられない?」


「うーん……」


 珍しく舞美子は言葉に詰まった。確かに、以前の直輝は二之丸家の話題になると機嫌が悪くなったのも事実だからである。十五年前、冬馬の父である二之丸冬二が死んだ時、下家だった直輝の父も同じ日に死んでいる。光太や勇一のように恨んでいても不思議ではない。だが、恨んでいたような素振りは一切感じられなかった。ひょっとすると、仕えるべき二之丸家当主がずっと不在だったことが直輝にとっては不満だったのだろうか。今となっては本人に聞かないとわからないことではあるが、この状況では聞いても答えてはくれないだろう。


「まあ、それ以外に何があるか、ってことやと思うけども」


「けども?」


 オウム返しで聞く美姫はいつの間にか舞美子の横まで来ていた。舞美子と背中合わせで悪霊と戦っている。

 舞美子はただの憶測や当てずっぽうで発言することは滅多に無い。全ては何かしらの根拠や確信があればこその発言なのだ。特に主家へ進言する時はより一層、慎重に発言するように心掛けている。舞美子自身、自分の発言に影響力があることは重々に承知しているからだ。特にこういった戦いの最中では尚更である。

 ここで舞美子があらゆる可能性を含めた、現段階で確信出来ることを導き出した。美姫の顔に緊張が走っている。なぜなら、振り返って見た舞美子が真顔になっていたからだろう。


「今、確実に言えることは、あの子が霊気によって毒されているという可能性が高いと思われます」


「それって怨念に支配されてるってこと?」


「はい。恐らく、今のあの子は霊気によって命を繋いでるはずです。だから気持ちも昂り、以前よりも挑発的になっていると思われます。状況を鑑みて、そう捉えるのが妥当でしょう」


 守護師だけでなく、陰陽師の間でも『蘇生の術』は禁忌に認定されていた。なぜなら、人の生死は人の思惑でコントロールすべきではないという、昔から今に至るまで継承されてきた『想い』なのである。

 根石家にある書庫の古文書には、かつては主家によって蘇生の術が使われた記録が残っている。だが、舞美子の知る限りでは、蘇生した人間の末路は悲しいものばかりだった。霊気によって魂を蘇らせるということは舞美子が言った通り、霊気によって生き延びるということである。だが、その代償はあまりにもリスクが高過ぎることなのだ。記録によると、上手くいくことは殆んど無かったという。大概は怨念に支配されて自我喪失の果てに朽ち果てたという事例が多かったのだ。中には悪霊化してしまい、結果的に退治せざるを得なかったという記録までも残っていた。先人たちは死を迎えた魂を蘇生させることに、何の意義も見出せなかったのだ。そういうこともあって、『蘇生の術』が禁忌になったのも頷ける話である。

 今ではその禁忌の術を使用出来る守護師はいないと舞美子は思っていた。仮に使えるとすれば、主家の血を引いた守護師に限られるのだが、その術は継承されていないはずである。舞美子は幼少期からそう教えられていた。だが、現実に蘇生の術が行われたことは、目の前にいる直輝の存在が証明している。やはり、直輝の遺体が消えた時に消息を絶った守護師が関わっている可能性は高い。その守護師とは主家の血を引いた者だからである。


 ともあれ、霊気を糧にしているはずの直輝だが、大きな違和感の原因がまだわかっていない。


「なるほど……。あっ、でも、それじゃあどうしてあの子から霊気を感じられないの?」


 これがなぜなのか、美姫にはまだわからないようだ。だが、舞美子は可能性のある答えを導き出していた。


「それは恐らく、何らかの術を使ってるかと」


「えっ!? 術を!?」


 美姫が一瞬背中越しにいる舞美子へとまた顔を向けた。だが、すぐにまた前を向いて悪霊を倒していく。


「正確には()()していると言った方が正しいかもしれません」


「利用……それって何の術なの?」


「例えば……結界の術、でしょうか」


 結界とは境界を作ることである。霊気を通したり遮断したりする、言わば道筋を作ることでもあるのだ。直輝はその結界を利用して霊気を感知させないようにしていると、舞美子はそう睨んでいた。だが、どのようにして霊気を感じさせないようにしているかまではわからなかった。研究熱心だった直輝が独自の術を使っている可能性が高いと見ている。

 舞美子も術に関しては独自の研究をしてきた。霊気を使って何が出来るのか。その可能性を今も探り続けている。だが、術に関しては守護師よりも陰陽師の方が知識も技術も上である。

 その第一の理由として、陰陽師は霊気を使うことに長けていることが挙げられる。だからこそ、多彩な術を駆使して、色んな場面で多種多様に使用出来るのだ。その術の中で『結界の術』は陰陽師の最たる技術の結晶でもある。舞美子はその陰陽師の技術を身に付けていた。この場で使用している『闇夜結界の術』は、守護師の持つ霊力の高さを生かした壮大な術なのである。

 一方、守護師は霊気を感じることに長けている。霊気を体内に取り入れることでその霊気を感じ、そしてそれを利用するのだ。感じることで霊気の元である怨念にも気付き、だからこそ『想い』にも気付くのである。

 恐らく、直輝も守護師の想いと陰陽師の術を組み合わせた独自の術を生み出していたのだろう。だが、どこでどう陰陽師と関りを持っていたかまでは舞美子の知るところではなかった。


「まあ、何にせよ急いだ方がよろしいかと」


「わかった。それじゃ、わたしがあの子を捕まえるわ」


 そう言うと、美姫は霊刀を横に薙ぎ払った。悪霊が一度に数体、その姿を消していく。だが、ここで美姫は手にした霊刀を消してしまった。その代わりに、腰にある本物の日本刀を(さや)から抜く。



《我が魂に集いし者たちよ その姿を金気へと転じ この刃に集結せよ》



 美姫の体から白い霊気が日本刀へと乗り移っていく。

 美姫が日本刀を手にしたということは、悪霊や魔霊ではなく物理攻撃が効く人間を相手にするということを意味する。それを舞美子も十分に理解していた。

 彼女たちが日本刀を所持しているのは、こういった場面も有り得ると想定していたからである。もちろん、これは舞美子の提案だ。


「さて、あの子の目的とは一体……」


 青黒い夜空を見上げると、煌々と輝く十四夜月はまだその顔を奇麗に見せている。この戦いの見届け人となる月は何を思うのか。舞美子はこの月から降り注ぐ光を体に浴び、さらに霊気を強めたのであった。




ここまで読んで頂き、ありがとうございます!


『守護師覚醒編』はようやく終わりに近づいていますが、まだまだ物語は続きますので今後ともよろしくお願いします!

更新頑張ります!

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ