50話 禁忌の存在
直輝の登場により、また一段と不穏な空気が流れ始めた。
楽しそうに笑う直輝を止めたのは……
直輝の笑い声が止まり、また闇夜結界内に静寂が訪れた。辺りは色取り取りに輝く守護師の体が、まるで浮き上がっているように見える。その中でもでひと際目立つ黄色に輝く光。直輝を一喝したのは、その黄色の輝きを放つ主家当主の犬走美姫だった。
その顔はまさに美しさの中に冷淡さをも兼ね備えたもので、見る者によっては怒りのような厳しさに見えるかもしれない。それ程に凄みのある雰囲気が滲み溢れているのだ。
それでも直輝のニコニコ顔はそのままだった。だが、やはり気分を害しているのかもしれない。体は冬馬に向いたままだが、視線は鋭い眼差しで美姫へと向けられていた。
「へへっ、相変わらず上から目線だなー。まあ、主家の人間なんだからデカい態度は当たり前か。ウハハハッ!」
「…………」
皮肉交じりの言葉でも、美姫は厳しい顔のまま直輝を睨みつけている。
守護師の名家である『両主四従八下』の序列で言えば、美姫は主家、そして直輝は下家の地位である。直輝から見れば、美姫は自分よりも格の高い名家の当主なのだ。それでも直輝は臆することなく、陽気な笑顔のままだ。
「あー、そう言えば美姫様は僕が死んだ後に犬走家の当主になったんだっけ? 遅くなったけど、やっぱここは『就任おめでとうございます!』って言った方がいいのかなー?」
「…………」
何も答えない美姫に気を良くしたのか、直輝はまた饒舌になっていく。
「いやー、ツンツンしてるところは全然変わってないなー。当主になったんだからさ、もっと愛想よくしないとね。だってさー、そんなぶすっとした顔してると下の人たちは付いて来ないと思うんだけどなー。ねえ、みんなそう思わない?」
直輝は自分を取り囲んでいる守護師たちを見回した。だが、誰も答えようとはしない。
「なになにー、ひょっとして図星だから何も言えないってやつ? あっ、でも美姫様は口下手だからなー。そんなところもちゃんと直した方がいいよ。主家当主なんだから! ウハハハハハッ‼」
再び直輝の発する言葉だけが響き渡っている。またしても彼の独壇場に様変わりしてしまったようだ。だが、これも仕方のないことだろう。これは直輝が持つ天性の話術のせいだからである。元々、直輝は頭の回転が速い。冬馬と一緒に過ごしていた頃も、どんな話題でも止まることなくどんどんと言葉が出てくる。
そして、そういった人間は『間』を使うのも上手いものだ。自分の意見を発言する時には、相手に口を開かせない。これは冬馬もよく知っている直輝だ。調子に乗ってくれば、もう誰も止められなかった。ただ、以前の直輝はとにかく陽気で人を楽しませることが大好きだった。だから、不快に感じることも無かったし、冬馬は直輝の話を聞いているだけでも十分に楽しかった。あの頃と違うところと言えば、以前の彼はこんな嫌味を言うことはなかったのだが……。
それでも得意の話術は以前の直輝を感じさせるのには十分だった。
そんな直輝が相手でも、美姫には喋らずとも黙らせることが出来た。
美姫は直輝の目を一時も逸らさずに凝視していたのである。いわゆる“威圧”である。この威圧は美姫が持つ冷淡さに加え、真っすぐに見据える視線がブレのない信念を感じさせるものだ。さすがの直輝もその圧に根負けしたのか、僅かな『間』を作ってしまった。その隙を美姫は逃さなかった。
美姫は目を瞑ると、深いため息を零してから再び口を開いた。
「あんたも変わらないわね。ほんと、バカな子」
「なっ……!」
美姫がそっと冷やかに呟いた。その声はここに居る全ての者に聞こえる程の透き通った声色である。ここで初めて直輝の表情がニコニコ顔から険しい顔へと変わった。明らかに美姫の言葉で感情が露になったのだ。
そもそも、この二人の関係性はどういったものだったのだろうか。当然、主従の関係だったことは間違いないだろう。だが、他の守護師同士を見ていると厳しい上下関係があるかと思えば、明日美や美音の根石姉妹のように緩いものも見られる。直輝の険のある物言いを見ると、あまり良好な関係だったようには思えない。それに、美姫と月也も主家同志なのにどこか余所余所しくも感じられる。同じ守護師でも、名家の序列以外にも色々とあるのかもしれない。守護師を知ったばかりの冬馬にはまだ、わかるはずもないことではあるが。
そして、この直輝の反応を見て、ある人物が残念そうな顔をした。
それは根石舞美子である。この舞美子も守護師である直輝を知っている人物に間違い無いないはずだ。類稀なる心眼の術と知恵を持つ彼女の目には、今の直輝はどう映っているのだろうか。その答えは意外なものだった。
「なんや、偽物やあらへんかぁ」
「そうみたいね」
舞美子は左手の指で髪を弄りながら、いつもの不敵な笑みを浮かべている。どうやら舞美子は直輝が偽物かもしれないと勘ぐっていたのだろう。先程の美姫の言葉で決定的な直輝の癖が出ないか見ていたようである。冬馬は直輝の癖や特徴をよく知っていたので、目の前にいる直輝が偽物かもしれないという疑いを持たなかった。だがよくよく考えてみれば、死んだ人間が現れたのだから疑って掛かるのは当然のことかもしれない。
「偽物って、直輝が? どういうことでしょうか……」
「あんさんも感じてるんやろ? 違和感しかあらへんあの子に」
「そ、それは……」
やはり舞美子も感じていたようだ。いや、舞美子だけではなく、美姫もそうなのだろう。無言で頷いている。直輝の霊気が感じられないことはもちろん、どこか別人にも思える雰囲気が冬馬は違和感を拭えないでいる。
それにしても、どうして今のやり取りで偽物じゃないと思ったのだろうか。それは次の舞美子の言葉で冬馬は納得した。
「あの子はなあ、昔から『アホ』とか『バカ』っていう言葉に過剰反応してた子やからなぁ」
そう言われてみると、冬馬にも思い当たる節はあった。おどけて冗談を言った後に「直輝はバカだなあ」と突っ込まれると、「僕はバカじゃないよ。全て計算尽くなのさ!」と威張るようなドヤ顔で言っていたことを思い出したのだ。恐らくこれも舞美子の言う、過剰反応の一つなのだろう。美姫もそれを良く知っていて試したようである。
「それでもな、まだあの子を本物と決めつけるんは早計やわぁ」
舞美子は髪を弄っている左手をまだ動かしている。
「えっ? なぜですか?」
「違和感の原因がわかるまでは、なぁ」
不敵に笑う彼女の頭の中では、その原因がすでにわかっているのかもしれない。だが、それを嘲笑うかのように直輝が間に割って入った。
「フフッ、舞美子さんも何も変わっていないなー。相変わらず思慮深くて、そんで疑い深くて……」
ここで直輝の表情が、今までのニコニコ顔から美姫ばりの冷たい微笑へと変わった。
「そして、相変わらず姑息だ」
「そりゃどうも、おおきにぃ」
皮肉られても舞美子の方はいつもの不敵な笑みのままだ。
「言っておくけど、今の僕は以前とは違うんだ。四年の間で成長してるんだからね。舞美子さんに追いつくのも時間の問題だと思うよ」
「それは楽しみやなぁ。でも背はちっこいまんまやけどぉ?」
「外見はどうでもいい。大事なのは中身だからね」
「あっそ」
直輝は舞美子へと睨みを利かせている。舞美子もまたじっと直輝を見つめている。
「その変な笑顔も変わってないなー。で、どうするのか決まったの?って決まってないか、ハハハハハッ!」
「何でそう思うん?」
「だってさー、僕のこと、まだ何もわかんないんでしょ?」
「あんさんにはそう見えるんかぁ?」
「そうだね。だってさー、その余裕は虚勢にしか見えないもんねー。ハハハハハッ!」
このやり取りを見て、冬馬は舞美子にも美姫とはまた違った関係性があるように思えた。腹の探り合いの応酬は舞美子の得意分野ではあるのだろうが、それでも彼女の左手はまだ止まらなかった。その要因が冬馬には何となくわかっていた。
直輝が過剰反応する癖に、もう一つのキーワードがあると冬馬は考えていた。それが『背が低い』ということだった。今、舞美子が敢えて発したのだと思ったのだ。だが、いまいち直輝の反応が薄かった。これは何を意味するのだろうか。
守護師は霊気を伝って、ある程度は人の心情や感情を知ることが出来る。だが、今の直輝からはその霊気が感じられないのだ。恐らく、舞美子の心眼の術も発揮出来ていないに違いない。冬馬は直輝の心情は何もわからなかった。何を考えているのかがわからないのである。恐らく、周りの守護師たちも同じだろう。現に動かないのがその証拠である。なぜ、直輝が生きていて、なぜここに現れたのかを探る必要があると舞美子は見ているに違いない。
「あの根石の人に突っかかるなんて……直輝ってどんな守護師だったんだろう」
舞美子の力を嫌という程味わった冬馬にとって、その舞美子にケンカを売るように話す直輝が恐ろしくもあった。冬馬では到底舞美子にはかなわない。守護師としても、そしてこのような論戦があったとしても、舞美子は敵に回してはいけない相手だとわかる。舞美子のことは直輝もよく知っているに違いない。直輝の守護師としての力は舞美子に匹敵するほどのものだったのだろうか。
そう思って呟いた冬馬の疑問には美姫が答えてくれた。
「あの子はね、タイプで言えば舞美姉さんと同じよ」
「同じ……ですか?」
「ええ、そうよ。戦う前に戦略を立てて、戦いに入れば戦術を駆使する知略派の守護師よ。四年前まではよく舞美姉さんと張り合っていたわ」
これを聞いて、冬馬は意外に思った。なぜなら、冬馬と一緒にいた頃の直輝はとにかく陽気なキャラで、面白いことしか考えていないような性格だったはずだ。頭で考えるより、まずは行動するタイプのようにしか見えなかった。だからか、美姫にそう言われてもあの姿からは想像すら出来ない。
「まあ、うちは全然相手にしてまへんかったけどなぁ」
「むっ……!」
舞美子の余裕の笑みに対し、また直輝の表情に苛立ちの色が満ちていく。が、すぐにニヤリと笑った。
「なーんちゃって。そんなこと言って、また僕を挑発して何かを引き出そうとしてるのかな? 言ったはずだよ。僕も成長してるってね。ハハハッ!」
直輝は満面の笑みで楽しそうだ。そして、再び彼の口が滑らかになっていく。
「ほんと、舞美子さんらしいやり方だよね。人の感情を表に出させて、そんでその人の心情を巧みに利用する。心眼の術が冴えわたるって寸法だね」
身振り手振りのオーバーアクションで、直輝はさらに調子が乗ってきたようだ。
「でもね、残念だけど今の僕には通用しないよ。あっ、それともまだ偽物とか思ってんのかな? ハハハッ! ま、どっちでもいいけどー」
直輝は二パッと笑ってそう言うと、舞美子から美姫へと視線を変えた。
「さてと。そろそろ戦いの続きをやったらどう? 魔霊を倒すのがあなたたち守護師の仕事でしょ」
今度は意地悪そうな顔でニヤリと笑う直輝。その顔を見た冬馬はこう思った。
(やっぱりヒールみたいだ)
こんな直輝は正直見たくなかった。冬馬の思い出の中には、明るくて優しい直輝しかいない。元々、喜怒哀楽が顕著な性格ではあったが、ここまで人に対して悪態をついた姿は見たことが無かった。時間が経つにつれて、直輝に対するイメージが崩壊していくのが自分でもよくわかった。
(直輝…………)
冬馬は目の前にいる直輝が偽物であってほしいと、そう願った。舞美子もまだ本物と決めつけていないようだ。それならいっその事、今は直輝をよく観察しようと決めた。それから見極めればいい、そう思ったのである。
そんな冬馬の想いが通じたのか、戦いを催促する直輝に美姫が待ったをかけた。
「待ちなさい。その前に聞きたいことがあるわ」
「何なの? もうお喋りタイムは終わりにしたいんだけどー」
「死んだあんたがどうして生きているのよ」
「おっ! やっと本題に入ったね。やっぱそこは大事なとこだもんね。実は今まで何も聞かれなかったから、ちょっぴり寂しかったんだよねー」
また元のニコニコ顔へと戻った直輝は、またおどけた顔で「ハハハッ」と声を上げて笑う。
「死んだ人間が生き返るのがどういうことか、あんたはわかってるんでしょ?」
「うん、知ってるよ。確か……『禁忌』ってやつになるんだっけ?」
直輝はこれまたわざとらしく腕を組んで上目遣いになる。
「あんた一人でどうにか出来る事じゃないのもわかってるわ。誰が手助けしてるの?」
「へへっ、さあ、どうなんだろうねー。まあ、もしそうだとしても教えるわけないけどねー」
直輝は満面の笑みでしたり顔だ。対照的に美姫の方は無表情である。
「そう言うと思った。それじゃ、質問を変えるわ。あの人はどこにいるの?」
「はあ? いきなり何言ってんのかなー、犬走の姫様は」
一瞬表情を変えた直輝だったが、また元の笑顔に戻った。
そして、表情を変えたのは直輝だけではなかった。見守っていた守護師たちも驚きの顔を隠さなかったのである。
「フッ、相変わらず直球勝負ですね」
月也だけは冷ややかな顔で見ている。
それにしても、美姫の言う『あの人』とは誰のことなのだろうか。冬馬にはそれが誰なのか皆目見当がつかない。だが、周りの名家の当主たちの表情を見れば、美姫の質問が核心をついた言葉だということがよくわかる。顔を強張らせ、息を飲んで見守っているからだ。冬馬にもその張り詰めた緊張感が伝わってきた。
「とぼけなくてもいいのよ。あの人が関わってるんでしょ?」
「誰のこと言ってんのかわかんないんですけどー?」
再び質問を投げかけた美姫に対して、直輝は白々しく首を傾げている。
「だってさー、僕はバカだからさー。ウハハハハッ!」
直輝は自分の頭を指差してクルクルと回し、そしてその指を今度は大きく広げてパーの形を作った。これを見た美姫はまた一つ大きな溜息を吐いた。元々がクールな態度の美姫だから、冷静に対応しているのか、それとも怒っているのか冬馬には判断出来ない。準のようなわかり易い性格ならば霊気を伝ってわかるのだが、美姫ほどになるとそれも簡単に感じることは出来なかった。
「…………話す気はないってことね」
美姫はそのまま直輝を睨みつけていたが、ふと月也へと振り返り「いいわね?」と一言呟いた。月也はニヤリと表情を崩した後、「かまいませんよ」とこちらも一言だけ返した。この言葉の意味するところを冬馬は瞬時にはわからなかった。
「あかん、怒ってる……」
準の呟きに冬馬はピンとこない。美姫は普段から冷淡なので、冬馬からすれば常に怒っているようにしか見えない。だが、彼女を良く知る者たちはどういう状況なのかわかっているようだ。霊気を伝ってさらに緊張感が増していっているからだ。
冬馬は準から再び美姫へと視線を移した。
「それじゃ、最後にもう一つだけ聞いておくわ。今のあなたは魔霊側にいるって認識でいいわね? 一応は弁明の機会を与えてあげる」
ここで冬馬はようやく理解出来た。美姫は直輝を敵として見ているということである。
「僕って裏切り者扱いになるんだ」
「仮にもあんたは下家の狭間家次期当主だった立場の守護師なのよ? その守護師が魔霊に手を貸すなんて、その意味がどういう事かわかってるんでしょ」
「仮にも、か。ふーん、そうなんだ。ま、そんな事はもうどうでもいいけどねー」
直輝はあからさまに詰まらなそうな顔であくびをしてみせた。
これを見た美姫の怒りは誰の目にも明らかになっていく。
「それが答えなのね。わかったわ」
そう言うと、美姫の体に纏っている黄色の光が一層強く放たれた。戦闘体制に移行する準備だと冬馬は感じた。そして、そう感じたのは直輝も同じだった。
「へえー、僕はみんなと同じ守護師なんだよ? 今まで守護師界にものすっごく貢献してきたと思うんだけど、その僕を討つんだ。死んだ人間なのになー。いくら何でもその仕打ちはちょっと酷いんじゃないかなー。ねえ、犬走の当主様ー?」
直輝が身を前に屈めてにんまりとした時だった。美姫の表情が変わった。
「今はあんたが生きてようが死んでようが関係ないわ。力づくでも白状してもらうから」
遂に美姫は目を大きく見開いて、直輝に対して敵意を露にしたのである。
冬馬はまだ心の整理がついていない。いくら冬馬の知らない性格の直輝だとしても、親友だった直輝と敵対するなんて、そう簡単に気持ちの切り替えが出来るはずがない。それに、冬馬にとって直輝が生きているのか死んでいるのかは大事なポイントでもある。生きているならば、直輝の言うように同じ人間の守護師と戦わなくてはならないということだからだ。もう少し時間を掛けて直輝のことを見極めたかったのが、冬馬の正直な気持ちだ。だが、無情にも美姫には冬馬の気持ちを汲むことはなかった。
「守護師八下家である狭間家次期当主の狭間直輝は魔霊に加担したことにより、これを背信行為と見做す。依ってこれより狭間直輝の討伐に当たる」
この美姫の発言により、名家当主たちの顔色が変わった。それぞれに思うところはあるに違いない。かつて仲間だった守護師が魔霊側にいるという事実を、どのように受け止めて良いものか迷っている者もいただろう。だが、美姫のこの言葉で覚悟が決まったようだ。トップが道を示せば、下の者はそれに付いていくだけである。皆一様に戦闘体制に移行し、その眼つきも変わった。
「主家当主の権限において従家及び八下家の者たちに命ずる」
名家の当主たちの姿勢がグッと低くなる。冬馬も緊張で自ずと力が入る。
そして、遂に美姫の言葉が発せられた。
――――――――「逆臣を捕らえなさい」
「承知‼」
守護師たちは一斉に霊気を集め出した。これはこれから戦闘に入るという証しでもあるのだ。一気に場の霊気が入り乱れ始める。
それでも、直輝の顔はまだ余裕の表情を崩さなかったのである。
ここまで読んで頂き、ありがとうございます!
更新が遅くて申し訳ありません。次話は近いうちに更新出来ると思います。
今後とも、どうぞよろしくお願いします!




