41話 冬馬の想い
準が死を覚悟して諦めかけたその時、冬馬は……
恐らくは準が冬馬に触れた影響なのだろう。準の『想い』が霊気を伝って冬馬の中に流れ込んできた。
準の『想い』とは――主である犬走美姫に対する絶大な信頼と、尊敬の念を抱いていることだった。
それが冬馬には鮮明に伝わって来た。
(美姫さんには返しても返しきれへん恩がある。美姫さんの為やったら、いつ死んでもええって守護師になった時から覚悟は決めてた。せやけど……せやけど、その受けた恩を全然返せへんまんま死ぬんは…………やっぱり心残りで悔しいわ)
準の『想い』を知り、そして、その涙で冬馬は準が命懸けで自分を助けようとしていたと初めて気が付いた。ただでさえ人が死ぬことが嫌なのに、自分の為に友達が死ぬなんて絶対に受け入れられない。
準は直輝以外で出来た初めての友達なのだ。今日出会ったばかりだが、前からずっと友達だったと思えるぐらいに馬が合った。それは準が冬馬の心を開き、そして冬馬が準という人間を受け入れたからである。
(どうしてそんな無茶するんだよ、準。ぼくなんかの為に……)
そんな疑問を抱いた冬馬だったが、すぐにその疑問は解決した。同じ立場なら自分だってそうしていたに違いない。準の気持ちは痛いほどわかっていた。だからこそ、そんな友人を失いたくないと強く想った。
それでもまだ、冬馬の体は動かなかった。考えてもわからない。こればかりはどうしようもなかった。心が折れそうになった時、夢の中で父の同志に言われた言葉を思い出した。
『お前の親父が泣いてるぞ!』
(……そうだ。死んだ父さんが見てるかもしれない。その父さんを悲しませるなんて出来ない。今ならわかる。父さんがどんな想いで守護師として生きていたのか)
冬馬はまだ見ぬ父の姿を想像した。
その顔は泣いている顔ではなく、満面の笑みだった。
(ぼくは守護師って今日初めて知ったけど、そんなことは関係ないんだ。ぼくは父さんの意志を受け継いでいくんだ。守護師として生きていくんだ! でも……、一人は嫌だ。周りの人たちと……仲間と一緒に生きていくんだ! ぼくが誰も死なせはしない‼)
冬馬は『想い』を霊気に委ねた。まだ何も感覚は無かったが、霊気だけは感じられる。自分の今の『想い』を全て霊気に乗せた。
大切な友人を失いたくないと、冬馬は強く、強く想ったのである。
(動け……動けっ……! 動けええええええええええええええっ‼)
魔霊秀吉は満面の笑みを浮かべていた。見るからに上機嫌のようだ。秀吉にとって二之丸家との因果関係は知る由も無いが、二之丸家を潰すことはそれ程までに嬉しいことのようだった。
「恨むなら何も出来にゃあ二之丸の阿呆を恨むだがや。ギャハハハハハッ!」
魔霊秀吉が準に刀を振り下ろそうとしたその時だった。
秀吉のすぐ後方で眩い光が放たれたのだ。
「……ん? なんだ――――ぐがあああっっっ!!」
魔霊秀吉が光に気付いて後ろへ振り返ろうとした時、「ガシッ!!」という鈍い音が響いた。準がその音に体をびくつかせて閉じていた目を開けたのだが、魔霊秀吉の姿は準の目の前から消えていたのである。準が慌ててキョロキョロと首を動かすと、ある方角で動きが固まった。そこには、魔霊秀吉が弾丸のような凄まじい勢いで地面と平行して真っすぐ飛んでいる姿があったのだ。
「えええっ!?」
それから間もなく、魔霊秀吉が神社の神木である大欅の太い幹に背中から豪快にぶつかった。「ドンッ!!」という音が轟いた後、そのまま前のめりに倒れて地面に伏したのである。
「ど、どないなっとんねん……」
どうして魔霊秀吉が吹っ飛んでいたのか準は理解出来ないようだ。
それは当然だろう。準の周りには動ける者は誰もいなかったはずだからだ。名家の当主の誰かが助けに来てくれた訳でもなかった。美姫や月也はまだ悪霊に囲まれている。他の当主たちも社のすぐ側にいるのでこれも違うようだ。
「ま、まさか……!」
準の視線が向いたのは、動けないでいるはずの冬馬だった。誰が魔霊秀吉を吹き飛ばしたのかというと、それは冬馬だったのだ。
冬馬は魔霊秀吉が刀を振り下ろそうとした時、自分の体に感覚が戻ったことに気付いた。すぐに右手を突き出しながら勢いよく時計回りに反転する。半回転したと同時に、冬馬の突き出した右手が見事に魔霊秀吉の横顔を強打したのだ。これはいわゆる「裏拳打ち」と呼ばれる空手技なのだが、秀吉に当たる瞬時に右手に霊気を込めて叩き込んだのであった。
そんな事があったなんて知らない準は、目の前で動かなかったはずの冬馬を下から上へと舐めるように見ている。そして体の一番上にある冬馬の顔を見た瞬間、準の表情が見る見るうちに破顔していった。その冬馬の目には怒りはなく、準を優しく見つめる清々しいほどの笑顔だったのだ。
「準、大丈夫? あんまり無茶したら駄目だよ。命は大切にしないと」
冬馬は左手を差し出して尻餅を突いている準を起そうとした。だが、準はその手を掴まずにまだ冬馬の顔をじっと見つめていた。
「冬馬……なんか? ホンマに冬馬なんか!? お前、意識が戻ったんか!」
「うん。迷惑かけてごめん。もう大丈夫だから」
そして準は冬馬が差し出した手を無視して、勢いよく起き上がると同時に冬馬へぶつかるように抱きついた。
「良かったあああああ!! 俺、お前の気が狂ってもうて、なんとか助けてやりたいって思ったけど、自分の力やったら無理やし、そんなん出来るなんて思ってへんかったし、でも心のどっかで何とかなるんちゃうかなっとか思ったりして……ってあれ? 俺、何言うてんねんやろ」
準は冬馬の肩を掴んで体から離して顔をじっと見つめたかと思えば、また「良かったあ!」と叫んで抱きついた。それ程までに、準にとって冬馬の復活が嬉しかったようだ。
「準のお陰だよ。準が呼び掛けてくれたから戻って来れたんだ。本当に、本当にありがとう」
しばらくして準の抱擁から解き放たれると、冬馬は改めて深々と頭を下げた。
「え!? あ、いやあ、そんな大袈裟やで。俺は特に何かしたってわけやないし。それに、お前があの二人を助けたように俺もそうしただけやから……」
準は照れ隠しなのか、視線を下に落としながらタジタジになっている。
冬馬は準の言葉で、光太と勇一の状態が気になった。二人は魔霊秀吉の霊波動を至近距離で浴びていた。ひょっとすると命を落としている可能性もある。辺りを確認すると、少し離れた場所で二人とも横たわっていた。冬馬は準との会話を切り上げて、まずは光太の元へと向かった。
光太の近くまで来ると、冬馬はほっと胸を撫で下ろした。かなりのダメージを追ってはいるが、唸り声が聞こえてきた。まだ生きている。勇一の方にも目をやると、光太と同様に倒れてはいるが、呼吸をしている胸が上下している動きが見える。こちらもまだ息はあるようだ。
「良かった、生きてる! まずはこの二人を助けないと」
冬馬はそう言ってうつ伏せに倒れている光太の肩に手を触れた。その瞬間に光太の体に薄暗い光が宿り、そしてすぐに消えた。
「……? 何やったんや?」
訝しげな顔の準に冬馬は笑顔だけで応えると、すぐに勇一の元に向かい同じように仰向けに倒れている勇一の肩に触れた。これもまた薄暗く光り、すぐに消える。
「冬馬……?」
準は冬馬が何をやったのか理解出来ないでいるようだ。それは当然なのだが、今の冬馬には今までになかった守護師としての知識が備わっていたのだ。それは父からの贈り物によって付与されたものだった。
しばらくすると、光太がむくりと起き上がる。続いて勇一も上半身を起こした。
「あれ? 俺、かなりのダメージを食らったはずなのに……」
「回復したのか……?」
光太と勇一は信じられないといった顔で自分の体を見ている。それもそうだろう。息も絶え絶えな状態だったのが、立ち上がれるほどに体力が戻っているのだ。
実は、これは冬馬が水気の霊気を使って二人を回復させたのだった。もちろん、完全に回復した訳ではない。厳密に言えば怪我を治したのではなく、霊気を回復させたのだ。水気の霊気を体の中へ送り込んで、足りなくなっていた霊気を補充したに過ぎない。それでも霊気によって受けたダメージは霊気によってある程度は回復するのである。水気は『生の根源』でもあり、回復作用もあることが今の冬馬にはわかっていた。そして、その術の使い方までもが自然と出来るようになっていたのである。
「うん、二人は大丈夫そうだね。そしたら次、行こうか」
冬馬は準を促して、根石舞美子たちがいる方を向いた。やはり一番気掛かりなのは根石明日美の容態だったからである。意識が戻った時の光景が衝撃的だったので、そちらにも早く行きたかった。
「冬馬、どうしたんや……。何が何やらさっぱり……」
オロオロする準に説明しようと思ったのだが、そんな時間は無いと冬馬は判断した。今の状況を把握する事が最優先だと思ったからだ。意識が戻った後のことは見ていたのだから、当然ながら知っている。だが、その前に何があったのか、それはわからなかった。
再び歩き出そうとした冬馬に、気が付いた光太と勇一が駆け寄って来た。
「お、おい! お前、正気に戻ったのか!?」
「大丈夫なのか!? もう怒り狂っていないのか!?」
光太と勇一がまだ信じられないような顔で矢継ぎ早に質問攻めするが、冬馬は二人に向いて頭を下げた。
「ありがとう。あっ、えーっと、こう……ゆ……? ……名前なんだっけ?」
「胴木光太に算木勇一やろ! ええ加減に覚えろや!」
「ハハハハハッ……ごめん。とにかく、二人も助けてくれてありがとう!」
準のツッコミに、今度は冬馬が頭を掻きながらタジタジになった。今日、この短い間にたくさんの人と出会ったので、冬馬は全ての名前を憶えていない。元々、人の名前を覚えることが苦手な冬馬にとって、それは至難の業なのである。
それでも準は怒っているよりも、冬馬の天然を面白がって喜んでいるようだった。名前を覚えられていない光太と勇一は苦笑いだったが、準に釣られて楽しそうな笑顔に変わっていった。
「そうやっ! それよりも魔霊や! 秀吉はどないなったんや!? ……まさか、もうやっつけてもうたんか?」
「いや、まだだよ。今はだいぶ霊気を削がれたから倒れているけど、すぐにまた起き上がると思う」
冬馬は神木の大欅の前で倒れている魔霊秀吉を見ながら、今までにない厳しい顔つきに変わった。準はそれを少し訝しげな顔で見つめた後、ふと何かに気付いたようで周りを見回した。
「そういや、いつの間にか悪霊もほとんど消えてもうてる……。美姫さんたちが倒したんかな?」
「それもあるけど、たぶん秀吉さんの支配力が弱まったからだと思う」
「んん? なんや、急にズバズバ答え出して。あいつらにも、なんか術使うてたし、どないしたんや? 頭でも打ったんか?」
「ハハハッ、違うよ」
準が訝しげな顔をしていたのは、守護師としての知識が無かった冬馬が、全てをわかったかのように答えているので違和感を覚えたのだろう。
冬馬は父から貰った贈り物のお陰だと説明しようか迷ったのだが、やはりそんな時間は無いと話の中身を切り替えた。
「それよりもさ、……実は大事なことがわかっちゃったんだ」
「大事なことって、何や?」
準は光太と勇一に振り返るが、二人も見当がつかないようで首を横に振った。
三人がわからないのは当然だろう。なぜなら、冬馬も魔霊秀吉と戦っている時に霊気を伝って気が付いた事だったからだ。
(これは秀吉さんがただ暴れているだけの戦いじゃないんだ。ぼく一人ではどうにもならないような、大きな問題だと思う。きっと守護師界にとっての大事な戦いなんだ)
冬馬はこの戦いの全容が何となく見えたのだ。そして、それは冬馬にはとても信じ難いことだった。それによってこの戦いの指揮を執っていた軍師である舞美子たちが抱いている、この魔霊との戦いの本当の意義を理解したのである。
「説明してる時間が無いんだ」
冬馬が急に真面目な顔で魔霊秀吉を睨みつけるようにじっと見つめたので、準たち三人は息を飲んで黙り込んだ。その緊張感が冬馬にも伝わって来た。これ以上、この三人に精神的な負担を掛けてはいけない。そう思った冬馬は、
「まあ、直にわかると思うから心配しないで」
そう言って冬馬は少しだけ表情を崩した。それを見た準は緊張した面立ちから安堵した顔に変わった。いつもの冬馬っぽい表情だったからだろう。
準はまだ混乱しているのかもしれない。光太に勇一も同じだろう。まさに生死を掛けた戦いになっていたので、肉体的にも精神的にもきついはずである。それでもまだ、戦いは続いている。冬馬は準たちを見て、自分が出来る精一杯のことを悔いの無いようにやると心に決めた。それが命を懸けて助けてくれた三人への恩返しにもなると思ったからだ。
それから冬馬は倒れている魔霊秀吉から、再び根石三姉妹の方へと視線を移してそちらへ急いで向かった。明日美の容態が心配だったのはもちろんのことだが、冬馬が気付いたことを確かめたかったのである。父の同志も頼れと言っていた根石家当主の舞美子と話をする為であった。
「お、おい! ちょっと待ってえや!」
準が声を掛けるが冬馬は立ち止まらない。走りながら振り返って返事をする。
「待たないよ! 急がないと、あまり時間が無いんだよ!」
「なんでそっちに行くねん! まずはあの魔霊をやっつけるんが先なんちゃうんか!」
「それは後でも大丈夫! それよりもあっちへ合流する方が先だよ!」
「だから、なんでそんなことわかんねんな!」
準が慌てて冬馬の後を追いかけると、それに光太と勇一も顔を見合わせてからすぐに続いた。二人も今なら逃げ出す事も可能なのだが、そうはしなかった。冬馬と準の想いに感化され始めた証拠だろう。それでも光太はどこか腑に落ちないような顔で、冬馬の背中を見ながら勇一に話し掛けた。
「なあ勇一、あいつ雰囲気変わったよな?」
「うーん、まだ本調子じゃないのかもしれないね」
「いや、何て言うか、子供っぽかったのが妙に大人びたような気がしねえ?」
「言われてみれば……あっ!」
「な、何だよ」
「あいつ、ひょっとして魔霊に体を乗っ取られたんじゃないのか!?」
「げっ! じゃあ、あの倒れている秀吉はカモフラージュってやつか!」
後ろを走る二人の会話を黙って聞いていた準が、振り返って二人の意見を真っ向から否定した。
「何しょうもないこと言うてんねん! あれは冬馬で間違いないわ!」
「なんでそんな事が言えるんだ。急に雰囲気が変わったし、俺らの名前だって忘れてたんだぜ?」
「そもそも、魔霊に乗っ取られたから名前がわからなかったんじゃないのか?」
光太と勇一の疑いの言葉に、準は一つ大きな溜息を吐いて「何もわかってへんな」と言って真顔になった。
「それが何よりの証拠なんや。あいつは人の名前を覚えられへんタイプの人間や。俺の名前もな、何回も言うてやっと覚えたんや。せやから、あいつは冬馬で間違いないねん」
「それだけじゃ確信には至らないね。もっと情報を……」
「あの霊気を感じてもそんなこと言えんのか? 魔霊があんな穏やかな霊気を扱うわけないやろ!」
準が感情を抑えられずに、顔を真っ赤にして語気を強めた。
「そんなアホなこと言うてるよりもな、さっき冬馬にお礼言われてお前らは何も無しか? 助けてもろうたお礼の一つでも言うたんか!」
「そ、それはまだ……」
「何度も命を助けてもらったくせに、ようそんなこと言えるな。ほんま、お前らはクソやわ。冬馬のこと疑う前に、一人の人間としてちゃんとせえや、アホ!」
「…………」
光太と勇一は何も言えずに目線を下げた。
二人にも思うところはあるに違いない。ただ、素直になれないだけなのだろう。だが、準の熱い想いは次第に彼等に伝わってきているのも事実である。それに何よりも、冬馬の誠実で真っすぐな想いが少しずつ二人の心を開いていたのである。ただ、冬馬と準にそれがわかるのはもう少し後になってからであった。
ここまで読んで頂き、ありがとうございます!
冬馬の復活でついに大詰めを迎えます。あと数話でこの「守護師覚醒編」も終わります。(たぶん)
今後もどうぞ、よろしくお願いします!




