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月影の守護師  作者: ドッグファイター
第一章 守護師覚醒編
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28話 心眼

いきなり指名されて戸惑う冬馬。

その冬馬を指名した舞美子とは一体……

 冬馬は自分がなぜ名指しされたのか理解するのにしばらくの時間を要した。今日初めて守護師という存在を知ったばかりの自分に光太を救えるというのか。出来ることならやってみたい気持ちはあるのだが、一体何をどうすればいいのかわからない。そもそもそんな事が自分に出来るなんて思っていなかった。

 泰典が名家の守護師が来れば何とかなると言っていたことを思い出し、泰典に振り返るがなぜか苦笑いをしている。準に助けを求めようとしたが少し離れた所で、「我関せず」といったていで大人しく見ているだけだ。そして勇一に限ってはそれどころではなく、光太の方ばかりを気にしていた。

 冬馬の不安をよそに舞美子まみこはまた念を押すように呟く。


「あんさん、さっき『ぼくがやってみます!』って息巻いてたやないのぉ。男やったら二言はなしやでぇ?」 


「い、いや、それはそうなんですけど! あの時は何とかしないとって思ったから言っただけで何をどうしたらいいかは実際よくわからなくてですね、あっ、もちろん自分に出来ることがあるなら何でも……って、あれ? ちょ、ちょっと待ってくっださい! どうしてそれを知ってるんですか!?」


 冬馬が言った『ぼくがやってみます!』は舞美子が来る前に泰典と勇一の前で言った言葉である。まるで彼女がずっとここに居たかのような発言をしたことに驚き、ちょっとしたパニックになってしまった。

 そう言えば、泰典が『どこかで名家の連中が見ている』と言っていた。これはそういうことなのか。そんな事が出来るなんてとてもじゃないが信じがたい。

 しかもいきなり現れた見ず知らずの人間に『自分なら出来る』と言われても、何を根拠に言っているのか意味がわからない。自分のことは何も知らないはずなのに、なぜこの人はそんな無責任なことが言えるのか。冬馬には驚きと共に、舞美子という女性への不信感が募っていった。


 見かねた美姫が少しムッとしたような顔で舞美子へ詰め寄った。


「ちょっと舞美姉さん、いきなりそんなこと言ったら混乱するに決まってるじゃない。ひょっとしてこれも試してるとか言うんじゃないでしょうね?」


「さあ? 美姫様が何のこと言うてはるんか、うちにはさっぱりわかりませんけどぉ」


 舞美子は不敵な笑みのまま美姫に会釈すると、美姫は「また……」と何か言い掛けて溜息を吐いた。舞美子は満足そうにそれを見た後、冬馬に向き直した。


「あんさんがうちのこと不審に思うんもわかるでぇ。いきなり現れた見ず知らずの人間に、『出来るからやりなはれ』って言われても困るわなぁ。何を根拠に言うてるんやって思うんは、まあ仕方ないわなぁ。そやけど、別に無責任なこと言うてるつもりはあらへんよぉ」


「確かにぼくはそう思いましたけど……ん? あ、あれ!?」


 冬馬はまた軽いパニックに陥った。今さっき冬馬が心の中で思っていたことが舞美子の口から聞こえたからである。ひょっとして無意識のうちに声に出してしまったのかと、慌てて口を押えた。


「ああ、あんさんの声は漏れてへんから心配せんでもよろしいわぁ」


「え!?」


 冬馬は心を見透かされているような気がした。この人には思っていることが全て筒抜けになっていると感じた。


「あっ!」


 そして冬馬は気付いた。恐らく、この舞美子は霊気を使って心の声を読むことが出来るのだと。

 その舞美子の顔を見ると、不敵な笑みのまま軽く頷いた。


「まあ、()()正解やなぁ」


「……やっぱり!」


「でもそれだけやあらへんよぉ。うちがあんさんのこと知らんって思うてはるみたいやけど、少しは知ってることもあるんやでぇ?」


「え!? な、何を知っているんでしょう……?」


 冬馬はドキッとして急に緊張してきた。この人が一体何を言い出すのか予測不能だからである。


「ふふふ、それはなぁ。あんさんが十八歳で未だに童貞、しかも今まで彼女も出来たことあらへん、言うたら年齢イコールそれが彼女いない歴ってやつやなぁ。なんなら友達もいてへんし、寂しい寂しいぼっち君やってことかなぁ」


「うっ!?」


 冬馬は心拍数がグングン上昇していくのが自分でもはっきりとわかった。この舞美子という女性がどうして冬馬しか知り得ないことを知っているのか。しかもみんなの前で言うようなことではない個人情報を漏らされて、頭の中の思考回路が少しずつ壊れていくような気がした。

 そして冬馬はまたもや「どうして知ってるの!?」と思って口にしかけたのだが止めた。言っても無駄だし、堂々と肯定するにはあまりにも恥ずかしくなったからである。少し顔を赤らめた冬馬を面白そうに眺めながら、舞美子はまくし立てるように話を続けた。


「ああ思い出した、まだあるわぁ」


「えっ、まだあるの!?」


 冬馬は泣きそうな顔になっている。


「中学生半ばぐらいの時から、ちょっとしたうつ病を患って家に引き籠ってしまはったなぁ。友達が亡くなりはってえらい落ち込んでしもうて、学校も不登校になってしもたなぁ。あと、実家で母親と二人暮らしで猫が一匹居てたけど、()()()()()()()()になってしもたなぁ」


「――あっ!」


 同じ驚きでも今度は背筋が凍りつくような感覚だった。これは思っていることじゃない。冬馬の過去のことだ。そして、この人はフクのことを知っている――そう思ったのだ。


「その猫を捜しに山に入ったら、そこで悪霊とバッタリ遭遇してしもて守護師の能力に目覚めはるぅ。そやけど守護師のことも指輪のこともなんも知らんさかい、霊力が不安定なまんま悪霊と戦ってはったなぁ。そやから、なりふり構わず殴り倒すという至ってシンプルな戦闘スタイルが特徴やわぁ」


「ど、どうしてそれを……」


「まあ逆に言うたら、指輪を付けてなかった()()で無意識のうちに霊気を使いこなせるようになりはったんやろなぁ。それは繊細な感覚が磨かれてきたっていうことになるさかいなぁ。あんな霊気の爆弾みたいな攻撃にも咄嗟に対応出来たんが何よりの証拠やわぁ」


 冬馬はもはや驚きを通り越し、ある種の恐怖を抱き始めていた。まるで冬馬を近くで見守って来たかのような発言だ。もうこの人には知らないことは何も無いと思えるぐらいに恐怖心が高まっていた。

 冬馬の心の声が叫ぶ。この人には近づいてはいけないと。しかし、そう思うことも含めてこの舞美子には全てお見通しなのだ。それでも冬馬にはそうとわかっていても抑えられなかった。


 そして、やはりお見通しの舞美子は冬馬の目を真っすぐに見つめて話を続ける。


「まあ警戒されるんは仕方あらへん。これがうちっていう人間やからなぁ。ほな、もう一つだけ言わせてもらうとします」


 舞美子の口調が変わった。不敵な笑みから一転して真顔になったのだ。秀麗かつ目ぢからのある舞美子の顔つきは何とも言えぬ荘厳そうごんな雰囲気がある。その目を見つめるだけで、やがて冬馬も知らず知らずのうちに舞美子の世界観に呑み込まれていく。そしてほんの少しの沈黙が冬馬の緊張をさらに高めた時、舞美子の次の言葉が発せられた。


「あんさんに流れてるその血は紛れもない、二之丸冬二(にのまるとうじ)はんの遺志を受け継いではるということ」


「父さんの……! ど、どうしてそんなことがわかるんですかっ!?」


 舞美子がどうしてそこまでのことが言えるのか。すでに膨れ上がっている舞美子への恐怖心と不信感が邪魔をして、冬馬には彼女の言うことを素直に受け入れられなくなっていた。


「なんでわかるか言うたら、そんなん指輪を付けただけですぐやわ。冬二はんのことをよう知ってはる人やったら、簡単に気付いたんとちがう? 霊気の雰囲気がよう似てるさかいなあ」


 そう言って舞美子は誰にも悟られること無く、泰典を微かに目線だけでチラ見した。

 泰典は無言で咄嗟に目を逸らす。


「あなたは……、あなたはぼくの父さんのこと、知ってるんですか?」


「もちろんやぁ。うちが子どもの頃によう遊んでもろたからなぁ」


 この言葉だけで、それまでの舞美子への警戒心が一気に解けてしまった。


「父さんと!? 本当ですか!」


「ほんまやぁ。うちはなぁ、二之丸冬二はんから色んなことを教わったんやぁ。守護師のこともそうやけど、霊気の使い方なんかは冬二流が入ってるんやでぇ」


 舞美子はどこか懐かしむような目で、その表情は優しく微笑んでいた。


 冬馬は舞美子のこの話を聞いて、また父に近づいたと感じた。 

 この舞美子は父を知っているだけじゃなく、父から守護師のことを教わったと言っている。この人になら色々と父のことが聞けるかもしれない。自分が知らなかった父の言葉や想いがわかるかもしれない。どんな人で、どんな守護師だったのか。その人物像まで見えてくるかもしれない。

 そう思うと先程までの恐怖心は消え、俄然この舞美子という女性に親近感が湧いてきた。


「と、父さんってどんな――」


「まあ、落ち着きなはれぇ。今はそないな話してる場合やあらへんやろぉ?」


「あ、ああ、そうですよね……。あの赤い人と悪霊を何とかしないと。悪霊も少し減ったとはいえ、まだまだいっぱいいるから……ん? そういや悪霊が全然襲って来ないな……って、あれ!?」


 冬馬は悪霊をもう一度よく見てみた。すると、その動きが止まっていたのだ。いや、正確に言えば鈍っているのである。ほんの少しずつ前に進んでいるのだが、よく見ないと気付かない程に遅いのである。

 そう思っていると、いきなり甲高い少女の声が冬馬の耳に入ってきた。


「ウキャキャキャッ! なんや、悪霊が止まってるん今頃気付いたんか? ひょっとして二之丸家の新当主はアホやったりして!」


 そう言って少女はまた「ウキャキャキャッ!」と笑い出した。

 

「まあ、アホって言われても否定は出来ないかも……」


 冬馬はバツの悪そうな顔をして頭を掻いた。


 この少女、見た目は高校生ぐらいだろうか、少々小柄でボブカットの茶髪が良く似合う少女である。目は比較的ぱっちりと大きく、どちらかというと可愛らしい印象を受ける。黒のインナーにタータンチェックのキルトスカート姿が印象的だ。丈が短いので座っていると中が見えてしまいそうなのだが、本人は至って気にする様子はない。この少女の羽織の紋には『根』の字が入っている。


 ケラケラと天真爛漫(てんしんらんまん)に笑う明日美を叱ったのは舞美子だった。


明日美(あすみ)はちょっと黙っときぃ」


 舞美子が横目で一睨みすると、明日美と呼ばれ少女は「はーい」と言って舌を出して大人しくなる。 

 そして舞美子はまた冬馬に振り返った。


「悪霊やったら、ここにいる美音(みおん)が動き止めてるから心配あらへんわぁ」


 舞美子が後ろにいる小柄な巫女装束風の衣装を着た少女に振り返る。にんまりとしたキュートな笑顔が良く似合う女の子である。ほっそりしてて背も低く、見た目は小学生と言っても通用するほどの小柄な女の子である。


「えっ、この子が!? 悪霊の動きを止めるって、そんなこと出来るんですか!?」


 冬馬の言葉に「待ってました!」と言わんばかりのしたり顔で、その美音という少女は一歩前に出て来た。


「クックックッ。われの手にかかれば悪霊なんぞの動きを止めることなど造作もないことじゃ。安心して戦うがよいぞ」


 冬馬の驚き様に気を良くしたのか、美音は腰に手を当てドヤ顔全開の仁王立ちである。落ち着いた声で大人びた台詞のような言葉を喋っているが、声色は見た目のまんまの可愛いものだった。


 この少女は一番小柄で一番幼いだろうか。頭のやや後ろ側で髪を束ねているツインテールの髪型が良く似合う女の子である。なぜか巫女装束を着ているのだが、特徴は緋袴(ひばかま)の丈が膝上辺りまでしかないちょっとしたミニスカートのようになっているところだろうか。そしてこの少女にも舞美子と明日美同様に『根』の紋が入っている羽織を着ている。

 恐らく美音は世間では中二病と呼ばれる類の人種なのかもしれない。だが、喋り口調が妙に年寄臭く聞こえたのが冬馬の第一印象であった。


「あ、あれ!? 女の子じゃないの!? ひょっとしておばあちゃんがコスプレしてる、とか?」


「だ、誰がおばあちゃんやアホッ! うちはまだ十四歳や! それにこれはコスプレとちがう! ちゃんとした戦闘服や!」


「ひっ! ご、ごめん……」


 美音の顔からドヤ顔が完全に消えて、今度は目を吊り上げて怒り出した。小柄ながらも張り上げた声は大きく、先程の囁くような声色とは全然違っていたので冬馬も思わす謝ってしまった。


「これ美音、そんなはしたないこと言うたらあきまへん。ちゃんと悪霊に集中しなはれぇ。すぐよそ見するんがあんさんの悪い所やわぁ」


「そやけど舞美姉様、こいつがうちのことおばあちゃんって言うから……」


 口を尖らせて少し拗ねたような仕草をした美音は、「お前のせいだ!」と言わんばかりに冬馬を睨みつけた。

 すると、またもや甲高い明日美の声が響き渡る。


「ウキャキャキャッ! 相変わらず美音のツッコミは品が無さ過ぎるわ。お前はまだ子どもなんやから黙って舞美姉の言うこと聞いてたらええんや」


 明日美が今度は腹を抱えて美音を指差しながら笑い始めた。とにかくいつも元気よく笑っている印象で、その笑顔もなぜか憎めない可愛らしさがあった。

 それに反して美音は見る見るうちに顔を赤くして、またも眉を吊り上げていく。


「むうっ! うちはもう子どもやないわ! それに脳筋で野蛮な明日美に下品なんて言われたない!」 


「ムキッ! それが品が無いって言うねん! それに姉に向かってなんや、その口の利き方は!」


「お前なんか姉とは思ってへんわ! アホッ!」


 そして明日美が「ムキー!」と言えば、美音は「むうー!」といってお互い向かい合い睨みっこしている。二人の喧嘩は周りから見れば少し微笑ましい光景かもしれない。大量の悪霊が目の前にいなければの話ではあるが。

 やはりこの場に相応しくなかったようで、美姫の顔が段々と怒りに満ちてきている。「この子たちは……」とボソッと呟いた怒りのこもった声に、明日美と美音はまだ気付いていない。

 そのイライラが真横でヒシヒシと伝わって来た舞美子が呆れた顔で二人を止めに入った。


「二人ともその辺で止めときよしぃ。もしまだやるんやったら、帰ってからお母様にありがたいお話してもらうけど、よろしいかぁ?」


 舞美子がそう言うと、いがみ合っていた二人が急に大人しくなった。舞美子が怖いのか、それともお母様が怖いのか。どちらにせよ、やはりこの二人の姉ということで喧嘩の止め方もお手の物だった。

 それにしても何とも緊張感のない二人なのだろう。逆に言えば、こんな悪霊が大量発生している状況にも臆することのないその態度は、ある意味で余裕の表れなのかもしれない。

 やれやれと言った表情で舞美子が冬馬に向き直す。冬馬を手玉に取っていた舞美子だったが、個性の強い妹たちには少々手を焼いているようだ。だがこういった人間味のあるところを見ると、冬馬は少し安心した。それまで怖いと感じていた舞美子の印象も少しやわらぐというものである。


「うちの妹らが騒がせてしもてすんまへんなぁ」


 そう言ってからまた舞美子は不敵な笑みに戻り、左手の指で髪をクリクリと弄り出す。


「あんさんらが喧嘩してるから悪霊がまた増えてきたやないのぉ。ほな、まずは悪霊から片付けよかぁ。いくら美音が止めてるいうても、放っておくわけにはあきまへんしなぁ。では美姫様」


「そうね。じゃあ――」


 美姫が腕を組んで目を細めた。


 そして――


従家(じゅうけ)が一家の根石に命ずる。悪霊を殲滅しなさい」


 クールな表情で囁くような声で舞美子に告げた。


 すると、この場の雰囲気が一変する。


「承知しました」


 舞美子は片膝を突き、深々と頭を下げる。

 それに明日美や美音、雪に準までもが続いて膝を突いて頭を下げた。


「――!」


 冬馬もすぐに気付いた。場の雰囲気が変わっただけではない。みんなの心が瞬時に戦いに向いたのだ。美姫の一声によって、一気に戦闘モードのスイッチが入ったように切り替わっていた。皆一様に真剣な表情になって悪霊を見据えている。


 今までの落ち着いた場の空気が、美姫の一言で瞬時に緊張感のある空気に様変わりしたのだ。

 そして美姫が低くて冷たい声で再びそっと独り言のように囁いた。


「そろそろ始めようかしら」


 そう言って美姫は夜空に浮かぶ月を眺め、ほんの少しだけ微笑んだ。




ここまで読んで頂き、ありがとうございます!


舞美子の心眼という部分を長く書いてしまいましたが、これから冬馬と冬馬の父との関連性を描くのに重要な部分にもなりますので、ご了承ください。


次回は遂に根石姉妹の実力が明らかになります。乞うご期待です!

今後もよろしくお願いします!

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