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月影の守護師  作者: ドッグファイター
第一章 守護師覚醒編
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37話 魔霊秀吉の深謀

冬馬がもがき苦しんでいる頃、他の守護師たちも動揺が広がっていた……

 二之丸冬馬が友人の死の真相を知って混乱している頃、この戦いの指揮を任されていた根石舞美子にも心情の変化があった。




 ◇◆◇◆◇◆◇◆




 舞美子は魔霊秀吉の口から『狭間(さま)直輝(なおき)』という名前を聞いて、思わず顔を(しか)めてしまった。滅多なことでは冷静さを失わない自信は常日頃(つねひごろ)からある。だが、この時ばかりはさすがに渋面(じゅうめん)の色を隠せなかった。魔霊秀吉の狙いが最初から冬馬だったことにたった今、気付いたのである。


「しもた! 美姫様、冬馬君を!」


 だが、すでに遅かった。


「まさか!?」


 美姫も何かに感付いて舞美子へ振り向いた時だった。舞美子と美姫の間を割るようにして、冬馬が凄まじい勢いで前方へ飛び出して行ったのだ。


「あっ! 待ちなさい!」


 冬馬は美姫の言葉を無視してそのまま駆けて行くと、上に大きく飛び上がり魔霊秀吉に向かって突っ込んで行った。薄黒く光る身体強化をした体のその軌道は一直線に伸びていき、まるで砲身から勢いよく放たれた弾丸のようにグングンと加速していく。


「冬馬! 急に何しよんや! 無茶するなって!」


 準の大きな声でも冬馬には届かない。冬馬が振り返ることはなく、その声は空しく響き渡るだけであった。

 そもそも準にはなぜ、冬馬が『狭間直輝』という名を聞いて飛び出して行ったのかわかっていないのだろう。この中で事の真相を知っているのは、舞美子を含む名家の当主たちだけなのだ。名家以外の守護師で四年前に何があったのか、詳細を知る者はいない。なぜなら機密事項として扱ってきたからである。


「どないしたんや、冬馬……」


 準は力なく呟くと、遠くなっていく冬馬の背中をただ眺めているだけだった。追いかけて止めようとはしない。そんなことは無理だとわかっているのだろう。


 冬馬が今、どんな状況に陥ってしまっているのか。舞美子は気付いている。駆け出して行った時の冬馬の表情を見逃さなかったのだ。鬼の形相で一点を見つめたまま、その目は完全に血走っていた。それはまさに先程の光太と同じ症状であった。


「うちとしたことが、想定してへんかったわけやあらへんのに……」


 舞美子は少しだけ後悔した。この状況は全く考えていなかったわけではない。魔霊秀吉が光太に憑りついたことで、あらゆる可能性を考慮していたにもかかわらず、結果的に虚を突かれてしまった。それまでは光太や勇一に対して、直接的に体を狙った強硬手段をとっていた。それが今回は冬馬の心を揺さぶりに来たのである。いずれも直接的に狙っていたのはこの為だったのだろう。全ては冬馬に負の感情を引き出すための布石だったのだ。まんまと秀吉の術中に嵌った形になってしまった。


「まさか、その手で来るとはなぁ」


 そう呟いた舞美子は、自分の声がいつもとは違う少し低いトーンの声色で気付いた。思わず顔にも負の感情が出てしまっていたのだ。舞美子はすぐにいつもの不敵な笑みに戻っていく。こういった表情を周りに見せると、不安を煽ってしまうこともあるからだ。

 舞美子は常に不敵な笑みをすることを心掛けていた。いつも同じ表情をすることで、自分の精神状態が常に平常心になるようにしているのだ。それに、不敵に笑うことは余裕があるようにも見えるので、周りには安心感を与えることも出来る。


(うちもまだまだ鍛錬が足りまへんなぁ)


 表情を崩してしまったことを、またも後悔した。


 舞美子が自戒の念を込めた言葉を頭の中で(ささ)いた時には、すでに冬馬が魔霊秀吉にコンタクトする瞬間だった。その単身で飛び込んで来た冬馬を、魔霊秀吉はニヤニヤしながら相手をしている。タイミングを見計らって刀を冬馬に目掛けて振り上げた。


「ギャハハハハハッ! そうじゃ、そのまま力を込めて来るだがや!」


 豪快に笑いながら振り下ろした刀は冬馬の突き出した右拳とまともにぶつかり、「ガシッ!」という鈍い音と「ドンッ!」という音が入り混じった轟音が響き渡る。その光景を舞美子はただ、見つめるだけであった。


「自我喪失してもうたか……。あの太閤はんの狙いはこれやったんやなぁ」


 冬馬は自我を失い、本能の赴くままに動いているのだ。これまでに守護師や霊感の強い一般人が、負の感情によって自我を失った姿を何度も見てきた者ならばすぐにわかるのである。

 恐らく、冬馬の頭の中には直輝に対する復讐心が芽生えてしまったのだろう。大切な友を目の前の魔霊に殺されたと知って、負の感情に呑まれてしまったに違いない。


 実のところ、舞美子は冬馬のことをずっと監視してきたのである。だから、冬馬の事を良く知っていたのだ。

 従家(じゅうけ)が一家である二之丸家の血を引く冬馬は、守護師界にとって非常に重要な存在なのだ。先代が亡くなってからずっと空席だったことで、何かと弊害が生じていた。色々と紆余曲折はあったが、ようやく冬馬を二之丸家当主として迎え入れられる状態になり、舞美子は色々な策を講じてやっとここまで辿り着いたのである。この機を無駄にするわけにはいかないのである。

 だが、事は慎重に運ばなければならない状況だ。かと言って時間を掛けていると冬馬の自我が戻らなくなるかもしれない。的確な判断と迅速な行動が求められる、極めて難しい状況と言えるだろう。それでも舞美子は悲観していない。逆に、こんなイレギュラーでも難なく対応するのが自分の真骨頂だと自負している。舞美子はすぐさま気持ちを切り替えて新たな策を考え始める。


 今はとにかく冬馬の暴走をどう食い止めるかが問題なのだが、舞美子はすぐには指示を出さず動こうとはしなかった。他の守護師たちも舞美子と同様の考えなのか、冬馬を助けには行かずに傍観している。これは暴走した守護師だけならばともかく、厄介な魔霊もいるので一筋縄ではいかないからであった。闇雲に両者の間に割って入っても、結局は三つ巴になってしまうのだ。特に力のある魔霊と名家の守護師が全力で戦えば、周囲に与える影響は計り知れない。こういったケースが一番難しいと、当主たちは今までの経験則で知っているのである。

 だが、何もしようとはしない舞美子たちに、準が苛立ちを隠さずに噛み付いて来た。


「冬馬が自我喪失ってどういうことですか! それやったら、冬馬が危ないってことでしょ!? なんで何も指示を出さへんのですか!」


「落ち着くのよ、準!」


 準が喧嘩腰の勢いで舞美子に迫ったところを美姫が(いさ)める。いくら主家(しゅけ)の従者と言えど、名家の人間に意見をするのはご法度(はっと)なのだ。この守護師界は縦社会の序列で成り立っていて、その関係性は非常に厳しいのである。

 それでも舞美子は平静さを失わなかった。怒るわけでもなく、当然ながら(ひる)むこともない。逆に準の気持ちは痛いほどわかるのだ。だが、こういったケースは感情で動いてはいけないと舞美子は心に決めている。これもまた今までの経験則からそうさせているのである。


「すみません、美姫さん。でも、やっぱり冬馬を助けて欲しいから! 俺じゃ冬馬を止めることすら出来へんし……! なんでみんな黙って見てるだけで助けに行かないんですか! 新入りの冬馬のことなんかどうでもええってことですか!」


「言い過ぎよ! 準、いい加減にしなさい!」


 準が主である美姫に口答えをするのは珍しい。準は美姫のことを崇拝していて従順なのだ。そんな準が感情を(あらわ)にするのは、彼がまだ守護師としての経験が浅いことを物語っている。厳しい戦いの中で守護師には平常心が求められるのである。

 それでも舞美子は準を諫めようとはしなかった。


「美姫様、(かま)やしまへん。うちらが動かへんのはほんまのことですから。そやけど、今は迂闊(うかつ)に動いたらあきまへん。冬馬君を確実に助けるためにもなぁ」


 この場面での優先順位は、冬馬を助けることが一番なのである。

 舞美子はあらゆる可能性を頭の中で巡らせながらも、冬馬と魔霊秀吉から目を離すことはない。ちょっとした挙動や変化を見逃すわけにはいかないのである。それによって打つ手も変わってくることも多々あるのだ。だが、舞美子の頭の中ではすでに冬馬を助ける策が浮かんでいた。

 そんな舞美子の心情を理解したのか、準は少し落ち着いた表情に戻って舞美子と同じ方向を見つて口を開いた。


「……俺には何が何やら、さっぱりわからないんですよ。あれがどういうことか教えてもらえませんか?」


「冬馬君が自我を失ったんは、直輝君っていう子があの太閤はんに殺されたと知ったからやわぁ。直輝君はなあ……冬馬君の親友やった子なんやぁ」


「えっ……!」


 準は絶句して宙を見つめた。直輝が冬馬の親友だったということだけで、この状況を理解出来たのだろう。準にも冬馬の気持ちがわかるのか、何も言えないでいるようだ。終いには涙目になっていた。

 それを見た美姫が諭すように、準へそっと優しく語り掛けた。


「今、わたしたちが飛び出して行っても返って危険なのよ。二之丸君だけじゃなく、魔霊も相手にしないといけないから。暴走した守護師を抑えるだけでも大変なのを、あんたはもうわかってるはずでしょ?」


「…………」


 準は恐らく光太の事を思い出しているに違いない。何も言わずに、ただ唇を噛んでいる。


「舞美姉さんに任せておけば大丈夫よ。それで今まで色んな危機を乗り越えてきたんだから」


「……わかりました。生意気なこと言うて、すんませんでした」


 準は深々と頭を下げた。


「謝ることあらへんわぁ。冬馬君が自我を失ったんはうちの思慮が足りひんかったせいやぁ。堪忍やでぇ」


「そんな……! 俺なんかに謝らんといて下さい。それより、俺に何か出来ることがあったら何でも言うてください!」


「おおきに、頼りにしてるわぁ」


 舞美子はそう言って再び思考を巡らせる。

 どうやって冬馬を正気の戻すかが全てである。光太の時のように、水気の霊気で祓うにはそれ相応の霊力が必要になる。それは名家当主の力があれば充分可能なのだが、ただ水気の霊気を放つだけでは万全とは言えない。一番肝心なことは『想い』を乗せることなのだ。それをどのようにして実行するかなのだが、冬馬が自我を失った直後にはすでに策は決めていた。後はそれに向けてどう事を運ぶかだけなのである。


 それにしても魔霊秀吉があのタイミングで『狭間直輝』の名前を出したのは、それで冬馬の心を揺さぶることが出来ると知っていたということになる。守護師の固有名詞を覚えているか怪しい魔霊秀吉が、はっきりと狭間直輝の名前を憶えているのは違和感があった。これまでの会話の中で名家の守護師の名前を言ってはいない。それなのに、『狭間直輝』の名前だけ発言したことが意図的であったのは間違いないだろう。


「太閤はんは、あの二之丸冬馬君の存在を知ってはったってことやなぁ」


「えっ、どういうこと!? 直輝君との関係を知ってたから、わざと直輝君の名前を出したってことなの!?」


 舞美子へ投げ掛けた美姫の疑問に答えたのは、じっと戦況を見守っていた望楼月也だった。


「そういう事にことになりますね。どうやら太閤さんは最初から二之丸冬馬君が狙いだったようです。あわよくば、彼に乗っ取って二之丸家を潰す算段なのでしょう」


 月也もまた、舞美子と同様に魔霊秀吉の狙いが冬馬だと睨んでいるようだ。彼は舞美子と同じようなタイプの守護師で、非常に思慮深い人間である。恐らく自分と同じような見解でいるに違いないと舞美子は考えている。


「さすがは月也様。こんな状況になって面目御座いません」


「いや、私も気が付いた時にはすでに彼が飛び出して行った後でしたから。仕方ありませんよ」


 月也は表情を崩すことなく、淡々と話している。すでに関心は冬馬へと向いているのだろうか、じっと上を見据えたままである。その後ろで月也と同じように、本丸家と三之丸家の当主二人も黙って戦況を見つめていた。こちらの二人は月也の指示が無い限り、自らの意思で行動はしないだろう。この戦いの指揮を任せられているのは舞美子なのである。舞美子が指示を出せば、この場にいる守護師たちは動くのだ。多少の危険は伴っても確実性が求められる状況だ。今はその確実性を上げることだけを舞美子は考えていた。

 その冬馬は舞美子たちが話している間にも、またも素手で魔霊秀吉に襲い掛かっていた。


「フンッ! そんなもんでワシが倒せるとでも思うちょるんかあ?」


 にんまりと笑う魔霊秀吉に冬馬の攻撃は止められた格好だったが、冬馬の右手に再び膨大な霊気が集結し始めた。その右手の小指には指輪が嵌められている。冬馬は(あらかじ)め“右指輪”をした状態で飛び出していたのだ。


「ギャハハハッ! そうじゃそうじゃっ! もっと力を込めんとワシァ倒せにゃあてなあ!」


 冬馬が集める大量の霊気を物ともせず、魔霊秀吉は面白くて仕方ないような笑顔で冬馬を挑発している。


 舞美子の見解では、魔霊秀吉はまだ本気で戦っていないと見ている。二之丸家を潰すことが最大の目的なのだろうが、魔霊秀吉はまだ目覚めてから間もない。実体化もまだ安定していないはずである。

 魔霊は数年から数十年という長い時を掛けて霊気を集め、じっくりと力を蓄えるのだ。だが、今回の魔霊秀吉の登場は前回からまだ四年の月日しか流れていない。それなのに色々な策を講じて、こうして実体化して出現させたのだ。封印するには願っても無いチャンスなのである。

 だが、それは魔霊秀吉もわかっているに違いない。だからこそ今は冬馬に霊気を存分に使わせて疲弊させ、それから冬馬の体を奪うつもりなのだろう。その為に冬馬の抱いている負の感情をもっと増大させて抵抗力を削いでいる段階なのだ。

 名家の体は魔霊にとっては又と無い(うつわ)なのである。舞美子は何としてでも食い止めなければならないとは思うのだが、まだ動くに動けない状況だった。まだ万全ではないからである。

 魔霊秀吉はそれを知ってか知らずか、青い霊気を刀に集め始めた。


「あっ! 舞美姉さん、霊気が!」


 美姫の叫び声を聞くまでもなく、舞美子も危険を察知して透かさず妹へ指示を出す。このままでは冬馬と魔霊秀吉の霊気が飛び火して、守護師たちに被害が出るかもしれないからだ。


「美音!」


「う、うん!」


 美音が舞美子の意図を悟って防御壁をさらに大きく作り上げようとした。

 しかし……。


「あ、あれ!?」


 なかなか上手くいかなかったのである。美音は少し焦り始め、顔を徐々に強張らせていく。

 霊気を操るには精神状態が非常に重要になる。気が散漫だったり、怯えや不安があると霊気は思うように言うことを聞かないのだ。逆に怒りや憎悪が強すぎても霊気に呑まれてしまう。守護師とは、常に平常心を維持しながら戦わなくてはならないのである。


「なんで上手く出来ひんの!?」


 さらにパニックになる美音は、段々と泣きそうな表情になって行く。白く光った防御壁は逆にじわじわと小さくなっていった。

 美音がこうなったのは、先程の舞美子の表情を見てしまったのかもしれない。普段は妹たちには見せないような渋面だったので、美音は不安になって動揺しているのかもしれなかった。


(やっぱり、顔に出したらあきまへんなぁ)


 そして舞美子はまた後悔したのであった。




ここまで読んで頂き、ありがとうございます!


主人公の意識が無くなったので、ここからは舞美子視点でお送りいたします。次話はなるべく今週中にはと考えておりますので、今後ともよろしくお願いします!

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