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月影の守護師  作者: ドッグファイター
プロローグ
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02話 プロローグ② 動き出す運命

「プロローグ①」から十五年後の話になります。


※ 一部改稿しました。

 

 ―― 十五年後 ――



 悪霊(あくりょう)――それは今、女の目の前に対峙している黒い人影の正体である。その色は正確に言えば黒ではない。灰色だが限りなく黒に近い赤みを帯びたグレーである。だが、暗闇で見るその姿は黒にしか見えないだろう。

 こんな暗闇でこの悪霊を見ると、普通の人なら認識するのは難しいだろう。だが見える人には()()()()と見える。薄っすらと微光していて、暗闇に浮かび上がっているようにくっきりと認識できる。まさに不可思議な存在である。

 悪霊は人の姿をしているが人ではない。死者の魂が霊気を媒体に実体化した、人に害をなす悪しき存在。その姿は人という認識よりも、人の形をした不確かな幻影のようなものである。


 その悪霊が三体横並びでゆっくりと前に進み、女へと近づいて来る。二つの点が微光している面立ちが何とも言えぬ不気味さを漂わせている。そんな怪奇な悪霊を前にしても、この女には一切の動揺は無かった。


 空には奇麗な十三夜月(じゅうさんやづき)が澄み切った夜空に姿を見せており、その月光が山中の暗闇に生い茂る木々や草花を粛々と照らしている。時折吹きつける微風が、少しの冷気を置いて通り抜けていく。陽の光が降り注ぐ日中は春の暖かさを覚えるのだが、月が輝きだす夜になればまだまだ冬の名残を感じさせる。

 人など居ない山中の静かな夜。そんな不気味な暗闇の中で、それでも女は平然と悪霊を見つめていた。


「ほんと、バカな()たち……」


 女の呟きに悪霊の返事は無い。この女は禍々しい悪霊をこの暗闇でも認識できるようだ。それでも微動だにせず、涼しい顔で女は佇んでいる。


 表情を変えずに佇む様は、まさにクールビューティーである。悪霊を見つめるやや細長い目は、恐れなど微塵も感じられない真っすぐで鋭い眼光だ。かと言って相手を蔑むでもなく、また同情するような目でもない。女の整った顔立ちは透き通る水のような美しさなのだが、どこか冷淡な雰囲気を醸し出している。幾多の修羅場を乗り越えてきたような落ち着きを払っているが、その容姿は純粋無垢な若さも垣間見える。

 腰まで伸びた艶やかな黒髪が、まだ冷たさが残る微風に流されるように揺れている。黒いシックなノースリーブのワンピースはどこかの令嬢を思わせるような麗姿なのだが、腰下辺りまである丈の長い羽織でその身を隠していた。

 羽織の色は『檳榔子染(びんろうじぞめ)』と呼ばれるグレーに近い黒褐色で、暗闇の中にいてはその色を識別するのは困難だろう。この羽織の特徴として胸元と背中の上部には、『犬』という一文字を『〇』で囲った、小さな紋様が印字されている。


「そろそろ始めようかしら」


 表情は一切変わらない。女は左手人差し指に嵌めた指輪を見つめた後、両手を胸の前で「パンッ」と叩いて音を鳴らし、そのまま拝むように手を合わせた。


()(たましい)(つど)いし(もの)たちよ その姿(すがた)土気どきへと(てん)じ ()身体(しんたい)強化(きょうか)せよ》


 まるで魔法の呪文を詠唱するかのように言葉を囁いた途端、女の体が薄っすらとした黄色い光に包まれた。薄暗かった空間に浮き出たその姿は、まるで神話に出てくる女神のような神々しさを帯びている。

 女は依然として無表情のまま、慣れた手つきで左手の人差し指に嵌めている指輪を外し、そのまま左手の親指に嵌め変えた。そして握り拳に変えた右手を左手で掴むように添えた。


()(たましい)(つど)いし(もの)たちよ その姿(すがた)金気ごんきへと(てん)じ ()(やいば)となれ》


 またも呪文を唱えるように静かに呟くと、今度は女の右手から白く発光した刀のような鋭利で長い刃物が現れた。本物のようにも見えるその刀は全体が白く光っていて、女の周辺は一層明るさを増した。


 女は右手にした刀を横に倒し、悪霊に向けて構える。悪霊は依然としてゆっくり動き、引き寄せられるように女へと近づいて来る。


 そして――


 次の瞬間、女が膝を軽く曲げて身を屈め、左足で地を蹴って前へ飛び出す。ふわりと動いたようにも見えるその動きは、人の()()では無かった。それはまるで砲身から飛び出した弾丸ような速さで、人の目では追うことが不可能なほど尋常ではなかった。

 女の常人を超えるその動きは一瞬にして三体並んでいる悪霊に迫る。そして手にした刀を右、左、右へ真横に三度振り抜き、そこで女の動きはピタリと止まった。電光石火で振り抜かれた見事な剣技は時間にして三秒も要していない程で、まさに一瞬の出来事であった。


 女が刀を振り抜いたそこには悪霊の姿は残っていなかった。煙霧となって消えるかのように、瞬く間に消滅したのである。

 三体の悪霊は足掻くことすら出来ず、(あたか)も最初からそこには何も無かったかのような静寂な空気が流れている。ただ女の優美な麗姿が月明りに照らされているだけであった。


「……ついに始まるのね」


 小さく溜息をついた後、女は辺りを軽く見回した。依然として誰もいない。

 おもむろに空を見上げると、そこに見える十三夜月も女と同じように表情を変えず佇んでいる。やがて静かに見守っていた月は程なくして、まるで恥ずかしがるように薄く伸びた雲にその身を隠してしまい、照らされていた木々や草花も同じように暗闇に身を潜めた。

 女は隠れた夜空の目撃者に向かってほんの少しだけ微笑み、初めて表情を崩したのであった。




ここまで読んで頂き、ありがとうございます!


相変わらず「何それ?」が多いと思いますが、追々説明が入っていくのでご了承ください。

次話は、明日の夕方ごろになります。残りのプロローグ二話を投稿する予定です。

また読んで頂ければ嬉しく思います。

よろしくお願いします!

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