47話 主家の守護霊
攻撃出来ない冬馬に変わって、遂に主家の二人が動き出す。
そして、その二人が召喚した守護霊とは……
主家当主である犬走美姫と望楼月也が、守護師の秘術である『御霊降ろしの術』を繰り出した。今回の戦いでは軍師である根石舞美子がその使用実権を握っていたのだが、この局面で遂に奥の手を使ったのである。
冬馬はただただ、呆然とこの状況を眺めることしか出来なかった。なぜなら、現れた守護霊から溢れ出てくる霊力が途轍もなく凄まじかったからだ。ただでさえ霊気溜まりになっているこの場所に、この守護霊たちの出現によって、さらに霊気が異様な程までに集中し始めている。それは、まるで乱気流のように、ここ『守護之御魂神社』の周辺を渦巻くように霊気の濃度が増しているのである。気を緩めてしまうと、冬馬でも霊気に飲み込まれそうになる。それ程までにこの守護霊たちの霊気が強力過ぎるのだ。
魔霊秀吉や守護霊として先に出て来た氏郷と比べても、霊気を感じることが出来る者ならばその違いは歴然とわかるだろう。
それは『圧倒的な存在感』――――そんな言葉がピタリと当てはまる。
当然ながらこれは守護霊の力だけではなく、守護師の霊力も相まっていることは言うまでもない。
守護霊は守護師の霊力が大きな根源となるのである。元々がカリスマ性のある魂に加え、守護師の中でもトップに君臨する主家当主の霊力が合わされば、これは然も当たり前のことではあるのだが。
「美姫さんの守護霊がついに出て来よったで! 俺も初めて見るわ……!」
冬馬のお陰で平常を保っていられる準の顔が興奮して紅潮していく。それは美姫の守護霊という敬慕の情だけでは無いようだ。
「マ、マジかよ……あの二人が本当に今の時代に蘇ったっていうのかよ……!」
「これが主家の守護霊……!」
光太と勇一でさえ、目を丸くして体が固まってしまっている。
この三人がこれ程までに驚くのも無理はないだろう。もちろん、それは主家当主が守護霊を召喚したというだけではない。現れた守護霊がそうさせる程の大物だからである。
『織田木瓜』に『三葉葵』の家紋がそれを物語っている。戦国好きなら当然それが何を意味するのかすぐにわかるはずだが、興味がない者でもその名前を聞けば知っているという人物たちである。もちろん、冬馬も例外ではなかった。
「あれってもしかして、ぼくでも知ってる超有名な人たちですよね!?」
冬馬が舞美子へ振り返って確認をする。現れた守護霊に興味津々な冬馬は、ドキドキしながら舞美子の返事を待った。そして、その期待通りの答えを聞くことになる。
「そうやぁ。あんさんの予想通り、あれが天下に覇を唱えた有名な戦国武将に間違いあらへんなぁ。『織田木瓜』は織田家、『三葉葵』は徳川家の家紋やわぁ」
「戦国時代の織田に徳川って、やっぱりそうだ!」
わかり易く説明している舞美子の返事を聞いて、冬馬はまるで子供のようにはしゃいでいる。
その一方で、他の当主たちはというと緊張の面持ちで見守っていた。雪は無表情な面持ちは崩さないが、握り拳にした手に力が入っているのが見てわかるほどだ。とりわけ、本丸家当主と三之丸家当主は緊張を通り越して、引き攣ったような顔つきになっていた。
「なんてことだ……主家当主の御二方が同時に守護霊を召喚するなんて……!」
「いくら特等級を封じ込めると言っても、魔霊一体相手にここまでするのか……!」
そもそも、主家である二家の当主が同じ場で戦闘をしていること自体が異例なのである。主家二家のうち、一家は非常事態に備え、必ず他所で控えることが守護師の戦い方であり、それが定石なのだ。これは前述した通り、主家が同時に潰れてしまうと守護師界に混乱が生じるのみならず、人間たちが悪霊に対抗し得る術を失くしてしまうからである。トップが機能しなくなれば組織は脆くなるというのはよくあることで、守護師界も例に漏れることはない。守護師の血を確実に後世へと繋ぐため、歴代の守護師たちに脈々と受け継がれている暗黙のルールみたいなものなのだ。だが、そのルールを破ってまでしてこの戦いに挑み、そして主家二人が守護霊を召喚したのには、きっと舞美子の深慮が絡んでいるに違いない。
主家である二家の守護霊が同時に召喚されたという事実。これが意味するところは、今の冬馬はもちろんのこと、準や光太たちにも理解が及んでいないだろう。
霊気の乱れにより、冬馬が準たちに今一度水気の霊気を送り込んでいた時、魔霊秀吉にも変化が生じていた。
「んむむっ! 殿が先に出て来てしもたがや……」
魔霊秀吉は慄いた顔で後ろへと飛び退き、氏郷から瞬時に距離を取った。氏郷もそれを追うことはせず、現れた守護霊の方へと視線を移している。その動きを名家の当主たちが目線だけで追いながらも、決して包囲網を崩そうとはしなかった。
どこか余裕の態度を崩さなかった秀吉でさえ、狼狽した面持ちに変わっている。氏郷はそれを見て、出て来た守護霊の方へスッと移動した。
その現れた守護霊たちはというと、自分たちが現れたことによって生じた雰囲気を全く意に介することはなかった。それどころか、緊迫した戦況だというのに至ってマイペースだったのである。
「ほんと、面倒なことになったよ」
赤い微光を纏った守護霊はやる気のない態度を隠そうとはせず、端正な顔つきが台無しになるような表情でさらに大きく溜息を吐いた。
この守護霊、髪は赤くてやや長めの無造作ヘアである。ほっそりした体に羽織っている黒のジャケットコートは、シンプルな赤いラインが二本入っている。全身黒でコーディネートされているのだが、所々に赤が交じっている色を基調とした服装だ。そしてその背中には赤い『織田木瓜』の家紋が神々しく輝いていた。
「まあ、そう言うなって! ここが俺たちの力の見せ所じゃん!」
こちらは青く光った体の守護霊で、やや人懐っこい面立ちの童顔だが、ガッチリした体でストレッチするかのように左腕で右腕を掴んでグイグイと動かしている。
そのニヤついた顔は、オールバックにした青い髪が良く似合っている。黒いコートは先の守護霊と同じだが、こちらは青いラインが縦に何本も入っている。ブルージーンズを穿いているので、パッと見は現代の若者そのものにしか見えないだろう。だが、やはり違うところがあると言えば、背中に大きく印字されている青い家紋、『三葉葵』が特徴だろうか。
当の守護霊の二人は緊迫した状況で登場したにもかかわらず、緊張感がまるで無い。それはこの者たちの性格なのか、それとも余裕の表れなのだろうか、はたまた何か考えがあってのことなのか。
秀吉から離れた氏郷が赤い守護霊の側まで来ると、神妙な面持ちで片膝を突いて頭を下げた。
「殿、ご心労をお掛けして申し訳ございません」
氏郷は冬馬が攻撃出来なかったことを謝っているのだろう。それは自分の責任でもあると感じているのかもしれない。そんな氏郷を赤い守護霊は表情を変えることなく、真剣な表情になってじっと見つめている。しばらくして、視線を上空に輝いている十四夜月へと移し、そしておもむろに口を開いた。
「まあ、そんなの気にしなくていいよ。こればかりは仕方ないしさ。守護師との関係は簡単に築けるもんじゃないからね。これから時間を掛けて、君たちだけの強い関係を築き上げればいいんだよ。大丈夫、心配いらないよ」
「殿…………」
真顔で諭している赤い守護霊に、氏郷はほんのわずかに目を潤ませているように見える。どうやら優しい言葉に感極まっているようだ。だが、そんな氏郷をチラ見した赤い守護霊は、次の瞬間まるで悪戯っ子のように破顔させた。
「なっ、ガモチュウ!」
「むむっ!?」
いきなりそう呼ばれた氏郷はまさに目が点になっている。そこへ追い打ちをかけるように青い守護霊も乗っかかる。
「そうだぞ、ガモチュ~!」
「あなたまで……」
氏郷は額に手を当てて目を瞑った。氏郷からしてもこの二人には強く物事を言えないようだ。戦国時代に九十万国を要した大大名である蒲生氏郷をもってしても頭が上がらない、それ程の人物ということになる。
氏郷は苦笑して頭を掻いて、冬馬へと振り返った。
⦅そういうことだ、冬馬。だから、気にしなくていいそうだ⦆
(うん。ありがとう、がもちゅうさん)
⦅ハハハ……⦆
元はと言えば冬馬のせいで揶揄われているのだが、氏郷は何も言わずに引き攣った顔で笑うしかなかった。
「さてと」
そう言って赤い守護霊がここで初めて秀吉へ視線を向けると、その秀吉は思わず目を背けた。すると、赤い守護霊は気怠そうな表情に戻っていたのだが、そこから一転、眉間にしわを寄せて不快感を露にすると、盟約を結んでいる美姫へと振り返った。
言葉にはしていないが、何かを訴えるような目をしている。恐らく、赤い守護霊は美姫と思念でやり取りをしているのだろう。しばらくして、美姫の顔が難しい顔付きから何やら諦め顔へと変わった。
「……好きにしたら」
美姫がぼそりと呟いたと同時に、いきなり赤い守護霊が動いた。冬馬が「あっ!」と零した時にはすでに魔霊秀吉の目の前まで迫っていたのだ。
辺りに「バキッ‼」という鈍い音の後、すぐさま「ドンッ‼」という地響きが起こる。冬馬が次に目にした光景は、魔霊秀吉は石畳の上に顔を埋めている姿だった。見守っていた守護師たちは一瞬にして静まり返った。
「たわけだよ、まったく」
「んぐぐ……」
赤い守護霊の叱責と秀吉の呻き声が、静寂の闇夜結界の中で鮮明に木霊する。守護師たちも声にならない程の、まさに電光石火の一撃だった。魔霊秀吉を取り囲んでいた名家の当主たちも、ただ呆気に取られている。それ程までに一瞬の出来事だったのだ。
あまりにも素早い動きに、冬馬も目で追うのも難しかった。はっきり言えば、赤い守護霊の動きが部分部分でしか確認出来なかったのである。それはまるで、漫画の一コマずつが脳内で再生されているような、そんな感覚だった。
もちろん、注視していなかったわけではない。赤い守護霊が動いた瞬間、そちらに目をやったのだ。にも拘らず、霊気で身体強化をしている視覚をもってしても追いつけなかったのだ。
赤い守護霊が右手を後ろへ引いて殴り掛かろうとしたと思ったら、その右手は次の瞬間には秀吉の頭ごと地面に叩きつけていたのである。
(これがこの人の実力……!)
赤い守護霊の霊力とそれに見合うだけの実力が、この一撃だけでも十分にわかったのだ。
「そりゃねえじゃん、せっかく俺がぶちのめそうと思ってたのに」
青い守護霊が見るからに悔しそうな表情で、赤い守護霊を恨めしそうな目で見つめている。そんな青い守護霊に赤い守護霊は「うるさいよ」と言って、また先程のような気怠い表情へと戻っていた。
青い守護霊は盟約を結んでいる望楼月也へと視線を向けたが、その月也は目を瞑って首を横に振った。それを見た青い守護霊は、あからさまに肩を落としてしょんぼりしている。
ここでようやく止まっていた時間が再び動き出したような、そんな雰囲気へと変わる。我に返ったような表情の光太と勇一が、守護霊を見つめる好奇な目を輝かせていた。
「やっぱり信長の力は半端ねえな! 家康の方も同じくらいの力だと考えると、この二人が居ればどんな魔霊にだって勝てるんじゃねえのか!」
「あの秀吉を圧倒するんだから、まあ、そうなるよね」
光太と勇一の会話を聞いて、冬馬は自分の想像した人物と一致したので一気に気持ちが昂ってしまった。
「やっぱりそうだよね! あれは織田信長に徳川家康だよね! 知ってる! ぼくでも知ってるよ!」
冬馬は先程の赤い守護霊の攻撃の凄さも相まって、興奮を抑え切れない。頭の中で思っている言葉が次々と口から出て来てしまった。
「でも、信長さんは思ってたよりも明るいけど、あまり怖い感じはないかなあ。家康さんの方は凄いけど、なんかやる気ないみたいだなあ。あっ、でも信長さんって極悪非道で容赦のない人、家康さんはねちねち陰険野郎って何かのテレビで見たような気がするから、イメージでは合ってるのかな?」
冬馬がそう言って守護霊を交互に見比べている。残念ながら、自分が失言を連発していることなど到底気付いていない。
「と、冬馬! それ言うたら……」
準が止めようとしたが、もう遅かった。青い守護霊がすぐさま反応してしまった。
「なんか、俺たちの悪口言ってる怖いもの知らずがいるみたいじゃん。おい、てめえが二之丸家の新当主だよな? えらく失礼なこと言う奴じゃん。……誰がねちねち陰険野郎だって?」
三葉葵の家紋を背に付けた青い守護霊が最後は声のトーンを下げ、眉間にしわを寄せて冬馬へ詰め寄った。その凄みは半端なく、冬馬でも思わず「うっ……!」と一歩下がってたじろいでしまうほどだ。
「あっ、いやいやいや、それはあなたのことじゃないですよ! 信長さんは怖い人ってイメージだったけど、思ってたよりも好い人そうなんで良かったです! あっ、でも、向こうの家康さんはちょっと暗いというか、やっぱり陰険っぽいかなあと思ったりして……。えへへっ」
冬馬は慌てて愛想笑いまでして取り繕うが、全くフォローになっていないことをわかっていない。そして、重大な間違いにまだ気が付いていないのである。
今までやる気のないような態度で詰まらなそうな表情をしていた赤い守護霊は、いきなり楽しそうに破顔させた。
「ハハハッ! 忠三……ガモチュウから聞いた通りの面白い奴だね」
「今、明らかに言い直しましたよね?」
氏郷の白い目を気にすることなく、赤い守護霊は「ゴホンッ!」とわざとらしく咳払いをしてからまた言葉を続けた。
「竹千代。そいつはね、俺たちのこと名前しか知らないみたいだから気にしちゃダメだよ。天然坊やにいちいち突っ込んでたら切りがないんだから」
「天然にも程があるじゃん……って竹千代って、ちょっ! いい加減その呼び方は止めてくれよ」
青い守護霊は少し口を尖らせているが、怒っているというよりも半ば呆れ顔に近い様子だ。
「別に良いじゃないの。俺の中では子供の頃が一番楽しかったんだから」
「そういう問題じゃねえじゃん……」
赤い守護霊が青い守護霊をニヤケながら諭しているが、青い守護霊はまだ納得がいかないようだ。青い守護霊はグッと冬馬を鬼の形相で睨みつけた。
「てめえのせいで幼名で呼ばれてしまったじゃん!」
「ひえっ! や、やっぱり信長さんって怖いかも……」
冬馬はまだ気付いていない。見かねた準が声を掛けた。
「おい冬馬、何言うてんねん! 赤い方が織田信長で、青い方が徳川家康やぞ! 家紋見たらわかるやろ!」
「…………えっ!?」
ここでやっと冬馬は気付いた。完全に勘違いをしていたのだ。だが、それは無理もないのかもしれない。
織田信長。説明不要の戦国時代を象徴する人物である。日本人なら誰でも知っている程で、ひょっとすると日本の歴史上で最も有名な人物かもしれない。
世間一般では織田信長は『鳴かぬなら殺してしまえホトトギス』と例えられ、第六天魔王とまで呼ばれた人物で、残虐で凶悪なイメージを持っている人は多いかもしれない。冬馬も学校で習った、この『殺してしまえ』の印象が強かったのだ。映画やテレビドラマでも、登場する信長のイメージはこれに近いものばかりである。家臣からも恐れられ、気が短くて切れやすい。目の前にいる信長からは想像出来ないのも無理はない。
徳川家康も知名度は信長にも引けを取らないだろう。言わずと知れた江戸幕府を開いた初代将軍である。信長、秀吉時代に着々と力を付け、そして秀吉の死後に天下を掌握した人物である。
また、徳川家康は『鳴かぬなら鳴くまで待とうホトトギス』と例えられた程、忍耐強いイメージがあるだろう。今の家康はそんなイメージが合わないことも、冬馬が勘違いをした原因になっていた。
「確かにそうね。わたしも初めて会った時は織田信長ってイメージは完全に壊されたわ」
美姫が半ば軽蔑気味の目で信長を見て、また一つ大きく溜息を零した。それを見た信長は少しムッとした表情で腕を組み、少し上空へと昇って美姫を上から見下ろした。
「おいおい、それはさすがに失敬だよ。重兵衛はもう少し大人な対応していたのになあ。美姫はまだまだ子どもだね」
そう言って信長は「プププッ」と口を抑えて、いかにもわざとらしく笑った。そんな信長の態度を見て、美姫はイラつきを全開させたような顔つきで睨み返した。
「誰が子どもって!? あんたにだけは言われたくないわよ! それにおじいちゃんと比べないで! わたしはわたしなんだから!」
「はいはい、わかってるって。でもね、そんなので怒ること自体が子どもなんだよ? ハハハッ!」
「んんんんん、もうっ!」
目を吊り上げながら美姫が息巻いている。どうやら彼女のペースを乱す者は、根石舞美子だけではないようだ。
「まあ、守護霊も死んではるとはいえ、生まれてから何百年も経ってるさかい、気性や性格が変わっていってもおかしくはありまへんけどなぁ」
美姫が心を乱しているので舞美子がすかざずにフォローする形で発言したのだが、なぜか家康がニンマリと笑って反応した。
「一言で言えば、俺たちは死んでからも進化を続けているってことじゃん!」
家康がドヤ顔になってふんぞり返っている。喜怒哀楽がはっきりとしているこの守護霊が、それを証明しているのかもしれない。信長も家康も、ひょっとすると氏郷も、皆のイメージとは違った印象になっているに違いない。彼等は死後四百年以上たった現在でも、魂としてこの世に在り続けているのだ。「守護霊のことは生きている人間にはわからない」と根石舞美子が言っていたが、守護霊がどのような状態で在り続けているのかは想像すら難しいことではある。
機嫌を取り戻したかのように見えた家康だったが、オールバックにした青い髪を左手で撫でながらまた冬馬へと睨みつけた。
「それにしても、戦えない守護師って前代未聞じゃん! 攻撃しないと敵は倒せないんだぜ? とんだ新当主様じゃん、ワハハハハッ!」
「…………」
冬馬は痛いところを突かれ、思わず下を向いてしまった。家康は先程冬馬に言われたことを、まだ根に持っているのかもしれない。何も言い返せない冬馬だったが、別に攻撃が出来ない事でそうなったわけではなかった。攻撃が出来ないなら、自分はこれからの戦いにおいて何をすれば良いのか。冬馬はすぐに何かを思い付くことが出来なかったからだった。
守るだけなら今の冬馬にも出来るかもしれない。だが、家康の言う通り対悪霊ならともかく、魔霊相手ではそれだけでは済まないことは痛感したところなのだ。
果たして、攻撃しないと魔霊は倒せないのだろうか。薄っすらとだが、冬馬がそう思っていた矢先の家康の言葉だった。封印するという手段もあるのだが、今のこの状況を見る限り、それは一人で出来るものでは無いらしい。そうなれば、これからの自分の戦い方に不安を抱いてしまうのも無理はない。
まさに暗中模索。そんな心境の冬馬に光明を与えたのは、意外にも信長だった。
「なあ、二之丸の新当主。なにも下を向く必要はないんだよ? だってさあ、よくよく考えてみてよ。元来、君たち守護師ってのはね、『守る』ことが使命なんだから」
「――――!」
冬馬の心に衝撃が走った。信長の言っている意味がはっきりと理解出来たからだ。
その意味は父から受け継いだ意志の中にもあった。正確に言えば、そう感じたのである。古くから守護師とは悪霊から人々を守ってきたのである。だからこその『守護』という名であり、それは不変で絶対的な大儀なのである。
父が生前に口癖のように言っていた『救う』という言葉。どうやらこれが大きなヒントになるのかもしれないと冬馬は思った。
何かを掴みかけている冬馬に、信長はさらに言葉を続けた。
「攻撃が出来なくっても良いじゃないの。拳を振りかざすだけが攻撃じゃないんだしさ。それに、戦いってのはそもそも攻撃と防御だけじゃないんだよ?」
「えっ!? それってどういう――」
「おっと、今はそんな悠長な事を話してる場合じゃなかった」
温和な柔らかい表情になっていた信長は、倒れている秀吉の方へと体の向きを変えるとその表情を一変させた。まるで親が悪戯をした子へ向けるような、厳しくも真っすぐな眼光である。もう少しで何かがわかりそうな感覚だった冬馬は、少しがっかりした気持ちになった。だが、今は魔霊秀吉をどうするかが大事なので、大人しく見守ることにした。
「おい、猿!」
「ひっ……!」
信長の呼びかけに俯せている秀吉は顔を上げ、信長を明らかに恐れているような目で見上げている。
「『ひっ……!』じゃないよ、このたわけ! 君はまーた魔霊になって、ほんと、何やってんだよ!」
「…………!」
これまでにない大きな声の信長に叱責された秀吉は体をびくつかせている。信長をひどく怖がっているようで、怯えていることは目に見えてわかる。
織田信長と豊臣秀吉の関係性とは何なのか。それは秀吉が『木下藤吉郎』と名乗っていた頃からの主従の関係である。
秀吉は出世することに驀地だった。とにかく、信長が困った時にはその手腕を発揮した。『墨俣一夜城』や『金ヶ崎の退き口』など、その功績は数知れないほどである。スピード出世だったため疎まれることもあったようだが、結果を残してきたのだから周りも認めるしかない。
信長に褒められたい。そして認めてもらいたい。そんな想いが強かったのかもしれない。信長が本能寺で死を迎えるまで、彼の頭の中には常に信長がいたことだろう。それほどまでに、秀吉にとって織田信長という存在は特別なものだったに違いない。そして、それは今の秀吉の様子を見ると、死後になっても変わらないものなのかもしれない。
秀吉は気の赴くままの本能で行動する魔霊となっても、信長という存在に縛られているようだ。信長から見ても恐らく、それを理解した上で対応しているのだろう。次第に信長の言葉も熱を帯びてきた。
「君がそうやってくだらない行動を繰り返すから、こっちは面倒事が増えるんだよ。わかってんの?」
「く、くだらないとは聞き捨てならにゃあて……! 殿にはわかりゃせんがや、ワシの気持ちなんか」
「わかりたくもないよ、猿の気持ちなんか。僕はさ、死んでからやっと使命という名の呪縛から解き放たれたんだ。死後まで面倒掛けるんじゃないよ、まったく」
そう言って信長はそれこそ面倒臭そうな顔でため息をついた。。この様子を守護師たちは黙ったまま見守っている。「ウキャキャキャッ」と「クククッ」と、いつもより控えめに笑う二人の少女を除いてではあるが。
ただ、信長と家康の圧倒的な霊力に二人の少女以外の守護師たちの顔にも、安心感が窺えるのも事実である。恐らくこの守護霊たちの登場によってある程度、事の顛末が見えたのかもしれない。これは当然のことである。光太が言った通り、この信長と家康の二人の登場によって勝利は揺るぎないという気持ちへと変わってしまったのだ。『魔霊秀吉はもう詰んだ』と、皆がそう思ったに違いない。
だが、ただ一人だけ張り詰めた警戒心を解いていない守護師がいた。
そう、根石舞美子である。
彼女の目は信長ではなく、陰陽師の土御門泰典へと向けられていた。ある魂を捜している泰典の様子をじっと窺っていたのである。
そんな舞美子の様子を知ってか知らずか、信長は秀吉への高圧的な態度を崩そうとはしなかった。
「んぬぬぬぬ……!」
倒れたまま怯えていた秀吉の目に、怒りの滲んだ鋭さが次第に増していく。
「なんだい、その目は。この状況で何が出来るっていうんだい? もうこれ以上の面倒事は勘弁してよ、まったく」
「ワシのことを面倒事と仰るのですか……! ワ、ワシは……ワシはずっと……」
「ずっと、何だっていうんだい?」
信長が聞き返した時だった。
――――――――‼
周辺の霊気の流れがまた変わったのである。守護霊だけでなく、当然ながら守護師も気付いている。少し緩んでいた雰囲気が、これによってまた一気に引き締まった。
「来る……!」
美姫がそう叫んだ直後、秀吉のすぐ側に黒い霊気の塊が突如として現れたのである。
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