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月影の守護師  作者: ドッグファイター
第一章 守護師覚醒編
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22話 二人の異なる心理

冬馬に対して攻撃を仕掛ける光太。

一方、勇一の方はというと……

 冬馬と光太が戦闘していたその頃、準と勇一は激しい戦いに……なっていなかった。戦いどころか、まるで冬馬と光太の戦いを観戦するかのように、落ち着いた様子で二人に熱い視線を注いでいた。

 というのも、準が冬馬から離れて陽動した後に、勇一は簡単に乗って来たのだが戦闘態勢に入らなかったのだ。戦意を見せない勇一に準はシラケてしまったのか、少し離れて並ぶようにして立っていた。


「元々俺たちはお前に用があった訳じゃない。あの新入りが目当てなんだ。まさかあいつが二之丸家とは思わなかったけどね。でも俺たちにとっては願ってもないチャンスだ。だからお前には邪魔させない」


 勇一が落ち着いた口調で話し出したので、準は構えていた姿勢を解いた。だが、まだ警戒は解いていないのか、身体強化の術はそのままだった。準は勇一の態度に警戒しつつも付き合うことにしたようだ。覚醒した冬馬の力を見てそう判断したのかもしれない。


「こっちとしてもお前が手を出さへんのは有難いけどな。それで、何でお前は戦わんのや? お前も冬馬に恨みがあるんとちゃうんか」


「……」


 準の問い掛けには答える気が無いのだろうか、勇一は準の方には見向きもしない。冬馬と光太の戦闘に集中しているようで、腕を組んで完全に観戦する姿勢を見せている。そんな雰囲気を察した陰陽師の土御門泰典も、この二人に距離を縮めて同じように観戦し始めた。

 三人の目の前では、光太が執拗に蹴りを繰り出している姿があった。前蹴り、横蹴り、後ろ蹴り、回し蹴りとあらゆる角度やタイミングで仕掛けている。それを冬馬がことごとく手や足でガードして防いでいた。そんな戦いを勇一は落ち着いた表情で見つめている。

 しばらく黙って見ていた三人だったが、準が沈黙を破った。


「ほんで、冬馬の親父さんのあの話はホンマなんか? 確かに二之丸家の前当主の話はほとんど耳にせえへん。会ったことも無い俺ら若手にしてみたら、二之丸家については謎が多過ぎるもんな。普通に考えても名家の(もん)が何か隠してるって思うてまうわ。それでもな、俺には従家(じゅうけ)の当主が他の(もん)を盾にして逃げるなんて、やっぱ信じられへん。名家の当主は誇りもプライドも高いけど、それは他の守護師たちを守る為やから、と俺は思ってる」


 準は答えるかわからない勇一にまたも声を掛けた。恐らく準は沈黙する場の空気が苦手なのだろう。それは関西人にありがちなことなのだが、準も例に漏れずそういう性格なのかもしれない。

 しかし、準の予想に反して勇一から声が聞こえてきた。


「……俺も完全には信じちゃいないさ」


 準は勇一が質問に答えた事に驚いたようだが、それ以上に勇一の発した言葉の意味に驚きが大きかったのか、準は思わず勇一に詰め寄った。


「はあ? さっきと言うてることちゃうやんけ。どういうことやねん!」


 今度は苛立ったように準が口調を強めたが、勇一はそれには何も反応を示さず淡々と喋り始めた。


「光太はそう結論付けてるけど、俺は少し違う。まだ情報が足りないんだ。俺の親父と光太の親父が死んだその時、その場所に居た人間が今はもう誰も居ないと聞いた。でも、まだ解くカギは残っていると俺は思っている。……俺は真実が知りたいだけだ」


「そのカギが冬馬っちゅうわけか」


「……」


 準の問いに勇一は何も答えなかった。ただ真っすぐに冬馬と光太の戦いを目で追っている。

 そんな勇一に声を掛けたのは泰典だった。


「君、ちょっといいか」


「ああ? 陰陽師の頭が俺に何の用だよ。止めろって言われても無駄だぞ」


「それはもう諦めたからいいんだ。それより、君たちがここに来たのは何か情報があったんだろう? それはどこから聞いたのかと思ってな」


 勇一は表情を変えず、ほんの少しだけ目を細めて泰典を睨み返した。


「そんなの聞いてどうする。俺たちの情報源が間違ってるって言うのか?」


「いや、そうじゃない。ただ、その情報源がどこからのものかでわかることもあると思ってな」


 一瞬訝しげに泰典の顔を見た勇一だったが、意外にも素直に話し出した。


八下(はっか)天端石(てんばいし)家の奴が喋ってたのを聞いただけだ。“新人が来るから集会に出ないといけない”ってな。よくよく考えると、たかが新入りが来るだけで集会を開くなんて普通おかしいだろ。だから何か名家に関係のある奴が来るって思っただけだ。俺の読みでは、ここの神社の北で待ってれば誰か来ると思ってね」


「……なるほどな。教えてくれてありがとう」


 勇一はそれには何も答えず、冬馬の動きに注視している。準や泰典に躊躇いもなく話しているということはどういうつもりなのか。恐らく先程言っていた、“情報が足りない”ということだろう。聞くだけが情報収集ではない。話すことで得られる情報もあるということだ。それが証拠に、勇一は会話中に泰典の表情や仕草をじっと食い入るように見つめていた。

 だが、準にはその真意がわからなかったようだ。


「なんでそんなこと話したんや。お前にしたら喋らん方が良かったんとちゃうか?」


「さっきも言ったろ。俺は真実が知りたいだけだ。今は二之丸家に辿り着いただけでも十分だけどね」


「はあ!? そしたら目の前の戦いは何やねんな。アホらし、こっちはええ迷惑や」


「お前にとってはそうかもしれないけど、俺たちにしたら大事なことだ。光太は今まで憎しみを糧にして生きてきたんだ。名家をずっと憎んできた。二之丸家をずっと恨んできたんだ。その思いを発散する時がやっと来たのさ。あいつにとってはこの瞬間が全てなんだよ」


「……そんなん、やっぱ理不尽や。お前らはそれでええかもしれんけど、冬馬にだって今まで生きてきた人生があるんや。あいつかって親父さん死んだり、友達も死んでもうたり……苦しんできたはずや。お前らだけがひどい目に遭ってきたっていう(つら)すんのは、ちょっとちゃうんとちゃうか!」


 準は喋っているうちに段々と腹が立ってきたのか、最後は大声を張り上げた。それでも勇一の表情は何一つ変わらなかった。


「俺たちの苦しみに比べたら、そんな程度じゃ甘すぎるね。俺たちは親を亡くし、親戚の家をたらい回しにされて、行くとこ行くとこで必要とされなくて。お前に厄介者扱いされた人間の気持ちがわかるのか?」


「……」


「正直言って、生きていて何の意味があるのかもわからなかったよ。それでも誰かに助けて欲しくて、すがる思いで行った名家じゃイジメられて……。くそっ! あいつらは自分たちの強さを鼻にかけてマウントとって見下しやがる」


「お前、それって――」


「結局は名家の奴等にとって俺たちみたいな雑種は使い捨ての道具なんだ。だから俺たちは名家に何の遠慮もしないし、同情もしない。言うことを聞く必要もないね」


「でもな、あいつは五気の始祖家なんやぞ。それでもし、冬馬に何かあったらどないすんねん!」


「俺は二之丸家という力を理解しているし、あいつの力も過小評価していない。さっきあいつが守護師指輪を嵌めた時にはっきりとわかったけど、正直言って俺じゃ勝てないだろうね。光太でも厳しい戦いになるのは目に見えてるからね」


「せやったら、この戦いに何の意味があんねん!」


「意味はあるさ。今は光太の思いをぶつけさせてやりたいだけだ。それで光太の思いが()()()()かもしれない」


「救われる……?」


 準は勇一の顔を見つめて答えを待ったが、勇一はそれ以上は何も喋らなかった。答えが聞けないもどかしさと、どこか聞いてはいけないというような意味深な言葉に、準は長い溜息を吐くしかなかった。



 冬馬と光太の戦いに目を移すと、光太の猛烈な攻勢が続いていた。


 光太が繰り出している技は恐らく空手の一種であろう。手で殴るというよりも拳を突き出して攻撃している。


「はっ! はっ!」


 光太は動く度にひらりと舞う羽織を気にもせず、声を出しながら顔や胸部、そして腹部へと目掛けて正拳突きをしている。蹴り技も無造作に蹴っているのではなく、軸足にしっかりと体重を乗せて蹴り上げるように足を出していた。冬馬が攻撃してこないのを良いことに、連続して技を繰り出している。霊気で身体強化をしているので、動きも通常の人間よりも数倍に速いだろう。そしてパワーも数段に上がっている。


(腕が痛い……! 言霊ってこんなに効果があるんだ。凄い力……)


 冬馬は光太の攻撃に押され気味だったが、それでも手や足を使って何とか止めている。冬馬が攻撃を受ける度に鈍い衝突音と共に空気の振動が辺りに響いていた。それ程までに衝撃が強いということだろう。それと同時に、光太に蹴られっぱなしなので冬馬の服は茶色やら白っぽい色の汚れがどんどん増えていっている。

 だが、攻勢をかけているはずの光太の表情はどこか冴えなかった。


「くっ……!」


 一旦静止して力を溜めてから、光太が足の裏を見せて蹴りを突き出した。しかし冬馬は腕をクロスさせて防御する。強い衝撃を受けて少しだけ後ろへ下げられたのだが、大したダメージは負っていなかった。

 真顔で舌打ちをした光太は、一歩後ろへ下がってから若干着崩れた羽織の襟を掴んで直した。


「お前は不思議な奴だな。普通は喧嘩でも大抵は闘争心みたいなもんが出るんだが、そういうのが全然感じられねえ。犬姫にも根石のクソガキ共にも似てねえ。かと言って何考えてっかわかんねえ、あの陰険女ともまたちげえ。名家ってのはもっとこう、自分の力を鼻にかけた気の強い奴ばっかだが、こんな奴もいるんだな」


「誰のことを言ってるのかわかんないけど、ぼくは君たちと争うつもりはないよ」


「お前になくても俺にはあんだよ。温室育ちは一一(いちいち)かんに障ることを言うな。また腹が立ってきたぜ」


「ハアァ……もう何を言っても無駄なんだね。やっぱり君とは仲良くなれないってことかな。せっかく新しい環境でいっぱい友達を作りたかったのに。残念だけど、こうなったらそっちが諦めてくれるまで耐えるしかないか」


「けっ! 友達とかバカじゃねえのお前、きもっ! それにその上から目線の言い方が何より名家の人間の証拠だぜ。ほんとムカつくな! この世間知らず野郎がっ‼」


 嫌悪感丸出しの顔で光太が右足で地面を蹴ると、冬馬との間合いを一気に詰めた。

 それでも冬馬は動かない。


「なめんじゃねえええええっ‼」


 光太の渾身の一撃が繰り出された。完全に重心を前にした正拳突きを胸の真ん中へと叩きこんだのだ。これは反撃が来ないとわかっているから成せる技だろう。


「……あっ!」


 冬馬は光太の攻撃が今までよりも鋭くなったのを感じた。瞬時に両腕を縦にしてガッチリとガードする。だが、光太の体重を乗せて放たれた一撃は思ったよりも凄まじく、またもやぶつかる衝撃音と空気の振動が周辺に拡散していく。


「へへっ、どうだっ‼」


 冬馬は地面の上をそのまま滑るようにズルズルと後方へ下がっていく。

 しかしその直後、渾身の一撃を食らわせたはずの光太の表情が固まってしまった。


「マジ……か……」


 思わず零れた言葉の訳は、冬馬がほんの二、三メートルほど下がった所で止まったからである。恐らく光太の頭の中では、冬馬が吹っ飛んでいくイメージだったのだろう。先程のようなダメージを与えられると予測していたのかもしれない。目一杯に打ち込んだ一撃が、少し下がっただけで冬馬が踏み止まったのだから驚くのも無理はなかった。


「あいつは言霊も使っていないのに、ここまで差があるのか……。これが始祖家の力……くそっ!」


 光太の顔が悔しさと怒りが入り混じったような表情へと変わっていく。冬馬に対して技を出しても防がれるので、フラストレーションが溜まるのも仕方ない。だがそれは、何よりも冬馬との力の差を感じているのが一番の要因かもしれなかった。

 そして静観している勇一の表情もさすがに硬くなっている。勇一は光太が歯が立たないということは先程の会話から見ても予測していたようだ。それでもここまでとは想像していなかったのかもしれない。

 ここぞと言わんばかりに準がドヤ顔になる。


「この結果は当たり前や。両主(りょうしゅ)四従(しじゅう)の始祖六家は名家の中でも特別や。冬馬もちゃんと二之丸家の力を受け継いでるっちゅうことや!」


「……」


 準のドヤ顔に勇一が悔しさを滲ませるかと思いきや、意外と落ち着いた態度で戦況を見つめていた。その視線の先はじっと攻撃を堪えていた冬馬ではなく、悔しがっている光太の方だった。

 光太はしばらく固まっていたが、フーッと息を吐いた。その顔からは悔しさが消え、すっきりとした顔つきに変わっていた。


「やっぱりお前は名家の血筋なんだな。あのクソペットが素人とか言ってたのも、たぶん嘘なんだろうよ」


 光太は流し目で準を見て、すぐに冬馬に視線を戻した。


「ここまで俺の攻撃が効かねえのはさすがに驚いたけど、お蔭で冷静になれたぜ。もう出し惜しみはしねえ。俺の全部をぶつけてやる!」


 光太はカッと目を見開いた。そして左手の人差し指に嵌めていた守護師指輪を外し、左手の薬指に嵌め変える。サイズが合わないはずなのだが、ピタリと奇麗に収まっていく。


 そして――


《我が魂に集いし者よ その姿を木気もっきへと転じ 我が拳となれ!》


 光太が言霊による唱言を口にすると、光太の手が霊気で青く光り出した。 

 光太がニヤリと笑ったのとは対照的に、勇一の顔は少し渋い表情になった。




ここまで読んで頂き、ありがとうございます!


戦いを挑んで来た光太と勇一にもそれぞれの思惑がありました。登場する守護師の心理やバックボーンを掘り下げながら進むので、とにかく展開が遅い! ……ごめんなさい。


次話は今週末に投稿する予定です。

今後とも、よろしくお願いします!

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