04話 プロローグ④ 守護師の宿命
プロローグの最終話です。
重兵衛と呼ばれた初老の男性はゆっくりとした足取りで、美姫の顔を優しい眼差しで見つめながら部屋に入って来た。
「そんなに驚くことでもなかろうて。なあに、ちょっと孫たちに喋り相手になってもらおうと思うてな。たまにはジジイ孝行でもしてくれんかの」
そう言って「ふぉっふぉっふぉっ」と、にこやかな顔でそのまま美姫の右隣に着座した。
白髪交じりの短髪で顔に入っているしわの数が、重ねてきた年齢を窺い知れる。だが目尻が下がった表情は柔らかく、温和な印象を与える。背中をやや丸めて座っている姿は愛らしさも感じられるが、どことなく威厳のある風貌は年の功だろうか。紺色の和装姿で檳榔子染の羽織を着ており、美姫と同様に『犬』の紋が入っている。
美姫は半ば呆れ顔で、重兵衛に向かって大きく溜息をついた。
「何がジジイ孝行よ。年寄だなんて全然思ってないくせに」
「ふぉっふぉっふぉっ。まあ確かに、若いもんにはまだまだ負ける気はせんがの」
「美姫様。いくらお爺様いうても、お戯れはお控えくださいませ」
「はいはい、わかってるって。それより舞美姉さん、さっきからその喋り方気持ち悪いんだけど……。いつもので話してくれない?」
「ふぉっふぉっふぉっ。まあ、この面子なら問題ないわい」
重兵衛の言葉を聞いた舞美子の顔が、不敵な笑みから優しい微笑みに変わった。
「ほんまにもう。美姫ちゃんも当主になったんやから、早う自覚持ってもらわんと困るわぁ」
「これから慣れていくから大丈夫よ。それより舞美姉さん、おじいちゃんに話って何なの?」
「そんなん、明日来る新当主様のことに決まってるやろぉ。十数年ぶりに四従家が揃うことになるかもしれへんのにぃ」
「冬二の倅がもうそんな歳になりよったんか。……そうか、あの倅がもうそんな……」
「もう、またそれ?」
重兵衛は下を向いて下唇を噛んでいる。美姫の反応を見ると、どうやらこのパターンは何度か繰り返されているようである。
だが、重兵衛はすぐに顔を上げて真剣な表情で舞美子に視線を戻した。舞美子の顔は、また不敵な笑みに戻っている。
「で、望楼家の方はどうじゃ」
「今のところ、まだ動きはありゃしまへんなぁ」
「冬二の倅はどうなんじゃ?」
「正直言うて、まだわかりまへんなぁ。そやけど餌は撒いてるし、お客さんも呼んでるさかい、どうなるかは明日のお楽しみってとこやなぁ。まあ、母さんの予測では、恐らく目覚めてるようやけどぉ」
矢継ぎ早に質問する重兵衛に、舞美子は落ち着いてしっかりと答えている。
「なんじゃい、結局美香は直接見ておらんのか」
「いえ、こないだこっそり見に行きはったようやけど、帰ってきたら『うーん……』っていう感じやったなぁ。そやけど、機嫌はよろしかったわぁ。それに雪ちゃんにも見に行ってもろたし間違いあらへんと思うわぁ」
「そうか。なら問題ないわい」
「そうね。あの人の勘は気持ち悪いぐらい当たるし、雪さんが見たのならそうかもね」
重兵衛と美姫は納得したようで、二度首を縦に振って頷いた。それから重兵衛はさらに話を続ける。
「で、今日は何の話じゃい。お前のことじゃ、それだけじゃないんじゃろ?」
「さすが重兵衛お爺様、ようわかってはるわぁ。ここからが本題やなぁ」
舞美子はさらに不敵な笑みを強めた。元が秀麗な顔立ちなので、彼女のこの笑みは見る者に強烈な印象を与えるに違いない。それでも重兵衛は見慣れているのか、意に介していないようだ。
美姫の方はというと、舞美子の顔にではなく『本題』という言葉を聞いてピクリと肩が動いた。
「本題って、何それ? わたし、何も聞いてないけど……」
「まあ、そやろうなぁ。初めて言うさかいにぃ」
美姫は下を向いて、大きく溜息をついた。そして「またか……」と小さく独り言を呟いた。重兵衛はそれを気に留めることなく、舞美子に続きを促した。
「で、それは何なのじゃ」
「新当主の登場によって、潜んでた大物がひょっこり出て来るかもって話やわぁ」
「え!? ちょっと待って。そんな大事な話、どうして今頃言うのよ」
「下手に口にするもんやあらへんってことやぁ。あちらさんに情報が洩れるってこともあるかもしれへんしなぁ」
美姫は呆れた表情で舞美子を見つめ、また大きく溜息をついて「もう好きにして……」と、これまた小さな声でボソッと呟いた。
再び重兵衛が舞美子へ続きを促す。
「なるほど。向こうに動き無し、ということはまだ知らなんだということか?」
「仮に知ってても出来る事は限られるさかい、そないに問題はないと思うけどぉ。そやけど念には念をってやつやわぁ。何が起きるかはわからへんしなぁ」
「そうじゃな。ところで、お前はどちらが釣れると思うとるんじゃ」
「うちは『桐』の方やと思うてるわぁ」
「『桐』か。……なるほど。それでもし、冬二の倅が使いもんにならなんだ場合はどうするつもりじゃ」
少し眉をひそめた顔の美姫には目も呉れず、重兵衛は真剣な眼差しで舞美子を直視している。その鋭い眼光に動じることなく、舞美子も睨むように重兵衛の顔を見つめ返した。
「木偶とわかった時は、その木偶をうちが裏で操る。なんせ名家の序列二位なんやし、血筋が本物やったら腐ってても名家やろ? 利用出来るもんは何でも利用する。それだけのことや」
「舞美姉さん……」
舞美子の柔らかかった口調が、少しトーンの下がった厳しい口調に変わっている。美姫は何かを言い掛けたが、諦めたかのように途中で口を噤んでしまった。
「美姫よ。ワシらの使命を忘れちゃいかん。犬走家の当主なら尚更だわい」
「重兵衛お爺様の言う通りや。美姫ちゃんの言いたい事はようわかる。けどな、これはそんな甘い事言うてる場合やあらへん。あいつらはいつか絶対に来る。うちらは陰として陽の世界を守らなあきまへん。どんな犠牲を払うてでもな。それが月影の者として生まれた、うちら守護師の宿命なんやから」
重兵衛と舞美子の厳しい口調に、美姫は何も言葉を発しなかった。舞美子は真剣な眼差しで美姫を見つめている。重兵衛は目を瞑り、無言で頷いているだけであった。
美姫はほんの少しだけ表情を曇らせた。どこか悲しそうな表情にも見えるが、舞美子はそれ以上は何も言わず、その顔をただ見つめているだけだった。
彼等が生まれ持って背負っている『守護師の宿命』とは、一体何なのだろうか。
わかっていること、それはこれから現れる一人の青年によって、彼等に欠けていたピースが埋まるということである。
そして、それにより彼等の運命が大きく動き始めるということは、紛れの無い事実なのであった。
ここまで読んで頂き、ありがとうございます!
これにてプロローグは終わりです。相変わらず「……?」ばかりですが、今は「そうなんだ。ふーん」程度に思ってて頂ければ幸いです。(すみません)
そして、お気付きかもしれませんが、主人公がまだ出て来ていません……。構成が下手で申し訳ないです。
次話から本格的に物語が展開していきますので、登場予定です。今後もどうぞよろしくお願いします!
次回の投降は恐らく三日後には投稿できると思いますので、お楽しみにしていてください。