23話 光太の秘策
遅くなりました。
光太の攻撃を耐えると決めた冬馬だったが……
光太の手が霊気によって薄っすらと青く色付いて発光し始めた。先程まではほぼ無色透明の光だったので、それは明らかに変わっていた。
光太は目線をチラリと左へ見やり、道の脇に落ちている木の枝を拾った。すると、光太の青い光が手にした木の枝を包み込んでいく。それはまるでSF映画にでも出て来そうな、光を帯びたビームサーベルのようにも見える。
「お前、それって対悪霊で使う戦法やろ! 人間相手に凶器って、プライド無いんか!」
「ああ、そんなもんはとっくに捨ててるぜ。生きていくのに何の役にも立たねえからな!」
当然のごとく光太は準の諫言には耳を貸すことはなく、霊気が満ちた木剣と化した木の枝をグッと強く握り締め冬馬へと近づいて行く。舐めるように下唇を舌で撫でると、見た者が不快になるような笑みを浮かべた。ここまでわかりやすい悪人顔をする人間もあまりいないだろう。それでも冬馬はそんな顔には興味がなかった。
冬馬が興味を示したのは、やはりこれだった。
「おお! 何その武器、かっこいい! ぼくも出来るかな」
冬馬は率直に青く光った木剣に感動したようだ。まるで緊張感の無いその様子に、光太でも言葉が出ないようだ。一瞬、呆気にとられたような顔をして固まっている。
そんな光太を他所に、冬馬は光太の持っている物と同じような棒切れを拾う。そして心の中で念じるように霊気を手に集めようとしたが、光太のように棒切れは光らなかった。
「あれ!? ……どうして光らないの?」
冬馬の言葉でようやく我に返った光太は眉を顰めた。
「お前はバカか? 当たり前だろ!」
バカと言われて少しムッとした表情をする冬馬。それを見た光太は嬉しそうな顔になり、「その顔は何だよ、バーカ」と冬馬から見れば憎たらしいほどの蔑んだ顔で畳み掛けた。そして青く光った木剣をブンッと冬馬に向けて突き出して、更に煽るように「ハハハッ! バーカ、バーカ!」と言って、また高々と笑い声を上げた。
「うむむむむ! ……なんか、あの人にバカって言われたらムカつく! 準が怒ってた気持ちが今になってよくわかったよ」
「せやねんな。あの顔であの喋り方されるとホンマムカつくねん……って、そんなん今はどうでもええねん! 戦いに集中しろや!」
「え!? ああ、ご、ごめん……」
準のツッコミに冬馬はバツの悪そうな顔になる。とりあえず拾った棒切れを手に持ったまま、光太の動きを待った。
「冬馬! お前はまだ五気とかわからんと思うから、今は霊気を使うことに集中するんや!」
準が冬馬や光太にも届くような声で、いや、身体強化をしている者なら五感も研ぎ澄まされているので少々離れていても十分に聞こえるような大声で叫んでしまった。当然、泰典の顔が苦い顔を通り越して、呆れたような薄ら笑いになっている。準も叫んでから気付いたようで、「あ、やってもた」と呟いたのだがすでに遅かったようだ。
「なんだ、お前は従家のくせに五気の性質も知らないのか。そうか、名家にもバカはいるんだな! ハハハハハッ!」
光太は大袈裟に腹を抱えて笑っている。意図してのことなのか、それともこういう性格なのか。ともかく冬馬の気持ちを逆撫でするには十分だった。
「あっ! またバカって言った!」
冬馬はまた腹立たしさを覚えたのだが、すぐに冷静さを取り戻すことが出来た。今までならその怒気によって霊気が冬馬の心に襲い掛かって来ただろう。これも恐らくは守護師指輪を付けたお陰なのか、完全に心が乱れた訳ではなかった。
そして自分が手にした棒切れが光らなかったのは、五気の属性が関係していると準の言った言葉が何となくだが理解出来たのだ。逆に言えば霊気をもっと上手に使えれば、色んなことが出来るかもしれないということも薄々気付き始めていた。
「バカにバカって言って何が悪いんだ!」
そう言って悪態をついた光太が青く光った木剣を振り上げて冬馬に鋭く飛び掛かる。躊躇なく冬馬の頭に目掛けて木剣を叩きこんだのだ。
冬馬は体を後ろに傾けながら手にした棒切れで払おうとした。だが、あっさりと真っ二つに分断されてしまい、その破片が吹っ飛んでいった。
「えっ!?」
簡単に武器を失った冬馬は慌てた。冬馬の手には棒切れは短くなっていてもう使えそうにない。どうするか考えている余裕もなかった。
「ふんっ! こっちは木気で強化してんだ。ただの棒で張り合えるわけねえだろうが! やっぱお前はバカだな!」
そう言って光太は再び木剣を振り上げて、渾身のドヤ顔で迫る。
だが冬馬はそんな挑発に気を取られることは無く、ふとあることに気付いた。
(霊気を集中して一部分に使えるなら、ひょっとしてあんなことも出来るんじゃ……!)
冬馬はある一点に意識を集中していつもの“お願い”をした。左腕を顔の前に出し、それを右手で支えて木剣を受け止めようとしたのだ。
「バカかっ! そんなんで防げるわけねえだろうが! 腕一本もらったあっ‼」
そう言って自信満々に振り下ろした光太だったが、結果は無残にも木剣は砕け散ってしまった。
「な……!」
右腕を振り下ろして前屈みになった状態で、冬馬の顔を見上げた光太は言葉が出て来なかった。それは冬馬の顔が苦痛に歪むこともなく、澄ました顔で平然としていたからだろう。
冬馬がこれを防げたのにはしっかりとした理由がある。冬馬が腕を前に出した状態で、その腕に霊気を集中させたのだ。それだけではない。腕に堅い盾を付けるようにイメージして霊気を集めていた。これは準が悪霊と戦った時に刀剣を模っていたのを思い出していたからだ。当然、準が刀を霊気で模ったのは金気の性質を利用してのものなのだが、冬馬には霊気の属性とか五気による作用などわかっていない。この防御も冬馬の属性である水気の効果があった訳でもない。ある意味これで防げたのは、偏に冬馬の霊力の強さだけである。それでも霊気を集中して操作をすれば、色んなことが出来るという性質を理解していたのである。
光太は悔しさを滲ませながら、また後方へと飛び退いて間を取った。
「ちっ、また駄目なのかよ。さてはお前、その腕に何かしたんだな。ひょっとして袖の中に何か仕込んでんじゃねえのか? この卑怯者が!」
光太は横を向いてペッと唾を吐く。未だ信じられないのか、冬馬の腕にケチをつけ始めた。その後もブツブツと言って冬馬を詰っている。まるで注意を冬馬に引き付けているかのようだ。現に準は冬馬の方を頻りに見ている。その時、ふと光太は左手の指輪を弄った。それに準は全く気付いていない。だが、泰典の目はしっかりとそれを捉えていた。
「付け替えたな。何か仕掛けるつもりか……」
泰典の呟きに驚いたように準が反応した。
「え!? 付け替えたって、何を?」
準はまだ状況を呑み込めていないようだ。勇一は気付いているのかいないのか、表情は一切変わっていない。それを確認した泰典はゆっくりと口を開いた。
「指輪だ。彼は在野だから霊気属性は持っていないはずだ。名家の従者でもない彼は、恐らく始祖家の加護は受けていないだろう。君のように犬走家の加護があれば属性効果で霊力も上がるし、強化も高まるだろう。だが加護が無けりゃ霊気の威力も期待できない。だからここまでの差になっているということだ。いくら二之丸冬馬君が目覚めたばかりと言っても、在野が始祖家の者と本気で戦っても勝ち目なんて無いと言ってもいいだろう」
「在野の守護師なんか、みんなそうやろ。だからあいつらも名家の当主には直接喧嘩売らんようにしてるはずや。それがどないしたっちゅうねん」
「そんな在野の守護師が指輪を付け変える理由は一つしかない。五気の霊気を集中して技を出す時だけだ」
「そんなん、さっきもやってたやんけ。またしょうもないことでも考えてるんやろ。でも冬馬には効かへんで。あの霊力の差はどうしようもないからな」
余裕の笑みを浮かべる準に対して、泰典はグッと表情を引き締めた。
「それでも攻撃が全く効かないわけじゃない。可能性があるとすれば、手段は一つだけあるにはある」
「……? そんなんあるか?」
「それは五行相剋だ」
「……相剋! そうか! 待てよ。てことは、水気に勝てる属性は……土気か!」
準はハッとした顔になり光太に視線を移すと、光太は既に手を合わせて唱言を発していた。
《我が魂に集いし者よ その姿を土気へと転じ 我が拳に集結せよ!》
光太が不敵な笑みで言霊を唱えたあと、光太の拳が鮮やかな黄色い光に包まれた。
「やっぱり土気を使うんか! それにしても何やあれは!? グローブ……なんか!?」
準の言う通り、よく見るとボクシンググローブのようにも見えなくはない。明らかに違和感のある膨らんだ霊気だ。厳かな空気が流れるこの地に黄色というアンバランスな色合いが、より異様な雰囲気を際立たせる。それは深々と深まる月夜に、まるで地上にも月が現れたのかと錯覚するような鮮やかさであった。
勇一はまだ落ち着いた態度で観戦している。だが少し緊張しているのか、表情は難しい顔つきになっている。何か思うところがあるのだろうか、今はただ沈黙を貫いて見守っているといった様子だ。
「これで通用しなかったらお望み通り退いてやるよ。それぐらい奥の手だってことだ。まあ、止められたらの話だけどな!」
光太は両手に黄色い霊気を溜めたまま、小細工なしに真正面から真っすぐに突っ込んでいく。そして冬馬もそれを避けようとはせずに、腕を胸の前でクロスさせて身構える。光太の攻撃を防御して光太に勝とうという心理が働いていたからだ。
だが冬馬はニヤついた光太の攻撃にどことなく違和感を感じた。
(――!? なんか今までとちょっと違う感じ。……みんな、お願い!)
咄嗟に冬馬は意識を両手の拳辺りに集中させる。すると、冬馬の手が若干の光を帯び始めた。そこに光太の拳がまともに叩き込まれた。
「ん……!?」
冬馬は思ったより威力が無いと感じたのだが、更に気合いを入れるかのように手元に集中する。そして霊気の力と力がぶつかり合い、激しい振動が辺りに響き渡っていく。お互いに激しくぶつかったのだが、光太と冬馬は一歩も動いていなかった。光太が繰り出した右拳と冬馬のガードした手がぶつかったままの状態で止まっている。
「よっしゃあ! 冬馬が止めたあああああっ‼」
思わず両手を上げてガッツポーズをして歓喜する準。泰典もホッとしたような表情で一つ溜息を零す。だが勇一の表情はまだ強張っていて緊張したままだった。
そして冬馬もまだ緊張を解いていなかった。なぜなら冬馬が感じた違和感がまだ頭に残ったままだったからである。
その違和感とは――光太の声だった。
これまで声を発しながら仕掛けてきた攻撃が、この時だけ無言のままだったのだ。理屈ではわからないが、何となく全力で攻撃していないと感じたのだ。嫌な予感というやつだろうか。冬馬は不気味な笑みの光太の目をじっと見つめた。
その冬馬の勘は当たることになる。
お互いにぶつかった状態のまま、光太はニヤリと不敵な笑みを浮かべた。
「やっぱ止められたな。……けどよ、これって想定内だぜ? いや、作戦通りだっ‼」
そして――
《我が魂に集いし土気の者よ 我が拳より四散せよ!》
そう言霊を言い放つと、光太は両手を冬馬に向ける。拳に光っていた霊気が更に大きく、一段と鮮やかな黄色に煌めき、まるで爆発するかのように黄色い閃光が飛び散った。
「あああああっ‼」
辺りに視界が歪む程に霊気の光が飛び散り、それからすぐに空気の振動が波打って拡散していく。それはちょっとした地響きのような揺れを体感するほどで、準の叫び声も空しくそれに掻き消された。
その衝撃は凄まじく、技を放った光太でさえ勢いに押されて後方へと弾き飛ばされてしまった。
そしてこれまで圧倒してきた冬馬にも、この至近距離での攻撃になす術は無かったのである。
ここまで読んで頂き、ありがとうございます!
遅くなって申し訳ありません。なかなか上手く書けなくて、何度も書き直しました。また改稿するかもしれませんが、話の内容を変えるつもりはありませんのでご安心下さい。もっと精進して上手く書けるように頑張ります。
今後もよろしくお願いします!




