19話 衝撃の告白
光太と勇一に戦いを挑まれた冬馬。
次第に本気の戦いへと転じていく……
静観していた勇一が準に仕掛けたことにより、冬馬vs.光太、準vs.勇一という構図が出来上がった。
それぞれの位置を見ると、神社前の十字路の真ん中に冬馬がいる。その南側には黒鳥居があり、東側に冬馬と向かい合うように光太がいる。冬馬の背中越しの西側に少し離れて勇一、更に離れて準がいるという構図になっている。
すでに辺りは暗くなり夜の帳に包まれていた。その暗闇の中を泰典の作った照明弾が煌々と輝き、それにライトアップされた桜花爛漫の光景が皆の目の前に広がっている。その桜の花びらが時折風に乗って舞い上がる姿は、正に春景の風光明媚、花天月地といったところだろう。
ちなみに泰典は上がってきた石階段のある北側の方へ退避していた。
「ここで守護師同士が言霊を使った戦いをするのか……!」
しかめ面をした泰典だったが、戦闘態勢には入っていない。どうやらこの成り行きを見守ることにしたようだ。
泰典は辺りを見回して状況を確認する。
「いつのまにか守護獣がいなくなったか。それにしても近くにいるはずの、あのお嬢様が首を突っ込まないのがやはり引っかかるな」
泰典は訝しげに眉を顰めたが、「まさか……な」と厳しい顔つきで呟いた。何か思い当たる節があるのか、それから泰典は考え込むように腕を組んで仁王立ちになった。
「それにしても、堀切君は忘れているのか。彼が守護師指輪をまだ付けていないってことを」
泰典は心配そうな顔になりながらも、この戦いに手を出そうとはしなかった。守護師と陰陽師は同じ系統の呪術師なのだが、やはりいくら陰陽頭でもこれは管轄外ということのようである。
冬馬たちに目を向けると、赤髪の光太は先程の狼狽からすでに立ち直り、冷静さを取り戻していた。いや、それどころかにやり顔全開で、また悪そうな顔になっている。
「さてと、ちょっくら遊んでやるか! 安心しろ、俺は言霊を使わねえから、よっ!」
そう言って光太はまた前へ飛び跳ねると、檳榔子染の羽織を靡かせ体をグンッと加速させる。
「今度は余裕こいてられっかよ!」
光太は右手の拳を肩の横まで引いた。そして嬉しそうな顔で冬馬へ飛び掛かっていく。
その光太の動きをじっくり見て、冬馬はまた心の中でお願いをする。
冬馬の体がまたジワリと発光するのだが、その光は安定せずに光ったり消えたりを繰り返していた。
「ハハッ! やっぱまだ霊気を上手く使えないだけだろうが!」
迫り来る光太に向かい、冬馬は先程と同じように腕を顔の前でクロスさせて身を少し屈めて踏ん張った。
それを見た光太はニヤリと笑う。
「――!」
ほんの一瞬、冬馬の視界から光太の拳が消える。
冬馬にはわからなかったが、光太が肩の横にある右手を腰下まで下ろしたからだ。次に冬馬が気付いた時には、それが突き上げられる瞬間だった。
光太は下ろした右拳を下から上へアッパーカットのように鋭く突き上げたのだ。
「おらあああああっ‼」
それは凄まじい勢いで下から浮き上がってくるように近づいて来る。的確に冬馬の顎に目掛けて繰り出された拳だが、冬馬はその動きをじっくりと見た。
(大丈夫、見える!)
冬馬はクロスした手を組み替えた。
すると、辺りに「ガシッ!」という何かがぶつかるような鈍い音が響く。
冬馬は手のひらを重ねて抑え込むようにして、光太のアッパーカットを止めたのだ。
またも二人を中心に空気が地響きのように振動していく。
「ハハハッ! やるじゃねえか! そんじゃ、もうちょっと力入れてやるよ!」
光太は楽しそうに声を弾ませて笑っている。
今度はそのまま左腕を後ろに引いて、横からフック気味に殴って来る。
「これならどうだ!」
顔の右側付近に拳が近づいて来るのが、冬馬の目にははっきりと見えた。
瞬時に右手で顔をガードする。
またも「ガシッ!」と鈍い音が冬馬の耳に入ってくる。
「お前、素人じゃねえな。おもしれえ! ハハハハハッ!」
光太は空気の振動が収まった後、一旦後ろに飛び退いてからまたファイティングポーズを取った。
この男は準が気に入らないとか、新入りをいびりたいとか、そんなことはどうでもいいように見える。まるで猫が気に入ったおもちゃを見つけたようなはしゃぎようだ。
一方、勇一は準を牽制しつつも冬馬の動きをじっと見ている。時折目を細めては片眉をピクリと動かし、そして口元を僅かに動かしている。
準は勇一の動きを見逃すまいとじっくりと観察していたのだが、勇一からは意外な言葉が出てきた。
「安心しろ、俺は動かないよ」
「信用出来るか!」
準はまだ腰を落として身構えている。
「ヒヒッ、本当さ。俺はあいつの正体を見極めようと思ってね。あいつはどこか不思議な霊気の使い方をしている。光太はまだ気付いてないみたいだけど、あいつ本当に……付けてないのか?」
勇一はそう言って左手を上げて準の方へ向けた。そこには人差し指に嵌められている指輪が向けられている。
「……!」
「そんなことが出来る奴がいるなんて信じられないけどな。恐らく俺たちとは流れている血が違うんだろうな。……あいつは一体何者なんだ。ただの新入りじゃないんだろ?」
「アホ言うな。お前らが期待するような奴やない。地方から出て来た、ただの新入りや」
準は顔色を変えずに落ち着いた態度で受け答えをしている。とにかく冬馬の正体は隠し通すつもりのようだ。
「へえー。じゃあ、どうして名家のお偉い様が集まってるんだ?」
この問いに準は顔色を変えてしまった。
「――! なんでそれ知ってんねん!」
「なんだ、本当に集まってるのか。ヒヒヒッ! じゃあ、やっぱりあいつはただの新入りじゃないってことだね」
「あっ!」
「大方、八下の狭間家か西之丸家の血を引いている。……そんなとこなんだろ。水気系統は途絶えたってことになってるけど、裏では大事に匿っていたんだろ?」
「……」
「ヒヒヒッ、まあいいよ。じっくり見させてもらうことにするからさ」
勇一は満足そうな顔をして冬馬に視線を戻した。
準が苦虫を噛み潰したような顔をしたのは言うまでもない。
冬馬はというと、無表情で光太の攻撃に対応していた。一見落ち着いているようにも見えるが、内心は緊張と不安で心は浮ついていた。
(思ってた以上にヤバいな……。どうしたらいいんだろう)
冬馬は今までに誰かと喧嘩をしたことがない。格闘技の経験もなければ、剣道や柔道といった武道もやったことがなかった。
ここまで冬馬が光太の攻撃に対応できたのは、偏に一年もの間ずっと悪霊と戦ってきた経験があったからだ。時にはもみ合いになったり取っ組み合いになることもあった。それでも、“人と戦う”という事は冬馬にとって初めてであり戸惑いは当然のことだろう。とにかく今は相手を刺激しないように心掛ける。ひたすらに防御するのみであった。
「なんだお前、攻撃しねえのかよ! おもしろくねえな。ほらっ、打って来いよ!」
光太は一歩下がって、今度は人差し指を一本立てて自分の方へ二度曲げる。明らかな挑発ポーズである。この男は元来好戦的な性格なのだろう。
だが冬馬はその挑発には乗らなかった。いや、正確に言うと乗れなかったのだ。攻撃と言っても人に危害を加えることは冬馬には出来なかった。
これまで事なかれ主義で過ごしてきた冬馬にとって、人に攻撃するといったことは経験がない。他人に腹を立てたことも今回が生まれて初めてだったのだ。相手は意思の無い悪霊とは違う。自分を守る為とはいえ、相手を傷つけるといった選択肢は元々なかったのである。
「ちっ、しょうがねえ」
何もしない冬馬に焦れてしまったのか、光太は一度ファイティングポーズを解いた。詰まらなそうな顔で横を向き、ペッと唾を吐いた。
「とりあえず、お前の名前を聞いておこうか」
一瞬光太が戦意を欠いたように見えたので、ホッとした冬馬は何も考えずに答えてしまった。
「ぼくは二之丸冬馬って言うんだ」
「――‼」
光太の顔が一気に豹変した。またもや目が見開き、体が硬直している。
それとは逆に、見る見るうちに準と泰典の顔が渋面に満ちていく。
「アホか! それ言うたらあかん!」
「えっ? あ、そうなの!?」
準のツッコミに思わず声が裏返る冬馬。
まだこの時、冬馬や準にはこの『二之丸』という言葉の重みを理解していなかった。
「に、二之丸……だと!?」
二之丸と聞いて勇一の表情も一変している。
二人は明らかに雰囲気が変わった。
光太は今まではまるで遊んでいるかのように楽しそうにしていた。勇一も上から目線で余裕の態度を崩さなかったのだが、今は二人とも目を見開いて驚愕している。
二人の反応を見た準は、やれやれといった顔で光太と勇一を交互に見てドヤ顔になる。
「ちっ。バレたらしゃあないな。ここにおる御方は四従家が一家、『二之丸家』の御曹司様やぞ! お前らがため口きいていい人やないってことや!」
散々ため口をたたいて馴れ馴れしく喋っている準が言うのだから、説得力は皆無である。
だが、泰典の顔は更に渋面と変わっていく。
そして光太と勇一は、準の言葉が可笑しかったのか大きく破顔させた。
「マジか……。ハハハッ! マジかよっ‼ ハハハハハッ‼」
いきなり笑い出した光太に、不満顔になった準は半ば逆切れのように怒り出した。
「何笑ってんねん! 嘘やないぞ、正真正銘の二之丸家の血筋やぞ! この黒い水気属性が何よりの証拠や!」
「別に疑っちゃいねえよ……。逆に嘘だと言われたらガッカリだぜ。なあ勇一!」
「そうだね。俺の予測では八下の西之丸家辺りかと思ってたけど、まさか大本命だったとは。ヒヒヒッ! 驚いたよ!」
そう言うと勇一はピョンッと飛び跳ねるように光太の横まで移動した。そして二人は顔を見合わせてから嬉しそうに笑った。
「何やあいつら、気持ち悪いな。冬馬はあいつらのことは知らんねやろ?」
準がまゆを眉を顰めながら冬馬の横に並んだ。
準にそう言われても冬馬には心当たりが無かった。この二人とは初対面のはずである。即座に子供の頃の記憶を辿ってみるが、クラスメイトや近所に住んでいた同世代の知り合いにも見当がつかない。
「あの二人の名前、何だっけ?」
冬馬の問い掛けに光太が口を挟んだ。
「フンッ! 呑気なもんだぜ。じゃあ、自己紹介しといてやるよ。俺は胴木光太だ。で、こっちが算木勇一だ。これでもわかんねえか?」
そう言われて冬馬は再び記憶を辿る。それでも二人の名前は聞いたことが無い。やはり思い当たる節はなかった。
「……知らねえのかよ。クソッ! つくづくお前は箱入りのお坊ちゃんだな! 俺たちが今日までどんな思いで生きてきたと思ってんだ‼」
「どう言う意味や! お前らみたいな在野には名家の二之丸家なんて何の関係もないやろが!」
準は右手で冬馬を庇うようにして前に出る。顔は強張っているが、姿勢を低くして身構えるようにして相手に睨みをきかせている。
光太は少し眉を動かし、イラついた顔で準へ睨み返した。
「関係ないだって? 何も知らないくせに寝ぼけたことを言ってくれるな、クソ犬のペットは!」
光太はそう言ってまたも唾を吐いて悪態をつく。それには気を留めず、冬馬は光太の言ったことを頭の中で噛み砕いて考えていた。
「ぼくをずっと捜してたってこと?」
「そうだ。ずっと君に会いたいと思っていたんだ。あの時からずっとね!」
勇一が薄ら笑いで語気を強めた。顔は笑っているが、目はしっかりと冬馬を直視している。
「あの時って、何なんだろう。何のことを言ってるのか全然わかんないんだけど」
「そうだろうね。わかってたらこんな場所にのこのこと現れる訳ないよね」
「どういう意味?」
いくら考えてもやはり冬馬には何もわからなかった。自分の父が守護師という生業だったことも今日知ったばかりである。
「俺たちの親父が死んだ時から、ずっとお前を捜していたんだ」
「えっ? 君たちの父さんとぼくに何か関係があるの?」
「お前というか、お前の親父だよ! ここまで言ってもわかんねえのか‼」
何も答えない冬馬に対し、光太の顔は赤くなり眉がぴくぴくと動き始めた。
そして――
「知らねえんだったら教えてやるぜ」
一呼吸置いてから光太は冬馬を指差して衝撃の言葉を投げかけた。
「そいつの親父がな、俺たちの親父を殺したんだ‼」
「――‼」
光太の言葉に冬馬も準も、そして泰典でさえ言葉を失った。
「えっ!? 父さんが人を殺した……!」
光太の言葉に冬馬と準は驚愕の表情で体が固まってしまった。
そしてただ、光太を見つめるしかなかった。
ここまで読んで頂き、ありがとうございます!
遂に光太と勇一の過去が少し明らかになりました。ここから一気に本気モードに入って行きます。
ぜひ、今後もよろしくお願いします!




