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月影の守護師  作者: ドッグファイター
プロローグ
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03話 プロローグ③ 始動前夜の会

プロローグの三話目です。

 京都のとある山中にある人里離れた辺鄙(へんぴ)な場所に、一軒の大きな屋敷があった。


 その屋敷の正門に一人の若い女がやって来た。胸元と背中の上部に『犬』という字を『〇』で囲った紋様が入った檳榔子染(びんろうじぞめ)の羽織で身を包んでいる女である。


 屋敷の入り口である薬医門(やくいもん)と呼ばれる立派な大門を、女は何の躊躇もなく軽快な足取りで潜り抜けて行く。門扉の右上に目をやると、『犬走』と墨で書かれた表札がかかっている。女はこの家の人間なのだろうか、無遠慮に入って行くのだが止める者は誰もいない。

 女が黒いワンピースの裾をひらひらと揺らしながら門をくぐると、そこには広大な敷地が姿を現す。石畳の道が奥へと真っすぐに伸びており、その両側には風情ある日本庭園が広がっている。恐らく初めて訪れる者が見れば、その優雅さに目を奪われ立ち止まることだろう。だが女はそんな優雅な庭園には見向きもせず、奥にある平屋建ての大きな日本家屋へと一直線に向かい歩を進める。


 そこでようやくこの家の住人なのか、家屋の横から若い男が息を切らしながら駆け寄り女を呼び止めた。


「あっ、美姫(みき)さん! 捜しましたよ、どこ行ってたんですか!」


「うるさいわよ、(じゅん)。いきなり大声出さないでよ。びっくりするじゃない」


「あっ、それは失礼しました……ってちゃいますやん! また勝手に一人で出かけ――」


「ちょっと悪霊の気配を感じたから、暇つぶしに行ってただけよ」


 女は若い男には見向きもせず、面倒そうにその言葉を遮った。

 声を掛けたのは準という男で、どうやら美姫というこの女を迎えに出て来たようである。


 この準という男、茶髪のウルフカットで耳にはピアス、端正な顔立ちなのだがどことなく軽く見える風貌である。女と同じような檳榔子染の羽織を着ているのだが、その下には派手な赤いシャツが顔を覗かせており、首から銀色のスターネックレスを付けている。さらに丈が膝下辺りまでの白い短パンを履いていて、足元は山には似合わないサンダルである。こんな格好なのでどうしてもチャラく見えてしまうものである。

 ちなみに、この準の羽織には背中にだけ『犬』を『〇』で囲った紋様があり、ど真ん中に大きく印字されている。


 準は恐らくずっと美姫を捜していたのだろう。その姿を見つけるや否や、一目散に駆け寄ってきたのだ。


「そんな暇つぶしって……。命じてくれれば、従者の俺が行きますやん」


「ちょっと体を動かしたかったし、別にいいじゃない。それにわたしが悪霊退治に行ったら駄目なんて決まり、いつから出来たのかしら?」


「そんな言い方せんでもええやないですか。当主になってまだ間もないんですから、ちょっとは慎んでくださいってことを言いたいだけなんですよ!」


「はいはい、それについては謝るわ」


 準の愚痴ともとれるような忠言を受け入れているのかいないのか、美姫は意に介さずに澄ました顔で聞き返した。


「それで、他に何か用があるんでしょ?」


 彼が何かを伝えに来たのだとわかっているようだ。


「あ、そうや! 客間で根石(ねいし)家当主の舞美子(まみこ)様がお待ちになってます!」


舞美姉(まみねえ)さんが? ……ああそっか、今夜来るって言ってたっけ。すぐ行くわ」


 そこで美姫はようやく表情を崩した。少しバツの悪そうな顔になり小走りで玄関に入る。準には客間の手前の部屋で待機するように伝えてから、家の奥へと足早に入って行った。


 長い廊下を真っすぐ進み、突き当たって右に一度曲がったところで美姫の足が止まる。一度深呼吸して息を整えてから部屋の戸襖を開けると、そこは十六畳ほどある広い和室であった。部屋の真ん中には一人の女性が凛とした姿勢で正座をして待っていた。

 その女性は膝の上に重ねるようにして両手を置いている。部屋に入って来た美姫に振り返り、その姿を見るなりニヤリと不敵に笑った。


「これは美姫様、無事のご帰還、嬉しゅうございます。こうやってまた元気なお姿を拝見出来て、うちは感無量でございます」


 そう声を掛けて、女性は正座のまま両手を膝の前に突いて丁寧にお辞儀をした。


「舞美姉さんったら、そんな嫌味言わないでよ。待たせてごめんなさい」


「いつもの事で怒ってやしまへんし、お気になさらず」


 美姫の謝罪に納得したのか、女性は顔を上げてさらにその笑みを強くした。待っていた女性はどうやら準が言っていた根石舞美子という人物で間違いないようだ。


 肩まで伸びた黒髪を左手の指でクリクリといじりながら、不敵な笑みを浮かべている。その顔は不敵に笑わなければ、見る者全てが見惚れると言っても良いほどに秀麗である。すらりとした体形に洗練された大人の優美な雰囲気があるのだが、その容姿はどことなく美姫に似ている。

 そしてこの舞美子も檳榔子染の羽織を着ており、その内には暗い紺色のインナーに黒のタイトスカートを履いている。舞美子の羽織には、胸元と背中の上部に『根』という字を『〇』で囲った紋様が入っている。


 舞美子は美姫を上から下へ舐めるように見てから、少し困り顔になって小さく溜息をついた。


「それよりも、またそないなカッコで出掛けはって。もう少し当主らしく慎ましやかにしてもらわんと困ります」


「ちょっと散歩に行ってただけだし、別にこれでも問題ないでしょ?」


 美姫は少し口を尖らせながら床の間の前までそそくさと歩き、舞美子と向かい合うようにして上座に座る。そして耳に掛かった髪を両手の甲で後ろに(はた)いてから舞美子の顔を見据えた。


「それで、今日は何の話なの? 明日のことなら、話すことはもうないじゃない」


「いえ、今日は重兵衛(じゅうべえ)お爺様にお話があるんです」


「え? おじいちゃんに?」


 美姫が意外そうな顔でそう聞き返すと、部屋の入り口の戸襖が開いた。

 そして初老のやや小柄な男性が部屋に入って来た。




ここまで読んで頂き、ありがとうございます!


次話がプロローグの最後になります。またこの後すぐに投稿しますのでよろしくお願いします!


一部に誤字脱字があったので修正しました。失礼しました。

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