30話 豪快と繊細
悪霊を後ろに下げて戦う場所を確保した明日美。
だが明日美がとった行動とは……
霊気の波動を悪霊にぶつけた明日美は、その勢いのままさらに悪霊へと迫っていく。空いたスペースへ飛び込んで行くと思われたのだが、このあと冬馬の思い描いた展開にならなかったのである。
明日美がとった行動とは――
高く前にジャンプして光太を飛び越えた。ここまでは予想通りだったのだが、自分で作ったスペースをも大きく通り越してしまった。そして長槍を大きく振りかぶったと思いきや、なんと悪霊が群がる中に飛び込んでいったのだ。
「え? えええええっ! そこに行くのおおおおお!? じゃあ、さっきのは何だったの!」
明日美は割拠する悪霊たちに長槍の穂先を叩き込んで数体消滅させて、そこに空いたスペースへ着地した。
それによって明日美の体は完全に悪霊たちに囲まれてしまい、冬馬たちのいる場所からはその姿を確認することが出来なくなった。
その直後――
明日美の絶叫する声と共に轟音が響き渡る。そこに見えたのは霊気の気流が桜の花びらと共に渦を巻くように舞い上がり、それはまるで小さな竜巻が発生したかと錯覚するほど衝撃的な光景だった。
霊気の気流が収まりよく見てみると、明日美が槍を持って構えている姿が目に入った。いつの間にか明日美を中心に半径三~四メートル内にいた悪霊は全て消え去っていたのである。
「えっ……! 何があったの!?」
「ああ、それはなぁ」
舞美子が言うには、こういうことだった。
悪霊たちが群がる中に手を突いて着地した明日美は、振りかざした槍を膝を突いたまま横に傾けた。それからすぐに立ち上がって中腰になり、足を広げグッと踏ん張った。
そこで明日美はニヤリと笑い、
「うううううっ、りゃあああああっ‼」
と雄叫びのような声を張り上げると、その場でくるりと回転しながら槍の穂先を突き出して悪霊を薙ぎ払っていった。その攻撃の勢いは凄まじく、落ちていた桜の花びらが明日美を中心にして渦を巻いて上がっていくほどであった。
そして丁度二回転したところで明日美の体がピタリと止まった。
明日美の豪快な技でごっそりと数十体の悪霊がいなくなったのだ。
舞美子がまるですぐ側で見ていたかのように事細かに教えてくれた。この舞美子がどうやって状況を把握していたのか、今の冬馬には霊気を使ってやっているということぐらいにしかわからなかった。
だが明日美が放った技の凄さは冬馬も霊気を伝って感じていた。
「なんて豪快な技……!」
冬馬は明日美の意外な行動には驚いたが、それでもその力が間違いなく本物であると感じていた。
あれだけの数の悪霊を一度に倒すには、それだけ多くの霊気を必要とする。冬馬が裏山で戦っていた時、一体倒すごとに体の霊気が抜けていく感覚があった。霊気はすぐにどんどん集まってくるのだが、一度で多くの相手に使うとなれば霊気を溜める容量自体が大きくないと不可能なのである。それだけ明日美の霊力が高いということになるのだ。
「でも、そうするんだったら初めのあの一振りは何だったんだろう……」
冬馬の明日美への疑念が強まったところで舞美子が透かさずフォローする。
「あれでも一応、光太に攻撃が当たらんようあの子なりに配慮したんやと思うわぁ」
なるべく光太から離れた場所で戦うことを選択したというのか。それだと明日美もただ力任せに攻撃していた訳ではなかったということになる。まだ冬馬には明日美の本質を理解するには知らないことが多いようである。
冬馬の明日美への印象などお構いなしに、明日美はそのまま再び体を沈めて身構えた。数は減ったとはいえ、悪霊はまた新たに湧いて出て来ている。
「美音! 奥にいる奴は任せるからな!」
「わかってる! そやけど、こっからは悪霊動き出すから気ぃつけるんやで!」
「了解や!」
美音の少し心配そうな顔に、明日美がこやかな笑顔で答える。
それにしても先程の喧嘩は何だったのだろうか。そう思う程に、思いやりのある素直でスムーズな二人のやり取りである。姉妹ということで息がピタリと合っているのは、やはりお互いへの信頼感なのだろう。
ツインテールの美音が髪を揺らしながら走っていたが、明日美から離れた後方で立ち止まって手を合わせた。その左手に嵌められている指輪は薬指にある。
《我が魂に集いし者よ その姿を木気へと転じ 花びらと共に乱舞せよ!》
美音が発した言霊により手から青い光が輝きだす。そして手のひらを見せるようにして体の前に突き出すと、明日美の攻撃で舞い上がっていた桜の花びらが青く光り始めた。
それと同時に止まっていた悪霊の動きが、息を吹き返したように再び動き出す。当然ながら明日美の周りにいた悪霊も一斉に彼女へと襲い掛かっていった。明日美は手にしている槍の長さを少し短く作り直して身構える。
「あっ、悪霊が! えっ、でもどうして花びらが光ってるの!?」
冬馬の感嘆の声に、「クフフッ」と笑って冬馬をチラ見して得意げな顔をする美音。だがその横で舞美子が鋭い睨みをしていることに気付くと、慌てて前を向いてさらに霊気を強めていった。
そして――それは暗い月夜の山中に、輝く月と青く光った花びらが織りなす幻想的な風景へと彩っていく。
「なんて奇麗なんだろう……」
恐らく冬馬のこの言葉に美音の顔はドヤ顔が全開になっていたに違いない。だが残念ながら後姿しか見えないので、その顔を見ることが出来ない。冬馬が少し残念に思っていると、やがてひらひらと舞っていた青く光った桜の花びらがその動きをピタリと止めた。
「――あ!」
その瞬間、辺りが一瞬にして違和感に包まれる。冬馬はまるで時間が止まったかのような錯覚に陥ったのだ。だが時間が止まった訳ではなかった。なぜなら、風を感じる。それによって木々も揺れている。そして何よりも明日美が動き出した悪霊と乱舞するように格闘していたのだ。
「まさか、あの花びらを操作してるの!?」
「われの力をあまく見るでない! そのまさかじゃ!」
美音の中二病言葉に冬馬はまたドヤ顔を想像してしまったのだが、やはりそれは見ることが出来なかった。だが美音の「クックックッ!」という笑い声が聞こえてきたので、恐らくそれで間違いはないだろう。そして、その笑い声と共に青い花びらがまるで意思を持ったかのように動き始めた。
「守護師って、あんな技も使えるんだ!」
冬馬が素直に感嘆していると、舞美子がまた説明してくれた。それは先程の冬馬の想いに応えてくれているかのようにわかりやすく丁寧なものだった。
「あれは誰でも出来る簡単な技やあらへんでぇ。木気の霊気を使うて操作するんやけど、本来は木気属性の守護師が使うような術やわぁ。それでもあそこまで操作するんはなかなか難しいんやぁ。あの子は五気の霊気を使い熟せる、ちょっと変な子なんやぁ」
この舞美子の言葉にすぐに反応した美音は後ろをパッと振り返った。
「舞美姉様、うちは変な子とちがう!」
「はいはい、わかってるわぁ。こっち見てんと、早うせな明日美が怒るでぇ?」
「むうっ!」
膨れっ面になった美音は再び前を向いて、「むんっ!」と叫ぶと同時に両手を上に掲げた。
すると青く発光した桜の花びらが流れるように動き出した。花びらの一枚ずつに霊気を送って操作しているのか、それぞれが独立した動きをしている。それは花びらが川となって流れるような淀みのない動きであった。
「花びらの一枚一枚が動いているんだ! なんて細かな霊気の使い方……! でも、あの花びらをどうするんだろう?」
冬馬の疑問に花びらがその動きで答える。
川の流れのように動き出した花びらの群れが、大きな弧を描くようにうねり出す。そしてそのまま悪霊が割拠する方へと流れ込んでいった。それは槍を振り回して戦っていた明日美の頭上を越えて行き、まだ出現したばかりの悪霊に向かっていく。
そして――
花びらの群れが怒涛のごとく悪霊を飲み込んでいく。それは悪霊を的確に捉え、確実に消滅へと追い込んでいく。花びら一枚にはそれほど霊気は込められていないので、花びら一枚が当たっただけでは悪霊を倒すことは不可能だろう。だが花びらが何十枚、何百枚と悪霊に降り注げば、それは一つの武器になり、そして大きな霊気の力にもなるのだ。
「あっという間に悪霊が減っていく! それにあの明日美ちゃんって子も凄い! 動きの速くなった悪霊に囲まれてるのに押されるどころか、どんどんと倒して前に進んでるなんて……!」
冬馬はこの少女たちの実力を垣間見たような気がした。この舞美子という名家の当主がここで余裕の表情でじっと戦況を見つめている理由はこれだったのかと、改めて気が付いたのである。これだけの力を持った従者がいれば、当主自身は何もしなくても悪霊は退治出来る。まさに出来る部下を持つと仕事が楽というやつである。あとは自分が責任を持てばいいだけなのだから。
「こんなん大したことやあらへんよぉ。そやけどまあ、あの子たちも従家の当主ぐらいの力はあるかもなぁ。なんせ明日美は霊力だけやったら、美音は霊気操作だけやったら当主のうちよりも上やからなぁ」
「え!? 当主より強いんですか!?」
「そんなわけないでしょ」
美姫が冷たい視線で冬馬を睨む。
「嘘なんですか……」
この美姫はとにかく奇麗という印象なのだが、どこか冷めてるというか、近寄りがたい雰囲気がある。冬馬が少し苦手なタイプと感じていた時、またこの女性が口を挟む。
「まあ、気にすることあらへんわぁ。いずれわかることやからなぁ。まあその話は置いといて、あの二人やったらもう大丈夫やわぁ。ほな、次いきましょかぁ」
そう言って舞美子はまた左手の指で、肩まで伸びた髪をクリクリと弄り始めた。
美姫が「もうっ」と言って一つ溜息を零すと、それを見た舞美子は優しく微笑むのであった。
ここまで読んで頂き、ありがとうございます!
根石明日美と美音姉妹の実力が少しだけ明らかになりました。まだまだこれから他の守護師たちの活躍もたくさんありますので、どうぞご期待ください!
今後とも、よろしくお願いします!




