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月影の守護師  作者: ドッグファイター
第一章 守護師覚醒編
31/67

31話 人の想い

明日美と美音の二人が悪霊を倒していく。

そして舞美子が次にとった行動とは……

 二人の小柄な少女が動きの戻った悪霊を圧倒している。そもそも悪霊とて実体は霊気なので人外なのだ。常人には到底太刀打ち出来ない存在なのは間違いないのだが、この二人はそれを物ともしない。

 明日美は小柄な体を機敏に動かし、霊気で模った自分の身長よりも長い槍を豪快に振り回している。 

 美音はツインテールの髪を左右に揺らしながら両手をいっぱいに広げ、花びらの川を自由自在に操っている。その後ろ姿はまるで躍動するオーケストラの指揮者のようだ。

 明日美と美音が悪霊を次々に消滅させていると、舞美子は満足そうに見つめてから次の行動に出た。


「それでは美姫様」


 舞美子のその言葉に美姫が無言で頷いた。

 先程から見ていると、どうやらこの戦いは舞美子の指揮で動いている。全て舞美子が指示を出し、皆がそれに従って動いている。それほどまでに美姫をはじめ、皆が舞美子に全幅の信頼を寄せているということなのだろう。


「準」


 美姫の一声で後ろにじっと控えていた準が「待ってました!」と言わんばかりの顔で弾むようにやって来た。それは指名された喜びを表現するかのようで、美姫の前に出ると膝を突いて屈んだ。無論、背を向けてである。準の背中にある『犬』の紋に美姫がそっと手を触れて言霊(ことだま)による唱事(となえごと)の詠唱が始まる。


《犬走家当主の権において汝に命ずる 其の力を以って悪霊を滅せよ》


 これは先程舞美子が行ったのと同様の唱事で、(あるじ)の加護を受けた者への力の付与である。やはり準も同様に体が輝きを増していき、黄色の閃光が周辺を鮮やかに彩る。


《承知!》


 準は首から下げたスターネックレスを躍らせるように立ちあがると、美姫の少し前に立って辺りに目を配る。しばらくすると周辺からぽつぽつと新たな悪霊が出現し始めた。


「へへへっ! こっからは俺のターンや!」


 今まで大人しかった準が生き生きとした顔でニヤついた。握りこぶしを作り、目を細めて集中し始める。


《我が魂に集いし者たちよ その姿を金気(ごんき)へと転じ 我が刃となれ!》


 準は霊気で白く光る刀を模造すると、それをバツの字を描くように二度ほど素振りする。それから両手で刀を持つようにして身構えた。

 準は美姫から指示が出るのを待っていたようだ。本来の準なら不安になっている冬馬の横で色々と話し掛けて勇気付けていたに違いない。だが今は悪霊と戦闘中なのである。これも準が従者として主である美姫に仕える身であるということなのだ。

 闘志(みなぎ)る顔つきの準だったが、意気揚々と叫んだ割には無闇に悪霊へ突っ込んで行かなかった。


「あれ? どうして倒しに行かないんだろう」


「それは美姫様からの指示があるからやぁ」


「えっ!? そんなの何も言ってなかったような……」


 冬馬が美姫の言葉を思い返してみても、唱事で『悪霊を滅せよ』としか言っていなかったはずである。


「あれはなぁ、背中の紋に触れることによって加護を受けた(もん)の力を引き出すことが出来るんやけど、それと一緒に想いも乗せて伝えるんやわぁ。そやから、一々(いちいち)口にせんでもわかるってことやなぁ」


「なほほど……! じゃあ、準はあそこで主を守るというのが指示ってことでしょうか?」


「まあ、簡単に言うたらそういうことやなぁ」


 準はその場に留まるようにどっしりと構え、近寄ってくる悪霊に対して攻撃している。一体ずつを相手に霊気の刀で的確に切りつけて確実に消滅させている。そこには派手な攻撃は無く、ひたすら地味に振りかざすといった(てい)だった。

 それを後ろから美姫がじっと観察している。まるで実技試験でも実施しているような雰囲気さえもある。


「まあ、あの子もまだまだ見習い修行中やさかい、経験を積まんとあきまへんからなぁ」


 そう言われれば納得する部分もある。準が悪霊を退治した時も泰典が色々と辛口の意見をしていた。そう考えると守護師としての経験値は冬馬と(たい)して変わらないのかもしれない。

 舞美子が冬馬から視線を外し、今度は横にいる大きな女性に目をやり指示を出した。


「ほな、雪ちゃん。その怪我してる金髪の子を元気にしてあげてくれへんやろか」


「承知」


 雪は軽く頭を下げてからスッと立ち上がり、左肩を押さえて座っている勇一に近づいていく。揺れる胸に思わず目を奪われた勇一は、顔を赤らめてサッと雪の顔に目線を移した。


「な、何をする……んですか……?」


 雪は無表情だが童顔なのであまり怖い印象は受けない。それでもやはり体が大きいので、迫って来ると迫力がある。勇一のよう一瞬たじろいでしまうのも無理は無いだろう。


「治す」


 雪はぶっきらぼうにそう答えると勇一の後ろに回り込んだ。そして後ろからそっと抱きつくようにして勇一の左腕を雪の左腕で抱え込むように持ち上げた。


「え? えっ!? ちょ、ちょっ!」


 慌てた勇一の顔はさらに赤くなっていく。恐らく今の彼の意識は肩の痛みよりも、背中にあたる柔らかい感触に全神経を研ぎ澄ませているいに違いない。雪の豊満な胸は年頃の青年にとっては意識するなというのは酷である。ただ、勇一はそれだけではない感情を抱いているのかもしれない。どことなく幸せそうな顔をしている。

 だがそんな淡い夢も一瞬のうちに終わってしまう。雪が勇一の左腕をグッと自分の方へ引っ張ると、「ガコッ」という音と共に雪はスッと立ち上がってしまった。


「これで大丈夫」


 勇一が軽く左腕をグルグルと回して見せた。痛みが完全になくなっているようで、表情は晴れやかになったがどこか残念そうでもある。

 無表情で呟く雪は勇一の感情など微塵も気にする様子はない。スッと舞美子の横まで戻り、何事も無かったかのように膝を突いた。

 それとは対照的に勇一はまだ顔を赤らめて嬉しそうな顔をしていた。これは怪我が治ったというよりも、何か他のことで喜んでいるようにしか見えない。

 そんな勇一へ釘をさすように舞美子が睨む。


「肩を脱臼しただけで済みはって良かったなぁ。危うく友達に殺されるところやったんやからぁ」


 舞美子の低い声で発せられた言葉で、勇一は幸せそうな顔から真顔へと変わった。今まさに有事が起こっている現実へと呼び覚まされたのだ。

 舞美子が満足そうな顔で再び冬馬の方へ体を向けた。


「ほな次はあんさんの出番やでぇ?」


「ぼくにどうしろと……」


 舞美子に不敵な笑みで見つめられると、またしても冬馬に背筋が凍るような感覚が湧き上がる。まだまだこの女性の目力と読心術には慣れないのか、冬馬は常にドキドキしてしまう。

 

「さっきも言うたけど、あの子をぶん殴ったらよろしいんやぁ。霊気を使つこうてなぁ」


「で、でもどうやったら……。さっきも言いましたけど術とか使えないですし、殴るだけで何か出来るんでしょうか?」


 舞美子にまた殴れと言われたが、冬馬にはまだ何が何やらわからなかった。

 ここで舞美子が一つ溜息を吐いて、少し呆れるような口調で喋り出した。


「あんさんは霊気のこと、(なん)もわかってやしまへんなぁ。霊気って言うんはなあ、ただ力を使うだけやあらへんのやでぇ?」


「……?」


 霊気について冬馬は悪霊を倒すだけの力だとしか思っていなかった。物理攻撃が効かない悪霊を退治するただ唯一の手段。それが霊気を使って体を強化し、そして霊気を使って倒すこと。それ以外に使ったことがなかったし、それしか思い当たらなかった。

 他に何があるというのだろうか。確かに霊気を使って色んなことが出来るのだと知った。舞美子が心を読んだり、彼女たちがここに来る時に空を飛んで来たのもそういう事だろう。

 そう言えば、準にも似たようなことを言われたことを思い出した。霊気とは車のガソリンとは違う――確かそんな事を言っていたはずである。だが冬馬はまだその意味を理解していなかった。


「それだけやったら霊気の説明になってへんなぁ。今、加護を受けた者に霊気で指示を伝えたん忘れたんかぁ? そもそも霊気っていうんはなあ、死んだ者の怨念やでぇ? 怨念言うたら人の恨む心、それはつまりは『人の想い』ということやぁ。その『人の想い』である怨念を祓うんは、『人の想い』で霊気を使つこうてはろうたらよろしんやぁ」


 舞美子の言っていることは何となく理解出来る。

 光太にありったけの霊気をぶつけられた時、霊気の怨念である『人の想い』に触れたような気がした。心の中を揺さぶるように駆け抜けていった怨念は想像以上に苦しく、やるせなく、そして居たたまれない気持ちになった。それが怨念の『恨み』という『人の想い』なのだろう。

 そして『人の想い』は霊気でも伝わる。だがそれだけで何が出来るというのか。


「それだったら……」


 守護師なら誰にでも出来るのではないか。いや、それこそ霊気を使うことに長けている熟練の守護師の方が適任ではないのだろうか。そういう疑問が冬馬には当然のように出て来た。


「うちらが簡単に出来るんやったら、雪ちゃんがとっくにやってしもうてるわぁ」


 冬馬の心を見透かしている舞美子は会話をすっ飛ばして結論を言っている。冬馬と舞美子にはわかるのだろうが、周りの者は付いて行けないだろう。普通ならそうなのだが、この会話にこの二人も違和感なく割り込んできた。美姫と雪である。


「一つ一つ説明しないとわからないのかしら」


 美姫は相も変わらず冷たい視線を投げかける。そしてそれとはまた違う、無表情の雪も美姫に続いた。


「これは二之丸家の君だから出来ることなんだよ。二之丸家は水気(すいき)の始祖家だからね」


 美姫と雪は冬馬と舞美子のやりとりを全て聞いていたかのように話している。本当はこれも霊気の使い方の一つでもあるのだが、冬馬にはまだ理解が及ばなかった。 


「二之丸家の……ぼくが……?」


 冬馬は頭の中でまだ整理が出来ずに、ただ困惑していた。

 雪は水気の霊気を拳に集めて光太にボディブローを繰り出していたが、結局は無理だったと言っていた。彼女は間違いなく熟練の守護師である。感じたあの霊力と見せた無駄のない動きは、冬馬でもわかるほどの卓越したそれだった。その雪が出来ないとはどういうことなのか。

 光太はまだ(うずくま)っているが意識はあるようで、時折「ううっ……」と低い唸り声が聞こえてくる。その光太を雪は警戒しつつも冬馬に向き直した。


「守護師が怨念に憑りつかれると、それを祓うには半端な水気じゃ限界があるんだ。だってボクは金気(ごんき)の属性だから。水気の真の力を発揮するには、始祖の加護を受けた水気の使い手じゃないと難しいんだよ」


「ぼくがその『水気の使い手』なんですか? よくわかんないな……」


 水気と言われてもよくわからない。そもそも五気の属性もその意味や効果も冬馬は知らないのだから当然である。二之丸家は五気の中で水気の使い手として受け継がれているのだが、無論冬馬は知らない。

 困惑顔の冬馬に今度は舞美子が口を開いた。


「水気とは『生』の根源であり、癒しの力でもある。人間の体が水分を多く含んでるって言うたらわかり易いやろか。『水』は人間だけやなく、生物にとって生命の維持に本質的に重要な役割を果たしてる。言うたら水気は守護師にとって癒しの効果があって、さらには回復の属性効果も得られる。そんな力はその属性の守護師やないと効果も薄いってことになる」


 舞美子は真剣な眼差しではっきりとした口調で丁寧に説明してくれた。その様子を美姫が意外そうな顔で見ていた。恐らくこの状況下で事細かに説明していることに驚いているのだろう。今は悪霊と戦闘中である。そして、怨念に毒された光太を救助するという大事な局面のはずなのだから。

 

「それがぼくの力……」


 まだ煮え切らない冬馬の態度に、舞美子は目を少し細め、また不敵な笑みを浮かべた。


「ここには水気の加護を受けた守護師は残念ながらいてへんのやぁ。水気の始祖家である二之丸家の血を引いてるあんさん以外はなぁ」


「ぼくしかいない……!」


 舞美子にそこまで言われてようやく理解出来たのだ。この場には冬馬しか光太を救える人間がいないと。


「それに、ちょいと気になる事もあるさかいなぁ」


「気になる事?」


 舞美子の一言に反応したのは美姫だった。眉を(ひそ)めて舞美子の言葉を待っっている。


「あの子、ただ憑りつかれてるだけやあらへんかもしれまへんのや」


「……そうだね。さっきあの子に触れた時、少し嫌な予感がしたよ」


 そう言って無表情だった雪が少しだけ神妙な顔つきになる。


「どういうこと? ……舞美姉さん、それってまさか」


 クールな美姫も少し表情を強張らせた。


「まあどっちにしろ、早いこと(はろ)うた方がよろしいんは間違いあらへんってことやなぁ」


 舞美子は真剣な眼差しで冬馬を見つると、美姫と雪も同じように冬馬へと視線を向ける。全ては冬馬に掛かっているということのようだ。


「えっ!? そう言われても、ぼくに……出来るのかな……」


 急にプレッシャーが重く冬馬に伸し掛かって来た。どうやらこのままでは光太が危ないらしい。だが怨念を祓うどころか、冬馬は霊気の技なんて使ったことが無かった。要は自信が無いのである。

 そんな冬馬の心を当然この女性は見透かしている。


「あんさんさっき殴られたり蹴られたりして、随分ひどい目に()うたからあの子に腹立ってるやろぉ? 相手が意識あらへん今のうちに思いっきり殴って仕返ししたらよろしいやんかぁ」


 舞美子にそう言われて冬馬は光太の方を見つめると、今まさに立ち上がろうとしていた。その姿は戦っていた時とは別人だということがよくわかる。楽しんでいるようだったり、悔しそうにしたり、とにかく冬馬と戦っている時の光太は表情が豊かだった。それが今は無表情で何を考えているのかさっぱりわからない。時折薄っすらと不気味に笑い、目の焦点が合っていないその様は見ていられない。霊気に毒されるとこうなってしまうのか。冬馬の心の中に怒りというよりも悲しみという感情の方が強くなった。こんな人に殴りたくない、攻撃なんかしたくないという想いに駆られていたのである。


「そりゃ痛かったしちょっとムカついたりもしましたけど、仕返しするなんてやっぱりぼくには出来ません。それに相手が弱っている状態で攻撃するなんて、なおさら無理というか、嫌というか……」


 冬馬は言葉が続かず、最後は黙って下を向いてしまった。

 なぜなら勇気が出なかったからだ。本当は助けるためとはいえ、人を殴るなんて怖かったのだ。そして皆の期待に応えられない自分が悔しくもあり、こんな大事な場面で尻込みして下を向く自分が情けなくもあった。

 冬馬は引き籠りになった十四歳の時から、精神的な成長が止まっていた。喋り言葉が子どもっぽいところもその影響であったのだ。人とのコミュニケーションが苦手で自分の気持ちをはっきりと言えない。それが自信の無さに繋がっていく。この土壇場の場面でそういった冬馬の弱い心が出てしまったということである。


「ごめんなさい、情けなくて……。攻撃するなんて……やっぱりぼくには出来ません」


 それは顔面蒼白になった冬馬が(うつむ)きながら振り絞って出した、(かす)れるような小さな声だった。

 そんな弱気な冬馬の心情に怒り出すのかと思いきや、舞美子はなぜか嬉しそうな顔で呟いた。


「そう言うと思うたわぁ」


 それから「ふう」と一つ溜息を吐いてから「優しいところはよう似たはるわぁ」とさらに小さな声で呟くと、今までとは違った柔らかい笑みを浮かべた。それは秀麗な顔つきが際立つほどの優しい笑顔だった。


「ほんなら、良いこと教えたげるわ。あんさんのお父はんが霊気を使いはる時、いつも口癖のように言うてたことがあるんやけど、聞きはる?」


「えっ……父さんが……!? なんて……なんて言ってたんですか!?」


 舞美子の美しい顔に見惚れることなく、冬馬は父の言葉それだけを聞きたかった。混乱し過ぎて自分でもどうすればいいのかわからない。いや、やるべき事は頭ではわかっているのだが勇気が出ない。そんな自分の背中を父に押して欲しいと思ったのだ。

 そして舞美子が教えてくれた言葉は、冬馬にとって最大の勇気を与えてくれる言葉になった。


「それはなぁ、『守護師とは戦うために霊気を使うんじゃない。()()()()に使うのさ』って、気障きざっぽくよう言うてはったわぁ。悪霊相手でもなぁ」


「救う……ために……‼」


 冬馬の心に衝撃が走った。

 冬馬は今までモヤついていたことが、その言葉で全てが腑に落ちた気がした。攻撃することに違和感があったのはこれだったのだ。そして、それは父の守護師としての『想い』を垣間見た瞬間でもあった。


「頼む……光太を救ってくれ、頼む……!」


 怪我が治ってこの会話に聞き入っていた勇一が真剣な眼差しで冬馬を見つめた後、額を地に突けて土下座をした。そこから勇一の懇願する『想い』が伝わって来た。

 その姿を見て冬馬の心は決まった。

 冬馬の顔に顔面蒼白だった不安の色は消え、晴れ晴れとした爽やかな表情になっていった。


「まあ、ほんまのこと言うたら別に殴らんでもよろしいんやぁ。霊気とは『人の想い』やさかい、あんさんの『想い』を乗せて霊気を放てばいいだけのことやわぁ」


「――! はい、やってみます‼」


 自分でも出来ることがある。人の役に立てることがある。舞美子の後押しで冬馬は本当に出来るような気がしてきた。

 

「よしっ!」


 気合いを入れるようにそう叫ぶと、冬馬は立ちあがった光太を目掛け駆け出して行った。




ここまで読んで頂き、ありがとうございます!


冬馬の心理について事細かに描写したので、かなり長くなってしまいました。次回は冬馬がついに行動に出るのでお楽しみにして下さい!


今後とも、よろしくお願いします!

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