24話 決着、そして……
光太の放った強力な霊気による攻撃に冬馬は……
黄色の眩い光が発散し、轟音が辺りに響き渡る。とてつもない爆発音と爆風が劈き、桜の花びらと樹の葉をまき散らしていく。技を放った光太がその風圧で数メートル吹っ飛んでしまう程の衝撃だったのだが、離れて観戦していた準たちでさえも体を屈めて踏ん張っていた。
霊気の光が収まっても舞い上がった砂埃が未だにモクモクと漂っている。泰典の照明弾がそれを鮮明に映し出しているのだが、準はまだ冬馬の姿を確認出来ていないようだった。
「と、冬馬は無事なんか? 冬馬! ……ま、まさか……な」
冬馬の安否はまだわからない。
一番近くで見ている光太でさえ、冬馬の姿をまだ確認出来ていないようだ。尻もちをついた状態で両手を地に突いて体を支えているが、目を細めて頻りに顔を動かしてその姿を見つけようとしている。
間もなく砂埃が消えて視界が回復していくと、それははっきりとわかった。
――そこに冬馬の姿はなかった。
「へへっ、ど、どうだっ! 至近距離からありったけの霊気を溜め込んで全力開放したんだ。さすがのあいつでも終わりだろ! やった、やったぞ! 仇を取ったぞっ‼ ハハハッ! ハハハハハハハハッ‼」
「う、嘘やろ……!? なんで消えたんや……? 冬馬……嘘やろ……」
準は強張った顔で力が抜けたようにその場で膝を突き、そのまま地面にへたり込んでしまった。準の目は赤くなり、そして青ざめた顔になって眉がハの字になっている。しかしその顔色は時間が経つにつれ徐々に赤くなっていき、垂れ下がっていた眉をつり上げた。
「……お前、正気か! あんなん、人に向かって使う技やあれへんやろ‼」
とてつもなく大きな声を出した準は、握り拳にした両手を「バンッ!」と地面に叩きつけた。そんな準に光太も負けじと感情を露にした。
「うるせえな! あいつがどうなろうと知ったこっちゃねえ! 両親のいない孤児だった俺たちは、ずっと苦汁を嘗めて生きてきたんだ! それを何も知らずにのうのうと生きてきた奴を許せっかよ! ハハハッ、ざまあねえぜっ‼」
それを聞いた準は更に怒りが込み上げてきたのか、息を荒げてわなわなと小刻みに唇を震わせた。すると身体強化をしている準の体が、より一層黄色い発光を強くしていく。それは準が完全に怒りに満ちた状態になっているので、その感情に誘われて周辺の霊気が集まって来ているからだろう。
「お前、本気で言うてんのかっ‼」
さすがにここまで負の感情が大きくなると、怨念である霊気に呑まれてしまう。最悪は自我を失いかねない状況に陥るかもしれない。泰典はその危険を感じたのか、準を諫めようと準に近付こうとした時だった。
「待て!」
そう言って準を止めたのは、なんと勇一だった。感情を抑え切れず前のめりになって飛び出そうとした準を、後ろから肩を掴んだのである。
「鳥居の奥の方をよく見てみろ」
準は落ち着いた声で勇一が止めた事に驚いたのだが、それよりも冬馬の方が気になるのか、言われた通りに正面に見えている黒い鳥居の奥へと視線を向ける。
そこには石像が鎮座する台座の横で座り込んでいる冬馬の姿が確認出来た。
「あっ! ……冬馬‼」
準は生気が戻ったように嬉しそうな笑みを浮かべた。だが冬馬とは百メートルほどの距離はあるだろうか。いくら泰典の照明弾があると言っても、離れて過ぎているので安否まではっきりと認識出来ない。準はすぐに駆け出そうとしたが、勇一が気になったのかグッと堪えて横目でチラ見した。すると勇一は光太の方を頻りに気にしているようなので、準はタイミングを見計らって身体強化した体で一気に前に飛び出た。一目散に真っすぐ突き進み、黒い鳥居を潜り抜けて行った。
勇一は準を追おうとはせず、光太の方へ向かって歩き始めた。光太も冬馬の姿を確認すると、薄ら笑いを浮かべてガクッと頭を垂れた。
近づいて来た勇一に気付いたのか、光太はおもむろに喋り出した。
「……もう、動けねえわ。限界まで、霊気溜めて、気力振り絞って、思いっきり使って……全部出し切った」
光太は喋るのも辛そうで、途切れ途切れの言葉を振り絞るようにして発している。これを見るだけでも相当な負担を強いて技を放ったことが窺い知れる。そんな光太を労うように勇一はしゃがみ込んで肩をポンと叩いた。
「ちょっとはスッキリしたのか?」
「……そうだな。結局のところ、俺の力はこんなもんかと。情けねえやら、ガッカリやら、なんか、よくわかんねえ。でも……。でも、やっぱ悔しいわ……!」
そう言って光太は顔を上げて無理矢理に微笑んだのだが、その目からは大粒の涙が零れていた。それからまた力なく項垂れる光太に、勇一は「そうか」という一言だけ返したのだった。
一方、冬馬を心配して駆け出した準は、冬馬の姿が大きく見えるにつれて顔色を青ざめていった。
「……冬馬! 生きてるか、冬馬!」
慌てて駆け寄った準は一旦立ち止まり、それから息を呑むようにゆっくりとまた近づいた。冬馬を見ると、胡坐をかいた姿勢で手はだらりとして足首に掛かっている。体に力が入っていないのか、首を垂れている状態だ。着ているパーカーに泥が付いていて、ジーンズも同様にかなり汚れている。光太の蹴り技を懸命に防御していたからだろう。それが返って更にダメージが相当あるかのような印象を受けてしまう。
嫌な予感がしたのか、準はそっと触れるように冬馬の肩に手を置いた。
「……大丈夫か?」
準が声を掛けると冬馬の肩がピクリと動き、その肩が少し上下に揺れる。
すると、突然グワッと顔を上げると、大きく目を見開いた。
「はあああああっ、びっくりしたあああっ!」
「うわっ、びっくりしたっ!」
いきなり冬馬が大声で叫んだので、準は思わず後方へ倒れるように尻餅をついてしまった。二人とも大声を出したので、お互いに驚いたようだ。顔を見合わせてから可笑しくなったのか、二人はヘラヘラと笑い出した。
「びっくりさせるなや冬馬。一瞬、死んでるんかと思ったやんけ」
「ハハハ、ごめん準。でも……ほんとに死ぬかと思ったよ」
言葉とは裏腹にどこか他人事のように冬馬は「ハハハ」と軽く笑った。
それを見た準は安心したような優しい表情になったが、すぐ真顔になって冬馬を睨み怒り出した。
「何が『死ぬかと思った』や! 無茶すんのもええ加減にせえや! 霊気に影響されやすい俺等にとってあれはホンマ危険やったんや! あの場面は技を受けるよりも避けるんが定石や! 何考えとんねんな、アホッ!」
「え!? あ、ごめん……」
まさか怒られるとは思ってもいなかったので、冬馬は委縮されて背中を丸めた。本当は霊気が発散した時に危険を察知して横へ避けようとしたが間に合わず、横向きになってここまで吹っ飛ばされたのだ。だが準の真剣な眼差しを見ると、どうやら本気で怒っているようで何も言えなかった。しかし準が怒っているのも冬馬を心配した気持ちの裏返しなのだろう。
少し落ち着いたのか、準は一つ溜息を吐いてからまたゆっくりと喋り出した。
「ええか。霊気はな、使ってなんぼなんや。守護師が体ん中に入れるんも、霊気を有効に使うためや。それを過剰に入れてもうたら、肉体にも精神にもめっちゃ負担が掛かってまう。霊気は内からも外からも関係なく魂に集まって来る。あれだけ密度の濃い霊気を浴びるだけでも危険なんや。霊気は車のガソリンみたいなエネルギーとちゃうんや。勘違いすんなよ、あれは怨念や。下手したら、お前はホンマに死んでたんやぞ!」
そう言って準は目を腕で擦り、それから「でも無事でホンマ良かった」と言って微笑んだ。
準の言葉通り、霊気とは魂を蝕む怨念なのである。それを体内に取り込むことは陰陽師の泰典も言っていたが、まさに狂気なのだ。ましてやそれを人外の力に変えるなど、常人には到底理解してもらえないだろう。霊気を体内に入れて力を駆使するという事は、守護師自身が凶器になるということだ。今まで守護師が陰の存在として生きてきた要因は全てここにあるのだ。
「そうだね……。爆発したあの瞬間、色んな気持ちが心の中を巡ってたよ。よくわかんないけど、色んな人の想いみたいなのが自分の中を通り過ぎていく感じ。気持ち悪かったし、体中が悲鳴を上げるような痛みもあった。準の言う通り、外からも内からも。指輪をしてなかったら、たぶん……死んでたかもしれない。心配かけてごめん……準」
冬馬は急に怖くなった。これまでは霊気を体内に入れても大丈夫だったので、あまり深く考えなかった。嫌な気持ちになったり発狂しそうになったりもしたが、自分の意識でコントロール出来ていた。だが先程は大量の霊気を浴びると、心と体の中をぐちゃぐちゃに掻き回されるような不快感を感じた。本当に意識が飛びそうになり、自己意識を、つまりは自我を失い掛けたのだ。あらためて霊気の怖さを感じた瞬間でもあった。
「それがわかっただけでも大きな成果だ。とりあえず合格ってとこだろうな」
そう言って冬馬たちに近寄って来たのは泰典だった。
冬馬は何のことを言われているのかわからず、キョトンとしている。頭の上に『?』が見えるような顔で泰典を見つめ返した。
「合格って、どういう意味ですか?」
「まあ、これは俺の予測になるんだが、この戦いは名家の連中によって仕組まれた試験だったんじゃないかと思ったんだ。君が二之丸家の当主として相応しいかを見るためのね」
「はあ!? 試験やて!?」
準もまだ呑み込めていないようで、腕を組んで首を傾げて「うーん?」と言って何やら考え始めた。
「恐らく、どこかで名家の連中がこの様子を見てるんだろう。そう考えられる根拠は色々あるんだが、一番はっきりとわかることがある。それは、これだけ派手に暴れているのに名家の者が誰も来ないということだ。いくら何でも一人ぐらい止めに来るか、様子を見に来ていいもんだろ? 恐らくあの二人も利用されている。根石のお嬢様にな」
「ってことは……俺も嵌められたってことか!」
「そういうことだな。情報の出所が八下の天端石家ということは、全てはあの根石家当主の企みで間違いないだろう」
「天端石家……そうか、根石家の下家や!」
両主四従八下という名家の繋がり。いわゆる縦社会の構図で成り立つ守護師界は、そこに生きる人間にとってはそれが当たり前の世界なのである。各従家の下に就いている下家も頭に入っているのが当然なのだが、準はすぐには気付かなかったようである。
「君はまだ従者になって間もないってことだな。守護師界に生きてる人間ならすぐにピンとくる事だ」
「まだまだ俺も勉強が足りんな。……ん? 待てよ。ちゅうことは、あの二人も知ってたってことか!?」
準は視線を光太と勇一の方へ移して、また「うーん」と唸って思案し始めた。
「恐らくな。あの金髪頭の算木君はなかなかの切れ者みたいだ。それとなく、わかってて敢えてこの罠に乗ったんじゃないか」
「……! それって何のためや!?」
「それはあの二人にしかわからないことだ。彼等にも色々事情があるのだろう」
泰典は離れた場所に居る光太と勇一を見やると、少し悲しそうな表情をした。恐らく泰典は光太と勇一について何か知っていることがあるのだろう。だが何も語ろうとはしなかった。冬馬は気付いていないが、準は薄々感付いているようだ。
準は泰典の言葉を待っていたが何も喋る気がないようなので、仕方なく冬馬の方へ振り返った。すると冬馬の様子が、どこかおかしいことに気付く。
「どうしたんや冬馬、顔色悪いぞ? ひょっとして、どっか痛いとこでもあるんか?」
「い、いや、そうじゃなくて……あの……その……」
「……? 歯切れ悪いな。どうしたんや?」
「これ、ひょっとしてヤバいのかなあ、とか思ったりなんかしちゃったり……」
冬馬が恐る恐る斜め後ろに視線を移す。それに釣られて準と泰典もそちらに目を向ける。そこには尻尾の長い竜にも亀にも見えるような生き物の石像が鎮座する台座が向かい合っている。その台座と台座の間を結んでいる注連縄が、途中でぷっつりと奇麗に切れていた。
実は、冬馬が光太の霊気発散による攻撃でここまで吹き飛ばされた時に、この台座の間へ到達した瞬間に見えない壁にぶつかり、その衝撃で注連縄が切れたのである。
「まさか、結界が壊れてんのか……!」
「玄武の結界が破れたのか! まずいぞ! この中の霊気が外に漏れると――」
泰典がそう叫んだ時、突風が吹き抜けていくような気流が発生した。その瞬間、冬馬は霊気がそこから外へ向かって流れ出るように溢れていくのを感じた。いや、これは冬馬だけではなかった。準と泰典の表情を見ればそれは一目瞭然である。二人の顔が慌てふためくように口を大きく開け、それを見送っていたからだ。
「し、しまった! 遅かったか……‼」
泰典の慌てた叫びに、冬馬と準は腰を上げて膝を突いた。
今、何か良からぬことが起きようとしている。直感でそう思った冬馬は、すぐさま立ち上がり周りを見回してみる。心なしか風が強くなっているように感じる。樹木の葉の揺れが先程よりも大きくなっているようだ。その状況を鮮やかな黄色に輝く月だけが変わらず粛々と見守っていた。泰典の照明弾が黒い鳥居の上で煌々と照らされているのが唯一の救いだろう。暗闇の中だと不安が増す一方だったに違いない。
それでも異様な雰囲気に包まれてしまった周囲へ、冬馬は目を凝らして確認する。泰典と準も迂闊に動けないのか、じっとしたまま動かない。何か異常が無いか、慎重に辺りの様子を窺っている。
だが、異変はすでに違う場所で起こっていた。
いきなり「ドンッ!」という衝撃音が響き渡る。
間もなくして冬馬の目に飛び込んできたのは、鳥居の下を潜って凄まじい勢いで吹っ飛んで来る勇一の姿だった。
ここまで読んで頂き、ありがとうございます!
ついに冬馬と光太の戦いに決着がつきました。だが何やらただ事ならぬ事態が……!
次回から章のクライマックスまで怒涛の展開で突き進みます。そして、新しいキャラたちの出番もあるかも!? 「早く美少女キャラ出せよ!」という声にお応えしますよ!(そんな声、本当は聞いた事が無い)
今後もどうぞ、よろしくお願いします!




