29話 悪霊殲滅へ
美姫の一声で一気に場の雰囲気が変わった。
そして名家の守護師たちは……
両主四従八下――それは守護師界における名家の序列である。
ひとたび両主である主家が号令を発すると、それは絶対的な効力を発揮する。それによって四従である従家がその命に従い、さらに八下の下家が従家の命に従うのである。いわゆる縦社会の構図で成り立っているのだ。
だから主家である犬走家当主が、従家である根石家の当主に命じるのは至極当然のことだった。だがこれ程までに皆の意志が統一されているのには、彼女たちが主従という関係性だけが理由ではなかった。それは舞美子や明日美に美音、そして雪と準も含め、美姫という一人の人間に対する想いがあったからである。その想いとは守護師界を背負っていることへの敬意であり、その力を認めている信頼であったりもするのだが、それよりももっと深い、同じ守護師としての同友という想いが彼女たちの根底には存在するのだ。
そしてその想いは美姫にしても同じことが言えた。なぜなら守護師とは命懸けの生業なのである。悪霊に襲われ、そして怨念に毒されることもある。それに一歩間違えれば生と死とが紙一重の場面が幾つも目の前で展開されるのだ。そんな危険と常に隣り合わせの中で活動している守護師だからこそ、結託する想いは人一倍に強くなっているのである。
そして今回もその守護師たちの想いが通じ合い、心を一つにして悪霊との戦いに挑むのであった。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
美姫が舞美子に悪霊の殲滅を命じると、舞美子がすぐさま行動に移した。
スッと立ち上がり、そして前を見たまま不敵に微笑む。
「明日美! 美音!」
舞美子が妹たちの名前を呼ぶと、その二人は舞美子の前までサッと跳んで来た。明日美と美音は並ぶような形で、舞美子に背中を向けて地に手を突いて屈んでいる。どうやら二人は舞美子が何をしようとしているのかすでに把握しているようである。二人とも小柄な体躯なので、丸くなって屈むとより小さく映る。何もしていなければ、いかにもか弱い少女にしか見えないだろう。
舞美子はそのか弱い少女二人へ両手を前に差し出し、そっと二人の背中の『根』の紋に触れた。
そして――
《根石家当主の権において汝等に命ずる 其の力を以って悪霊を殲滅せよ!》
《承知!》
舞美子が言霊で唱言を発すると、明日美と美音から間髪入れずに大きな声が返ってくる。
その瞬間、元々身体強化の術で白く光っていた二人の体がより一層強く光った。周りの霊気が彼女たちのどんどんと集まって来ている。これは身体強化の術を更に強化したものなのだろうか。それから二人の少女はそのままクラウチングスタートのように前に跳び出して行った。
二人の変化は冬馬にもはっきりと感じることが出来た。明日美と美音の霊気の強さが格段に上昇上したからだ。
「これは……!」
「これは始祖当主の権限で、加護を受けた直系の守護師を強化する術やなぁ」
「始祖当主の……? 加護を……? どういうことなんだろ……」
舞美子の説明にも冬馬は首を傾げるしかなかった。
そんな冬馬に初めてこの女性が口を開いた。
「これが守護師という世界よ」
その声は優しくもどこか冷たく、そして何かを諭すような口振りでもあった。
美姫が初めて冬馬に話し掛けたのだが、冬馬とは目線を合わさず前を見据えたままだった。その横顔をじっと見つめた冬馬は、吸い込まれるように見入ってしまう。そして心の中で思ってしまった。
(なんて奇麗な人なんだろう。でも舞美子さんとかいう人にもどこか似てるなあ)
この瞬間の冬馬は舞美子という心眼の持ち主のことをすっかり忘れてしまうほど、美姫に見とれてしまったのだ。
すると、やはりこの女性が即座に反応した。
「そんなに美姫様とうちのことが気になるんかぁ?」
「え? あ! い、いやあ、そんなつもりじゃなくて……! す、すみません……」
「別に謝ることやあらへんけどなぁ」
にんまりとほくそ笑む舞美子とは対照的に、冬馬は恥ずかしさに耐え切れず顔を赤くして俯いてしまった。
どうしても女性に対しては耐性が無いというか、免疫が無いので焦ってしまうのである。母以外の女性とまともに喋ったのは、恐らく親友の直輝が生きていた時まで遡る。確か、仲の良いグループの中に一人だけ女の子がいた記憶があった。たまに話していた程度なのではっきりと覚えていないが、その時以来かもしれない。
それにしても舞美子が言葉を少し濁してくれたので、冬馬は少しホッとしたのである。
「どうやらあんさんはまだまだ知らんことが多過ぎるようやなぁ。……ま、今はよろしいわぁ」
舞美子の不敵に笑うその目は冬馬の心を全て見透かしている鋭い眼差しだ。この舞美子とどう接していいのか、冬馬はまだよくわからなかった。だがそういったことを考えても舞美子にはすぐに伝わってしまう。
恥ずかしいことはもちろんだが、守護師について知らないことへの焦りと不安も、そして苛立ちと悔しさまでも。そんな自分に対する憤りを感じても、この舞美子には何もかもバレているのだ。
そう思うと冬馬の気持ちは逆に開き直れた。隠すことなんて何もないのだから。
「今から勉強すればいいんだ。父さんに追いつくためにも……!」
自分に言い聞かせたつもりだったが、舞美子から意外にも優しい言葉が掛けられた。
「知らんことはこれから知ればええ。出来へんことはこれから出来るようになったらよろしい。何も考えへんより、今何をするべきかを考えなあきまへん。まあ、全てはあんさん次第やけどなぁ」
冬馬は肩の力が抜けたような思いだった。色んなことが有り過ぎてまだ整理出来ていないのも確かだが、それでも気負い過ぎていたのかもしれない。今は自分が出来ることをやるだけと改めて強く思うのだった。
舞美子はその想いをどう捉えたのだろうか。だがその表情は満足そうな顔をしているので、これも深慮の彼女が思い描いた通りなのかもしれない。
「雪ちゃんはあの子たちを確認してから動いてもらうさかい、ちょっとの間ぁ待機しててなぁ」
「承知」
雪は一言だけ答えると、舞美子の横に移動して膝を突いて屈んだ。
「美姫様と準は――」
舞美子が美姫に視線を送りながら喋ると、
「わかってるわ」
とすぐさま返事が戻ってきた。美姫は舞美子の考えがすでにわかっているようである。準も依然として黙ったまま、美姫のすぐ後ろに屈んで控えていた。
「失礼しました」
舞美子は軽く頭を下げると、陰陽師の泰典へ目を向けた。
「お頭はんは言わんでもわかってはりますなぁ?」
「無論だ」
「それはおおきにぃ」
強面の泰典が真剣な表情で答えたその立ち姿は威圧感が半端ない。それでも舞美子は臆することなく軽く会釈すると、駆け出して行った明日美と美音に視線を移した。
「あ、あの、ぼくは……?」
冬馬はどこか取り残された感があったので一応聞いてみたのだが、
「あんさんの出番はまだやろぉ? あんさんらはしばらく待っときなはれぇ」
と言って勇一の方もチラリと見てから前を向いた。こうもあっさりと一蹴されると黙るしかない。
そして舞美子は再び明日美と美音に視線を戻していた。
その二人に目を向けると、明日美はタータンチェックのキルトスカートの裾を巻き上げながら猛然と悪霊に迫っていた。当然チラチラと中が見えるのだが、見えパンと呼ばれるオーバーパンツなので本人は全く気にする様子はない。それでも冬馬にとっては少し目線に困ってしまう光景である。その後ろをゆっくりと小走りで美音が付いて行っている。
明日美は目の前に蹲っている光太をチラッと確認したが、そのままお構いなしに突っ込んでいった。
そして明日美は軽快に走りながら言霊を唱える。
《我が魂に集いし金気たちよ その姿を槍へと転じ 我が刃となれっ!》
すると明日美の手から白い光を帯びた長い棒のような武器が現れた。長さは見た目だけでも明日美の身長の倍以上はあるだろうか。よく見ると、黒光りしている柄の先には穂という鋭利な刃物が付いている。これは長槍と呼ばれる武器で、主に古くから戦で使われてきた古来の武器である。それを本物のように霊気で模ってみせたのだ。
明日美が自分の身長よりも長い武器を器用に振り回すと――
――ズバッと片手で豪快に右から左へ薙ぎ払った。
明日美の霊気で模った槍からほんのり白く光った波紋のような気流の波が前方へ広がっていく。
その波は蹲っている光太の上を通り抜け、そのすぐ後ろに屯している悪霊たちへまともにぶつかった。
「悪霊たちが後ろに下がった!」
その結果、悪霊たちは鳥居よりさらに後ろへ下げられ、光太と悪霊たちの間にスペースが生まれたのだ。
「あっ、なるほど! あの霊気の波で自分の戦う場所を作るなんて、あの子は見た目とは違って頭を使う戦い方をするんだ!」
そう思い隣にいる舞美子をチラッと見た。この女性も恐らく頭脳戦を得意にしているはず。明日美のさっきまでの言動を見ていると、とてもそんな風には見えない。だが実のところ、きちんと状況判断をして戦っていたのである。さすがこの人にこの妹ありと納得した冬馬だったが、その後で舞美子が苦笑したことに気が付いていなかった。
明日美の考えられた行動に感嘆した冬馬の期待は、この後見事に裏切られることになるのであった。
ここまで読んで頂き、ありがとうございます!
ついに根石姉妹の実力が明らかになっていきます。実は今回の話が長くなったので分割しました。今回は明日美と美音の戦闘前編ということで。
なのでこの後、推敲してからすぐにもう一話投稿しますのでよろしくお願いします!




