39話 冬馬救出作戦
暴走した冬馬をどう助けるのか。
舞美子の策が動き始める……
舞美子は少し暗く沈んだ美姫には気にする素振りを見せず、ほんのわずかにニヤリとした月也を見据えたままだった。月也はわざとこの話題を持ち出したのだろう。こういった場面でも犬走家と望楼家の張り合いが出るのは舞美子にとっては悲しくなってしまう。
「ですが、あの御方がこの件に関わっていると決まった訳ではありません。何も証拠がありませんから決めつけるのは早計かと」
舞美子のフォローした言葉で月也の表情がいつものクールな無表情へと戻った。
「確かにその通りです。それでも繋がっている可能性が少なからずあると、私は見ているのですよ」
月也の言葉に舞美子は何も答えなかった。舞美子自身、それを否定出来ないからだ。ちらりと美姫を見やりると、彼女は上の空のようにあやふやな視線になっていた。
それにしても、消えた守護師が何の為に直輝の遺体を持ち去ったのか。もし蘇生させるだけならば、姿を消す必要はないはずである。禁忌の術を使ったことで、守護師として過ちを犯してしまったと悔いて消えたのか。それとも守護師自身の身に何かが起きたのか。だが、どちらにせよ蘇生した直輝は一体どこにいるというのか。そもそも本当に直輝の遺体を持ち出したのか、直輝を蘇生させたのかも未だにわからないのである。
それでも舞美子も月也と同様に関りを否定出来ないでいる。そう考える方が今のこの状況に繋がっていると腑に落ちることも多々あるからだ。
「まだ何かが起こるっちゅうんですか……」
何も知らない準でも、二人のやり取りを聞いて緊迫した内容だとわかったのだろう。顔色が悪い。
「冬馬はどうなるんや……。何とかして助けてやりたいけど、俺の力じゃ……」
そう言って準は上空にいる冬馬を見つめたまま力なく肩を落とした。
舞美子も準の目線を追うように空を見上げれば、態勢を立て直した冬馬が再び魔霊秀吉に襲い掛かろうとしていた。
しょんぼりした準に救いの手を差し伸べるかのように舞美子はボソッと呟く。
「冬馬君を助けるには『想い』を霊気に乗せたらよろしいんや。後は誰がやるかが問題やなぁ」
「それって……」
準がまだ舞美子の考えを理解出来ていないのを他所に、舞美子は後方で呆然と立ち尽くしている光太と勇一に目をやった。
二人は冬馬がいきなり暴走したことで、まだ状況を飲み込めていないようだ。恐らくは魔霊を見るのも初めてなのだろう。そこに冬馬の暴走が絡んでいるので、戸惑うのも無理はない。
本当のところを言えば、舞美子はこの二人のことを在野とはいえ過小評価はしていなかった。守護師としての資質は良いものを持っているので、いずれは一皮剥けて欲しいと思っている。彼等は守護師だった親から確実に力を受け継いでいるのだ。生まれ育った境遇が良くなかっただけで、何かの切っ掛けさえあれば化ける可能性があると舞美子は見ていた。
それには彼等に因縁のある冬馬がカギになると睨んでいる。冬馬がこの二人を何とか更生させてくれないかと、これもまた密かに策として合わせて企んでいたのだ。だからこそ冬馬の力を見るために、そして魔霊秀吉を誘引するために彼等を利用したのである。全ては冬馬を二之丸家の当主として独り立ちさせるためでもあった。
(この子たちにも何とかやる気を出させなあきまへんなぁ)
髪を弄る舞美子の手が止まった時、またもや「ドンッ‼」という轟音が響き渡り、霊気爆発が起こった。冬馬が右手に集めた霊気を殴りつけるようにして魔霊秀吉にぶつけたからだ。先程よりはまだ弱いが、それでも強烈な勢いで霊気が飛び散って来る。周りの守護師たちも一斉に防御態勢に入った。
「ぐぐっ……くそっ! それにしても、あいつはなんで急に暴走したんだよ。何がどうなってんだ!」
しかめっ面の光太が膝を地に突きながら上を見上げている。勇一も横で同じような顔をして見上げていた。この二人からすれば巻き込まれているとう感覚なのだろう。そんな二人の態度が気に入らないのか、準が顔を赤らめて光太に詰め寄った。
「何を他人事みたいに言うてんねん! あの魔霊に親友を殺されたって知ったからに決まってるやろ!」
「はあ!? 殺したって、八下の狭間家のことだろ! あいつ、守護師のこと何も知らなかったのに、なんで友達だったんだよ!」
「そんなもん俺も知らんわ! けどな、あの怒りようを見たらどんだけ大事な友達やったかっちゅうんはわかるやろ! そんな気持ちはお前もようわかるんとちゃうか? 二之丸家の先代に親父を殺されたと思って怒ってたお前らにはな!」
「で、でもそれとこれは……」
ここで舞美子の不敵な笑みがさらに強烈になっていき、高速回転をした彼女の頭脳が事の結末を導き出す。このタイミングを見計らっていたのだ。舞美子の策が動き出す瞬間でもあった。
「もし、あんさんらのどっちかがあの魔霊に殺されたらどうしはる?って話やなぁ。大切な人の命を奪われて、それでも平常心でいられる自信はあるんかぁ?」
「それは……」
冬馬に怒りをぶつけた彼等が口籠ってしまうのは当然だろう。舞美子は内心ほくそ笑みながら会話を続ける。
「仮にうちの妹が魔霊に殺されたとしたら、いくらうちでも冬馬君と同じように発狂してしまうかもしれまへんなぁ。あんさんらもお父さんの事でえらい心を乱してたからなぁ」
「んぐぐ……」
舞美子の言葉に光太と勇一はお互いの顔を見合わせてから、またもや言葉に詰まった。彼等もまた大切な存在に死なれた人の気持ちがよくわかるはずだ。
ここで準がハッとした顔をして舞美子を見た。舞美子はそれに強烈に放った不敵な笑みで返すと、準は力強い目で軽く頷いた。どうやら準は舞美子の意図を悟ったようである。
それから準は光太と勇一をグッと睨んだ。
「冬馬はな、いきなりお前らに親父さんを殺されたって言われても、あいつはお前らの想いを受け止めたんやぞ? 普通やったら八つ当たりもええところやのにな。あいつの大事な人っていうか、人の死に対する想いはお前らが考えてる以上に強いと思うわ。その冬馬が自分を見失うぐらいに発狂してるんは、それだけあいつにとってめっちゃ大事なことやったと俺は思うんや」
「…………」
光太と勇一はお互いが殺されたことを想像でもしたのだろうか。口を真一文字にして何も言葉を発しなかった。
「俺もまだあいつと会って間もないけどな、あいつの気持ちはわかる気がすんねん。あいつアホっぽいけど、気持ちええぐらい真っすぐやねん。純粋過ぎるぐらい真っすぐやねん」
準は一瞬目を瞑り、そしてカッと目を見開いた。
「お前らは冬馬に救われたんやろ? そやったら、今自分が出来ることは何かないんか、足りへん頭でちょっとは考えろや!」
最後は顔を真っ赤にしながら、そして目も真っ赤にしながら準は叫んだ。恐らく冬馬が暴走しても止められもせず、何も出来ずにただ見ているだけの自分に腹が立っているのだろう。未だに暴れるように魔霊秀吉に挑んでいる冬馬を、歯を食いしばりながら見上げている。
「俺たちに何か出来ることなんてあるのか……」
「あまりにもレベルが違い過ぎるのに……」
光太と勇一が振り絞るように発した言葉を、舞美子は満足そうに見ていた。もう舞美子がどうこう言うこともないだろう。後は準に任せるだけだった。
そして準も舞美子の想いを理解していたようだ。おもむろに口を開く。
「お前らは忘れてへんか? 霊気は人の想いってことをな!」
「あっ!」
光太と勇一は思わず顔を見合わせた。
「冬馬の目を覚まさせるには、この中やったら俺が一番適任や。でも俺一人やったら力不足や。せやから、お前らはサポートしてくれるだけでええ。頼む。この通りや」
準は立ったままだったが深々と茶色に染まった頭を下げた。
「そんなこと言っても魔霊はどうすんだよ。俺たちにどうこう出来る相手じゃないんだぞ?」
勇一の言葉はごもっともだろう。だが舞美子の頭の中には既に策が構築されている。
「それは心配せんでよろしいわぁ。うちが太閤はんの気を引くさかい、あんさんらは冬馬君に集中したらええわぁ」
「守護霊を使うのか?」
「いや、守護霊はまだ使わへん。いざっていう時までなぁ」
「どうしてなんだよ。これだけの名家の当主がいるんだ。守護霊を使えばあっという間に終わるんじゃねえのかよ」
「守護霊を使うた戦いになれば冬馬君の身にも危険が及ぶ可能性があるさかい、今はまだ使われへんのやぁ。まあ、それでもどうしようもなくなったら守護霊召喚するさかい、思いっきりやってくれたらええわぁ」
「はい!」
光太と勇一はまだ不服そうな顔をしているが、準の大きな返事を満足そうに見た舞美子は美姫へ振り返る。その美姫は睨みつけるように舞美子を見据えていた。
「舞美姉さん、本気なの!?」
「美姫様の従者を勝手に使うて申し訳ありません」
「そういう意味じゃなくて! バカたちはともかく、準はまだ半人前の守護師なのよ!?」
「そやけど、今の冬馬君に対して『助けたい』っていう想いを抱いている守護師は、あの子が一番強いと思います。残念ながら、うちら名家の誰がやってもいまいち効果は薄いと思われますので」
「……でも、やっぱり守護霊無しで魔霊を相手にするのはリスクが高すぎるわ」
「今の太閤はんなら通用します。だからこそ、今のうちに早く決着をつけたいと思うてます」
何か不満がありそうな美姫だったが、それ以上は何も言わなかった。恐らく、舞美子の言っていることが正論と理解しているからだろう。目覚めたばかりの悪霊は動きが鈍い。それは魔霊とて例外ではないのだ。それでもまだ不安そうな晴れない顔の美姫に、舞美子は一つ大きな溜息をついてから怖いぐらいの厳しい顔つきになった。
「美姫ちゃん、うちはな……。あれからの四年間ずっとこの瞬間を待ってたんや。この時を逃せば、あと何年待たなあきまへんのや? いや、こんなチャンスはもう来いひんかもしれまへん。もし今回の件が全て上手くいくんやったら、うちは別に命なんか惜しくありまへんのや。刺し違えてでも、というぐらいの覚悟でうちは臨んでるんや」
「――!」
美姫は目を見開いて舞美子を見つめた。
「もちろん、簡単に死ぬつもりはありまへんけどなぁ」
そう言って舞美子はようやく表情を崩してにこりと微笑んだ。
舞美子はあえて普段の喋り口調で語ったのだ。これが美姫には一番伝わりやすいからだ。長い付き合いの美姫には舞美子が本気でそう思っている事がわかるのだろう。不安気な顔からキリッと表情を引き締めた。
この場面はミスが許されないのだ。不安を抱きながら戦っていては、普段の力が発揮されない。不安を打ち消すには、それ以上の強い感情を持たせればいい。舞美子はいつも現場ではそう考えながら周りの人間を見ている。生死を懸けた緊張感を持って挑まなければいけないと判断したのだ。
だが、その本気は他の親しい者にもしっかりと伝わってしまった。
「舞美姉、今の話ホンマなんか?」
いつもの舞美子の様子と違うことに、妹の明日美はすぐに気付いたようだ。冬馬と魔霊秀吉の方を見て防御壁を維持しながら背中越しに話し掛けてきた。
「聞いてたんか?」
「うん。美音もな」
明日美の横で美音が項垂れている。すでに目からは涙が溢れていた。美音がこの状態なので明日美が代わりに障壁を維持していたのだ。
「舞美姉ちゃん……死んだら嫌やあ」
「美音……。うちら守護師はなあ、時として命と引き換えにしてでも成し遂げなあかんこともあるんやで。わかってるやろ?」
舞美子がいつもの口調で優しく美音の頭を撫でたのだが、それでも美音の涙は止まらなかった。困った顔になった舞美子の代わりに、明日美がボソッと呟いた。
「あたしは舞美姉が死ぬなんて考えられへん……」
背中越しで顔は見えないが、体を震わせながら今度は大きな声で叫んだ。
「あたしがそんなことさせへん! 美音っ! あたしらが舞美姉を守るんや! 何泣いてんねん! お前はそれでも根石家の血を引いてるんか! 情けないなあ! お母さんが見てたらお仕置きもんやで!」
「はうっ!」
体をビクッとさせた後、美音は両手で涙を拭いた。
「んむむむ……う、うちだって舞美姉ちゃん守るもん! 明日美に言われんでもわかってるもん!」
「そやったらそんなとこで泣いてんと、こっち来て障壁張れや! そんで、舞美姉と一緒にあいつ倒すで!」
「明日美に言われんでもわかってるって言ってるやろ!」
美音はそう言って明日美の横に並んで再び障壁に霊気を送り始めた。
(アホ言いな。うちがあんたらを残して死ぬわけあらへんやろ)
舞美子は心の中で文句を口にしたが、内心は嬉しかった。まだまだ子供だと思っていた明日美が、この局面での守護師らしい言動に感極まりそうになった。だが、舞美子の性格がこの場面で涙を見せるということをさせなかった。
今は魔霊との戦闘中である。舞美子の意識は常に今、何をすべきかを優先的に考えるように思考が働くのだ。根石三姉妹で魔霊秀吉の気を逸らすとして、あとは準一人だと心許ない。光太と勇一を含めた三人でやるのがベストだと考えていたが、無理強いも出来ない。想いをぶつけるには、当然ながら強い意志が無ければ成り立たないのである。
舞美子の意図を理解している準が、根石姉妹のやり取りを見ていた光太と勇一に睨みを利かした。
「お前らはどうすんねん。お前らよりも年下の女の子まで魔霊と戦う言うてんのに、傍観者っちゅうわけにはいかんやろ」
「おいおい、お前正気か!? 相手は魔霊なんだぞ!」
「それがどないしたんや」
光太の問いにも動じることなく準が答えた。それには光太が苛立った表情をした。
「……ちっ! 俺たちは名家でも何でもねえんだよ、くそが! 他の守護師がどうなろうと知ったこっちゃねえ!」
「何やお前、冬馬に助けられたくせにあいつが困ってる時は助けたらへんのか。お前らはそこまで腐ってるんか!」
「んぐ……!」
「正直言って助けたいのは山山だけど、あの魔霊相手に俺たちは手も足も出ないんだぞ? それこそ名家の連中がやればいいじゃないか」
言い返せない光太に代わって勇一が反論した。勇一の言う事はもっともだろう。この三人と魔霊とでは力が違い過ぎるのだ。むざむざと命を捨てるようなもんだとでも言いたげである。
ここで舞美子も説得に加わる。
「それは出来ひんのやわ。うちらが出るとなれば他の当主たちは必然と待機になる。名家の守護師が一斉に魔霊に飛び掛かって万が一のことがあれば、それでこの日本という国は終わる。この意味がわかるやろ?」
「……くっ!」
舞美子の言葉は嘘ではなかった。守護師として絶対的な力を持つ名家の人間が一斉に魔霊と戦うことはない。なぜなら、その身が滅べば人間にとって強大な害悪である魔霊から救える守護師がいなくなるからだ。特に主家である犬走家と望楼家は滅多なことでは単独で戦うことはない。それだけ守護師は命を大事にしながら命懸けの戦いに挑んでいるのである。
「生憎、雪ちゃん以外の八下の守護師は神社を取り囲んで防衛線を張ってくれてる。他の当主たちの従者もここにはおらん。そうなると、あんさんらしか頼る守護師がおらんのや」
「俺たちが犠牲になれって言うのか……」
勇一は下を向いて項垂れてしまった。光太も唇を真一文字にして黙ってしまった。そんな二人に準が耐え切れずに感情をぶつける。
「アホ言うな、俺らは捨て駒やない! 何かあったら当主様たちが絶対に助けてくれると俺は信じてる。それにな、俺は自分をこの戦いの戦力やと思ってる。こんな俺でも役に立てるんやったら何でもしたる! それが美姫さんへの恩返しにもなるしな」
「お前、死ぬのが怖くないのか?」
「そんなん、怖いに決まってるやろ」
よく見ると、準の体は小刻みに震えていた。それでも必死に握り拳にした手に力を込めて堪えている。
「でもな、そんなん考えとったら守護師は務まらん。俺も守護師なんや。『月影』の魂は持ってるつもりや。お前らも守護師の端くれやったら覚悟決めろや!」
「――!」
光太と勇一は顔を見合わせて頷いた。
「先に行くわ!」
そう言って準は明日美たちが張っている防御壁の前に出て行った。
「くそっ! もうこうなったら自棄だ! どうなっても知らねえからな!」
「仕方ない……。あいつに借りを返してやるよ!」
飛び出して行った準を追いかけるようにして、光太と勇一もその後に続いた。それを見送った舞美子もすぐに行動に移す。
明日美に障壁の解除を命じ、そして腰に差している刀を手に持った。その顔はいつもの不敵な笑みに戻っている。
「美姫様と月也様もいざという時は守護霊召喚をお願いします」
「それは問題ありませんが……なるほど、確かに彼ならば『想い』は大丈夫でしょう。しかし、霊力不足は否めませんよ?」
月也は準の背中を見つめながらも表情は崩さない。揶揄しているわけでもなく、感じている事を言っているだけだろう。
「仰せの通りにございます。ですが、今は緊急事態故に致し方ないかと。足りない分はうちが補います」
「最初からあなたがやればいいのでは? 私から見れば、恐らくこの中で思い入れが強いあなたが一番適任ですよ。二之丸家先代の弟子とも言えるあなたがね」
これにはさすがに舞美子もピクリと瞼が動く。
「……ですが、若い力を育てるのも我等当主の使命ですから」
「フフフッ、この局面でそこまで考えているのはさすがですね。わかりました。もう意見は挟みません。あなたの思うようにやってください。今回は協力を惜しみせん」
「ありがとうございます」
舞美子は少しだけ胸を撫で下ろした。いくら舞美子が策を講じても主家の月也が却下すれば意味がない。情報を入手するまでは、まだ守護霊召喚は使いたくなかったからだ。守護霊召喚という、いわば取って置きの“奥の手”を早々に使うと後の策が組み立てにくくなるのも確かなのだ。
守護霊召喚とは誰にでも出来るものではなく、ここ『守護之御魂神社』で『召喚の儀』によって戦国武将の魂と盟約を結んだ守護師しか使えない術である。
守護師が守護霊と盟約を結ぶには、戦国武将の魂に認められなければならない。それには色々な条件があると言われているのだが、こればかりは戦国武将が決めることなので定かではない。ただ、言えることがあるとすれば、霊力の強さは最低条件だと言われている。
守護霊となった戦国武将の魂は、守護師の霊力によって実体化が可能になる。そしてその力を遺憾なく発揮出来るのも、守護師の霊力によって可能になるのだ。つまりは自分の力を発揮するには、守護師の霊力が大きくなければならないという事が大前提なのである。そして、天下に名が轟くような戦国武将の魂は、そのカリスマ性によって集まって来る霊気の量も桁違いに多くなるのである。
この場にいる名家の当主たちはそれぞれに守護霊と盟約を結んでいる、いわゆる「守護霊持ち」と呼ばれる守護師なのだ。名家は持って生まれた霊力が大きいが故に、守護霊持ちになる守護師がほとんどなのである。
舞美子が打って出ようとした時、美姫の様子がおかしいことに気付いた。
「どういうことなの……」
美姫が眉を顰めて舞美子の顔を見る。美姫がこんな顔をするのも珍しいので舞美子の足も止まった。
「どうしたのですか?」
月也も訝しげな顔で美姫を見ている。
「……守護霊が反応はしてるんだけど、なぜか応えようとしないのよ」
「――!」
舞美子も試しに念じてみたが、やはり美姫と同じだった。月也の顔を見ると、こちらもまた守護霊の反応がおかしいようだった。
守護霊召喚には霊気を伝って守護霊の魂に呼び掛ける。その反応を確認したのち召喚の技に至るのだが、前段階で守護霊の魂に何か異変が生じているようだ。舞美子もこんなことは初めてだった。
「どういうことでしょうか?」
「うーん……」
「他の当主たちも同じなのかしら?」
「うーん……」
月也と美姫の問いにもはっきりと答えずに、舞美子は刀を脇に挟み、腕を組んだ状態で左手の指で髪を弄り出した。それを見た美姫と月也は黙って舞美子の挙動をじっと見つめている。恐らく、舞美子の表情から不敵な笑みが消えているからだろう。
その時、舞美子は頭の中であらゆる可能性を巡らせていた。さすがの舞美子でもこういった事態は今までに経験がなかった。そもそも守護霊は召喚すると必ずと言って良い程、実体化して姿を現すのである。盟約を結んだ守護霊は守護師と絶対的な信頼関係にあると言っていいのだ。何か不測の事態が起きている。そう考えるのだが、思い当たる節が無い。
確かに美姫の守護霊は癖があり、美姫も手こずっている節が度々あった。だが、魔霊秀吉の登場でこの状況を黙って見ているような守護霊ではないことを舞美子もよく知っている。その守護霊がそれでも、あえて応えないのである。何か都合が悪いことでもあるのか、それとも何かしらの事情でもあるのか。
それでもやはり、その答えは舞美子にはすぐに出て来るのである。
「まさか、待ってはるんか……!」
「えっ!? 待ってるって何を!?」
美姫が答えを急かすように聞いて来るが、舞美子はまだその続きに思考を巡らせていた。そしておもむろにまた口を開いた。
「恐らくは冬馬君の目覚めを待ってはるということです」
「目覚めって、どうして……!」
「それはひょっとして、先代と何か関係があることですか?」
月也の目が細くなり鋭く舞美子を見つめた。
「これは『相承の儀』に関わることかも知れません。恐らくは……としか言いようがありませんが」
「――!」
舞美子の言葉に美姫はともかく、月也でさえ驚きの表情を隠さなかった。
『相承の儀』とは当主の権限を含めた、その名家代々の力を跡取りに付与する儀式のことである。本来なら生きているうちに行われるのが一般的だが、二之丸家に関しては先代はもうこの世にはいない。どうやって行われるかは先代の想いによるのだが、当然ながら他の当主では知り得ることは出来ない。
「確信は何も御座いませんので、これは私の推測に過ぎません」
「何言ってるの、舞美姉さんの推測ならわたしは信じるわ」
「私もあなたの推測を信じましょう」
美姫と月也の言葉に頷いて応えると、舞美子はふと夜空を見上げた。そこには満月が変わらず粛々と輝いている。
(あんさんの力を借りようと思うてたけど、もう少し先になりそうやわぁ)
舞美子の表情がほんの少しだけ苦笑いに変わる。
「それで、どうするの?」
「何も変わりません。それならば、召喚せずに方を付けるまでです」
美姫の問い掛けに舞美子はそう答えると、いつもの不敵な笑みを浮かべた。
「ほんなら、うちらも行こかいなぁ。明日美! 美音!」
「はい!」
二人の妹の心地良い返事を聞くと、舞美子は身体強化を強めて魔霊秀吉へと目を移した。
(それにしても守護霊はんも厳しい試練を作ってくれはるなぁ。冬馬君だけやなしに、うちらのことも試してるんやろかぁ)
舞美子は心の中で自分の守護霊に対して恨み節を零した後、また目線を地上へ移すして駆け出して行った準たちの背中を目で追った。
ここまで読んで頂き、ありがとうございます!
更新が遅くなっていましたが、これからはまた定期的に出来ると思います。
どうぞ、これからも『月影の守護師』をよろしくお願いします!




