40話 父からの贈り物
軍師舞美子が動き出した。
そして冬馬は……
舞美子たちが冬馬救出に動いていた頃、冬馬はまだ自我を失ったままだった。
◇◆◇◆◇◆◇◆
冬馬は意識を失った後のことは何となく覚えていた。いや、覚えていたというよりも外から自分を客観的に見ていたと言った方が正しいかもしれない。
(…………)
薄暗い光に包まれた場所。それがどこかなんてわからない。後から考えると、ひょっとしたらそこは死者の魂が訪れる世界だったのかもしれない。この時の冬馬は何も考えることも無く、何も感じることも無く、ただ無意識に遠くから自分の姿を眺めているだけだった。
(…………?)
何も感じなかった冬馬の心が僅かに何かへ反応した。
「……と……ま……」
(…………!?)
「…………冬馬‼」
(――‼)
誰に呼ばれたのかわからない。だが、自分が『二之丸冬馬』であることを思い出した。
(……そうだ。ぼくは……あれ? 何をしてたんだろう……。何か大事なことを忘れているような……)
自分の名前は思い出したのだが、他の事は一切何も思い出せない。そもそもどこに居て、何をしていたのかがわからない。頭の中が白くて何も無い状態で、ボーっとしている感覚だ。
⦅よう、冬馬! やっと気が付いたのか? 寝坊もいいところだな! ハハハハハッ!⦆
いきなり誰かの声が聞こえてきた。周りを見てみるが、姿どころか何も見えない。だが、確かに冬馬には声が聞こえたのだ。
(だ、誰!? 誰かいるの!?)
⦅まあ、そう慌てるなって。俺は魂だけだから見えなくて当たり前さ⦆
(魂? それって……)
⦅ああ、そうさ。死者の魂ってやつさ⦆
(死者……!)
⦅そんな事よりもだ。お前は一体何をやってるんだ?⦆
(何って……わからない。何も思い出せないんだ……)
⦅何だよ、忘れちまったのかよ。あれを見ても思い出せないのか? お前、友達のことで怒ってたんだろうがよ⦆
(友達……?)
冬馬の目に遠くで戦っている二人の姿が映っている。派手な羽織袴を着た男とグレーのパーカーを着た青年が格闘していた。その青年が自分であることに気が付いたのは、少しの時間が経ってからだった。
⦅ったく、しょうがねえなあ。お前は友達があいつに殺されたから怒ってたんじゃねえのか? 友達の狭間直輝がよ)
(――直輝!)
その名前を聞いた瞬間に、様々なことがまるでパズルのピースが埋まっていくかのように冬馬の記憶として蘇ってきた。
(……そうだった。ぼくはあの秀吉さんが直輝を殺したって聞いて、感情をコントロール出来なくなったんだ。そうか、負の感情のせいで霊気の怨念に飲まれたんだ……)
冬馬は激しい怒りに満ちた瞬間の出来事を、まるで他人事のように感じていた。あの時、直輝を殺した魔霊秀吉に対する憎悪の念が頭の中を支配したかと思えば、程なくして意識を失ってしまった。だが、今は自分でも驚くほどに心が落ち着いているのがわかる。
冬馬は三年という時間は掛かったが、直輝の死から立ち直っていたと自分では思っていた。何の不自由も無く、日常生活を過ごすことも出来るようになっていたからだ。だが、それは仮初の心情だったのである。直輝の死という現実と向き合っていたつもりが、考えないように蓋をして封印していただけなのだ。直輝が死んだと知って慟哭した日のことを、ただ忘れようとしていただけだったとようやく気が付いたのである。
冬馬は直輝が死んでから止まっていた時間が、再び針を進めて動き出したような気がした。これが本当のリスタートのように思えた、そんな不思議な感覚だった。
⦅で、どうすんだ? お前はこのままでいいのか?⦆
(……よくない!)
⦅だったら、やることはわかってるな?)
(うん)
誰だかわからないが、不思議とその声に対して素直になれた。昔から知っているような、自分をずっと温かく見守ってくれているような、そんな親近感がその声に感じていた。
(それにしても、君は……あなたは一体誰なんですか? ひょっとして――)
⦅言っとくが、俺はお前の父親じゃねえぞ。俺はあいつに扱き使われていたからな⦆
(そう……ですか……)
冬馬の思い込みにいち早く気付いたのか、謎の声は冬馬の言葉を遮るように否定した。
こんなにも温かく自分の背中を押してくれるのは、父の冬二だと冬馬は思ったのだ。もしかして“父に会えた”と一瞬でも感じたので残念ではあったが、それでも父を知っているというだけで嬉しくなった。
(使われていたって……準みたいに従者とかいう人ですか?)
⦅従者だと? ハハハッ! 俺はあいつらみたいに従順じゃないさ。今のお前にわかるように言えば……同志だな!)
(同志……?)
⦅俺は古い生まれだから、あいつの方がずっと年下なんだけどな。共に戦った戦友のような同志さ。二之丸冬二という男はな⦆
(一緒に戦った父さんの同志……)
戦友とうはどういうことか。この声の主は従者でもないとするならば、共に戦った他家の守護師ということか。それとも二之丸家の先祖に当たる誰かなのか。よくわからなかったが、それでもやはり嬉しかった。根石舞美子と会った時と同じく、父を知っているというだけでまた父を近くに感じることが出来るのだ。
そんな冬馬に、また謎の声は語り掛ける。
⦅お前に声を掛けたのは、冬二から預かってるものがあったからなんだ。まあ、形見みたいなものさ⦆
(え!? 形見ですか? 形見なら指輪がありますけど……)
⦅指輪? ああ、あれか。ハハハッ、懐かしいな! あれは守護師指輪の中でも特注ってやつで、冬二が根石家前当主のおっさんに作らせた物さ。あれを上手く使えば、お前の霊力も格段に向上するはずさ。でもまあ、使い方によっては身を滅ぼすから気を付けるんだぞ?⦆
(そうなんですか……だからあんなにきつかったんだ。でも父さんが使い熟していたんだったら、ぼくにも出来るはずだよね)
⦅ハハハッ、そういうところは冬二譲りだな! 預かっているのは物じゃないさ。まあ、時期にわかるけどな⦆
(わかりました。貰える物は何でも貰っておきます!)
⦅ハハハッ! そういうところはますますあいつにそっくりだな。さすがは冬二の息子だ! それじゃあ、一つ良い事を教えておいてやろう。何かあったら根石家の現当主に頼れ。あの女は今孔明も認めた心眼の持ち主だ。あいつに任せておけば万事問題ないさ。それと犬走家の現当主も秘めた力は歴代当主でも随一と言ってもいい程だ。根石家と一緒に犬走家を支えてやれ!⦆
(はい! 根石家の当主って、父さんのことを知ってるあの女の人ですね。犬走家の当主は……)
根石家当主の舞美子と言えば、冬馬の心を読んだ『おっかない人』という印象が強い。だが、父のことを教えてくれた優しい一面も見られたので、この声が言っていることも素直に納得出来た。
そして犬走家当主と言えば美姫である。怖くて奇麗な人という印象だったが、確かにあの悪霊を大量に倒した技は桁違いに凄まじかった。これも納得である。
ただ、この二人が冬馬の守護師としての今後の人生に大きく関わってくることは、今の冬馬には想像もつかないことだった。
(あ、それで、ぼくを助けてくれたのはあなたですか?)
⦅お前を助けたのは俺じゃねえさ。あいつらだよ⦆
外に目をやると、準と光太に勇一が魔霊秀吉を相手に戦っているように見える。よく見ると、自分の姿もそこにあった。
(あっ!)
⦅早くしねえとあいつらが危ないぞ? 命を懸けてお前を助けようとしてるんだ。それに応えないでどうする。それでも二之丸家の跡取りか? お前の親父が泣いてるぞ!⦆
(はい‼)
⦅よし! じゃあ親父からの贈り物だ、受け取れ‼)
その瞬間、色んな情報が一気に頭の中を駆け巡っていった。何が何だかよくわからなかったが、確かに冬馬の中に新しい何かが付与されたのだ。
そして薄暗かった世界が一瞬にして白く眩しい世界に変わっていった。
(これは……!)
さらにはっきりとわかる事もあった。それは、これがこれからの冬馬にとってとても大事なものになるということだ。
⦅ああ、それとな。目覚めた時に……⦆
謎の声は最後に冬馬へ何かを伝えたところで、冬馬の意識は再び遠のいていったのである。
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まるで今まで夢の中にいたような、そんな不思議な体験だった。そこで冬馬は父が生きていた頃に共に戦った同志という誰かに会っていた。そして、父から預かっていたという大切な何かを受け取ったのである。
冬馬は意識が戻ると、自分の本来の体に戻っていた。徐々に記憶が蘇って来る。夢の中では、助けてくれた準や光太に勇一が魔霊と戦おうとしていた。早く助けに行かないとと思ったのだが、最初に冬馬の目に飛び込んで来た光景は衝撃的だった。
「明日美! しっかりするんや!」
舞美子が膝を突いて懸命に叫んでいる。その視線の先には妹の明日美が仰向けで横たわっていた。その二人の前に美音が泣きそうな顔になりながらも、こちらもまた懸命に両手を前に突き出して白い防御壁を作っていた。
(え……!? どうなってるの!?)
冬馬は声にしたつもりだったが、それは音として出ていなかった。よくよく神経を研ぎ澄ませてみると、何も感じない。手や足、瞼や唇といった体の部位が動かない。硬直しているとかいうレベルではない。自分が呼吸をしているのかどうかもわからないほど、全く体の感覚が無かったのだ。もう一度チャレンジしてみるが変わらなかった。
(どうして……どうして動かないんだ!)
何度やってみても、やはり冬馬の体は動かなかった。冬馬は立ったまま全く動けないでいたのだ。そんな中、周りの状況も刻一刻と変わり、目まぐるしく動いていた。
目の前には魔霊秀吉がいる。その秀吉が驚いた顔で冬馬の顔をじっと見ていた。
「……驚いたがやあ。まさか戻って来るとはなあ。相変わらず水気の使い手は鬱陶しいだがや。だども動けんようだぎゃなあ? ギャハハハハッ! ならばそこでよう見とるとええだがや。仲間の死にゆく様をなあ!」
魔霊秀吉が後ろを振り返り、根石三姉妹がいる方へとゆっくり歩き出した。
(あっ! 待てっ! 駄目だっ‼)
何をどう言っても魔霊秀吉には届かない。冬馬の声は誰の耳に届くことも無く、頭の中で空しく響くだけであった。体も動かない冬馬にとって、どうしようもなかった。
他の当主たちは何をしているのだろうか。犬走美姫や望楼月也たちが助けられるかもしれない。冬馬が周りに感覚を集中させると、大量の悪霊がまさに虫のようにもぞもぞと蠢いていたのである。美姫と月也は悪霊に囲まれて完全に孤立していた。そしてまだ疲弊している雪の側で、本丸家と三之丸家の当主が悪霊を相手にしながら雪と社を守っている。そう言えば陰陽師の泰典の姿が見えないが、彼は無事なのだろうか。
冬馬がそう思っていると、準と光太と勇一の三人の会話が聞こえてきたのである。
「くそっ! 根石家の明日美さんがやられてもうたか! おい、お前らは大丈夫か!」
「こっちは二人ともまだ大丈夫だ! けどよ、根石三姉妹の力を借りないと、あの二之丸の野郎には近づけないぞ!」
準の大きな声に合わせるかのように光太も大きな声で返事をしている。
(え!? 槍の女の子がやられたの!? それで準やあの二人が秀吉さんと戦おうとしてるのか……! 無茶だよ! あの三人が勝てる相手じゃないのに!)
冬馬には周りの状況と声は確認出来るのだが、まだ体は動かなかった。いきなり意識が戻ったので、今のこの状況がまだはっきりと飲み込めていない。ただ、目に映る光景を見ることしか出来なかったのである。
そんな中、準たち三人が行動に移そうとしていた。
「俺らだけでやるしかないやろ!」
「声がでかいぞ」
勇一が人差し指を立てて口元に持っていく。
「ああ、悪い悪い。それよりも、この状況で俺たちが出来るんは一刻も早く冬馬を目覚めさすことや。さっき冬馬にちょっと触れた時、何か感じたんや。たぶんやけど、次やったらいけるはずや」
「あいつ、急に動かなくなったもんな。何かに反応したってことなのか……。ちっ、こうなったらやるしかねえか!」
「光太も声がでかいって。それより、お前はどうすんだ? 真面に行ったら魔霊に止められるぞ?」
「わかってる。せやから、ほんのちょっとでええから秀吉の気を引いてくれへんか? 一瞬でもええ。その隙に背後から俺が冬馬へ近づく」
「了解だ! 勇一、二手に分かれるぞ!」
「だから声がでかいって」
勇一が小声で注意しているが光太は全く聞いていない。恐らく興奮状態になっているのだろう。顔が紅潮して目が血走っている。生死を掛けた戦いに気持ちが高揚しているのも無理はないだろう。
それから光太と勇一は宣言通り二手に分かれた。冬馬に背を向けた魔霊秀吉の横から挟み込むようにして近づいていった。それに気付いた魔霊秀吉がチラッと首を左右に振って確認した。
「なんだぎゃ、おみゃあたちみたいな下っ端に用はにゃあて」
「俺には用があんだよ! 根石家のところに行かせねえぜ!」
光太がそう言って魔霊秀吉へさらにジワリと近づく。
「ワシに勝てるとでも思うちょるんか? いいだぎゃ、相手をしてやるだぎゃ」
「そりゃあ光栄だな。二人だったら勝てるだろうからな!」
「小癪なこと言いよるわ。じっくりと料理してやろう……とでも言うと思うちょったんかあ?」
「――!」
「ギャハハハハッ! おみゃあたちの魂胆は丸わかりだぎゃ!」
魔霊秀吉が素早く片手で光太に向かって青い霊気の波動を繰り出した。
「ぐわあああっ!」
光太は両腕をクロスさせて頭を守るようにその波動に耐えている。それを無視して魔霊秀吉は素早く後ろへ振り返り、勇一に向かっても同じような霊気の波動を放った。まさに一瞬の出来事だった。
「くそおおおっ! 死んでたまるかああああ!」
勇一も体を丸めて必死に耐えていた。
「くそっ! 行くしかない!」
準がここぞとばかりに冬馬の背後から猛然と飛び出した。冬馬からは死角で見えないのだが、準が一直線に自分へと向かって来ていることを気配で感じた。
(あっ、ダメ! 秀吉さんに通じないよ!)
光太と勇一に霊波動を放っていた魔霊秀吉が準の動きに気付いた。いや、気付いた振りをしたのだ。
「最終的におみゃあが水気の小僧のところに来るのはわかってたがや」
魔霊秀吉は独り言を呟いたかと思えば、ニヤリと強烈に笑い、そして一瞬にして冬馬の背中越しに立っていた。
「あっ‼」
準が目にしたものは、冬馬と背中を合わせるように立つ魔霊秀吉の姿だった。一瞬の隙を突いたつもりが、完全に読まれていたのである。
「おみゃあたちの話は丸聞こえだったがや! まあ、聞こえてなくてもわかってたけどもなあ! ギャハハハハッ!」
持てる最大限の力で飛び出した準だったので、その勢いは止められなかった。一瞬怯んでしまった準の飛び出しは中途半端な速度となって、魔霊秀吉の構える刀へと吸い込まれるように向かって行く。
「くそおおおおおっ‼」
準は覚悟を決めたのか、すぐに霊気で刀を模造して切り掛かった。
しかし――――
鈍い音と共に霊気が飛び散りそこに見えたものは、魔霊秀吉が立っている前に尻餅を突いている準の姿だった。
「こ、これが魔霊の力……なんか……」
準の顔は青ざめ、次第に生気が抜けて行く。
「ワシに一撃を与えられるとでも思うたんかあ? 力の違いもわからんとは、おみゃあは大したことにゃあて。ギャハハハハ! だども、おみゃあが死ねば、また二之丸が暴走するだがや。ワシにその命を献上すれば、おみゃあを配下として取り立ててやってもいいだぎゃ。悪霊となったらだどもなあ? ギャハハハハハッ!」
魔霊秀吉が大きく右手を上に上げて刀を振り下ろそうとする。準は力を使い果たしてしまったのか、全く動けないでいた。その顔は青ざめて、この世の終わりかのような顔になっている。終いには観念したのか、とうとう目を瞑ってしまった。
「美姫さん、すみません……」
準はそう言って一筋の涙を零した。
ここまで読んで頂き、ありがとうございます!
舞美子視点からまた冬馬視点へと戻りました。もっと舞美子視点で描きたかったので、また別の機会に書こうかなと思います。
では、また次話もよろしくお願いします!




